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2 北朝鮮の「国境協定」締結と
人工衛星の打ち上げ
1999年
1998年秋の朝鮮民主主義人民共和国の「ミサイル発射」は、日本国内に大きな衝撃を与えた。
しかし、日本政府当局の表面的な発言が「ミサイルの脅威」をとなえる人々の声を背景にしたヒステリックなものであったにせよ、冷静に新聞報道されたものを読むと、日本政府の抗議や非難の唯一の根拠は、日本政府がそれをおこなった事後に北朝鮮当局者が対抗しておこなった「攻撃することもできる」という威嚇の発言だけであったことがわかる。北朝鮮当局者が慎重にそれを避けていたならば、日本政府が北朝鮮のロケットによる人工衛星打ち上げについて国際法上何も言う根拠はそもそもないのだという事を、日本政府の外交当局は認識していた。そうでないと、日本の種子島からロケットが発射されるたびに、日本政府自身が自国の「ミサイル発射」の説明をする必要があることになる。
そもそも しかし、日本政府は、この北朝鮮のロケット発射が、何に向けられて、なにを意図したものであるかを本当に認識しているのだろうか。アメリカの外交当局者にたしなめられたという、「日本は、要するに、北朝鮮が敵だ、と言っているだけ」のそしりは、本質的には克服できているのだろうか。
1998年秋には、実は、朝鮮という国にとって(それは「朝鮮民主主義人民共和国」というよりももっとずっと長い歴史的視点を必要とする、その本来の意味での「朝鮮」にとって)きわめて重大なことが決着したのであった。 そのことに関わっては、現在のところ、北朝鮮での報道や論評は見あたらない。中国では、短い報道があったが、延辺地区でさえこれについての論評は見あたらない。ないから、それは言うにも値しないつまらないことなのか。私見では、それは違うと思う。逆に、重大すぎて、最も敏感なところに触れるが故に、それは秘されている。韓国でさえ、その直後の大統領の訪中がそれに関わることは明白であったが、この問題についての明示的な言及は見あたらない。ただ、「大朝鮮主義の清算」を暗示的に主張する評論が現れただけである。
中国での報道は次のようなものであった。
中国・朝鮮・ロシア図們江国境水域分界線協定に調印
新華社電、平壌11月3日発(記者張利)。
中国・朝鮮・ロシア三国政府は、3日、平壌において「中・朝・露三国図們江国境水域分界線確定に関する協定」に調印した。中国駐朝鮮大使万永祥、朝鮮外務省次官崔寿憲、ロシア駐朝鮮大使チェルニサフがそれぞれ自国を代表して協定上に署名した。
中・朝・露三国の国境線を確定するために、三方は1993年10月以来前後六回にわたる会談を続けてきた。今回第6次会談において、三国の代表団は、現有の三国間の国境に関する協定を基礎として、平等協商・互諒互譲の精神に基づき、ついにこの協定の合意を達成、三国国境線確定の作業は大きな進展を見た。
協定調印後、三方は協定に確定された原則に基づいて、三国国境交界点の位置を具体的に確定、現地に堅固な標示物を立てることになっている。
人民日報 1998.11.4 (筆者試訳)
この会談が1993年10月に始まっていたことは、この報道で始めて知ったが、それはまだ金日成が在世中のことであった。そして、その時こそ、平壌郊外の檀君陵と伝承された高句麗様式の古墳から出土した遺骨が、朝鮮の始祖檀君のものだと発表された時にあたっている。このことの推測される歴史的意味については、前に「北朝鮮おたく」に聞いて書いたことがある。
同様に考えれば、この1998年の中国・ロシアとの国境協定締結は、「ロケットによる人工衛星発射」という自尊心の高揚でしか補償できないほど重大な性格のものであったということである。 朝鮮民主主義人民共和国は、こうして、中国に対抗的な従来の「大朝鮮主義」にもとずく歴史観、国家の正統性の根拠を改め、中国・ロシアとの関係改善と強い絆確保に成功した。アメリカとの外交展開の背景は、この点にある。
そして、朝鮮民主主義人民共和国にとって唯一国家存続の正統性の根拠となっているのは、日本に対する独立戦争の継承国という点であり、これは南の韓国が国際的にはどうしても主張することができない点である。逆に言えば、日本が「とにかく、北朝鮮は敵だ」と言いたくなるのもこの点によっている。日本での視点が、この「敵」への視点に偏向して、事柄の本質を認識し誤るとすれば、それは関東大震災に際して日本帝国の当局者がなしたことと同様の事態が形を変えてくり返されていることになる。
このように「おたく」は言った。 |