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大聖人の御真蹟

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月 3日(月)21時01分24秒
編集済
  螺髪様 ありがとうございました。

大聖人の御真蹟は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できます。

http://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?viewRestrictedList=0&detailSearchTypeNo=A&publisher=%2F%22%E7%A5%9E%E4%BF%9D%E5%BC%81%E9%9D%99%22%2F&biblevelSearch=1&title=%2F%22%E6%97%A5%E8%93%AE%E8%81%96%E4%BA%BA%E5%BE%A1%E7%9C%9F%E8%B9%9F%22%2F&materialTypeList=0%7C1%7C2%7C4%7C5%7C6%7C7%7C8%7C9%7C92%7C13%7C15%7C16%7CI

第1・2輯が「立正安国論」
第19輯、第20輯が「観心本尊抄」です。
 

自殺行為

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月 3日(月)20時56分45秒
  自民、公明両党は、国対委員長会談で「共謀罪」法案を6日に衆院本会議で審議入りさせることで合意。

「テロ等準備罪」新設法案 自公6日審議入りで合意
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170403/k10010934951000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_016
4月3日 10時45分 NHK
 

Twitterより。初代、二代共に治安維持法で逮捕、投獄。初代は獄死。公明党はそれでも共謀罪を受け入れるのか。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月 3日(月)20時42分6秒
  創価学会初代会長の牧口常三郎も、二代会長の戸田城聖も治安維持法違反で逮捕、投獄された。非転向を貫いた牧口は獄死している。公明党はそれでも「共謀罪」を受け入れるのか。学会員はどう考えているのだろう。  

観心本尊抄御真筆!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月 3日(月)19時57分6秒
編集済
   巨大猫さんの「観心本尊抄御真筆」は、如来滅後五五百歳始観心本尊抄の御書246~247㌻の箇所です。

 http://6027.teacup.com/situation/bbs/66958
(投稿者:体長1.3mの巨大猫   投稿日:2017年 4月 3日(月)19時28分23秒)

 本文、次の通りです。
 「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」

 「私に会通を加えば本文を黷が如し爾りと雖も文の心は釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、四大声聞の領解に云く『無上宝聚・不求自得』云云、我等が己心の声聞界なり、『我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ』、妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや、宝塔品に云く『其れ能く此の経法を護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり』等云云、釈迦・多宝・十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹して其の功徳を受得す『須臾も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得』とは是なり、寿量品に云く『然るに我実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり』等云云、我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり、経に云く「我本菩薩の道を行じて・成ぜし所の寿命・今猶未だ尽きず・復上の数に倍せり』等云云、我等が己心の菩薩等なり、地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり、例せば大公・周公旦等は周武の臣下・成王幼?」(246~247㌻)

 「?」のカ所は「稚」。

 ご参考までに。貴重な資料ですね。


 赤鬼さんの通解は次の通り。

「私に会通を加えるならばかえって引用した文の意をけがすことを恐れるのであるが、その文意を簡単にいうならば、先に論難したところの権教・迹門・本門の釈尊の因行と果徳の二法は、ことごとく妙法蓮華経の五字に具足している。われらがこの五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給うたのである。
 法華経信解品に四大声聞の領解して「無上の宝聚を求めずして自ら得たり」と述べているが、われらの己心の声聞界が妙法蓮華経を受持し奉り、無上の大功徳に歓喜している姿がすなわちこれである。
 方便品には仏が「法華経を説いて一切衆生に即身成仏の大直道を与え、仏と衆生と等しくして異なることがなくなった。仏がその昔に誓願した一切衆生を度脱せんとの誓いが今はすでに満足し、一切衆生をして皆仏道に入らしめることができた」と説かれている。
 妙覚の釈尊はわれらの血肉で因果の功徳は骨髄であり、すなわち師も久遠元初の自受用身、弟子もまた久遠元初の自受用身と顕われ、自受用身に約して師弟が不二となるのである。
 宝塔品にいわく「それよくこの経法を護ることが有らん者は、釈迦仏および多宝仏を供養する者であり乃至また、もろもろの来り給える分身の化仏が諸の世界を荘厳し光飾している者を供養することになるのである」と。このように無作の報身たる釈尊・無作の法身たる多宝・無作の応身たる分身、すなわち無作三身如来は妙法五字を受持するわれらの仏界であり、無作三身の跡を継紹して無作三身の功徳を受得するのである。同じく宝塔品に「刹那でもこれを聞く者は即阿耨多羅三藐三菩提を究竟して、凡身そのままで名字妙覚の悟りに入ることができる」というのはこれである。
 寿量品にいわく「しかるに我実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫である」と。われらが己心の仏界たる釈尊は久遠元初に所顕の三身にして無始無終の古仏である。同じく寿量品にいわく「我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命は今なお未だ尽きることなく、また上に説いた五百塵点劫に倍するのである」と。これすなわち、われらが己心の菩薩等の九界である。地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属であり、たとえば大公は周の武王の臣下、周公旦は幼稚の成王の眷属」


 

自民幹部が発言「出て行けるものなら出て行け」

 投稿者:メンチカツ  投稿日:2017年 4月 3日(月)19時39分50秒
  自公に隙間風、自民幹部が発言「出て行けるものなら出て行け」

TBS系(JNN) 4/3(月) 18:45配信

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170403-00000049-jnn-pol

 

観心本尊抄御真筆

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月 3日(月)19時28分23秒
編集済
  私加會通如黷本文雖爾文心者
釋尊因行果徳二法妙法蓮華經
五字具足我等受持此五字自然讓
與彼因果功徳
四大聲聞領解云
無上寶珠不求自得云云我等己心聲
聞界也如我等無異如我昔所願今
者已滿足化一切衆生皆令入佛道妙覺
釋尊我等血肉也因果功徳非骨髓
乎寶塔品云其有能護此經法者則
爲供養我及多寶乃至亦復供養諸
來化佛莊嚴光飾諸世界者等云云
釋迦多寶十方諸佛我佛界也紹繼
其跡受得其功徳須臾聞之即得
究竟阿耨多羅三藐三菩提是也
壽量品云然我實成佛已來無量無
邊百千萬億那由佗劫等云云我等己
心釋尊五百塵點乃至所顯三身無始
古佛也經云我本行菩薩道所成壽命
今猶未盡況復倍倍上數等云云我等己心
菩薩等也地涌千界菩薩己心釋尊眷屬
也例如太公周公旦等者周武臣下成王幼
 

引き題目が諸天供養って??

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 4月 3日(月)18時34分59秒
  カンピースさんの鋭い突っ込みをお借りしま~すw

>「題目の大音声で諸天を揺り動かしながら、共々に師弟凱歌を」デスかぁ~(爆)<

>御観念文から、諸天供養をもぎ取ったアナタが、ナニ言ってんのぉ~! ってコトで~す(笑)<

>「諸天供養は最初の引き題目に含まれる」そうデスが、驚愕部からは、一切その意義は説明されていませ~ん(笑)<

>説明責任を果たして下さいねぇ~(爆) 無慈悲デスよぉ~(笑)<

引き題目って、昔、勤行の時に
題目を三百遍を唱えていた代わりに

題目を引き伸ばして
題目三遍にその意義を留めたのではないの?

なんだか
勝手に意義まで改ざんww  していくと

色々なところで説明に矛盾が出てくるよね~www

だから驚愕部長さんw
説明できまへんのではww
 

Re: 通解や講義文が探せなかったので

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月 3日(月)18時11分56秒
編集済
  「観心本尊抄」は以下のような構成になっております。

第一 一念三千の出処を示す

第二 正しく観心の本尊を明かす
  一 観心を明かす
     1)且く現見を以て心具の十界を明かす
     2)正しく受持に約して観心を明かす

  二 本尊を明かす
     1)一往総の三段・一代三段
     2)一往総の三段・一経三段
     3)再往別の三段・迹門熟益の三段
     4)再往別の三段・本門脱益の三段
     5)再往別の三段・文底下種の三段

第三 総結

一人のSGIさんが引用された日寛上人文段は、
「2)正しく受持に約して観心を明かす」の結論部分である
「正しく受持即観心を明かす」のところにあたります。
「観心本尊抄」本文の当該部分に日寛上人の科段を当てはめると以下の通りになります。
青字が御書本文です。


●●●引用始まり●●●

1.問
問うて曰く上の大難未だ其の会通を聞かず如何。

2.答
 2-1.引文
答えて曰く
無量義経に云く「未だ六波羅蜜を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」等云云、
法華経に云く「具足の道を聞かんと欲す」等云云、
涅槃経に云く「薩とは具足に名く」等云云、
竜樹菩薩云く「薩とは六なり」等云云、
無依無得大乗四論玄義記に云く「沙とは訳して六と云う胡法には六を以て具足の義と為すなり」
吉蔵疏に云く「沙とは翻じて具足と為す」
天台大師云く「薩とは梵語なり此には妙と翻ず」等云云、


 2-2.釈
  2-2-1.正釈(人即法に約す)
私に会通を加えば本文を黷が如し爾りと雖も文の心は
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、


  2-2-2.釈成(法即人に約す)
   2-2-2-1.承上起下
四大声聞の領解に云く「無上宝聚不求自得」云云、我等が己心の声聞界なり、

   2-2-2-2.正釈成
    2-2-2-2-1.自受用に約して師弟不二を示す(三身即一身に約して久遠元初の自受用身を明かす)
「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」、
妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや、


    2-2-2-2-2.無作三身に約して親子一体を示す(一身即三身に約して本地無作の三身を明かす)
宝塔品に云く「其れ能く此の経法を護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、
乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり」等云云、
釈迦多宝十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹して其の功徳を受得す
「須臾も之を聞く即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得」とは是なり、


    2-2-2-2-3.久遠元初に約して君臣合体を示す
寿量品に云く「然るに我実に成仏してより已来無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云、
我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり、
経に云く「我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり」等云云、
我等が己心の菩薩等なり、地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり、
例せば大公周公旦等は周武の臣下成王幼稚の眷属武内の大臣は神功皇后の棟梁仁徳王子の臣下なるが如し、
上行無辺行浄行安立行等は我等が己心の菩薩なり、


 2-3.結文
妙楽大師云く「当に知るべし身土一念の三千なり故に成道の時此の本理に称うて一身一念法界に遍し」等云云。

●●●引用終わり●●●


では、上記太字下線部の解説をしましょう。

2-2-2-2-1.自受用に約して師弟不二を示すについて

「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」
の文を引いて、
「妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや」
と仰せられたのは、
三身即一身に約して久遠元初の自受用身を明かし、師弟不二を示されています。

「我」は久遠元初の自受用身、「昔の所願」の「昔」は久遠元初。
この久遠元初の自受用身が末法に出現して三大秘法の大御本尊を幼稚の衆生に授与したから、
「今は已に満足しぬ」となります。

またこの大御本尊を受持する衆生は、皆久遠元初の仏道に入ることになるから、
「一切衆生をして皆仏道に入らしむ」というのです。

久遠元初の仏道に入れば、衆生の凡身の当体は、久遠元初の自受用身と一体であるから、
「妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや」と言われたのです。

自受用身は師であり、われらは弟子である。
すでに「我が如く等しくして異る事無し」で師弟不二を示しているのです。


2-2-2-2-2.無作三身に約して親子一体を示すについて

宝塔品の「其れ能くこの経法を護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、
乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり」
等云云の文を引いて、
「釈迦・多宝・十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継承して其の功徳を受得す」
と仰せられたのは、
一身即三身に約して本地無作の三身を明かし、親子一体を示されています。

「其れ能く此の経法を護る事有らん者」は観心、
「我及び多宝を供養するなり、乃至亦復諸の来り給える化仏」は本尊です。
「我」は無作三身の報身で智を顕し、
「多宝」は無作三身の法身で境を顕わします。
そして「我及び多宝」の「及」は境智冥合を意味しています。
境智冥合するところには必ず慈悲があり、慈悲は無作の応身です。
したがって「諸の来り給える化仏」とは無作の応身となります。

以上のように経文を読む時は「其れ能くこの大御本尊を護らん者は」となって、
この本尊を護るわれら衆生は、受持即観心の理によって、無作の三身と顕われるのです。
ゆえに「須臾も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得」というのです。
須臾も大御本尊を受持すれば、われらの当体が究竟円満の無作三身となります。

つまり親も仏・子も仏、親も帝王・子も帝王で、まったく親子一体となります。


2-2-2-2-3.久遠元初に約して君臣合体を示すについて

寿量品の「然るに我実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由陀劫なり」
等云云の文を引いて、
「我等が己心の釈尊は五百塵点劫乃至所顕の三身にして無始の古仏なり」
と仰せられたのは、
久遠元初に約して君臣合体を示されているのです。

然我実成仏已来とは、通じて三身を明かすので、
我は即無作の法身、成仏は即無作の報身、已来は即無作の応身となります。



http://

 

Twitterより。都民でない人が全く知らない人を支援するために全国からくる。都政に対する政治介入、都民への冒涜ではないか。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月 3日(月)16時19分52秒
  創価学会の定例行事である本部幹部会。池田先生が出席されていた頃は月例。それが今は2ヵ月に1回。そして5.6月は東京都議選支援活動の為お休み。都民でもない人が全く知らない人を支援するために手弁当で全国からくる、これはある意味不当な東京都に対する政治介入であり、都民への冒涜だな。  

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 4月 3日(月)12時58分12秒
  見る側に眼が具わっていなければ、どれほど偉大な人物を目の前にしていたとしても、その真価を見分けることはできまい。  

姑息

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月 3日(月)12時35分59秒
編集済
  危険手当、中間搾取で1万円が300円に 福島第一、廃炉作業員
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017040202000058.html

東京電力福島第一原発の収束、廃炉作業で、事故直後から放射線量の高い現場で働く作業員らに支払われてきた

危険手当が大幅に中間搾取(中抜き)され、支給時に日額「三百円」に減額された事例があったことが、本紙が

入手した内部資料や関係者の証言で分かった。これまでも中抜きの横行は公然とささやかれてきたが、具体的に

裏付けられたことはほとんどなかった。

原発から作業員が消えていく
https://www.youtube.com/watch?v=kxOFjwRf2V0

<貼り付け終わり>

姑息な政治手法・雇用・給与体制・販売方法・・他無数・・数限りなし・・

現在の我が学会の姑息・恥じ知らず組織運営を改めなければ、

いつの日か世界から、ノーを突きつけられる事間違いなし。

恐々謹言
 

声は勢い!いつでも、どこでも、どこからでも、

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 4月 3日(月)12時23分16秒
編集済
  ………………【声は勢い!正義の魂の師子吼を】……………

「声は勢いである」ーー
ゆえに戦いに臨んでは、できるだけ力強く、
大きな声を出した方が勝つ。
これが(宮本)武蔵の確信であった。
仏法では、声が「仏の仕事」を為す。
勇気ある声が仏の勝利の力なのだ。
      ★★★

「議論できない者は愚者である。
議論しない人は偏屈者である。
議論を戦わす勇気のない者は奴隷だ」
     (鉄鋼王カーネギーの箴言)
相手が誰であれ、闊達に勇敢に、
わが信念を語り切る。
これが青年の特権だ。
      ★★★

真実は声を大にして叫ばなければ、
悪意の扇動や意図的な喧伝に掻き消されてしまう。
だから黙ってはならぬ。
      ★★★
広宣流布は「声」の戦いだ。
精神の剣の戦いだ。
本気で戦う決心さえあれば、
たった一人でも、叫べる。
いつでも、どこでも、どこからでも、
勝利の戦端を開くことができる。
      ★★★★★
あのゲーテも、最晩年に至るまで、
若々しい声で語り、皆の心を掴んだ。
その声の若さに驚嘆した音楽家は、こう書いた。
「ゲーテがその気になりさえすれば、この声は
『一万の戦士の上に響き渡る!』こともできるだろう」
いわんや、題目を唱え、広宣流布のため真剣に語る創価の友の声は、大宇宙に、そして三世永遠に福徳を広げゆく大音声なのだ。


………………2009/8/23随筆人間世紀の光201………………


大御本尊=大宇宙=永遠の師匠を体感しつつ
私も青年の心で頑張ります。


 

通解や講義文が探せなかったので

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月 3日(月)12時14分10秒
  難しくてすみません。

観心本尊文段など、もちろん全部理解しているわけではありませんが、分かる範囲内で書いています。

どなたか、補足とか御意見とかしていただけると助かります。
 

インド仏教滅亡歴史的教訓(2)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月 3日(月)10時43分24秒
  すなわち、1203年は、一つの重大な歴史の区切りではあった。

しかし、それ以前から、内部的要因により、すでに仏教はその本来の精神を失い、解体しかかっていた。

堕落し、弱体化して、久しく衰亡への坂を転げ落ちていた現実の姿であった。その端的な表れとして、

仏教の密教化があげられる。

インド仏教は、その最終期において、特に七、八世紀頃から、急速に密教化していった。

その背景には、当時のヒンドウー教の興隆がある。

ヒンドウー教は、古代からの伝統宗教であるバラモン教を母胎としている。

アショーカ王の出たマウリア王朝の時代に、種々の民間信仰を吸収しながら、

徐々に民衆に根ざした信仰を作りあげていった。

仏教は、カムシカ王で有名なクシャーン王朝等を中心に、大乗の教えが隆盛となり、その高度な教理、哲学は、

諸宗教、諸哲学学問、文化にも大きな影響を与えたものの、4世紀に興ったグブダ朝では、ヒンドー教が興隆し、

仏教勢力は次第に押され気味になってきた。というのも、グブダ朝では、強力な中央集権国家を作るために、

その精神的中核として、古いバラモン教の伝統を復活させ、ヒンドー教を国教とする政策をとったのである。

そこで仏教は、時代の趨勢に押し流されるように、みずからインド土着の民間信仰を取り入れ、急激に密教化して

いったのである。


(1987年・9月6日 神奈川文化総会)

・・続く・・
 

「法華経の智慧」に学ぶ(3)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月 3日(月)10時22分7秒
  「永遠の妙法」を真剣に求める時、「永遠の仏」に会える

須田:(略)「良医病子の譬え」のあらすじはこうです。 良医である父(仏)が、誤って毒薬を飲んで正気

     を失った子どもたち(衆生)を救うために、姿を隠し、遠国で自分が死んだと伝えさせる。子どもたち

     は、父が亡くなった悲しみのなかで正気を取り戻し、父が通していった良薬(法)を服して病気が治

     る。 そこへ父(仏)が帰ってきて、健康になった子どもたちと再会する - と。

遠藤: 「仏は常住不滅であるが、衆生に法を求めさせるための方便として入滅する。衆生が法を信受する時、

     仏は再び衆生の前に現れるであろう」 - これが、この譬えの意味ですね。

名誉会長:その通りです。「永遠の妙法」を行ずることによって、だれもが、常住此説法の「永遠の仏」を己心に

     見ることができる。これが釈尊の遺訓の本義と言えるのではないだろうか。その心を、忠実に表現した

     のが寿量品の「良医病子の譬え」と言ってよい。

須田:  既に語っていただいたように、寿量品は釈尊滅後、なかんずく末法の民衆へのメッセージでした。

     釈尊がいない滅後には、釈尊自身の「師」を「師」としていけ、私と同じ道を行け - という遺言がそこ

     に込められているのですね。

遠藤:  そうすれば、釈尊がいなくても何も問題はない、と。

須田:  釈尊在世の人々は、釈尊との人格的な交流を通して「永遠の法」を感じ、悟りの道を歩むことができたわ

     けですが、滅後の衆生にとっては、そうはいかない。ここに寿量品が「滅後のため」と言われる重大な理

     由があると思います。

    <創価正義>
    http://www.sgi-seigi.com/


    
 

ビリーヴァー

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月 3日(月)09時31分29秒
  エイプリルフールは終わった! 本当のことを言おう!
「いま学会は教義的に2つに分かれている」「池田先生の創価学会(六大秘法を用いる)VS執行部の創価学会(六大秘法は用いない)」「あなたはどっちの創価学会だ???」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63132
http://6027.teacup.com/situation/bbs/66723

オフコースじゃないが、「♪僕の人生が2つに分かれてる その1つが真っ直ぐに……」どっちか???
https://www.youtube.com/watch?v=00OaXBgnTm0
真実が沈黙すればヒットラーが生まれる。勃樹する奴もいる。もう、このことを喋りまくることにする。さあ、聞かせて頂こう。「あなたはどっちの創価学会だ???」
本当のことを言うと村八分にされる? ヒットラーが生まれるのとどっちがいい? 勃樹怪鳥が生まれるのとどっちがいい?
村八分? もう、好きにしていただこう! B’zじゃないが「♪ALONE 僕らはそれぞれの花を抱いて生まれた 巡り逢うために ALONE 空を見上げればひとり がむしゃらな情熱がふわふわと笑うよ」
https://www.youtube.com/watch?v=gzBpV3Ke-eY
ハートのようには歌わない
https://www.youtube.com/watch?v=1Cw1ng75KP0
ジョンも最初はこう言っていた「♪世界を変えようとしている ああ、孤独 世界は小さな町だ みんなはそれを拒絶しようとする 分かってもらおうなんて思っちゃいない 酷く傷つけられたとしても、君は悪くない あなたもただの人間で、狂気の犠牲者だから」と。
https://www.youtube.com/watch?v=6ZzXg0qYoAo
でも最後に『イマジン』で結論した。「♪君は僕を夢見な奴だと言うかも知れない でも僕独りじゃない いつか君も加われば 世界広布はできるんだ!!!」
https://www.youtube.com/watch?v=M0d_P-QMdNQ

“先生の真実を記すことができるのは、私しかいない。また、それが先生の私への期待であり、弟子としての私の使命であろう”(雌伏9)

“最初の最初から 俺は頭の中を歌ってきた でもそろそろ疲れてきたんだ 自分の見方を変える時だと感じるんだ”
“次に 俺に出来ることを知らないといけない でももう一人で大丈夫なのさ 困難だって受け入れる”
“幼いときから言われ続けた 「周りと同じようにするんだ」って”
“でも俺はマイノリティのために歌うんだ 俺を助け俺を感じてくれた人のために”
“痛みから歌い 俺のメッセージを受け取って欲しい”
“俺の歌から 頭を通して美しさを見てくれ”
『ビリーヴァー』イマジン・ドラゴンズ
https://www.youtube.com/watch?v=7wtfhZwyrcc

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

地域の指針!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月 3日(月)09時20分0秒
編集済
   「個性」というのは、“長所”と“短所”が一体のものです。“裏腹”です。
 池田先生が、各方面への「地域の指針」にもそれが見て取れます。勝手にその“長短”を覗きます(笑い)。

 「常勝関西」がやはり有名です。“勝利”というのは、民衆の力が発揮できるかどうかが決め手です。庶民の力です。その庶民は、端的にいえば“泥臭い”。格好をつけていては、関西では戦えません。出張で大阪に行き、現地の人とともに昼食にいって「ざるうどん」を注文したところ、“ざる”でではなく“どんぶり”で出てきて、ひっくり返りそうになりました。「食は文化」なのだから、「ちょっとは格好もつけてくれよ」と心中、思ったものです。

 「世界の模範 静岡」。西から、遠州、駿府、沼津・三島、それに豆州(伊豆)の四つ地域で気質が分かれるのですが(あれは別々の県といってもいい)、中心の駿府(こういうと遠州、県東部は怒る)は徳川家康が晩年を過ごしたところだけに、表面には出ませんが、内に秘めるプライドは高い。遠州などは中京圏に近いが、浜名湖近くの一部の地域を除き、県全体として中京圏など見ていない。首都東京に目が向いているのは、北陸の富山、石川各県と同じです。福井は関西ですわぁ。

 「堅塁中部」。閉鎖的社会の典型で、まるで日本の“縮図”とも言えます。「石橋をたたいて(なお)渡らない」との評に象徴されます。土着の人が多く、同級生でも舞い戻る人が多いようです。サラリーマンで、中部の人を脅すのにきつい言葉はいらない。“転勤”を散らつかせれば用を足す、といったふうです。大いなる“田舎”とも揶揄されます。土着性が強いから、一旦、融け込むと底力が発揮できます。ここでの会合は、男女とも、話が乗りずらい。

 「先駆の九州」。とにかく、最初のとっつきが速い。だが、長持ちしない。いろんな活動も“あれこれ言っているより取り組め”が身に沁みついています。成果も出す。ただし、長持ちして半年、大体、三カ月で陰りが見え出します。これ以上は、まず持たない。とりわけ、女性のきっぷの良さは定評があり、離婚しても「慰謝料などいらぬ!」と言う人が多いとスナックのおネェ様がのたまっておられました。

 東京を「雑衆の街」とお思いの方も見えるかも知れませんが、「下町」にいって御覧なさい、“人情”熱き人がわんさといます。「大都会もまだまだ捨てたものじゃない」との思いを募らせてくれます。東京以南よりもむしろ、東京以北の人が集まってきている(統計による正確な分析ではありません)ようで、その人たちがそうした雰囲気を醸し出しているのかも知れません。「中央」の意識が強く、関西からは嫌われています。

 すべて、「個人の感想」であることをお断りしておきます(笑い)。



 

おはようございます

 投稿者:自由の凡夫メール  投稿日:2017年 4月 3日(月)08時59分45秒
編集済
  今日は、4月3日 言葉の「ヨミ手」の日です。← 私が勝手に決めました。

女性の方へ(教学が難しい方へ)----- 「気づき」の促しです。参考になれば。


「言葉」というのは「体感」しているそのものの二次的なものです。

ごく一つの例) 日常的な料理で包丁を使って「モノ」を切る場合です。

わかりやすくするため、包丁の「切れる」「切れない」の感知だけに限定します。

※注意: 手または、指を切らないようにして下さい。(今は、うるさいので)



・包丁を掴み「切る対象物」へもってくる

⇒ 包丁の刃先が、「切る対象物」に当たる。(感知する)---ここもポイント

⇒ 刃先が、「切る対象物」に入り始め(切り始め)から、生々しく瞬間、瞬間に「感じる」ものがある。

⇒ 後に、「切れる」「切れない」「あれ・これ」等の言葉が発生しませんか?


私とあなたを反転させて拡大解釈すると、生々しく・ありのまま、瞬間に「感じる」ているそのものを、言葉で相手に伝えれますか?

これだけは、「読み手」の受け取りかた次第です。

「切れる」「切れない」の感知の能力は、「体感・体験」するほど、精度が上がってきます。(シャープになる)
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、どうやって「諸天を揺り動かす」のデスかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月 3日(月)08時16分14秒
  おはようございます。原田怪鳥様、創価大学・女子短大での入学式、誠におめでとうございま~す(笑)

しっかりと池田思想の継承をお願いしますよぉ~(笑)、間違っても、本部の天下り先にしないで下さいねぇ~(爆)

さて、池田先生が総本部恩師記念会館で勤行・唱題されたとのコト、奥様はどうされたんデスかぁ~(笑)

お一人で、勤行・唱題されたんデスかぁ~(笑)その時に、メッセージもしくは談話はあったんデスかぁ~(笑)

なぜ、写真を載せないのデスかぁ~(笑) なによりも、「直弟子」である原田怪鳥様、アナタはなぜ一緒に勤行しないのデスかぁ~(笑)

「お元気な池田先生」を演出してるんじゃあないデスかぁ~(笑) 会員の願いは師匠の元気な御姿なので~す、写真を載せましょ~う(笑)


さてさて、わざわざ、師匠とは別に、勤行・唱題・焼香された原田怪鳥様(笑)

「題目の大音声で諸天を揺り動かしながら、共々に師弟凱歌を」デスかぁ~(爆)

御観念文から、諸天供養をもぎ取ったアナタが、ナニ言ってんのぉ~! ってコトで~す(笑)

「諸天供養は最初の引き題目に含まれる」そうデスが、驚愕部からは、一切その意義は説明されていませ~ん(笑)

説明責任を果たして下さいねぇ~(爆) 無慈悲デスよぉ~(笑)


さて、相変わらず、印象操作にひた走る「珍・人間革命」デスが・・・

>この宿縁の地から、家庭訪問、個人指導の流れを起こし、新しい創価学会の建設に着手しようと心に決めていたのだ。世界広布といっても、一人への励ましから、身近な一歩から始まるからだ。<
(新・人間革命、雌伏九から引用)

上っ面の言葉はそのとおりかもしれませんが、矛盾してマスよぉ~(笑)

まず、自ら進んで「勇退」して、首脳幹部に運営を任せた師匠が、なぜ、「新しい創価学会の建設」に着手するんですかぁ~?

もう一つ、文章は、いかにも伸一が、自ら進んで、何の障害もなく、家庭訪問などをされているような言い回しデスが、

>会長を辞めるのだから、会合に出席して指導するのはおかしい。その話や行動を機関紙に報道する必要はない。結局、伸一に関して「聖教新聞」が伝えることができたのは、海外の法門や要人との会見などに限られ、彼の会内での活動は功労者宅の訪問や個人指導等に制限された。邪智の反逆者と悪僧らの狙いは、伸一を徹底して排除し、学会員と離間させることにあった。そうすれば学会を自在に操り、会員を自分たちに隷属させられると考えたのだ。<
(新・人間革命、大山五十五より引用)

ハッキリと書いてありマスねぇ~(笑) 伸一の行動は、当時、制限されたもので、伸一は、限られたことしか出来なかったので~す。

執筆チームの皆さ~ん、章が変わったからといって、前章の言葉を否定するような書き方はやめましょうねぇ~(笑)

それもこれも、背景をしっかりと書かないからこんなコトになるので~す(笑) アタマ大丈夫デスかぁ~(爆)

さて、明日からハナシがどこに飛ぶのか? 期待しないで待ってまぁ~す(爆)
 

Yさんと対話

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月 3日(月)08時12分17秒
  Yさん「頭にきてさ」

ひかり「怒ってる?」

Yさん「そう、頭にきて、怒ってるの私」

ひかり「何に対して?」

Yさん「公明党も、バカな党だって分かった。幹部もロボットみたいで、バカなのがわかった。

今まで、2つのバカに利用されてたのに、私ったら、ずっと素直に従っちゃってさ」

ひかり「利用されて、、、」

Yさん「そう。間違ったものに、疑問持ちながらここまで来ちゃった、そんな自分に腹が立つ」

ひかり「・・・」

Yさん「素直に何でもハイハイとやるのが福運つけるコツ、みたいに言われてさ、ズルズルと」

ひかり「それは言われてましたね、確かに」

Yさん「でもさ、冷静に考えたら、騙し文句じゃん。何でもハイハイ、なんてさ」

ひかり「疑うとキリがないですけどね」

Yさん「御本尊に対して信心に対して素直に、というのが筋で、選挙や新聞啓蒙は、別なのよ」

ひかり「その通りだよね」

Yさん「それを私ったらさ」

ひかり「Yさんだけじゃないですよ」

Yさん「そうだろうけどね。悔しいよ」

ひかり「こういう時も来るんですね、びっくりだけど」

Yさん「ほんと」

ひかり「山あり、谷あり、まさかの坂あり、人生おもしろいです」

Yさん「そっか、そうだよね。 まさかの坂だわ」

ひかり「だと思うな」

Yさん「おもしろいね、おもしろいわ、ほんとだ」





 

「師弟不二論」の一考察 3/3

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月 3日(月)06時51分1秒
編集済
  以前、赤胴様が投稿されていたかと思いますが、
以下は御義口伝の
「如我等無異 にょがとうむい」(我が如く等しくして異なること無からしめん)
「皆共至宝処 かいぐしほうしょ」(皆、共に、宝処に至る)
の箇所の講義です。
「師弟不二」という言葉は使われていませんが、その心は、日寛上人の上記の御文と同じです。

御義口伝
化城喩品七箇の大事
    第七皆共至宝処の事 p734

御義口伝に云く皆とは十界なり共とは如我等無異なり至とは極果の住処なり宝処とは霊山なり、日蓮等の類い
南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一同に皆共至宝処なり、共の一字は日蓮に共する時は宝処に至る可し不共なら
ば阿鼻大城に堕つ可し云云。
――――――
 御義口伝には、次のように仰せである。
 「皆共に宝処に至る」の「皆」とは、地獄より仏界にいたるすべてをいうのである。「共」とは、「如我等無異」、
方便品の「我が如く等しくして異ること無からしめんと欲しき」、つまり一切衆生を仏と同じ境涯に入らしめると
いうことである。
 「至」とは、極果の住処へ至る。すなわち、最高の幸福境涯に至るということである。「宝処」とは霊鷲山の
ことである。大御本尊のいますところであり、また、最高の幸福境涯を意味している。
 今、大御本尊を信じ、南無妙法蓮華経と唱え奉る日蓮大聖人の門下は、一同に皆共至宝処、
すなわち、成仏することができるのである。
 とくに、「共」の一字は、日蓮大聖人と共にいる、大聖人を信ずるときは、成仏することができる。
また日蓮大聖人と共でない、すなわち、離れ、不信の念をおこすならば、阿鼻地獄におちる、不幸のドン底に
おちるということを示しているのである。
如我等無異
 方便品に「我が如く等しくして異なること無からしめんと欲しき」とあり、一切衆生と仏と同じ境涯に
入らしめるということである。観心本尊抄にはこの経文を引いて「『我が如く等くして異なる事無し
我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ』、妙覚の釈尊は我等が血肉なり
因果の功徳は骨髄に非ずや」(0264-17)とあり、仏の大慈悲を示されている。

以上 引用終わり

私がここで強調したかった事は、この教義上の師弟不二を忘れて、化義である組織や代々会長のみへの師弟不二だけに終始していないかという事です。
一念がどこを基盤としているかはとても大切です。
その一念が仏界の智慧である「南無妙法蓮華経」、末法の御本仏、大聖人をまず指向しているべきでしょう。
そこに個人の境涯革命があり、ひいてはそこから組織の成長もあるのであり、そこにこそ三代会長への報恩も意味あることになると思うからです。
 

今週のことば 2017年4月3日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 4月 3日(月)06時47分47秒
  仏法は「現当二世」
“今から”“ここから”
常に新たな挑戦だ。
元初の祈りとともに
今日も一歩前進を!
 

「師弟不二論」の一考察 2/3

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月 3日(月)06時47分44秒
編集済
  私の拙考を書かせていただきます。

「「我が如く等しく」の下は自受用に約して師弟不二を示し、次に「宝塔品」の下は無作三身に約して親子一体を示し、
三に「寿量品」の下は久遠元初に約して君臣合体を示す云云。」の全体は、仏の、主(君臣合体)、師(師弟不二)、親(親子一体)
の三徳を示しているものだと思われます。

その中から特に、「師弟不二」の説明箇所を抜き出しました。
それが、その以下の御文です。

端的な説明箇所として

<師とは>

「自受用身に約して師弟不二を示す」

「正しくこれ久遠元初の所願なり。故に「如我昔所願」というなり。
 この久遠元初の自受用身、末法に出現してこの本尊を授与す。」

ー 師とはこの本尊を授与する人である、久遠元初の自受用身の当体、南無妙法蓮華経如来であり、
  それを体現した、大聖人である。総ての人を仏にしたいという久遠元初の所願を持つ人である。

<弟子とは>

この本尊を受持する衆生は皆久遠元初の仏道に入る、故に「化一切衆生、皆令入仏道」というなり。即に久遠元初の仏道に入る
我等衆生の凡身の当体、全くこれ久遠元初の自受用身なり。

ー 弟子も又、この本尊を受持する我等衆生の凡身の当体、すなわち、久遠元初の自受用身である。

<師弟不二とは>

「自受用身の当体、全くこれ我等衆生なり。故に「妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや」というなり。
自受用はこれ師、我等はこれ弟子、既に「如我等無異」なり。豈(あに)師弟不二に非ずや。」

ー よって、自受用は師、我等は弟子、既に「如我等無異」なり。師弟不二でなくして何であろううか。

これは十界互具の原理で、簡単に言えば、全ての生命境涯には、既に「仏界」の境涯が内包されている、という事でしょう。
ですから、私達の生命の深い部分では、「師弟不二」は、因(弟子)果(師)倶時として既になされている事になります。

しかし、それでも、ただ「既になされている」だけでとどまっていれば、これは理論だけで終わります。
現実の生活の上に、その価値が顕現できなければ、砂上の楼閣です。
そこで、大聖人は、私達の為に御本尊を顕して下さいました。
大聖人の仏の生命を体現した、「事の一念三千の御本尊」への帰命が、現実の仏界湧現の触発になります。
御本尊に題目をあげて現実の生活の中で正しい信行学を行い、そして、他の人をもこの「師弟不二」に導いていくことが、
仏の慈悲である「如我等無異(我が如く等くして異なる事無からしめん)」の心と共振し、
凡夫の身(弟子)に、仏(師)の心が「念念に起こる」のだと思います。

 

「師弟不二論」の一考察 1/3

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月 3日(月)06時46分8秒
  生涯&広布一筋兄弟メール 様
師とは「久遠元初の仏」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/66912

蘭夢様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/66937

「師」というテーマが出てきましたので、以前に書き溜めてはいましたが、投稿を躊躇していた
「師弟不二」に関する考察を投稿します。


観心本尊文段上    富山大石寺二十六世日寛謹んで記す

一、経に云く我が如く等くして異なる事無し等文。

この下は次に正しく釈成するなり。当に知るべし、前の正釈の中には人即法に約す。
故に「我等此の五字を受持すれば」等というなり。
今の釈成の中には法即人に約するなり。

これにまた二意あり。一には三身即一身に約す。謂く、久遠元初の自受用身なり。
二には一身即三身に約す。謂く、本地無作の三身これなり。

この釈成の文また分ちて三と為す。初めに「我が如く等く」の下は自受用に約して師弟不二を示し、次に「宝塔品」の下は無作三身に約して親子一体を示し、三に「寿量品」の下は久遠元初に約して君臣合体を示す云云。

初めに自受用身に約して師弟不二を示すとは、謂く「如我等無異」の一句は自らこれ標の文なり。
「如我昔所願」の下の四句は自らこれ釈の文なり。何が故に「如我等無異」なるや。

謂く「我願已満、衆生皆入仏道」の故なり。「如我等」の我の字、「如我昔」の我の字、並びにこれ久遠元初の自受用身なり。
故に「昔」というなり。いう所の「昔」とは、天台・妙楽この文を釈して玄・籤第三に展転明久の判釈丁寧なり。

然りと雖も、当流の意は「本行菩薩道」の時、猶甚だ近きを恨む。正しくこれ久遠元初の所願なり。故に「如我昔所願」というなり。
この久遠元初の自受用身、末法に出現してこの本尊を授与す。故に「今者已満足」というなり。

この本尊を受持する衆生は皆久遠元初の仏道に入る、故に「化一切衆生、皆令入仏道」というなり。即に久遠元初の仏道に入る
我等衆生の凡身の当体、全くこれ久遠元初の自受用身なり。

自受用身の当体、全くこれ我等衆生なり。故に「妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや」というなり。
自受用はこれ師、我等はこれ弟子、既に「如我等無異」なり。豈師弟不二に非ずや。

以上 引用終わり


 

Twitterより

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月 3日(月)05時13分42秒
  ツイート人さんと同じ様で申し訳ありません。

Twitterよりです。

以下、引用。

牧口先生の指導を真っ直ぐ読むならば我々は結果として悪に通じる不善の罪に問われないように民衆の側に立たない学会本部や公明党の現状に声をあげなければならない。聖教の多部数購読、食法餓鬼のような集票活動、心ある会員への弾圧、見て見ぬふりをするのは不作為の罪である。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月 2日(日)23時43分32秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

如是我聞

 投稿者:蘭夢  投稿日:2017年 4月 2日(日)23時32分41秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/66881
投稿感謝します。

先生は、そのようなことを法華経の智慧で語られていたのですね。

本当に先生は凄いと思う。
ここまでの言葉を残してくれていたとは・・・先生。

法華経の智慧より

名誉会長: そう。ここで大事なのは、法と仏の関係です。「法」には「教え」という意味も含めて、さまざまな意味があるが、結論を言うと、釈尊が「法」と呼んでいるものは、実は「永遠の仏」の生命と別のものではない。
 「永遠の仏」の法身(法を体とする仏身)のことと考えられる。少し飛躍した言い方になるが、釈尊が「永遠の法」を悟ったというのは、イコール「永遠の仏」を自身の内に見た、ということと考えられる。
 法華経から見るならば、「法を依りどころとせよ」という教えは、根本的には、「永遠の仏」を師とせよ、との遺言であったのです。何より釈尊自身が、その「永遠の仏」を師として悟りを開いたのです。


■釈尊が「法」と呼んでいるものは、実は「永遠の仏」の生命と別のものではない。
如是我聞。
その通りです。
虚空会にて、付属されたものが何であったのか。
ある時、ありがたいことに、虚空会に同座していたことを思い出した。
けれど、どうしても何を付属されたか思い出せなかった。
それを大聖人は、御本尊として顕わしたのだけれど。結局、その御本尊様とは何か。
何を顕わしたのか、その法とは何なのか
そして、ある時、悟った。

■釈尊が「永遠の法」を悟ったというのは、イコール「永遠の仏」を自身の内に見た、ということと考えられる。
如是我聞。
その通りです。
戸田先生が、獄中の悟達より、仏とは生命なりと悟られた。
そして、家の御本尊の相貌を拝され、一字一字、拝され、その通りだと、言われたという。
僕もまた。同じ。
確かに、虚空会で付属されたもの。
それは、師匠の生命そのものであった。
そして、我が胸中に、師匠の生命は躍動し、太陽の如く、我が生命の中心で輝き。
そして我が生命の隅々までを照らす。
その我が身の生命を、顕わすなら、まさに御本尊の相貌となることに気が付いた。
御本尊とは、自身の生命。御本尊は、師匠の生命は、ここにある。厳然とある。
これが歓喜の中の大歓喜。

■法華経から見るならば、「法を依りどころとせよ」という教えは、根本的には、「永遠の仏」を師とせよ、との遺言であったのです。何より釈尊自身が、その「永遠の仏」を師として悟りを開いたのです。

如是我聞。
その通りです。
胸中の先生の声。御本尊の声。その想いは確かに感じています。
道は明らかです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/37105

再掲します。

私は生きる。
後継の弟子が顕れるまで、生きて生きて生きるのだ。
それは、胸中の先生との誓いである。
広宣流布の未来、それは後継の君たちにかかっている。
その未来を見届けるまで、たとえ体が朽ちるとも、私は生きる。

後継の君たちよ、今こそ、私のこの生命を引き継ぎなさい。
私の全てを引き継ぎなさい。
私の生命を自身の仏界の生命としなさい。
君たちが一人立ち、私のこの生命を引き継ぐまで、私は死ねない。

私は君たちの仏の種となろう。これが本当の下種仏法なのだ。
それが師弟不二なのだ。
私の肉体は滅ぶだろう。
しかし、嘆いてはいけない。
私の生命、私の全ては君たちの生命の中に永遠に生きているのだ。
どんな事があっても挫けてはいけない。
私は、常に君たちと共にある。共に戦っているのだ。

私の胸中には、常に戸田先生がいる。
戸田先生の胸中には、牧口先生がいらっしゃった。
その先生の生命の奥に見ていたものは、御本仏である大聖人である。
法華経である。

地涌の菩薩達が、付属されたものは何なのか
それは、師匠の生命そのものである。
師匠から弟子への生命の引き継ぎのドラマである。
下種仏法の下種、種とは何なのか。
それは、師匠の生命そのものなのである。
胸中に師匠の生命なきもの、師弟不二にあらざるものは、本当の法華経ではない。

今こそ、時は来たのだ。
私が引き継いできた、師匠の生命を、君たちに託そう。
大聖人の御本仏の生命を君たちに託す。

君たちの法華経のドラマは、今、始まったのだ。
歓喜の舞を、舞いに舞い行け。偉大なる後継の菩薩達よ。

 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月 2日(日)22時52分6秒
  23時より開始します。よろしくお願い致します。

右傾化する日本社会。その先棒を担ぐ公明党。
公明党を操り権力におもねる原田会長以下の執行部。
誰の目にも明らかになってきましたね。
 

Twitterより。学会員が発信する情報が増えた。現場組織でディスカッション出来ないのが一番の理由。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月 2日(日)22時20分54秒
  学会員が発信する情報が増えた。本当にそう思う。
現場組織でディスカッション出来ないのが一番の理由だと思う。

ネットやSNSに情報が流れるのが嫌ならば、教義でも公明党関連でも、生活相談でも真摯に対話してみよ。出来るが人がおらんだろ。
 

ハイハイ

 投稿者:ブラックタイガー  投稿日:2017年 4月 2日(日)22時00分19秒
  エイプリルフールは終わってまっせ~w  

歴史の評価は難しいです

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月 2日(日)21時57分6秒
編集済
  反論を有難うございます。文革を現代中国の人間革命、精神革命と礼賛する声がありました。池田大作先生の言葉ではありませんが。ことほど左様に歴史の評価は難しいです。文化大革命で連想するのが四人組。何処かの国の某宗教団体にも権力闘争の四人組がいることは賢明な当板の読者ならお分かりのことでしょう。私はドイツ現代史絡みの在野の研究者でもあります。ドイツ赤軍について調べておりますが、同時代のパリ5月革命、中国の文化大革命を知らなくては研究を進められなくなりました。それで、中国の人間革命をも参照しました。  

ダメさん、初めましてかな?

 投稿者:滋賀県大津市乃虎  投稿日:2017年 4月 2日(日)21時18分53秒
編集済
  この板で  裏話するのは  俺だけか
何をもって決めつけか   それを言ったらこの板が   終焉迎えまっせ
◯リさんに その事聞けば  良いんじゃない(笑)
この辺り 今回投稿  終わります
ダメさんね  虎を相手に  ご苦労さん
そう言えば   KちゃんHちゃん   頑張りや
ついでに   GちゃんIちゃんも   来世でお会いしましょうね
 

毎年思う

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月 2日(日)20時46分29秒
  戸田先生がご逝去された時、何故、総本山で宗葬にならなかったのであろう。

また、戸田先生ご逝去前後の、弟子、池田先生の思いを知ることができる「若き日の日記」をあらためて読み返すと、感慨深いものがある。
 

ドミサイル信濃町の入居者さま

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月 2日(日)20時41分27秒
  中国の人間革命、序文より抜粋

>私はただ、どこへ行っても、誰に会っても、誠意だけは尽くしたつもりである。誠意の接触は”百聞は一見にしかず”で私が中国の大地を踏んだ時、見るもの、聞くことが、一つ一つ新鮮な驚きと、貴重な経験として残った。<
>私は、訪問した先々で心の底から「この姿を、日本の人たちに伝えます」と述べると、即座に「中日友好のために日本人民に私たちの姿をお伝えください」という言葉が返ってきた。私は「必ずそういたします」と固い約束を取り交わしてきたのである。<

ドミサイルさま自身の言葉ではないと思いますが、文革を讃えた奇書というのは、不適切な表現と考えます。

小生的には、当時、日本国民は中国のことをあまり知らない実態があって、池田先生は、自らが、見た事、聞いた事を、率直に文章にすることにより、

日中友好の橋渡しをしたいという考えであったと思います。

なお、人間革命という言葉を使用されたのは、信仰による人間革命ではなく、違う視点からの人間革命を言われています。

中国の人間革命、序文より抜粋

>なによりも中国の民衆全員が一人残らず十分食べられるようになっただけでも、中国数千年の歴史になかった革命的なことと言わなければならない。泥棒の心配もなく、忘れ物でもすると飛行機に乗ってまで返しにくる誠実な人民の姿勢へと変換していった事実。---この事実そのものを私はまず直視したい。更にその根底にあるものは、新しい人間の誠意、あるいは一つの「人間革命」とも言うべき信念の道があるように思えてならない。<


 

中国の文化大革命発動から50年。

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月 2日(日)20時10分13秒
編集済
  1966-2016。いまだに研究史は混沌としています。ゴダールやミシェル フーコー、そしてパリ5月革命が文革のマオイズムを歪めて受容してきていることの研究はありますが。反体制であり、執行部の権力闘争を見抜くには、歴史に学ぶことです。  

戸田先生の御命日

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 4月 2日(日)19時33分1秒
  神奈川創価学会ホームページの広布史。
まだ削除されずに、残っていた。

さすが大聖人有縁の地。反転攻勢の起点。方面別学会革命の起点になればと祈りたい。

戦争の惨禍を、どこよりも味わい尽くした沖縄、広島、長崎。

現在の自公政権のやり方に、激怒されている会員さんの怒りが伝わって来るようだ。

池田先生の頃は、こんな無様な学会ではなかった。

今日は、戸田先生の御命日。
現在、3時間の唱題中。

 

何だか名前が同じ様で違うけど(笑)

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月 2日(日)19時27分0秒
  言い方や表現が一緒ですね(笑)

何を持って決めつけておられるのか解りませんが(笑)

改めて余計なお世話です。
 

中国の人間革命

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月 2日(日)19時07分31秒
  かつての文革を讃えた奇書らしい。当然、今の創価学会の正史からは抹消されています。著作の名義は何と池田大作先生です。  

楽しいね

 投稿者:滋賀県大津市乃虎  投稿日:2017年 4月 2日(日)18時37分1秒
編集済
  いつまでも わからず一生 過ごすのね
担当が 決まっていたのね すみません
本尊が 一人歩きで もう終わり
 

誰とは言いませんが(笑)

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月 2日(日)18時19分51秒
編集済
  申し訳無いが、投稿するもしないも。暇があるも無いのも。自由です。

見るのも読むのも自由。題目も自由。価値創造も自由。

余計なお世話(笑)
 

日本会議にブレーキをかける公明党!

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月 2日(日)18時00分2秒
  斉藤鉄夫先生の頑張りと私たちのお題目で、日本会議にブレーキをかけているのだとか?今朝の地区活動者会で、地区婦人部長が豪語していました。  

お題目

 投稿者:滋賀県大津市乃虎  投稿日:2017年 4月 2日(日)17時50分40秒
  投稿を する暇 見る暇 あるのなら 題目題目 価値創造
 

(無題)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月 2日(日)17時10分6秒
編集済
  インド仏教滅亡歴史的教訓(1)

・・・このように釈尊の在世に於いては、いかなる権力、武力による難も、仏教を滅亡させる事は出来なかった。

それどころか仏教興隆の糧とさえなった。その仏教が・釈尊入滅後、やがてインドで滅亡してしまった理由は何か。

ここに重大な歴史の教訓がある。

インド仏教の滅亡ーこのテーマについては、インドのカラン・シン博士との対談でも論じ合った。

その対談集「内なる世界ーインドと日本」は近い将来、出版される予定になっている。

また、これからも機会を見て、種々の観点からふれるつもりである。

そこで、今日は、その概略のみを述べておきたい。

インドにおける仏教の滅亡を決定づけたのは、八世紀から十三世紀にかけて繰り返されたイスラム教徒の侵入である。

この点について、カラン・シン博士は述べている。

「ハ世紀に始まり、その後、幾世紀にも渡ってインドを荒らしたこの侵略は、インドの仏教に最後のとどめを

さしました。この様相を象徴的に示しているのが、1203年のイスラム教徒によるブイクラマシーラ寺院の

容赦のない破壊と、その僧尼の大虐殺だったわけです」と。

この通り、同事件を持ってインド仏教滅亡とするのが現在の定説である。

ここで大切なことは、なにゆえに仏教が、イスラム教徒の信仰という”大難”の前に敗れ去ってしまったのか。

その根本の因は何か、という一点である。

(昭和62年9月6日)神奈川文化総会

・・続く・・
 

素朴な疑問

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月 2日(日)15時49分5秒
編集済
  アメリカの歴代婦人部長は、なぜ今、日本に来たのだろう?
そして、なぜ皆さん、現在の役職が記載されないのだろう?
普通、現在の役職が記載され、括弧に元の役職が記載される
というのが、これまでの紹介の仕方だったと思うが…

そして、今のアメリカの婦人部長は誰?
その人は、一緒に来日したのかな?
リンダさんまでは、同中で記憶があったけど、そういえば…
今は誰が婦人部長だか知らない事に気がついた
なんか最近、SGIが遠く感じる
なぜだろう?
 

大御本尊!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月 2日(日)15時14分23秒
   >僕は自身の胸中にこそ、大御本尊はあるとを感じているわけで、大石寺のあれは、そう師匠が定めたものとの認識。僕も師匠と同じく、大御本尊と定めることを継承している(投稿者:蘭夢   投稿日:2017年 4月 1日(土)21時47分10秒)<
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/66889

 「胸中にこそ大御本尊」「(大御本尊は)師匠が定めたものとの認識」――深い思索で大賛成です。

 「御本尊は大宇宙の縮図」という表現があります。「大御本尊」を「大宇宙」と置き換えたらどうなるでしょう。「大宇宙」が胸中にあるということになります。
 「宇宙」の認識は、同じであるようで、実は、人によって違うようです。時代によっても違いました。月に餅をつく“ウサギ”はいません(いた方がロマンがありますが)。明けの明星、宵いの明星の金星を、恒星だという人は現代ではまず一人もいません。ついこの間までは宇宙の始まりはビッグバンと言われてきましたが、いまは主流ではないようです。しかし、「宇宙」は厳然とあります。厳然とあって、我々や万物を支えていてくれています。

 宇宙の構造や、その構図の解析も、その知識や了見によって随分違いがあるものです。表記も異なります。その解析の担い手は、もちろん科学の眼です。構造、構図の解析や、その表記が異なったとしても、「大宇宙」は、厳然と我々を支え、育んでいてくれることになります。もし、「大宇宙」が「大御本尊」だとすると、その表記の細部の仕方が異なれ、大御本尊が我々を護っていることには何ら変わりがありません。

 大御本尊の構図、構成、つまり「二千二百二十余年」なのか「二千二百三十余年」なのかなど、「広」「略」「要」の違いこそあれ、その「義」を踏襲する限り、その本義を逸脱するものではありません。それはむしろ、「正しい」「その義あり」と“信じる”あるいは“信じられる”ことに根源的な“意味”があるのではないのでしょうか。



 

雌伏

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月 2日(日)14時10分7秒
  「大山」も酷かったけれど、「雌伏」はもっと酷いですね

5月から7月に、いきなり飛んでいます
雌伏8
「師の正義を宣揚し抜いていく事こそ、弟子に課せられた責務にほかならない」

有言実行を求めます!
自語相違しすぎていませんか?
今の学会も公明党も
「看板に偽りあり」になっていませんか?
先生の言葉をオウムのように繰り返し、会員に無理無駄を強いり、自分達は、挑戦しようともしない
そんな幹部ばかりになっていませんか?

それは「宝山」にいて功徳を要らないと言っているのと同じ事
自分は、先生の言葉、今世で幾つ果たす事が出来るか?挑戦していきます

先生の話
「お世話になったね。また来るからね」
79.4.23立川文化を出発し、学会本部に向かった
24日のニュースで「会長勇退」の報が流れると日本全体が揺れた
25日、立川に戻った
「東京には、私の席はなかったよ」
皆、絶句した
「ここを作っておいて良かった
  ここで、戦うよ
  ここから新しい時代を作るんだ」

こんな状況が有ったこと
触れていないのは、片手間であり、無理があり過ぎではないですか?

御本尊様は絶対!
池田先生は絶対!
執行部は?
残念ながら絶対でもなければ、無謬でもない
先生は
「会員の声、現場の声を聞きなさい」と言われていますが、聞いていますか?
聞いていない時点で、既に無謬ではないのでは?
過ちを素直に認め、先生の御指導に戻り、運営して欲しいと願います

先生が何も言われない=執行部は正しい
と思いたい会員は、多いと思いますが…
本当にそうだろうか?
2000年、与党入りした頃
先生は
「このままでは、私がいなくなったら、学会は無くなってしまう」と言われました
2000年のあの時、学会は軌道修正したのだろうか?
現在起きている全ての事が、先生が心配されていた通りであり、何ら改善されていないと思うのは、無責任な末端会員の要らぬお節介なのだろうか?

青春対話より
「正義の宝剣を持った人は、一生涯、多くの天人から守られるでしょう
邪剣を握った人は、必ず地獄の鎖に繋がれるでしょう

我が宝剣を磨け!
私は、必ず勝って見せると立て」




 

地区の会合が終わりました

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月 2日(日)12時11分40秒
  地区部長から甚深の指導がありました(笑)。具体的には、宿坊の掲示板の名を挙げて、絶対見ないように、宿坊板閉鎖を御祈念しましょう(笑)。との指導。今、都議会選挙を前にして上層部は相当に焦っているらしい。情報統制をかけているのだとか。  

御用評論家ではない、最後の期待の星

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 4月 2日(日)11時50分4秒
  TBS サンデーモーニングの岸井さん、復帰。

胸をやられ、緊急入院されていたようだ。

まだ本調子ではなさそうに見えたが、それを上回る気迫、使命感のようなものが感じられた。

戦時中、大本営発表の手先に成り果て、国民を騙し続けたマスコミの姿に、

深い痛みを感じている人。

同じ価値観を有する同志として、御健康を祈りたい。
 

巨大猫さんの紹介本学べます

 投稿者:一言児  投稿日:2017年 4月 2日(日)10時47分22秒
編集済
  須田晴夫著「楊枝本尊」の頁紹介ありがとうございます。大聖人のご一生後半に認められたご本尊を色々と知るのは関心事。そういえば昔、弘安2年アレ以外のご直筆は「一期一縁」本尊とかで貶めていた教学がありましたね。誰発の「4字熟語」かな、何となく気になりまして。  

1.3mの巨大ネ

 投稿者:一言児  投稿日:2017年 4月 2日(日)10時29分12秒
  須田著「楊枝本尊」謝々  

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