当初に、ある女性が提案した「男性へのスタンスは、各自おのおのということで」が、一番の正解だと思ってる。共通の目的は「女性に対するネットでのヘイトを叩くこと」だと受け止めていたので。「立派じゃないフェミニストを排除しよう」の一群に追放された私には、目に見えない会則が嫌いだったし。
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自己弁護とそしられるかもしれないけど、私は祖父が鹿児島なせいか、男を見るとおだてるという処世術を身に着けており、なかなか脱却できずにいる。これは母という女性を直接的な暴力から守るために、自分のなかにつけてしまった折り目のようなものなので、いますぐここで修復しろと迫られたら、辛い。
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ミソジニーの克服というのは目標地点だけど、そこに至るまでのスピードは、各人が決めていいことだと思う。それから繰り返しになるけど、この緩やかな共同体(組織化を拒む)へ加わる条件はひとつ、「ミソジニーを社会から排しよう(ネットからだけでも)」なので、他の条件は不要ではないだろうか。
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スポーツでも、変な癖をつけてしまった人の矯正はすごく難しいんだって聞く。習い覚える前の人のほうが、きちんとしたコーチがついた場合、すぐに強くなれるって。私は変な癖をつけられた人間なので、なかなか直らない。でもそれこそが、女性差別の歴史を物語ってないだろうか。
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それでも私が、よたよたと歩きながら、ミソジニーの克服に歩んでいるのだと、どうか信じて欲しい。ミソジニーに染まっているようにしか見えないとしても、歩む気持ちが大事だと言ってほしい。それが私からのお願いです。
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