医療・健康・食
末期がんの私が代替療法を選んだ「本当の理由」
働き盛りのがん闘病記(8)
朱郷 慶彦 プロフィール

「ご家族の気持ちを考えてください!」

と言われることも多い。

そりゃ、家族は一日も長く生きて欲しいと思うのかもしれない。でも痛いのはこっちだ。

それに、いくら最愛の家族だといえども、死んだら死んだで、いくらでもその状況に順応していくのが人間というものである。

私だって、家族のことは考える。家族のために、少しでもお金を稼いでおきたいと思う。特に事業に失敗した今の境遇ではその思いは痛烈と言って良い。

だからこそのQOLである。

病院に寝たきりになって、痛みに耐えながら、どれほどの仕事ができるだろうか。しかも仕事もしないのに入院しているのでは、費用ばかりがかかるということである。これこそが家族の重荷だ。

ならば、QOLを維持しながら仕事が続けられる時間が少しでも長い方が良い。

 

代替療法の一番の敵

「痛いのが嫌」という内容を、大人の男としての威厳を最大限生かしつつ言い換えるとすれば、大体上記のようになるであろう。

話は大幅に逸れたが、標準治療を受けていない限り、本来、患部が痛むということは死の直前にならない限り起こらないだろうというのが、私の楽天的観測である。

しかし、たまに患部がじい〜んと痛むことがある。

本当に、地の底から何かが湧き上がってくるかのように、ワーグナーの曲が突然始まったかのように、「じわ〜ん、ぐわ〜ん」と痛むのである。そして、しばらくすると、嘘のように痛みは治まる。

最初は、「もう死ぬんだ」と思い、うろたえた。「痛みが出るようじゃ、もうお終いだ。やっぱり代替療法なんかにか賭けるんじゃなかった」と考えた。「今からでも遅くない。標準治療をやっぱり受けよう」とまで思った。

ちなみに(また話が逸れるのかよ!)、代替療法の一番の敵は、これらしい。

代替療法でがんを克服した方にお話を聞いた中で、多くの方が言われたのは、「良くなる前に、症状は一度悪化する。腫瘍が大きくなったり、痛みが増したりする。そこで多くの人はうろたえて、やっぱり抗がん剤を飲もう、と考えてしまう。ここを乗り越えれば治るという直前なのに、本当に惜しい」 ということであった。

気持ちは、よーくわかる。

命がかかっているのだ。痛みが出たり、腫瘍が大きくなったりすれば、もう眠れないほど不安になる。

がん患者が目先の症状の変化に一喜一憂するというのは嘘だ。一喜百憂というのが正しい。

私も、最初に患部が痛み出した時には、この世の終わりかと思った。

しかし、やがて不思議なことに気がついた。

がんが悪化して痛むのならば、断続的に痛むのは良いとして、どんどん痛む頻度が高くなり、痛み自体もどんどん強くなるのではないだろうか。

しかし私の場合、痛みは不定期に来て、そして強くなることもない。

やがて私は、この痛みという現象が、何らかの治療法を試した後で起こることに気がついた。

さらに気をつけていると、その治療法というのが、私が感覚的に「これは良い」と感じた場合に、痛みを伴うことが分かってきたのである。

ある医師に相談すると、

「それは、あなたの自己免疫力ががんと闘っている証拠だね」

と言われた。

まあ、その医師も代替療法に理解のある人だったので、標準治療派の医師(ほとんどはそうだろうが)はまた違った意見かもしれない。

しかし、「自分の免疫力が高まってがんと闘う結果、痛みが生じている」という考え方も、十分に成立するように思える。第一そう考えないと、痛みが悪化しない理由が分からないのである。がん細胞が正常細胞を侵食し、ついに神経に触れて痛んでいるのであれば、どんどん痛みが悪化するか、痛みが常態化していかないことには理屈が合わない。

さらに様子を見ていると、患部でも痛む場所と痛まない場所があり、痛んだ場所は、しばらくすると腫瘍が少し小さくなっていることに気がついた。

腫瘍が小さくなる? そんなことが起こるのだろうか。がん細胞って、一方的に大きく増殖していくものではないのか? 小さくなっているということは、がん組織が正常な組織に変わっているということではないか。つまり、この現象が広がっていけば、がんが治ることもあるのではないか?

まあ、そのような素人考えにより(代替療法を選択すると、自分で考える以外に基準はなくなるのである)、「治療後のずし〜んと来る鈍い痛みは、その治療が効いている証拠」というのが、私の一つの判断基準となった。これを「朱郷反応」と呼ぶことにしよう。

そして話はようやくノニに戻る。

ナチュラルハウスのノニジュースは、全然、じい〜んと来なかったのである。

何の感触も得られないサプリメントにお金を使い続ける気はしない。

ノニジュースはここでいったん、私の日常から姿を消すことになった。私もノニのことは再び忘却の彼方へと押しやった。

しかし、私がノニを捨てても、ノニはまだ私のことを捨てはしなかったのである。

(つづく)