「実際問題、例えば100人解雇したとして、いったい何人が訴えるか。1人か2人は労基署に駆け込んだり訴訟を提起したりするかもしれませんが、そんなに訴える人はいないものです。訴えられても、きちんとした理由があり、手順を踏んでいればそう簡単に負けることはないですし、最悪、裁判で負けそうならば、給料2、3年分を払えばなんとかなりますよという話です」(『BUSINESS LAW JOURNAL』2010.8)。

 これが、現実の労務のプロの実感なのであろう。上の「自己都合退職」の偽装と併せて考えれば、現実には、日本の職場では法律が守られておらず、労働側が違法を意識していても守らせることができず、解雇規制についても「有名無実」のようになっている実態は否めないのである。

 だから、「自己都合」に偽装されていない解雇についても、多くが違法な内容で、押し通されているということも推察できる。労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎氏の調査によれば、「俺的にだめだから解雇」といった、完全に無法な解雇が横行しているのが日本の解雇の実情である。

 日本で、もし「解雇が厳しい」という実態があるとすれば、それは大企業の、それも交渉力の強い労組があるところだけの話だ。だが、そうした大企業でも、上乗せ退職金などを対価とした退職勧奨で、人員整理は現実に行われてきたし、JILPTの調査によれば、そうした退職勧奨による人員整理で不足が生じることの方が稀である。

 つまり、そもそも日本では、不当解雇を含む、企業の違法行為に対してほとんど労働側は是正することができず、労働現場が「無法地帯」のようになっていることの方が問題なのである。そして、法律通りの運用が行われている職場でも、プレミア退職金さえ払えば、必要な人員調整はできているということなのだ。

解雇規制緩和でブラック企業が
ますます猛威をふるう理由

 このような状況で、解雇規制を緩和したらどうなるか。一部の論者には「解雇規制の緩和によって、ブラック企業がなくなる」とか、「若者の雇用が改善する」などという主張が見られるが、まったくの間違いである。

 ブラック企業では、「予選」や「試用期間」などと称した違法解雇が横行している。例えば、ある気象予報大手の会社では、入社後の「予選」の結果、自殺にまで追い込まれる事件が発生している。

「予選」期間中、「予選に残る」ために200時間を超える長時間残業を強いられ、半年後に「予選落ち」を宣告されて、自殺に至ったのだ。もちろん、労働基準監督署からも過労自殺として認定されている。「解雇の脅し」は、違法労働と、心身を蝕むまでの過剰労働の温床となるのである。

 もし、解雇が自由になるのなら、こうしたブラック企業の違法労働がますます猛威をふるうだろう。解雇が自由であれば、「法律も変わったからな、いつでもクビにできるんだ」という具合に、これまで以上の圧力が発生する。サービス残業が横行し、有給もますます取得できなくなる。

 また、「解雇の金銭解決制度があれば、ブラック企業は自己都合退職強要をやめるはずだ」という主張も見られる。だがこれも、事実誤認である。先ほど述べたように、退職金の上乗せをすれば、今でも雇用調整は可能なのである。ブラック企業にとっては、解雇の解決金を支払うくらいならば、これまで通り自己都合退職に追い込んだ方がよい。