「ぐすーよー、ちゅーをぅがなびら。ウランダぬハイスやいびーん」-。ぎのわんシティFMから流ちょうなうちなーぐちで話しかけるのは、オランダ出身のハイス・ファン・デル・ルベさん(35)。うちなーぐちに魅了されて15年。深く学びたいと2012年に来沖したハイスさんだが、うちなーぐちを「話せない」「話さない」危機的な現状と、県民の無関心さに衝撃を受けた。「継承の鍵は話せる人が、積極的に話すこと」。ボランティアの勉強会やラジオ番組を通し、うちなーぐちの発信を続けている。(政経部・村井規儀)
ハイスさんがうちなーぐちに触れたのは02年。オランダ・ライデン大学日本学科の在学中に来日し、日本各地の言語を研究していたところ、「何をしているのか」をうちなーぐちでは「ぬーそーが?」と言うことを知り、日本語との大きな違いに関心を持った。
オランダに帰国後、「沖縄語の入門」(著・西岡敏、仲原穣)を片手に独学。発音は同書付録のCDと、YouTubeの比嘉光龍さんや伊狩典子さんの動画を聞いて練習した。「何度も繰り返したので、初めてお会いした時は古い知人に再会したような懐かしさだった」と笑う。
うちなーぐちをテーマにライデン大学院修士課程を終え、博士課程は琉球大学大学院へ留学し、県内各地で言語調査を重ねた。現在は県内の小学校で英語指導助手として働きながら、うちなーぐちを磨いている。
沖縄に来てハイスさんが驚いたのが、うちなーぐちの立ち位置だ。
消滅危機にある言語は世界中にある。オランダ北部のみで通じるフリジア語もその一つだが、マスコミもあれば、住民も日常生活で堂々と話すなど認められた言葉だという。
一方、うちなーぐちは身内同士の日常生活以外で使われることは少ない。研究者や識者も日本語が中心だ。「話者を一人でも増やすことが大切だが、この現状では…」とハイスさんは顔をしかめる。方言札や標準語励行など過去の背景から「日本語に比べると劣った言語とみられ、うちなーぐちで話すと『でぃきらんぬー』と思われないか不安なのだろう」と推測。うちなーぐちへの無関心も、そこにあるとし「劣等感を乗り越えよう。話せるのに話さない世代から変わろう」と呼び掛ける。
うちなーぐち発信の一環として、ハイスさんが仲間と一緒に琉大で行っている勉強会は4年目に入る。初級と上級の二つのクラスを週1回ずつの開催で、4月スタートに向けて調整中だ。
うちなーぐちでの会話が自然と増えてゆく受講生たちに、ハイスさんは喜びを隠しきれない。「うちなーぐちは世界と人の輪を確実に広げる。オランダ人の私が沖縄でこうして、皆さんとつながっているのが代表例かな」と笑った。