人が人を殺める、命を奪うというのは重大な行為であり、多くの場合は最悪の罪となる。だが命を奪える権利が国家(司法)には存在する。「死刑」という制度は今日にいたるまで存在している。
死刑は人類の文明が生まれて以来、長い間行われてきた。そしてその長い歴史故に、多くの死刑執行人が存在した。
死刑執行人は多くの人の死の瞬間に立ち会ってきた。まったく無関係の第三者の命を奪う作業を、国に代わって行ってきたのだ。
ここでは古くは16世紀から今日にいたるまで、死刑執行人たちが残した死刑と死刑囚に関する10の記録を見ていこう。
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10. 突然何かが壊れて死刑執行人を辞めたフレッド・アレン
テキサス州ハンツヴィルにあるウォールズ・ユニット刑務所で、120回の死刑に立ち会ったというフレッド・アレン。いまわの際に死刑囚が暴れないよう押さえつける役目を担っていたチームの一員だった。
なんでもないときに突然、自分の中でなにかがはじけて、震えが止まらなくなった。涙がとめどもなく流れて抑えることができない。心の中のなにかが一気に噴き出して、自分が関わったすべての死刑、死刑囚たちが突然、一気に目の前によみがえってきたんだ
その後、アレンは執行人を辞めた。当時の上司、ジム・ウィレットは言う。
ほかの職員たちがフレッドのように壊れてしまうとは思わないが、部下たちが心配だ。彼らの目の中にときどき、ああした思いつめたものが見えるから
9. 無名の看守と教戒師が語る死刑囚の最期の瞬間
死刑執行に関わった者のすべてが、自分の名前を明かしたがるわけではないのはよくわかるが、話だけならしてくれる。
ある看守は、死刑囚に”最期の言葉”を残すチャンスを与えたときのことを話してくれた。天井からマイクが下りてくると、ある者は祈り、ある者は歌い、ある者は無実を訴えるという。そして顔見知りの死刑囚は、その看守に別れの言葉を告げたという。
また別の看守の話だ。
息子が死刑になるのを見ている母親の泣き叫ぶ声など聞いたことなどないだろう。ほかにたとえようのない、それは恐ろしい叫び声なんだよ。決して忘れることなどできない
執行人ではないが、刑務所付きの牧師である教戒師はたいてい死刑に向き合う。
わたしはいつも彼らの膝下に手を置いて強く握り、わたしがまぎれもなくここにいるということを意識してもらう。彼らが震えているのがわかり、そこに恐怖や不安が感じられる。胸が大きく膨れ上がり、シャツの上からでも心臓が脈打っているのがわかるくらいだ。
最期の息を吐き出すとき、まるでロックされたように、わたしの目から決して視線をそらさない者もいた。
今でも目を閉じれば、彼らのあの目が見える。あの時の極度に張り詰めた感情や情動がもどってくる。これをとても表現することはできない。ある意味、あの感情を表現するのをわたし自身が怖れているというのもあるかもしれない。自分のあの感情を本当の意味で深く追求したことはまだない。
8. 常に自問自答を繰り返すケネス・ディーン
2000年以降、アラバマ州ハンツヴィルの刑務所での囚人押さえつけ担当の主任で、130以上の死刑執行に関わったが、ディーンはその数を数えたがらない。
娘に、「死刑ってなに? なにをするの?」とよく訊かれるが、7歳児にそれを説明するは難しいという。どうしてそんなことをするの?と言われても、「仕事だから」と答えるしかない。
ぼくたちは皆、これは正しいことなのか?と思う。だけど、もし自分たちがやらなくても誰かがこれをやらなければならない。これは自分となんとか折り合いをつけていかなければならないひとつの役目なんだ。
そこで淡々と仕事をこなしていくと、今度は”どうしてこのことで自分は悩まされないのだろう?”という複雑な気持ちになってくる。
死刑は客観的で冷静なプロセスである。思考停止してでも誰かがその歯車にならなければならないのだ。
7. "処刑マイスター"フランツ・シュミットの日記
ドイツで1573年〜1617年までプロの死刑執行人を務め、その間ずっと、個人的な日誌をつけていた。法によって死刑執行の権限を与えられていて、361人の人間を死刑にし、その他大勢に対して鞭打ち、四肢切断、火あぶりなど各種拷問も行った。
彼の日誌には、処刑者の名前、罪状、処刑の方法など、詳細が記録されている。最初は1573年6月5日から始まっている。
セイレンのレオナルド・ラス。窃盗。シュタイナッハの町で絞首刑。初仕事
淡々と事実を述べる冷徹な書き方が冒頭から続くが、時がたつにつれ、その描写は次第に詳しくなっていき、シュミットの道徳感に根差した洞察が増えてくる。
1590年7月28日の記録。
ニュルンベルク出身のフリードリッヒ・スティグラー、銅細工師兼死刑執行助手。数人の人妻たちをそのしるしから魔女だと告発し、人々に魔術をかけているとして、わざと彼女たちを不当に扱った罪状。
同様にして自分の弟を脅かし、さらに最初の妻が生きているうちに2番目の妻を迎え、2番目の妻が存命中に3番目の妻を娶ろうとした罪もあり。慈悲をかけられて斬首の刑に処された
6. 処刑が下手だったジャック・ケッチの手紙
1663年にイギリスで死刑執行人に任命されたが、まもなく非常に不名誉な評判を得ることになった。とても処刑が下手だったため、世間からひどく軽蔑されたのだ。
死刑囚の首を切り落とすのに8回も斧を振り下ろさなくてはならなかったこともあり、世間の風当たりが強く、彼は自己弁護する手紙を書いている。
しかし、わたしの大きな仕事は自分に投げつけられた痛ましい不名誉と罵倒をできるだけ拭い去ることです。これらはすべて、ラッセル卿の頭を一撃で切り落とすことができなかったことへの非難です。
どうにもうまくいかなくて、何度も斧を振り下ろした結果、卿には必要以上の苦しみを与えてしまったのなら、非人間的で残酷な罪と言われてもしかたがありません。
これはわたしの執行人としての職業が原因のひとつかもしれませんが、この特殊な状況ではっきりしていることがあります。ラッセル卿自身がさっさと死んでくれないため、それが真の障害になっていたのです。
ケッチはラッセル卿の処刑のときに、何度も斧を振り下ろさなくてはならなかった理由を卿のせいにしている。またしてもべつのお粗末な処刑の後で、ほかの死刑囚からラッセル卿みたいに切り刻まないでくれと頼まれたほどだ。
ケッチはほとんどリンチされそうになったが生き延び、その名は下手くそな死刑執行人の代名詞となった。
5. フランス最後の処刑人、フェルナン・メイソニエの回顧録
フランス最後の死刑執行人。やはり執行人だった父親の手ほどきを受けて後を継ぎ、16歳のときに初めて人の首を切り落とした。ちなみにフランスでは1981年までギロチンによる死刑執行が行われていた。
父は邪魔にならないようわたしを脇に立たせた。近くのモスクから祈りの声が聞こえ、父が"時間だ"と言った。すると、ひとりの男がふたりの看守にはさまれてやってきた。
看守たちは男を板の上に押しつけ、その首がふたつの直立した板の間に入った。次の瞬間、首が体から離れて落ちるのがみえた。そのとき、わたしは思わず、ああ!という声を放っていた。それほどまでに強い衝撃だった
メイソニエは回顧録の中で、誤った方向に向かう死刑制度、斬首のリアルな詳細だけでなく、自分の心の状態も語っている。
ギロチンの刃が落ちるときは、まるで高感度フィルムを見ているようだ。たった2秒ですべてが終わる。それはパワーを与えてくれるが、自分がギロチンにかけている人間のことなど考えてはいられないだろう。自分の技に集中しなくてはならないのだから。
死刑を執行するときは、犠牲者たちがどんな仕打ちを受けたかを考えた。彼らはわたしの手をかりて復讐を成し遂げているのだ
死刑執行人を辞めてから数十年の間に、メイソニエの死刑への考え方は変わり、今では死刑に反対している。
死刑が執行されて3〜4年たっても、犠牲者の肉親は犯人に復讐をしたいという気持ちがまだ消えないが、それもかなわない。刑務所に一生ぶちこんでおいたほうがいいのだ
メイソニエは新たな仕事を始めた。
「違った形で死刑家業を始めた。害虫駆除さ」
4. フランスの死刑執行人アンリ・サンソンの記録
サンソン家は、フランスで200年もの間、代々死刑執行を任されていた家系。アンリとその父、祖父は皆、死刑執行人で、この世襲は祖母方の家系にさかのぼることができる。
アンリの祖父は、結婚を望んでいた娘の死刑執行人の父親、つまり未来の義父を説得するするには、自分自身が死刑執行人になるしかないと決心した。
2世代のちのアンリの時代、国王ルイ十六世の斬首刑の指揮を執った彼は死刑執行のプロとしてのサンソン家の業績を記録し、その中で数々の処刑、世間のサンソン家に対する反応、死刑に対する家系の考えを語っている。
自分の母親を殺してそれを隠蔽し、強盗までやった21歳の若者ブノワの処刑についてアンリは書いている。
この哀れな若者が監禁されているビセートルの監獄に着いたとき、もうすぐ死刑だと知らされた彼の泣き叫ぶ声が、独房の壁を通して聞こえてきた。我々が廊下で待機していると、ふたりの看守に支えられたブノワが出てきた。
死を目前にした人間がこれほどまでに憔悴しきっている様子を見るのは初めてだった。助手が髪を切る間、彼はひと言もしゃべらなかったが、服を脱がせると恐怖の叫び声を上げ始めた。ブノワが発した言葉で唯一聞き取れたのは、"お慈悲を! どうか憐れみを! ぼくは無実だ。殺さないでくれ"だった。
彼は立ち上がろうとしたができなかった。黒いベールが彼の頭にかぶせられ、わたしたちはギロチンに向かって歩き出した。ブノワは途中で何度も失神し、気がつくと哀れな声で叫んだ。”M・シェ・デストンジュのせいでぼくは死ぬ。かわいそうなお母さん、あなたなら、ぼくが無実なのがわかっている”
つきそっていた司祭は、ブノワを慰めることはできなかった。ブノワは相変わらず、自分は無実だと言い張っていた。
ギロチンを目にしたとき、初めてひざまづいて自分の罪を告白した。彼の告白ははっきり聞こえたが、それは司祭だけに向けた言葉だった。
その言葉を聞いて、わたしはほっとした。というのも、裁判を追っていて、決定的とは言い難い証拠によってベノワは有罪になったと、わたしなりに判断していたからだ。
自分の引退についてサンソンはこう書いている。
ついにわたしが退くときがやってきた。50人ほどの熱心な卵たちが死刑執行人になろうとしのぎを削っている一方で、わたしは解放された者として別れを告げた
なお、死刑執行人アンリ・サンソンに興味のある人は、漫画、イノサンがおすすめだ。当時のフランスの死刑制度を耽美な比喩表現で描き上げている。
3. 酩酊した状態で絞首刑に現れた、ヘンリー・ピエールポイント
夫であり、五児の父であるイギリスの死刑執行人。1910年までの10年間以上で99の死刑を執り行った。その中のある死刑執行についてこう語っている。
できるだけ速やかに、マッケンナを縛り上げたが、そのシーンは一生忘れられない出来事となった。彼は自分の最期の瞬間がやってきたことを知って、静かな独房の中で急にすすり泣き始め、そのうち涙ながらの号泣になった。”ああ、神さま、お助けください”運命の場所まであと数歩というところで、マッケンナは歩みはゆっくりになり、よろめき始めた。
絞り首にしなくてはならない男が極度の緊張にとらわれているのがわかった。涙が男の頬をとめどなく流れ落ちている。絞首台のチョークでマークをつけた場所に足を触れた瞬間、彼は大声で叫んだ。”主よ、わたしの魂を憐れみたまえ!”
ヘンリー・ピエールポイントのキャリアは、いきなり終わりを告げた。酩酊した状態で絞首刑の現場に現われたのだ。助手に悪態をつき、殴りかかって喧嘩を売った。そのときから、彼の名前は死刑執行人としての正式なリストから末梢された。内務大臣のファイルには、「この人物は決して二度と採用しないこと」と念を押してある。
2. 400人以上を死刑執行し死刑が何の解決にもならないことを悟ったアルバート・ピエールポイント
前出、ヘンリー・ピエールポイントの息子である。父親の職を引き継ぎ、15年のキャリアの中で400
人以上を死刑にし、1956年に引退した。それから9年後の1965年、最後の死刑から1年後、イギリスでは死刑が廃止された。
かつて、彼はプロとしての客観性でこの仕事について書いている。
死刑囚は皆それぞれ落ち方が違う。朝の7時に死刑が執行される部屋に入り、すべてを完璧に準備し、最終的な段取りを整えて、執行の1時間半ほど前には完了させる。それがそこで始まるすべてなのだ
自伝の中で、アルバートは死刑に対する自分の考えを述べている。
わたしは、死刑ではなんの解決にもならないという結論に達した。死刑は、復讐してやりたいという根源的な欲望の古くさい遺物にすぎず、復讐を実行する責任を簡単に他人に負わせてしまう。
死刑につきまとう問題は、誰に対しても死刑を望む人はいないが、みんな死刑を執行しなければならない人間とは違うということだ
1. ジェリー・ギブンズ
ヴァージニア州で1982年から1999年まで死刑執行人を務め、62人の死刑に関わった。
もしわたしに選択の余地があったなら、電気椅子での死を選ぶ。電気のスイッチをつけたり消したりするようなものだからだ。ボタンを押しさえすれば、あとは機械がやってくれる。ある意味、その死刑に関わっているという苦しみから解放される。死刑囚の体を流れる電流が見えることもない。
しかし、薬物での死刑の場合、死刑囚の体は3つの化学物質を処理するため、しばらく時間がかかる。手に注射器を持って隅で待機し、死刑囚の体の反応を目の当たりにすることになる。腕に刺した透明のチューブを通って薬物が彼の体内に入っていき、現われる薬の作用をその目でつぶさに見てしまう。死刑囚の死により密着することになるのだ。わたし自身がそうしてきたから、知っている。電気椅子の死のほうが、ある意味人間的だ
なぜ、死刑執行人を辞めたかということについて、彼はこう言っている。
長くなる話を手短に言うと、大陪審が、わたしがマネーロンダリングに関わっていて、不正に金を得た友人のために車を買ってやったと偽証したと言ったんだ。友人はまっとうだったと思ったと話したが、結局、わたしは連邦施設で57週過ごすことになった。
そして、この制度は正しいことではないと気がついた。わたしに対して公正な裁判がされたとは思えない。だから、わたしが死刑を執行した誰かも、公正な裁判をされないまま死んだのかもしれないと気づいたのだ
死刑執行人としての最大のミスはなにかと訊かれたとき、彼はこう答えた。
わたしがこれまで犯した最大のミスは、死刑執行人という仕事に就いたことだ。人生は短い。一日は24時間しかない。死は必ず万人にやってくる。わざわざお互い殺し合う必要はない
via:10 Executions As Told By The Executioners/ translated konohazuku / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
そりゃぁ執行人には葛藤もあろう、しかし司法による秩序を求めるなら死刑は必須。
どうしたって規格外の怪物は出てくる。
2. 匿名処理班
彼らが一つ仕事をこなす度に、救われる人達がいる
彼らが一つ仕事をこなす度に、報われる人達がいる
彼らが一つ仕事をこなす度に、この世がまた一つ正常に近づいていく
本当に尊い仕事だよ
世界で最も尊敬に値する
彼らの活躍の場はもっと増えるべきだ
3. 匿名処理班
処刑人なんて自ら望まなければまずなることないよね
4. 匿名処理班
死刑執行を、被害者遺族の手に委ねれば良いじゃない。
5. 匿名処理班
死刑反対論者は死刑が犯罪の抑止に繋がらないというけど、
それを言ったらあらゆる刑罰が犯罪の抑止になってないだろう
重要なのは罪が罰せられる事であって、犯した罪より与えられる罰の方が軽い社会は正しくないという事
死刑執行人が死刑に批判的になるのは、彼らが単に虚無感に捉われてるだけ
医者がどんなに熱心に患者を治しても病気や怪我人が尽きるという事はない
だからと言って医者が毎日の仕事に意味が無いと考えるのは間違いだろう
6.
7. 匿名処理班
アンリ・サンソンの事は「死刑執行人サンソン」てタイトルの本にも書かれているよね
また読んでみたくなったな
8. 匿名処理班
私は死刑廃止論者ではないが、死刑の執行者が死刑廃止を求める気持ちは強く理解できる
9. 匿名処理班
死刑を廃止する代わりに臨床試験用の動物として死刑囚を採用したらいい
10. 匿名処理班
葬儀屋だけど、泣き崩れる遺族とか見てると
人の死について考えさせられるよ
11. 匿名処理班
ところで平穏な一日を過ごしていた人間がある日突然恐怖と絶望の中で殺される、その気持ちを考えたことがありますか?
その人も前日の夜はあなたが見ていたのと同じテレビを見て、朝はあなたが読んだのと同じ新聞を読んでいたかもしれない
最期に目にするのは家族の優しい顔ではなく殺人鬼の醜い顔なんだぞ
死刑囚が刑の直前に泣いて喚いて許しを請うからってそれが何なんだよ
目の前で家族が無残に殺されるのを見て、それでもなおその犯人を優しく抱きしめて「僕は君を憎まない」と言えるなら、自称死刑反対派様を褒めたたえてやるよ
12. 匿名処理班
※4
イスラム教だとそれ取ってるな
仮に死刑にならなくても出所後にあやめようが
加害者遺族は何の手出しできないという恐ろしい教え
そういう面では犯罪者の人権なんて、使い古しの
鼻紙にも劣る扱い故、自分に正しい人にはいい
宗教かもしれない
13. 匿名処理班
ジェリー・ギブンズさんの辞めた理由で、冤罪で死刑にされかけた人の話を思い出したな。
警察の取り調べとか司法が間違ってたら、何もしてなくても誰でも死刑になる可能性はあるんだろうなぁ。
冤罪で殺されかけた人たちは無罪だって分かるまで、遺族や世間の人たちに死ぬべきだって恨まれたんだろうな。
14. 匿名処理班
冤罪ということは考えないでいうと
死刑になるほどのことを他人にしておいて
自分が死ぬとなったら泣き叫ぶとか身勝手すぎるだろう
被害者に対しても遺族に対しても処刑する人に対しても
自分がどれほどの苦しみを与えたか、そんなことには思い及びもしないんだろうな
15. 匿名処理班
2番のアルバート・ピエールポイントさんの、びっくりするほどたくさん処刑した結果の「死刑が何の解決にもならない」っつー意見は重いね
死刑なしでもなんとかなってる国もあるから、なくてもなんとかなるんだと思う
いや逆に、死刑なくてもなんとかなる国でしか死刑廃止にしてない/できないのかも
16. 匿名処理班
中世は無罪で殺されたケースが多くて同情するが、
現在の犯罪者はもっと無残に殺された被害者の事を思うと
犯罪者が殺されようが抑止力になるとしか思わん
17. 匿名処理班
かつてのアリゾナ州やテキサス州では、
被害者の遺族自身が、加害者への銃殺刑に
参加する事が許可されていたという、西部劇さながらの
法律が存在していたみたいですね。
18. フェルデランス
なお、現代ではと言っておこう「少なくともそいつによる新たな犠牲者がもう出ない」事は確実だヨイ。
なんで現代ではと一拍入れたかだが、古い記録に成るほど≪恣意的・差別的処刑が多く含まれたと思われるからだヨイ。≫
19. 匿名処理班
死刑よくないとか言ってもさー
死刑になるほどのことをしたんでしょ?冤罪はおいといて。
20. 匿名処理班
警察とか司法とかに不信感が大きい国では慥かに死刑は無い方がいいかもね
日本は其処まで冤罪が多い国ではないと思いたい
犯罪者に対して未だ一応は抑止力となる死刑制度が無意味とは思わないから
21. 匿名処理班
※5
刑罰の中でも死刑の存在はかえって社会秩序を乱して抑止力にならないっていう主張なんじゃないかな
5番目のフランス最後の死刑執行人みたいに、復讐が出来ないから一生ぶち込んでたほうが良いみたいな死刑反対もある
22. 匿名処理班
ジャック・ケッチが斬首に失敗した云々ってあるけど、アンリ・サンソンだって親の跡を継いですぐの時に、似たような醜態さらしてるんだよね
そのときは、引退した父親が余りの醜態に飛び込んできて、見事に処刑を成功させたけど
23. 匿名処理班
「死刑は何の解決にもならない」って言葉が印象深いけど
何の問題が解決しないのかって点がよくわからなかった
この文章だけだと単に死刑執行人の心が辛いから辞めたいって言ってるだけにしか見えなくて
どのような目的のために死刑が存在しているかって点についてはまったく触れていないように見える
24. 匿名処理班
※11
まあまあ、落ち着いて。彼らもそれは分かっていると思いますよ。
その上で、“死刑を執行することで、実は死刑を執行された悪党と同じことをしているのではないのか?”という葛藤に執行官の方々は苛まれているのでしょう。
ただ同時に思うのは死刑執行官の葛藤と、死刑制度の是非は全く別種の問題として考えるべきだということ。
一部の人間の感情に基づいて刑罰があったりなくなったりするのは、それこそ法の公平性の否定につながると思うので。
25. 匿名処理班
私刑執行人なら現代にいっぱいいるけどな
26. 匿名処理班
加害者の母親の叫びが凄く恐ろしいものだって?
被害者の母親連れてきて、レコーダーで被害者の断末魔でも流してみろよ。もっと凄い声がデュエットで聞けるぜ?
達観したようなしたり顔で死刑廃止を声高に叫ぶ 共よ、それぞれの罪には罪に応じた償い方がある。それは罰金だったり禁固だったりと様々だが、罪よりも重い罰を受けなければならない。何故ならば償いにならないからだ。
命を奪うという罪に対する罰とは何か?それは法の下に自らの命を捨てることだ。自殺ではいけない。自ら命を法の天秤に載せなくてはならない。確実に死刑になると分かった上でそうしなければ償いにはならない。
人は歪んだ欲によって他者を殺めるという、自然界の生き物にあらざる特性を持っている。ならばこそ人という生き物は、死刑という手段によってその歪んだ欲と向き合う必要がある。
27. 匿名処理班
日本にも死神と言われた人がいたけど兄より先に亡くなったな
28. 匿名処理班
日本は早く死刑を廃止にすべき
29. 匿名処理班
サンソンの一族って執行人の家系で、常に美しく処刑できるように技を磨いてたんだっけ?
江戸の処刑人も首の皮一枚でつながってられるように介錯したんだっけな。
なんにしても電気椅子より毒殺よりギロチンはなんというか…優しい処刑なんだろうな。と工具や製材する刃を見ると思うね。創るものと奪うものの差こそあれど。
やはり生きて償ってほしいな。
30. 匿名処理班
押さえ込んだりしなくていいから日本の死刑制度はこの人達が行ってきたことに比べたら楽なのかな。
どのボタンが働いたかもわからないしね。
31. 匿名処理班
遺族に、好きなようにやらせてやればいいのに
32. 匿名処理班
死刑反対論者には「冤罪」を持ち出すのが多いけど、冤罪をなくすには冤罪をなくす努力をしなきゃならないだけで死刑があってもなくても何の関係もないよね。
そんで冤罪だった場合、死刑にしてしまうと取り返しがつかないとかも言うけど、死刑以外の刑だって取り返しはつかないよね。
取り返しのつかない刑が嫌なら刑罰は全部罰金刑にするしかないんじゃない?
33. 匿名処理班
人道的観点からでは無く純粋に冤罪があるから死刑には反対
少なくとも取り調べの完全可視化、取調べ時の弁護士同席が実現されなければ賛成できない
自分が冤罪で死刑にされるのは嫌なので
34. 匿名処理班
>息子が死刑になるのを見ている母親の泣き叫ぶ声
この息子とやらによって殺された人の遺族の声のほうがよっぽど悲痛だ。
>死刑が執行されて3〜4年たっても、犠牲者の肉親は犯人に復讐をしたいという気持ちがまだ消えないが、それもかなわない。刑務所に一生ぶちこんでおいたほうがいいのだ
復讐が許されないならば、死刑でも投獄でも叶わないのは同じ。ならば少しでも溜飲が下がり、なおかつ金のかからない死刑の方が良い。
>死は必ず万人にやってくる。わざわざお互い殺し合う必要はない
その必要が無いことをやってしまい、誰かを悲しみのどん底に突き落としたからこの世に存在してはいけないとされたんだよ。
公正な裁判が行われず、疑問の残る証拠しかないまま死刑とされた場合もあるが…
明らかな証拠があったり現行犯だったりした場合もあるので、死刑は間違いなく必要。
35. 匿名処理班
被害にあった人以外にも嫌な思いするひとがたくさんいるんだから悪いことはしないでよ
36. 匿名処理班
日本で死刑廃止した場合は終身刑を同時に導入しろ
最高刑が無期懲役のままじゃ、仮に出所できた場合再犯したら誰が責任を取るんだ
37. 匿名処理班
お前らなんでもすぐ死刑にしろっていうけど、死刑って人を殺めた犯人にのみ行われるべきだと思うんだよね。海外じゃそれ以外でも死刑になる場合があるが。死刑って国家による殺人だからな。やはり命を奪った場合のみでいいと思う。
あと、被害者感情から見れば死刑は妥当だというけど、自分の家族が殺されても死刑に反対してる人もいるからな。だから遺族が終身刑か死刑かどちらか選べるようにしたらいいんじゃないかなって思う。
38.
39.