はじめに
先日、教育国債という奇策を提言した自民党若手からなる2020年以降の経済財政構想小委員会(事務局長 小泉進次郎氏)は、今度は、こども保険を提言したようです。
こども保険は、先の教育国債同様、いくつかの問題点を抱えていると思いますので、それを指摘してみたいと思います。
こども保険の対象とするリスクは何か?
こども保険とはその名の通り社会保険の一種と考えられますが、社会保険は社会保障の一つであり、社会保障は、(1)社会全体でリスクに備える機能(リスク・プーリング機能)、(2)リスクの発生そのものを軽減する機能(リスク軽減機能)、が期待されています。
例えば、医療保険は病気にかかった場合のリスクに備える(リスク・プーリング機能)ために存在しますが、政府は公衆衛生により国民が病気に罹患するリスクそのものを軽減する(リスク軽減機能)のに努めているということです。
さて、ここで問題になりますのは、こども保険はどういうリスクに対応するためにわざわざ新たに導入されるのかということです。
まず一つ考えられるのは、子育て自体がリスクであるとみなすという考え方ですが、深く考えるまでもなく、子育てはリスクなどではありません。もし、自民党の若手先生方が、子育てはリスクであるとお考えだとしたら不見識も甚だしいでしょう。
次に考えられるのは、子育て中(何歳までを考えるかにもよりますが)はそもそも働きたくても働けなかったり、短い時間しか働けない場合も多いですので、そうした労働に関するリスクを補てんするという考え方もあるでしょう。
しかし、先のNHKの報道では、「保育や幼児教育の負担を減らす新たな社会保険制度」とありますので、どうやら一定期間労働できない事象に対する保険ではなさそうであります。
そもそも、保育(サービス)や幼児教育の負担はリスクでも何でもないわけですし、これまでは主に税収(消費税)で賄われてきたという現実とどう折り合いをつけるのでしょう?
結局、こども保険は、どういうリスクに対して備えるための保険なのか、まずその理念が極めて曖昧であるという問題点を指摘できます。
高齢者の意向を忖度
社会保険は、医療保険・介護保険・公的年金のように、原則として、加入者の責任においてその給付が賄われる制度である、つまり、社会保険の予算制約式を考えます場合、保険料で給付が賄われる原則となっているということですから、原理原則で考えますと、これから子育てリスクに直面するであろう世代が加入者となり給付者となるはずの制度です。
しかし、今回提案されている「こども保険」はNHKの報道によりますと、「保険料を徴収して社会全体で子育て世代を支援する新たな保険制度を作ろう」という趣旨となっていまして、保険料の負担者と給付を得る受益者とが一致しないという、そもそも保険原理から逸脱している点を問題として指摘できます。
さらに、「社会全体で子育て世代を支援する」はずなのに、「今の厚生年金や国民年金の保険料に上乗せする形で、働く人や企業などから幅広く徴収」するということにされているわけですから、社会全体の中からどういうわけか高齢世代がきれいにすっぽり完全に抜け落ちてしまっています。
自民党の若手先生方は高齢世代は社会の構成員の一部をなすとは考えていないのでしょうか?高齢世代に対して甚だ失礼な接し方と言えるのではないでしょうか?
もちろん、おそらく自民党の若手先生方も、高齢世代が社会の構成員ではないと考えているのではなく、高齢世代に負担を求めるのは高齢世代の反発を招くでしょうし、ひいては選挙結果に影響を与えるかもしれない、それでは困るので、高齢世代が嫌がる負担増は回避しようとの意識・本能が働いたと考えるのが自然でしょう。
高齢世代の負担を外すことは、自民党の若手先生方が、高齢世代の意向を勝手に忖度した結果と言わざるを得ません。高齢世代も、社会の一構成員でありますし、社会のために役立ちたいと当然お考えのはずですから、これはこれで大変失礼な忖度ではないでしょうか?
まとめ
今回、自民党の若手議員の先生方が検討されている「こども保険」は、
- なんのリスクに備えるのかが不明
- 負担者と受益者が一致しない
- 高齢世代を社会の構成員とみなしていない
- 高齢世代の意向を勝手に忖度しわざと負担させない
という問題点があり、問題点1・2からはそもそもこども保険は保険ではないという懸念があることを指摘致しました。
自民党の若手議員と言えば、将来の総理候補とされる小泉進次郎先生をはじめとして今後のニッポンを導く責任ある先生方なわけですから、将来のニッポンを支える次世代の育成に関して、こども保険などという奇策に頼るのではなく、真正面から、社会保障制度の財源構成のアンバランスに切り込み、必要に応じて、巷間喧しいシルバー・デモクラシーを超克して、政策の王道を行ってほしいと切に願っております(なぜか上から目線で大変恐縮でございます...)。
そもそも、やれ国債だ、やれ保険だ、では際限なく政府の規模が大きくなっていきますね。そうではなく、やはり政府の守備範囲をどうするか、そしてそれに見合った負担の大きさ、財源構成という国家としての根本に立ち返って将来のニッポンのあり方を考え、そうした文脈の中で教育政策や子育て支援策を考える必要があると思います。
それができれば、「すごーい!先生方は改革できるフレンズなんだね!」と言われるとか言われないとか...。
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