中核派に愛想を尽かして、そんなのは最初から分かっていただろう、と、何回も言われた。
それは結果的にそうかもワカランけれども、私は革命を起こしたい仲間を探したら、中核派しかおらんかったんや。
・・・そして、革命を起こしたいというのは本心からではなくて、単なる党派としてのポーズというのも理解したんやけど・・・・
その過程を省略して、「中核派になんか身を寄せるのはダメなんだ」と言われると、いやそこまで短絡的に考えられても、と思ってしまう。
けれども、中核派の側も、私が幾重の苦難に満ちた過程を経たことを説明しても、「日本政府が腐っているのはアタリマエなんだ」と言われて、やっぱ、いやそこまで短絡的に考えられても、と思ってしまう。
そうやって、いろんな人々が、どこかで短絡的に考えている。
その、短絡的に考えるところを、踏みとどまって、どうして自分はそう考えるのか?を一個一個検証してかなアカン。
そのためにはやっぱ、一般人に対して何かを求めるのではなくて、中核派の側が、「日本政府が腐っているのはアタリマエなんだ」と言って、短絡的に考えることを改めな、始まらんと思う。
てか中核派についてはやっぱ個人的にいろいろと文句があるけれども、”労働運動で闘う”って、聞こえはいいように見えて、ようは凡将が戦場を最初から決めていて、そこで戦うぞ!と言うとるのと同じや。
けど、たとえば織田信長の桶狭間の戦いを見てもわかる通り、名将は勝つことを求めるけれども、戦場をどこにするかは決めずに、敢えて奇襲戦法をしたりする。
そうすると、中核派はきっと、火炎瓶とかテロリズムとかが奇襲戦法なのだと言うと思う(・・・いや、前進社では見たことないけど、想像やで)。
けど、そういうのじゃないねん。
”労働運動で闘う”と決めつけるのではなくて、いや労働運動が基本かもやけど、そこで、私がいつも言うとるように、どこにどんな火種があるか?をチェックしとるねん。
もっと基本的なことを言おうか。
なんか中核派は、マンネリの労働運動で支持者が増えるとかいうのを妄想しとるっぽいけど、そんなの何万年経ってもない。
チャンスってあるねん。
そして、チャンスって、報道機関とか、今回の森友学園のように、誰かが空から与えてくれるものではなくて、自分らが労働をやっていて見つけるもんやねん。
私なんてE235系INTEROSとかCBTCとか、ATACSとか、応荷重制御とか、チャンスにするところはいっくらでもあると、動労東京でも言ってきた。
けどあのバカの吉野元久(名前ださんとこうと思うとったけど、熱が入ったらどうしても出してまうなあ)は、凡将の”労働運動で闘う”にこだわってん。
だから、交通機械サービスの闘いをやった。
たぶん中核派内では、組合員が7人とか私がバラしたといって騒いどるやろ。
けど、組合員が何人かなんて、私が書かずとも、数日内にわかることや。
いや私が書いとることが正しいかどうかも、JR東日本はワカランし、私がビミョーにウソついとることも考えなアカンから、そこは慎重になるし、敵からしたらやっぱ断定はできんはずやけど。
けど、それはいずれにしろ凡将の戦術のひとつにしか過ぎん。
名将ならば、桶狭間の戦いみたいに、敵の不意を突くようなモノを見つけろよ。
てか吉野元久のなにが凡将かというと、アイツは組合員の職場を知らずに戦うとるのが問題と思うとる。
そんな委員長の下では私は闘えん。
私は正月の時点では、ガチで動労東京をしょって立つつもりやったし、交通機械サービスの現場まで行ったよ。
元旦には、水戸駅から水郡線を通って、郡山に行って、動労福島の方(個人的にはけっこう可愛いと思うなあ)がいるかなあと思ったら見つけたよ。
・・・・・・・・それ以後会う機会がなくなってもたけどなあ。
労働運動の基本とかそんなのではなくて、現場を見て、この現場ならばこんな闘いができると発想できる、そういうのが名将の闘いやと思う。
だから私はいっぱい現場を見とるんやけど、なんか吉野元久は現場キライやねん。
吉野元久は作業員のくせして、発想がもう現場を見る必要性を感じない権力者側で、そんなんで勝てるはずがないと私は思うし、コレ読んでみんなも思うよなあ。
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