69/165
針鼠の恋愛事情(グリーパス・スタン・アマルガムハート) ⑯
■ アムール川 航空母艦ライト
小っちゃい空母の甲板にジャンボジェット機のキメラが覆いかぶさっている。 まるで双頭の水鳥が宿り木に留まっているようだ。その白い機体はカーボンファイバー製の双胴機でエアバスそっくりなワイドボディを横に並べて、内側の翼を取り払い、Hの字状に中央で繋いである。あまりに横長のため、両翼が海上に影を落としている。ちなみにその全幅はB29爆撃機に匹敵する。空中に引かれた地平線の下にはそれぞれエンジンポッドが二基ずつ吊り下げてある。出力は31kN。
そして、中央にデルタ翼の大気圏往還機が装着されている。
「ドイッチェラントの航空工学だけが世界一じゃないわ」
邨埜純色はモハーベ砂漠から運んで来たばかりの宇宙船梯弐号機に片手をあてて、誇らしげに披露した。
「バリバリの禁忌科学じゃん」
望萌は仇敵ながら、その珠玉とも呼べる工芸品にすっかり魅入られてしまった。
特徴的な平面形を持つ双胴機はホワイトナイトツーと呼ばれ、自身の三分の一程度の往還機を抱いて高度十八万メートルまで駆け上がる。
「ウエイト17トンの機体を一基31kNのターボファン、かけることの四で持ち上げるとして、ええっと」
望萌は鉄道員だ。空を飛ぶ乗り物のスペックを列車に置き換えないと感覚できない。
「――総重量2000トンの貨物列車を牽引できますね」
荒井先生がしれっと換算して見せた。
「おおっ、さすがは教師。しかし、さすがに無謀でないかい?」
ホワイトナイトとスペースシップツーを乗り継いで上空のジルバーフォーゲルと合流しようというのである。既にステイツのX−33がシホテリアニ山脈周辺の異常を察知して警戒飛行を続けている。そして、更なる高みに昇る手段はドイッチェラントにゆだねられた。
「ハバロフスク周辺にジルバーフォーゲルを着陸できるほど広い場所はありません。よしんば貴国の鉄道連隊が突貫で拡張できるとしても懐疑派が陣取っています」
邨埜純色がきっぱりと否定した。
「まさか、外套の上に『宇宙服』を重ね着するとは思ってもみなかったわ。というか、わたしの目が黒いうちに宇宙に行けるなんて」
吹雪は例によって翼の一振りで身に着けていた物をボロ切れに変え、一糸まとわぬ姿になっている。
「おまけにオムツをつける羽目になるとは……」
望萌が真っ赤な顔で吸湿素材性のぱんつに足を通している。スペースシップツーは旅人の外套効果による慣性制御が施されておらず、激しいGで体液が漏れてしまうおそれがあるための予防措置だ。
そして、チューブトップを平たい胸にまきつけ、ぱんつの上からデカパンサイズのビキニを履く。
「水着と言うよりもズロースです」
吹雪がつい愚痴をこぼすと、望萌がさっそくツッコんだ。
「さすがは昭和の生き字引」
「人をおばさん呼ばわりしないでください。私はコード1986の現役教師ですよ」
温厚な吹雪が珍しく声を荒げた。知らないのも無理はない。ハイウェストビキニ――下半身が気になる女性向けのビキニの上に履くぱんつ――が登場したのは2014年のことだ。女優のテイラースウィフトが着けて話題をさらった。
望萌と吹雪はモコモコするハイウェストに補正水着を重ねて、翼を縛り上げる。あとは、慣れた手つきでスルスルと体をスクール水着に滑り込ませる。
「ヤダ、もう。ブルマから『オムツ』がはみ出ちゃう」
望萌がスカートをめくって裾に指を入れていると、純色が長いドロワースを持ってきた。
「これが、宇宙服……ですか?」
吹雪が目を丸くして駱駝のパッチ(死語)のようなドロワースをつまみあげる。
「そうよ。外套効果の制約もあって『どうしてもスカ〜ト』というならこれしかない」
彼女はカバーオール型の旧態依然とした宇宙服を一切受け付けない枢軸側の無茶ぶりに量子色力学でこたえた。QCDの一つである「堕落」は無重力空間において人間をダメにする。そこで、対義語である「忍耐」を肢体にぴったりフィットさせたのだ。ドロワースはQCD加工されていて素足履きすれば外套効果があらわれる。
「ランガードが入った本格派よ♪」
純色が吹雪のスカートをめくる。
「きゃあ、やめてください」
ドロワースからふりふりのアンダースコートが透けている。足の付け根に切り返しが斜めに走っている。
異世界逗留者二人が頭からエプロンドレスを被ると、裾がふわりとセーラー服を覆い隠した。
『ホワイトナイトツー、発艦準備にかかれ』
戦闘指揮所が出撃を促した。
■ シホテリアニ隕石発掘現場
宇宙を飛んで追いかけろ、といとも簡単に言ってくれる。マドレーヌは「集団」の丸投げっぷりに呆れ果ててしまった。せめてアダムスキー型円盤の一基でも支給してくれるのかと思いきや、自力でなんとかしろとは無茶な話だ。
途方に暮れている暇はない。知恵を絞ってコヨリとの距離を詰めねばならない。
「どうすればいい?」
彼女はダメ元で咆哮してみた。するとビロビジャン市内の社用族が助け舟をだしてくれた。
「閉鎖都市? なんだそりゃ。ふむふむ、コムソモーリスク・ナ・アムーレ。なるほど、スホーイ戦闘機の原産地か。それにヴォストーチヌイ宇宙基地? ありがとう」
彼女は喜び勇んでフラウンホーファー財団と連絡を取った。グリーバスの現地時間して数分後。はるばるワールドクラスの 壁を越えて、ドイッチェラント空軍機がアムール川に沿って低空侵攻を開始した。
■ TWX1369
「コムソモーリスク・ナ・アムーレをドイッチェラント機が空爆? 本当なの?」
ハウゼル列車長はハバロフスク北方の航空宇宙産業都市陥落の報せを聞いて慄然とした。コムソモーリスク・ナ・アムーレはハバロフスク地方でも有数の工業都市であり、アムール川をさらに遡った先には宇宙基地がある。懐疑派はそこに目をつけたらしく、フラウンホーファー財団の息が掛かった戦闘部隊があっという間に制圧したという。そして、例によって異世界時差を活用して、あっという間にソユーズ宇宙船を独自仕様に改良してしまった。
「忘れていたわ。ドイッチェラントの手癖も世界最悪だってこと」
ホワイトナイトツーの望萌は艦を直接指揮できないことをたいそう悔しがった。上昇中は大気中の重水素が干渉して、部隊を直接指揮できるほどのダイマー感覚を発揮できない。
「おまけに撃墜される可能性があります」
ハウゼルは頭を抱えた。
「「こんな時にハーベルト閣下がいてくれたら」」
思わず二人とも声に出してしまう。だが、その愚痴が思わぬ突破口となった。
「ハーベルト? そういえばこんな時、彼女ならどうするかしら」
ハウゼルは記憶の糸をたぐりよせる。ハーベルトは派手ごのみで力押しが大好きで裏をかくのが上手だ。
「おまけに玩具のとりこ」
望萌がやり玉にあげると、ハウゼルが同意した。
「そうよ。オモチャ王国のお姫様。アムール川地下のリニア・コライダーを用いてビロビジャン市内に毒電波を流そうと企むお人だもの」
二人はユダヤ系ポップスの解析結果から得たトーラー詩篇を用いて、高次知能集団が拠り所としている「宇宙の回線」とやらを妨害することにした。これらは懐疑派が構築した咆哮/脳炎ネットワークと地続きであることは明白だ。
ダイマー共感視野に一枚の地図がクローズアップする。曲がりくねったアムール川をさらにクネクネと遡上すると、支流のゼヤ湖に突き当たる。水力発電用の人造湖ゼヤ湖だ。ここにもう一基、リニア・コライダーを置いてヴォストーチヌイ宇宙基地を挟み撃ちにする。
「さすがに今から建設する時間はないから、観念的な象徴で代用するわ。いわば黒魔術の祭壇と言うか、力の媒体になりそうなもの。何か電波をまき散らす乗り物はない? あとは思念波で何とかする」
望萌の声が途切れがちになってきた。もうすぐホワイトナイトツーは往還機を切り離す。
「それならおあつらえ向きのアイテムがあるわ。彼女、前から欲しがってたもの!」
同僚を知り尽くした列車長が世界首都ゲルマニアから凶器を呼び寄せた。
◇ ◇ ◇ ◇
枢軸の鉄道連隊はシベリア横断鉄道のレデャーナヤ駅に引き込み線を敷設した。ワールドチューブが開く。そこから異世界逗留者がバラバラと飛び出した。旅人の外套を纏った女子斥候兵たちは戦々恐々としながら偵察情報を持ち帰った。
なるほど、この付近の地勢は物騒だ。大陸弾道弾発射基地の街ウグレゴルスク。ロシア極東空軍最大の基地ウクラインカ。最強の戦略空軍、第第326重爆撃機師団、そして迎撃基地オルロフカにはSU−27SMフランカーが配備されている。
空母ライト所属のウェスペ隊がまともに飛び込めば返り討ちにされるだろう。
「あっちは超音速巡行が出来る制空戦闘機よ。こっちは足の遅い戦闘爆撃機。勝負にならない」
ウェスペの隊長が編隊を引き連れてオホーツク海を逡巡している。
「貴女も閣下の大事な玩具を預かってるならお勉強なさいな。ハーベルトが帰ってきたら怒られるわよ」
SU−27SMフランカーは旋回性能、推力、運動性能、すべての面においてウェスペに勝っている。望萌はそれでもなお、唯一無二の弱点を見出した。
「頼もしい味方を召喚したわよ」
望萌が歓迎すると、ダム湖の水面がゴボゴボと激しくあわだった。そして、閃光の中からゆっくりと巨体があらわれた。
ロシア太平洋艦隊所属、ネデリン級弾道ミサイル追跡艦「マーシャル・クリロフ」
その威容は電子の要塞と呼ぶにふさわしい。 甲板に所狭しとアンテナマストや艦橋がならび、天文台のような丸ドームを背負っている。この船は新型ロケットをはじめとする広範囲な打ち上げ技術を確実なものとするために設計された。主にミサイルの軌道試験で確実なデータを取り、技術を積み重ねて基礎科学にとする。
地図上では枢軸の勢力が「と」の字型をしたアムール流域を上下から挟むように布陣している。
Y字状の部分、アムールと支流のゼヤ川には凶器が、「と」の底辺部分には重巡ノーザンプトンが待機し、南北から電子の網で畳みかける。
「ウェスペのアドバンテージはレーダー断面積が小さいことよ」
つまり、レーダーに映る機影が小さいため、SU-27SMからは見えにくい。
望萌がウェスペ隊に北部からの奇襲を命じた。超低空飛行で侵入し、ウグレゴルスクに肉薄する。
「デンドンデンドン♪」とショスタコーヴィッチの組曲が通路を賑わせている。
アムール川底地下百メートルのトンネルに多数の導体筒を並べてある。ロジウム塩高効率発電機が線形加速器に強烈な電荷を印加しはじめた。
アムール川が三原色にきらめいて、ぱあっとしぶきを飛ばすと色鮮やかなオーロラがはためいた。そこから目に見えぬ光がビロビジャン市はもとより宇宙基地周辺を含むハバロフスク州全域の隅々まで浸透する。
送信内容はハウゼルが解き明かしたユダヤ民謡だ。聖典の一説が寄せては返す波のように大地の邪念を洗い流した。即座に反応したのは虚空の彼方をめざしているシホテリアニ隕石だ。それは大気圏突入の際に表面を大気摩擦で焼かれており、徹底的に浄化されている。そして邪悪な高次知能集団に染められる羽目に陥ったのだが、完全に毒されているわけではなかった。その片隅に隕石の良心といえる部分が枢軸の呼びかけに応じた。
「俺たちは『日本』に帰りたいと願っているんだ。方向が違うじゃないか」
シベリア拘留者たちがざわめきだした。とっくにコヨリの悪意に気付いていた零もいる。
隕石の周囲にスペースコロニーを模した残留思念貯蔵施設が浮かんでいるが、そのどれにも拒絶反応が巻き起こった。
「どうも変だと思ったら、俺たちを収容したいだけじゃねえか」
説明を求める声がデータと化したコヨリに詰め寄る。もちろん、彼女は納得できる説明材料を持ち合わせていない。
「「「帰らせろ!」」」
「「「とめろ。戻れ」」」
あちこちで反抗意識が芽生えている。とうとう隕石は高度をさげた。
■ ヴォストーチヌイ宇宙基地
マドレーヌを乗せたソユーズ宇宙船は発射台で打ち上げを待つばかりだ。
「カウントダウン中止、どういうことなの?」
彼女は司令船の中で無情にも死の宣告を受けた。枢軸の戦闘機隊が奇襲をしかけてきたという。
「はっ? 重厚な布陣にわざわざ飛び込んでくるなんて阿呆の見本市だわ」
コヨリはひとしきり罵倒すると咆哮/脳炎ネットワークを励起して、ありったけのマイナスイオンをピロビジャン市内に注いだ。街のいたるところで小競り合いや銃撃戦が始まった。
シュルルフと社用族が互いのイデオロギーをぶつけているのだ。葛藤は渦巻く思念波となって枢軸軍に襲い掛かった。
川面に爆炎があがり、オーロラが暖簾のように大きく煽られる。
「リニアコライダーに干渉。エネルギー密度を維持できません!」
現場スタッフが窮状を訴えるとジルバーフォーゲルから檄が飛んだ。
『過電圧しろ。焼き切れても構わない』
望萌は無情にも徹底抗戦を呼びかける。
「アムール川に何か細工したのわね? こん畜生!」
マドレーヌはは後方攪乱をあきらめ、頭上の敵を追い払うことにした。マイナスイオンをウェスペ隊に振り向ける。
しかし、その焦りが仇となった。思考の流れは全てアムール川に浮かぶノーザンプトンが掌握している。
「脳炎ネットワークはおおむね良好。ハッキング攻撃を開始します」
ノーザンプトンのイージスシステム担当者がトーラー詩篇をネットワークに混入させた。
「――? な、何なの? この音楽は??」
マドレーヌの耳に癖のある歌謡がこびりついて、何度も何度もループする。
同時刻。ウグレゴルスク。ウェスペ隊はSU−27SMの射程圏外にいる。その細面なシルエットはまだ敵機のレーダーにとらえられていない。
「勝負は一回こっきり。気づいた時には死んでいる」
ウェスペの隊長は超音速巡航ミサイルの斉射を命じた。蜂の一刺しが遥か大森林の彼方に向けられる。
ミサイルはセミ・アクティブホーミングだ。目標に命中するまで戦闘機からレーダー波を照射し続けなければならない。
ちんたらちんたら誘導していては、俊敏な敵に撃ち落とされてしまう。
だが、ウェスペには邨埜純色が開発したQCDレーザーガンが搭載されている。この射程はSU−27SMよりも格段に長い。
そして射程距離に余裕があるという事は。
「アウトレンジ攻撃が可能になるのよ! 行っけーーッ!!」
ウェスペの隊長は、彼女はッ。
婚約者を真摯な眼差しで見つめるようにヘッドアップディスプレイに十字線を維持している。
――そして、死のプロポーズがソユーズ宇宙船を打ち砕いた。
発射台が一瞬で燃え上がり、巨大な火球が施設を丸呑みする。
シホテリアニ隕石は己の愚行を、無垢なるが故の悪を猛省した。軌道を逆走してあるべき場所に戻っていく。
「日本へ連れ戻してくれ!」
シベリア拘留者たちの要求に抗しきれず、コヨリは折れた。隕石の進行方向に広大な海が広がっている。
「に、日本海が見えるでしょ。た、確かに連れていってあげるわ」
「「「おおっ。やっと、やっと帰れるんだ」」
コヨリが示したのはハンカ湖だ。
中国東北部の黒竜江省とロシア連邦の沿海地方との間の国境地帯にある広大な水面である。
拘留者達が貨車で移送される際、日本海だと錯覚し、帰国できるものだと思い込んだという。
「「「帰れるんだ」」」
残留思念が、望郷の想いが、グリーバスのワールドクラスを揺さぶった。
「今よ」
邨埜純色はTWX1369にビロビジャン市上空を旋回するよう命じた。その際にユダヤポップスを最大パワーで咆哮する。シュルルフと社用族の葛藤に拘留者達の気持ちが重なり、音楽の特異点が発生した。
「音響ブラックホールよ。光すらも飲み込む時空の陥穽。人間の手で製造することは不可能だと言われてきたけど、光速を音速に置き換えることで、疑似的なブラックホールを発生できるの。音速の壁が宇宙の絶縁に近似する。そして、効果や特性は本家と同一!」
純色のもくろみ通り、ペンローズ過程が発生した。
ビロビジャン市民の憎悪と拘留者達の無念が渾然一体となって音響ブラックホールの事象地平へ消え去った。
そして、ネデリン級弾道ミサイル追跡艦「マーシャル・クリロフ」にハーベルトと祥子の意識体が戻ってきた。
老衰する前に今生を謳歌せよ。それがユダヤの教えだ。ハーベルトはイリュージョン生命体創造法によって再び肉体を得た。
きゃあきゃあと玩具と戯れるハーベルトに祥子。その無邪気さに荒井吹雪は安堵と、そして小さな嫉妬を感じるのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。