若者でにぎわうボードゲームカフェ
週末の昼下がりの東京・渋谷。通りから少し入った店の前に開店前から長い列ができていました。多くは20代から30代の若者。列を見て入店を諦める人もいました。午後1時に店が開くと、あっという間に店内にある14のテーブルが埋まりました。
この店は、世界中のさまざまなボードゲームが楽しめるカフェ。6年前にオープンしました。店の棚には、およそ400種類のゲームが並び、好きなゲームを選んで遊べます。曜日や時間帯によって異なりますが、一般の大人は1500円から2000円を払うと、1杯のドリンク付きで5時間、ゲームを楽しめます。
この店を初めて訪れたという大学生3人のグループに話を聞きました。遊んでいたのは「Lift it!」というゲーム。フィンランドの企業が5年前に開発しました。プレイヤーはカードを1枚選び、カードに描かれた形と同じになるように、さまざまな形のブロックを積み上げます。ブロックは糸が付いた小さなクレーンでつり上げなければならず、これがなかなか難しそう。決められた時間内に形を作れば得点が与えられ、プレイヤーは得点の多さを競います。
このカフェでは、「モノポリー」や「人生ゲーム」のような伝統的なボードゲームではなく、多くの客が、こうした創作ゲームを楽しんでいます。学生は「初めてこのカフェに来ましたが、いろんなゲームができて楽しい」と話していました。
別のテーブルには、会社の同期という20代の4人組。グループの1人がボードゲームをテーマにしたマンガを読んで興味を持ち、実際に遊んで楽しかったことから、ほかの3人を誘ってカフェにくるようになったと言います。「ボードゲームは、仲間でいろんな話をしながら楽しめていい。駆け引きも楽しい」と話していました。
カフェのオーナーの白坂翔さんは、「店を開いたときはふつうのカフェで、客に楽しんでもらおうと10種類くらいゲームを置いていましたが、そのうちに客がゲームを目当てにやって来るようになりました。そこで、これはビジネスになると考え、ゲームの種類を増やして、ボードゲームの専門店にしたんです」と話しています。渋谷の店だけでは手狭になり、去年、東京・下北沢と池袋に新たな店を出した白坂さん。今後、さらに店を増やしていきたいと考えています。
盛り上がる?アナログゲーム市場
ボードゲームは、コンピューターを使ったデジタルのゲームとの対比で「アナログゲーム」とも呼ばれます。
東京・杉並区で国内最大級のボードゲーム専門店を経営する丸田康司さんは、国内の販売会社の売り上げなどから市場規模を予測し、去年の夏、横浜市で開かれた開発者向け交流会で発表しました。丸田さんが対象としたのは、将棋やトランプなど昔ながらのゲームを含まない、「Lift it!」のような最近開発された作品です。その市場規模は少しずつ大きくなっています。
それによりますと、2015年のスマホアプリなど国内のデジタルゲームの市場規模は1兆3000億円余り。これに対して、2015年の国内のアナログゲームの売り上げは30億円から40億円程度で、デジタルゲーム市場の0.3%に過ぎません。それでも、2009年に比べておよそ5倍に伸びたというのです。丸田さんは、「アナログゲームは非常に有望な市場です」と言葉に力を込めました。
なぜアナログゲームへの注目が高まっているのか。丸田さんは「最近のアナログゲームは、すごろくのようなシンプルな遊び方のものではなく、駆け引きを楽しめる高度なゲームが増えてきて、その奥深さがじわじわ口コミで広がっているのではないか。SNSなどで、遊ぶ仲間を集めやすくなっているのも1つの要因だと思う」と話していました。
潜入!アナログゲームの祭典
そんなアナログゲーム人気の高まりを象徴するようなイベントがあります。その名も「ゲームマーケット」。メーカーの製品から、個人が趣味で作ったゲームまで、ありとあらゆるゲームを買ったり遊んだりできる、創作アナログゲームの祭典です。
ゲームマーケットは、東京と関西で年に3回開かれています。3月12日、私は神戸市で開かれたゲームマーケットを取材しました。会場には、企業と個人が200ものブースを設け、去年より1000人多い4700人が訪れる盛況ぶりでした。
ゲームマーケットが初めて開かれたのは17年前。当時は、東京・千代田区のビルの1フロアを使った小さなイベントでしたが、今では神戸市のほか、国内最大の展示場「東京ビッグサイト」でも開かれるほどになりました。来場者数は年々伸び続け、去年12月に東京で開かれたイベントの来場者は過去最高の1万2000人に達しました。
人気の理由は、ここでしか買えない新作ゲームが手に入ること。このイベントにあわせて新製品を売り出すメーカーもあれば、自作のゲームを持ち込む有志のサークルもあります。大阪の20代の男性5人で作るサークルは、オリジナルのルーレットゲームやカードゲームなど、およそ10種類を販売しました。5人は高校時代の同級生。ふだんは、ゲームの制作とは関係ない仕事をしていますが、自分たちでゲームを考案して、ゲームマーケットなどのイベントで販売しているそうです。ルーレットや駒などの部品は、3Dプリンターなどを駆使したメンバーの手作り。自分たちの考えたゲームをファンとの対面で売れることが最大の魅力だと、メンバーの1人が話していました。客として訪れた30代の女性は「開発した人から、正しい遊び方を教えてもらったり、いろんな種類のゲームを実際に手に取って選べるのがゲームマーケットの魅力です」と話していました。
海外も注目?日本のクリエイター
アナログゲームの世界で、スタートアップ企業も誕生しています。東京・千駄ヶ谷の「オインクゲームズ」。従業員10人の小さな会社です。社長の佐々木隼さんは、37歳。小学生の時からゲームを作るのが好きで、7年前に会社を設立し、これまで10余りのゲームを考案、販売しました。サイコロでコマを進め、誰よりもたくさんの宝を持ち帰ることを目指すテーブルゲーム「海底探険」は、発売から3年で、およそ3万個を売り上げています。
佐々木さんによりますと、日本ではアナログゲームは玩具として見られ、売っている場所も限られていますが、ヨーロッパでは、大衆の娯楽として広く浸透し、スーパーや書店など、あらゆる場所で売られている国もあるそうです。
一方で、市場としてはさほど大きくない日本のゲームクリエイターが海外から大きな注目を集めていると言います。佐々木さんは、ドイツの見本市に出展するなど、海外への売り込みにも力を入れていて、自分の開発したゲームを世界に広げたいと考えています。
日本では、とにかくゲームを作る人がたくさんいるんですよ。ゲームマーケットみたいに、個人の作家の人が軒を連ねるように出している光景は海外の人からすると珍しい。そこには、一般に流通しないゲームがたくさん置いてある。海外のメーカーの人が来て、優れたゲームを見付けたら、開発者と契約して販売するというケースもあり、日本のクリエイターは注目されているんだと思います。ゲームを作ること自体がとても大変なので、一つの作品をなるべく広く売りたい。しかも海外には、ゲームを好きな人がたくさんいますから、苦労はあるけど広めて行ければと思っています。
国内でアナログゲームを開発しているメーカーは、今はまだ多くありません。佐々木さんのようなスタートアップ企業は、アナログゲームだけで事業を成り立たせるのは難しいのが実情で、ヒット作を開発する人材をどう育て、確保するかが課題だそうです。
例えば、デジタルゲームの開発のように、ゲームデザイナーが安定して食べていける環境作りが進めば、さらに多くの優秀な人材が参入してくれるのでは。アナログゲームの開発がきちんとお金になるように、僕らがその先駆けになれるといいなと思っています。
アナログゲーム 循環は加速するか
「今、アナログのゲームが熱い」という話を聞き、このデジタルの時代に本当かな?と半信半疑に思っていました。しかし取材を進めるうちに、規模はそれほど大きくないながら、熱心なファンやクリエイターがゲームを一人でも多くの人に楽しんでもらおうと取り組んでいて、その熱意が次第に広がっていると感じました。また、実際にゲームを体験してみて、見た目はシンプルなのに、勝つためには相手の戦略や考えを深く洞察しなければならず、その奥深さを感じました。アナログゲームの開発だけで食べていく、というのは、まだまだ難しいようですが、市場が大きくなりクリエイターの参入が相次ぐ、といった循環がさらに加速すれば、日本もアナログゲーム大国になる日も来るかもしれないと感じました。
- ネット報道部
- 副島晋 記者
- 平成16年入局
函館局、福井局、松山局を経て
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