風雲児ジェットツアーはなぜ倒産したか


景気低迷、競争激化が借入金依存の
自転車操業的な脆弱体質を顕在化

 準大手ホールセーラー(株)ジェットツアー(東京都品川区、資本金12億7200万円、菅原清美代表取締役社長)が98年2月3日、倒産した。負債総額は252億円。ジャンボ時代を1年後に控えた1969年7月、(株)世界旅行として設立され、大手に対抗する中立的な純ホールセーラー、「風雲児」として一時代を築いたジェットツアーだが、年初来の「倒産デマ」で経営危機が加速度的に表面化、事業継続を断念するに至った。中立性ゆえのバックの弱さ、リテール機能を持たない準ホールセーラーゆえの直販力のなさ、KB(報奨手数料)方式による膨大な立て替え金負担というホールセール事業の無理、さらにはバブル経済の崩壊による景気低迷と競争激化が同社の借入金依存の自転車操業的な脆弱体質を顕在化させ「菅原ジェット」のあまりにもあっけない落城を招いた。価格競争が一段と激化している中で、ジェットの倒産は対岸視できない身近な教訓を含んでいる。倒産に至る経緯と背景、原因をリポートし、特に旅行業経営者へのテキストに供したい。(旅行産業アナリスト石上幸一)


負債総額は252億円
 
98年2月3日の倒産記者会見から1週間後の10日午後2時半から、ホテルポポロ東京(五反田)で債権者説明会が開催された。会場には約400人の債権者が集まり、当初予定より多かったのだろう、立ち見もいて受付の方にまで人が溢れている。受付で規制されていたもののTV局などマスコミや業界紙記者も取材に来ており、倒産の影響の大きさ、関心の高さを表していた。
 倒産に至る経緯などは別項の「倒産記者会見要旨」「債権者説明会要旨」に詳しく紹介しているが、菅原社長は「デマ」が引き金になって自己破産申請に至った経緯を一通り説明した後、こう続けた。
 「私も会社創立者の一人で、1969年7月に役員3名、従業員4名でスタートした会社であり、市場の伸びもあって業界の一角で仕事ができるようになったが、(倒産の)近因は説明の通りだが……(絶句、嗚咽)……30年のことを考えるわけだが、簡単に言うとひとつのサイクルが過ぎたかな……近因は資金繰りだが……悪意とは思わないがデマが会社を殺す……27、28年努力してきたが会社には一つのサイクル、命があるのかなと……第2次経営陣が力強く(引っ張っていく)というようにはならなかった……
 膨大な金を必要とする業種で、金融のご支援も必要で、店頭公開も私どものコントロール以外のことで延期したが、次代へのエネルギーが本当にあったのかなと、ここ数日思う。場違いかもしれないが、本日……(嗚咽)……責任者として非力を反省し、お詫び……(嗚咽)迷惑をかけたこと、これからのこと……経営者として私に責任は一切あります。各位にできるものなら1軒1軒お詫びをしたい」


「デマ」に全責任を負わせ幕引きか
 
企業の寿命は昇って10年、昇りつめて10年、下って10年、合わせて30年と言うが、菅原社長の言葉を聞いて記者は思わず「菅原さん、それはないよ。次世代へのエネルギーをそいだのはあなたであり、社員や債権者を巻き添えに倒産で締めくくりをすることはない。倒産の引き金になったという『デマ』は、倒産劇の最終ページの、しかも終わりの3行くらいの話ではないのか。分かっちゃいないなあ」
 記者会見やこの説明会に来た多くの人がそう思ったに違いない。あるいは菅原社長はいずれ倒産すると分かっていながら「デマ」に全て責任を負わせて幕を引いたのかも知れない。「菅原ジェット」に一体何が起きていたのか、経営者として菅原氏が何をし、何をしなかったのか、検証しなければ、胃がもたれているような現在の不快感は払拭できない。経営陣はともかく、人生をジェットに賭けた多くの従業員のためにも、また、青い顔をして説明会に駆けつけた債権者のためにも、また、業界紙記者でありながらジェットと業界に「ここ数年経営がおかしくなっているのではないか」と警鐘できなかったふがいなさへの反省を込めて、冷静に総括してみよう。


社長以外に経営者はいなかった!?
 
多くの業界紙記者同様、筆者もは駆け出しの頃からジェットツアーには多くを教えていただいた。菅原氏にも虎ノ門の東京倶楽部ビル本社時代に何度か取材し、その先見の明やリーダーシップ、人当たりの良さ、風格に接して好意を持っていた。2年前に五反田のジェットツアープラザを訪ねてインタビューした時は、4〜5人の取り巻きを控えての取材で「まるで雲上人。天下を取った後で人変りした秀吉のように、風雲児と言えども、どでかい社長室に収まってヤキが回ってきたのではないか」と少々嫌みを感じた。それでも相変わらず元気で、かつての秋山守常務取締役営業本部長のような次期社長候補も見当たらないため、「菅原さんは最後まで社長を務めるだろう」と思ったことが、今となれば残念な形で当たってしまった。
 もっと早くバトンタッチしていれば、と菅原氏の友人や記者は思うが、筆頭株主の長崎屋やメインバンクの三和銀行はアドバイスしなかったのか。役員の中に諌言する人材が育たなかったのか、あるいは育てなかったのか。記者会見、債権者説明会にも菅原氏の他には、上村博英代表取締役副社長、野田省三常務取締役社長室長の3人が出席しただけで、肝心要の財務担当の役員、東京と大阪の各営業の責任者である2役員はついぞ姿を見せなかった。対応は菅原社長一人に絞り、債権者に突っ込まれたら「手元に資料がない。現在、財務で調査中、法的手続きを取っているところで安易なことは言えない」と言い逃れる「危機管理」のうまさゆえなのか、あるいは「社長が全てやったこと。私どもには関係ありません。ご自分一人で責任を取ってください」ということだったのか。
 菅原氏の社内評は「ワンマン、見栄っ張り」という。程度にもよるが経営者としてそれが良い時もあるだろう。見栄っ張りはともかく、ワンマンでない経営者を探すほうが難しいくらいだ。しかし、オーナー社長ではなく、保有株も5%に満たない菅原氏は、筆頭株主が長崎屋の21.1%(38万株)、後はひとけたの割合で株を持つ70社程の株主の中で選ばれた「雇われ社長」に過ぎないという立場の弱さがある。菅原氏が社長を続けるためには、常に経営が順調なことを示さなければならないし、それが無理を生み、無理を糊塗するためさらに無理を重ねたのだろう。社長業からはずれれば一気にそのマジックが明らかになってしまうために、66歳を迎えようが社長業に固執し、引くに引けなかったのではないか。3年ほど前に財務担当の小山武夫常務取締役が急に辞め、社員が随分いぶかっていたが、菅原マジックに付き合うことを恐れたためではなかったか。
 PATA(太平洋観光協会)会長を務め、JATA(日本旅行業協会)副会長の要職にもある菅原氏には、辞めたとたんに全てが白日のもとにさらされるのは見栄っ張りと言われる性格からとても耐え切れなかったろう。結果的には城を枕に討ち死にするしかなかったのではないか。

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落城の後には敗戦処理の長い道
 
98年1月30日、三和銀行が「ジェットツアー社の資金繰りが破綻することが明らかとなり、会社を整理する方向でその処理を弁護士に委ねたこと」を察知しジェット関連会社の預金口座を凍結、倒産は避けられない見通しになった。倒産前夜の2月2日、友人たちとの会合で菅原氏は倒産に一言も触れなかったが「失うものはないから怖いものなし」と言っていたという。ホテルから現金決済を求められるようになった1月20日以降、「ブリッジファイナンス(つなぎ融資)を最後にお願いした段階で、銀行から包括個人保証を第一条件と求められた。それまで当社は取締役の一人も個人保証をしていない。現段階で一銀行に包括個人保証を入れている」と債権者説明会で菅原氏。いくら保証したのか不明だが、「失うものはない」ほどうまく資産を処理したのかもしれない。
 債権者説明会が終わり、記者が会場裏口でうろうろしていると、たまたま付近で菅原氏の背中を見かけた。その時、菅原氏が部下にこう言ったものである。「落城なんてあっけないものだな」。
 「倒産」は法律上の言葉ではないが、会社の経営が行き詰まり、自力で回復する見込みのない状態を一般に倒産と言う。完全に行き詰まれば「破産」であり、破産法の適用対象となる。自己破産申請とは、債務者に破産原因がある時、債務者自らが裁判所に申立て、裁判所は破産原因などを調査し、破産宣告をし、破産管財人を選任。各債権者の順位および債権額に応じて弁済していくものである。ちなみに債務者が破産宣告を免れるために行うのが「和議」、事業の維持、再建を目指すのが「会社更生」である。自己破産申請から最終的には会社解散に至る。
 倒産により関連会社を含めて330人、連鎖倒産したノザークインターナショナルの社員を含めて国内400人、海外現地法人を含めて600人内外の人間が失職した。多くの社員はこれから子供が小学校、中学校、そして高校、大学入学を迎えようという世代だ。あっけない落城の後には敗戦処理の長い道があることを菅原氏、そして役員は知っているのだろうか。


商品力から仕入・量販力へ傾斜
 
ジャンボ時代を1年後に控えた1969年7月、u世界旅行、即ちuジェットツアー(83年に社名変更)が設立された。その前年、和田太計司氏の創業したニューオリエントエキスプレスは「ジェットツアー」のブランドでホールセールを開始したが、大手に対抗する中立的なホールセーラーが必要と、旅行業者10社が世界旅行を設立、和田代表取締役社長、菅原清美常務取締役営業部長ら総勢7人が、東京・虎ノ門の三和銀行虎ノ門支店裏にあるビルで鬨の声をあげた。時代の風雲児として注目され、急成長していった。
 菅原氏は京都大学文学部55年卒、同年日本交通公社に入社。60年ニューオリエントエキスプレスに転じ、ニューヨーク支店長を経て69年、世界旅行創業に和田氏の右腕として参画する。72年専務、74年に社長就任。ジェットツアーは和田氏が生み、菅原氏が大きく育ててきた会社である。
 85年のプラザ合意で始まった円高、さらにバブル景気は海外旅行市場を一気に拡大させた。この基調は91年1月の湾岸戦争(イラクのクウェート侵攻)で若干ブレーキががかり91年の海外旅行者は3%ほど前年割れしたものの、それ以降もまずまずの伸びで推移した。
 ジェットツアーは他の旅行会社同様、この間、拡大基調を続けてきた。89年には長崎屋と提携しサンシャインホリデーズ、90年にはジェットツアーワールドホテルシステム、ツアーリザベーションサービス、ツアーネット、トラベルエアを設立。91年にはワールドデスティネーションサービス、92年にはNW専門のワールドツアーズ、クルーズバケーションズを設立した。
 この急拡大には90年前後から投入した低価格商品「ダイナミック」などが相当貢献したようである。しかし、関係者によると「92年頃より『ダイナミック』の売れ行きは落ち始めていた」と言う。
 パッケージツアーの売れ行きが悪くなったことやFIT志向に対応するためエア、ランド、ユニットの素材卸に急速に傾斜し、そのためもあって多くの子会社を次から次へと作っていったのだろう。商品力、企画力ではなく、多くの航空会社、ホテルに対する仕入力と、大量に仕入れた素材をエージェント、小売店に流すという量販力で勝負するホールセーラーへと変わっていった。FIT市場が顕在化してきたこともあって、HISやマップインターナショナルなどに手っ取り早く卸していく、利権、利ざや商売の性格を濃くしていったようである。93年には中堅ホールセーラーのアムネット(元ユーアイツアー、三木隆一社長)と提携しエーワンホリデーズを設立、ダミー会社としてジェット発券のチケットを卸していく。
 しかし、バブル不況の影響で93年の海外旅行市場は前年比1%の微増に止まり、ジェットツアーも上記のような積極的な攻勢をかけたものの94年3月期売上は前年比12%減の540億円に落ち込んだ。これだけ落ち込みながらも3億円の経常利益をあげたのは不思議だが、いずれにせよ各社苦しい時期であり、ちなみにJTBは94年3月期決算で創業以来初の営業赤字(44億円)に転落したほどである。旅行業界にバブルのつけがもろに押し寄せてきた。

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貸借対照表のすごい中身
 
一般論だが、経営者にとって決算書というのは成績表であり、「勘定合って銭足らず」でも、できる限り黒字にしたいものである。赤字決算とは、にっちもさっちもいかなくなると、税理士や会計士、会社の財務・経理担当から「社長、勝ち負けは兵家の常。もうしかたがありませから正直に申告しましょう」と説得され、泣く泣く赤字決算にするものである。
 赤字にすれば法人所得税は払わずに済むが、銀行から金を借りる上で大きな支障がある。銀行は「金があり、さらに儲けよう」という会社には融資するが、「赤字で明日の米さえない、今貸してくれ」という人には貸さない。また、社会的な信用にもかかわる。特に仕入先は「お宅大丈夫なの」と不安になり、仕入に支障を来すことにもなってしまう。
 あくまでも一般論だが、経営者たるもの、実際は赤字でも数字を操作してなんとか黒字決算にするものなのである。多少なりとも黒字にすれば、信用、メンツは保たれるし、税務署の税務調査や国税庁の査察もそれほど入らない。数字を操作してやりくりするのも経営者の能力なのだ。
 ジェットツアーの96年3月期、97年3月期の決算書(貸借対照表と損益計算書)が手元にある。ジェットツアーに決算数字(および菅原氏の離婚時期)を問い合わせたが、「当社は質問に答える能力が既にありませんので、ノーコメント」との返事で、やむを得ず帝国データバンクから取り寄せたものだ。
 97年3月期の数字を追ってみよう。
 まず「資産」。「流動資産」は210億円。これは会社の財布の中身であり、ほぼ現金化されるはずものである。このうち「旅行未収金・売掛金・未収入金」は156億円(9割前後が航空会社からのKBで、残りは販売店に対する旅行代金、航空券代金などだろう)。「預金」は17億円(待ったなしのBSP決済や給料、家賃のためにこれくらいは必要のようだ)。「有価証券」(社債や株式など)は3億円。このほか、「短期貸付金」(1年未満の貸付)が22億円ある。22億円もどこに貸したのか、恐らく関連会社などだろうが、返済が本当に見込める貸し付けだったのかどうか(連鎖倒産で現在は回収できないだろう)。
 「固定資産」、つまりすぐには現金化できない資産は41億円。内訳は「土地」(御殿場あたりの別荘地か)が6億円(注記によると銀行への担保になっているようだ)、「子会社株式等」が13億円(連鎖倒産で現在は価値がゼロだろう)、ビルの保証金が約10億円と推計。「その他の投資等」(ゴルフ会員権などか)が5億円ほどと推量されるが、現金化できる投資なのかどうか。「建物」は8000万円だが、菅原氏が倒産前まで居住していた会社名義のマンション(港区高輪)かもしれない。
 次に「負債」。払うべき金である「流動負債」は202億円。内訳は「買掛金・未払金」(航空会社、ホテル、ランドオペレーターなどに対する仕入代金だろう)が49億円。「短期借入金」(1年未満に返済する金)146億円。すぐに払わなくてもよい「固定負債」は、「長期借入金」が16億円だ。
赤字を黒字にした菅原マジック
 同じホールセーラーのジャルパックと比較して目につくのが、まず第一にジェットの「旅行未収金・売掛金・未収入金」の多さだ。ジャルパックはジェットの2倍の売上があるが、「旅行未収金・売掛金・未収入金」はジェットよりも少ない。この内「未収入金」(会社によって捉え方は異なるかもしれないが、ジェットの場合はKB)は98年1月31日現在で139億円。ジャルパックのそれはたったの1億7000万円である。JALメインのジャルパックと多くの外国航空会社を利用するジェットでは事情が異なろうが、あまりにも差が大きすぎる。
 債権者説明会で菅原氏は「139億円の中身は、長い間にわたる航空会社との仕事が対象で、そういう額になっているというレポートを受けている。航空会社より入る金だ」と説明している。
 「4〜9月で何千人といったニギリ(バックマージンの約束)があり、以前は大まかな時代で、2000人なら1860人でも2000人のニギリを適用するとか。タリフの55〜60%ディスカウントが続いていたが、KBの支払は一般的に6か月後で、早くなることはない。キャリアとの慣習で書面に書いたものはない」(菅原氏)
 航空会社は「2000人に達しなかったからこの前の話は仕切り直しでやりましょう」あるいは「前任者からその件は引き継いでいません」と言うかもしれない。ジェットの社員はそれでも会社に「来期のニギリで調整してもらいます」とか「今交渉中です」とリポートしたかもしれない。
 結局、未収入金は積もり積もって139億円にも。菅原マジックの一つが、契約書ひとつない、口約束だけのKBを未収入金として流動資産に計上したことである。いくら回収できるのか「キャリアとまだその話に入り切れない状態で」(同)不明であるが、倒産した会社に対し契約書の裏付けのない金を払う航空会社が何社あるだろうか。
 次に「短期借入金」の大きさに我々は驚く。期末残高は96年3月期が126億円、97年3月期が146億円、98年1月31日現在は190億円。長期借入金を含めて現時点で207億円もの借入。一方、ジャルパックは期末の借入金残高はゼロである。
 ホールセール事業は「バンキング」だというが、とっくに倒産して然るべきところをキャリアから未収入金が入るから、と借入金を増やし、自転車操業的に何とか事業を継続していった姿が浮かび上がる。デマがあろうがなかろうが、早晩行き詰まることは明らかだった。こうした実態を糊塗して銀行から次から次へと融資を引き出していった手腕が、もうひとつの菅原マジックであった。
菅原氏の説明を聞いていると「デマ」と「大手の回覧文書」、それに「ホテルの現金決済要求」が倒産を招いたかのように言うが、6カ月も未払ならホテルだって現金決済やボンドを要求するのは当たり前であり、倒産すべくして倒産したのである。

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従業員と中小業者を保護すべき
 
今後、ジェットに対する債権はどのようになるのか。素人の記者には分からないが一般的には、金融機関が担保を差し押さえ、残りの資産を債権者が優先度の高い順に分けあう。最も優先順位の高いのは法的な整理に伴う費用(通信費、弁護士、破産管財人への報酬など)で、次に税金や社会保険料が差し引かれる。この残りの資産で最優先されるのが、従業員の給与と一部カットされることはあるものの退職金も順位の高い債権とされる。
 現在、資産勘定で実際に現金化されそうなものは現金預金16億円、KBを除く旅行未収金・売掛金12億円、前払金・前度金16億円、前払金費用4億円、保証金10億円。多く見積もっても58億円ほどか。
一方でジェットに対する債権額は、保証債務を含めて292億円+従業員給与・退職金(1人当たり300万円とすれば)約10億円、合わせて302億円。
 海外ホテルはほとんどが現地法人に対して債権を請求するが、ジェットが連帯保証しているだろうからジェットに対する債権額はこれから増えることはあっても減ることはないだろう。金融機関(担保に入っているのは6億円の土地のみ)、ホテル、キャリア、ツアーオペレーターを含めて、配当されるのは債権の10〜15%ほどになるかもしれない。従業員と中小業者を最優先して可能な限り厚く配当してもらいたいものである。
 菅原マジックを可能にした責任の一端は、KBを餌に量販を煽った航空会社と、バブル期に融資競争に走った金融機関にもあるだろう。菅原ジェットはそのバックコーラスを受けて、おとぎ話にある「踊る靴」を履いて踊り続け、そして倒れた。電鉄系の準大手旅行会社の役員が1年前にこう言ったのを思い出す。
 「業界が低収益構造に陥った原因のひとつに、航空会社との数、スケールのニギリによるKB方式が上げられると思う。これで一番恩恵を受けているのは、KBがなければ生き残れないというホールセーラーの弱みをうまく利用し安く仕入れて急成長したHISなどエアオン販売業者だろう」
 奇しくも倒産前夜、菅原氏が最後に支援を依頼したのはHISの澤田社長であった。元風雲児は現風雲児を前に時代の変遷を思ったことだろう。「一将功なり万骨枯る」ではないが「澤田HIS功なり菅原ジェット枯る」となってしまった。1998年はひとつの時代の終焉の、その始まりかもしれない。

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ジェットツアー売上高(経常利益)推移

91年3月期 579億8300万円(5億1800万円)
92年3月期 605億6800万円(7億6000万円)
93年3月期 609億1100万円(5億7900万円)
94年3月期 540億600万円(3億1100万円)
95年3月期 561億1000万円(7900万円)
96年3月期 601億円(2億2200万円)
97年3月期 634億3200万円(1億3700万円)
(98年3月期は若干の
経常利益を予想していた)


ジェットツアー倒産の経緯(97〜98年)
 
97年9月頃:CSホノルル線1万席を仕入、HISを通じて格安販売。資金繰りが悪化の懸念が出始める。
11月:札幌、仙台、福岡営業所をクローズ。この頃より、大手ホテルチェーンが4〜6カ月間入金が滞っているため「現金決済」を傘下ホテルに指示。グアムの某ホテルに5万ドルの保証金を入れる。
12月:ジェットツアーワールドホテルシステム、デスティネーションサービスを1月末で解散するため従業員16名の解雇を決定。
12月24日:ジェットツアーキャピタル(資本金1000万円)設立。米国の金融会社から100億円の融資を得るためと言われる(事実確認できず)。
98年1月5日:大手ツアーオペレーターA社から倒産不安説が出る(事実確認できず)。
1月6日:主要販売店に「ジェットツアーキャピタルへの債権譲渡通知」を内容証明郵便で送付。経営不安説が急速に広まる。
1月8日:大手旅行会社B社「ジェットツアー不渡りの件」と題する社内通達発信。
(これ以降、販売自粛、申し込み客の他社への振り替えが相当数の販売店で行われた模様)
1月9日:主要航空会社に発券プレート引き上げの動きあるも、経営危機を顕在化させかねないと各社保留。
1月12日:菅原社長記者会見で経営不安を全面否定。
1月16日:B社「ジェットツアー不渡りの事実はなし」と前回の通達撤回。
1月19日:航空会社からの前倒し入金と主力銀行の追加融資でBSP20億円を決済(12月後半分)。
1月20日以降:ホテルから現金決済を要求され複数銀行からつなぎ融資を受ける。
1月30日:三和銀行(虎ノ門支店)がノザークインターナショナル(ジェットツアーが20%出資)の100%子会社、旅行総研の虎ノ門支店口座凍結を通知。通知書に「ジェットツアー社の資金繰りが破綻することが明らかとなり、会社を整理する方向でその処理を弁護士に委ねたこと、加えてジェットツアー社の20%出資会社であるノザークインターナショナルの100%子会社である旅行総研にも影響を与えることが確実なので取引口座を凍結」と説明。
2月2日:旅行総研が「冷静に日常活動を続けるように」と社内通達。
2月3日:午後1時30分、菅原社長が運輸省に倒産の事情説明、その後JATAに報告。午後3時、BSP(航空運賃銀行集中決済方式)19億円(1月前半分)決済できず営業停止、関連4社を含めて倒産。負債総額242億円。午後6時、記者会見。7時、弁護士に自己破産申請手続きを依頼するとともに従業員に説明。HISに客を振り替え。
2月4日:午前10時より消費者向け相談電話設置。
2月9日:東京地裁に自己破産申請、受理。「平成10年ふ534号事件」として民事20部5係が担当。ノザークインターナショナルも自己破産申請し受理。
2月10日:午後2時半からホテルポポロ東京(五反田)で債権者説明会。

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ジェットツアー「倒産記者会見」要旨

98年2月3日18:00〜
場所:ゆうぽーと(五反田)
出席者:ジェットツアー代表取締役社長 菅原清美、同代表取締役副社長 上村博英、同常務取締役社長室長 野田省三の3氏

 本日(2月3日)営業中止に至った理由などを説明したい。当社及び関連会社のうち、ワールドツアーズ、ジェットツアーワールドホテルシステム、デスティネーションサービス及びツアーリザベーションサービスの5社は、本日午後3時、支払い不能となり、弁護士に権限を委任し、法的事務をとることになった。客、取引先、その他各位への迷惑を最小限にしたい。客、取引先、株主へ多大な迷惑をかけ、申し訳なく、深くお詫びしたい。今海外にいる客、これから旅行予定の客には誠心誠意で対処するよう手配している。
 こうした状態に至ったのは、直接、間接の理由があるが、ポイントを絞ると、年初より当社の財務状態について全くいわれのない噂、デマが伝播した。噂について憤慨し、私どもの代売をしている2000軒の旅行会社の不安を払拭するべく、ここ3〜4週間努力してきた。有り難いことに理解してもらえ、2月より98年度4月からの夏の新商品の販売を開始する手立てを用意万端進行する状態になった。各販売店、航空会社などの尽力で(上期商品を販売する状態に)なったが、伏兵と言うか、日本では噂が払拭されたが、海外への噂の伝播のタイムラグが顕在化し、噂が(海外で)この10日間から1週間で広まった。海外では1軒1軒のホテルについて説明するわけにもいかず、努力したが……
 ホテルとの決済は与信期間をもらい後払い方式だが、ホテルから「噂を完全に払拭するまで現金決済」を求められた。テンポが速く、金額の対応のため、ここ1週間から10日間は苦しんだ。(これが)通常の支払いサイトの資金繰りにマイナス・インパクトとなった。この間、銀行、金融機関につなぎ資金をお願いしたが、ことの進行が速く、銀行の助力が時間切れとなった。こういう事態になったことは、金融機関にその努力を謝してお詫びする。
 航空会社との決済は月2回、BSPによるが、本日午後3時に行われる手はずが決済不可能に追い込まれた。会社維持、運営継続を断念する経緯になった。
 以上が(倒産の)遠因、直接の原因だ。
 負債は現時点では流動的だが、昨年12月末でバランスシート上266億円。一方資産はそれに見合う額がある。従業員は売上に比し少ないが、本体で250人、関連4社含めて330人だ。
 今後の予定、方向・方策は弁護士の助言で動いているが、信用第一の商売であるものの、現時点でそれが損なわれてしまった。会社更生、和議、再建のための手続きは事実上断念せざるを得ない。今後早い時点で地裁に破産申立てを早急にし、資産散逸をまず防ぎ、客、従業員、取引先へのご迷惑を最小限にしたい。客へ迷惑をかけないよう、きっちりしたい。本日3時前に観光部長、首脳に説明し、客の安全への対応を報告した。

(以下Q&A)
――客への手当ては?
 特定の、正確に言えばHIS社長と昨晩会い、全空港から客が出発できる手はずにした。今晩のはHISだが、航空会社が多岐にわたるので他社にお願いすることもあるが、原則HISだ。
――4社以外の関連会社はどうなるのか?
 4社以外は影響ないという判断だ。
――BSP決済できないから倒産か?
 他のオプションがなくなったと決断したのは、航空会社へのBSP支払いができなかったことによる。当社の債権は今後続いて支払いをお願いする。
――航空会社、ホテル、ランドオペレーターなど業種別負債額及び今日のBSP決済額は?
 今は経理、財務が特化中である。本日のBSPは19億円だ。
――負債と同額の資産があると言うが、資産とは何か?
 資産内訳は項目を詰めている。今間違ったことは言えない。
――デマとは? 法的措置は取らないのか?
 関わる会社名を申し上げる妥当性は欠くが、1月5、6日に「ジェットが(支払い)不能となる噂がある、倒産の可能性がある」と、ある社に言われ、エージェント、航空会社に噂が伝わった。その時は書いたものではなかったが、1月8日に有力な1社が社内メモで風評の伝聞を文字にして出した。それには「ジェット不渡りの件」と書かれていたが、その文書が出回り、これが航空会社、エージェントに2日間で伝播した。これを打ち消し、はっきりスタンスを取るのが大事と、その会社に申し入れたところ、1月16日になって、社内文書で「不渡りの事実はなかった、従前通りの販売を」との通達になったが……。
 こういうことで名誉、信用を傷つけられたが、今の段階で法的措置云々については弁護士の指導、助言に従う。
――営業状況は?
 28期決算は微々たるがプラス決算(予想)で、設立1年目と12〜3年目にマイナスを出したが、多寡はあるがプラス決算。中間決算は経常1億8000万円のマイナスだが、上期のマイナスを下期で回復するパターンだ。
――現地法人と5社の従業員については?
 現地法人には通達し、客の扱いを指令している。国際間の倒産手続きは弁護士などに相談する。5社で330名の従業員については最後の1名まで再就職の世話をしたい。

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ジェットツアー「債権者説明会」要旨

98年2月10日14:30〜
場所:ホテルポポロ東京(五反田)
出席者:ジェットツアー代表取締役社長 菅原清美、同代表取締役副社長 上村博英、同常務取締役社長室長 野田省三、弁護士 田中圭助の4氏
野田氏の挨拶に続いて菅原社長がお詫びと経緯を説明。(基本的に2月3日の記者会見と同様だが、比較的新しい話は以下の通り)

 ……デマが元でホテルから現金決済を要求され、1月20日以降、通常の資金繰りと異なり、かなりの額、億単位の支払が必要になった。10年、20年と取引ある複数の銀行にお願いするよりしかたなく、スタートから厄介になっている銀行に説明し、何とか努力をしてもらい、1日、2日、3日とつないでいった。一方で時間が切迫し、銀行に対し短時間で(融資を得るための)資料を作ることもできず、担保についても限りがある。コストの6割は航空券だが、12月後半分のBSPが1月19日。これについては主力銀行の追加融資でやった。しかし、海外ホテルのへの送金が急を要し、最後まで努力したが、遂に、簡単に言って時間切れとなった。2月3日の午後3時に完了しなければならないBSPについては3日11:00過ぎまで当該銀行の努力をしてもらい、他の手も打っていたが、万策尽きた。
 1月末の29、30日あたりでは何とか切り抜けられると思っていたが、万一の時には債権者、株主、金融機関に大変なことになる、客に不便をかけないことが前提で、顧問弁護士に丸の内法律事務所を紹介してもらい、説明した。2月3日15:00の決済に間に合わない時は営業を中止して、迷惑をかけないようにと法的アドバイスをもらい、11:00になって「もうだめだ」という段階で田中弁護士に権限を任せた。午前中は銀行とかに望みをかけたが委任状にサインした。監査役、取締役の緊急会議で(議決)を取るべきであったが、小生の責任でこの決定をした。
 2月4日10:00より(消費者向け)相談電話を設け対応し、理解を頂戴し、問い合わせはさほどでなく、昨日(9日)は2名にまでなった。客の損害の弁済はJATA弁済補償制度でJATAと客が直接(交渉)するスタンスだ。現在までで限度額1億3000万円の中で収まる気配である。
(この後、1月31日付け貸借対照表の簡単な説明。その後、質疑)
Q:三和の預金口座は凍結されているが、その金はどうなるのか?
A:今の段階では判断がつきかねる。
Q:粉飾決算ではないか。300億円の借入があったろう。つぶれるべくしてつぶれたのだ。セールスマンがネットを割って売っていたのを知っているだろう。こんな数字じゃなく、本当の話をしてくれ。
A:私の手元にある数字であり、弁護士にもいろいろチェックしていただいた数字だ。
Q:株主ではないから株主代表訴訟はできないが、金を出すからやって欲しい。
Q:190億円の短期借入に対し、未収入金139億円、短期貸付22億円がある。返ってくるのか。
A:昨日(9日)11時に東京地裁で(自己破産申請が)受理され、バランスシート、内容は管財人の手に移る。1月31日時点のものを出したが、一つ一つの項目について確実に披露するのは法的に疑義がある……
弁護士:自己破産申請は「平成10年ふ534号事件」として東京地裁民事20部5係が担当だ。破産宣告になると管財人が付くので、管財人に渡し、(債権者は)請求し、払ってもらう(ことになる)。
Q:経営者の個人資産は担保に入っているのか。
A:ブリッジファイナンス(つなぎ融資)を最後にお願いした段階で、包括個人保証を第一条件と求められた。それまで当社は取締役の一人も個人保証をしていない。現段階で一銀行に包括個人保証に入っている。
(139億円の未収入金の質疑は本文参照)
Q:ジェット・ハワイ社に対する債権は配当を受けられるのか。
弁護士:現地の法律に基づき破産手続きを取っている。配当は分からない。
Q:子会社を含めていつごろ配当か。
弁護士:申請して受理され、裁判所が社長を事情聴取し、債務超過があれば破産。裁判所が直接、管財人を送るが、決まると破産宣告。2月中には決定が出るだろう。子会社も申立てをする。会社別に配当することになる。
(130億円をなぜ回収できなかったかの質疑は本文参照)
弁護士:2月3日の夜の7時に破産手続きを依頼された。2月4日より書類を作り9日に受理された。この間、債権、財産が散逸したことはない。
Q:HISに債権を持っているのか?
A:2月3日にHISにツアーを振り替えたが、同社に対して債権を持っている。
Q:一カ所に個人保証下と言うが債権者に個人資産を処分してでも払うべきだ。
A:個人保証は最後の時に差し入れたが、債権者に出せと……今、手続き上、弁護士にお願いしているが、それなりに正しいこと……努力をしていく。法的な知識はないが、知恵を借りて、そうしていかなくちゃならないかな……他の役員については発生していない。
Q:元従業員だが、関連会社(の倒産などで)負債が急に増えることはあるのか。
A:ハワイ社の債務額が大きいと掴んでいるが、ジェット本体がハワイ社に債務を持つことになるわけで、一部借入を保証しているところもある。どういう手続きが必要か予断はできないが、一般論として債務が増える可能性がある。
Q:139億円の未収入金は重要資産である。どのくらいの率で回収できるのか。
A:キャリアとまだ、その話に入り切れない状態である。
Q:勝手に計上したものではないのか。書面に書いたものがあるのか、ないのか。
A:書いたものはない。
Q:なぜ会社更生をを選ばなかったのか。のらりくらりで時間の無駄だ。先程の人が言ったように代表訴訟をしたいくらいだ。
A:この商売は一度ダメになると売上が落ち、資金がショートする。3月の予約も目に見えて減りだした。更生法で蘇生する可能性は少ない。弁護士のアドバイスもあって自己破産とした。放りだして万歳……その意図は最後までなかったが、信用をなくすと更生の可能性はない。ご不満あることを自覚しているが、許される範囲で迷惑を少なくしたい。
Q:ジェットツアーキャピタルに譲渡した債権はあるのか。
A:債権譲渡はない。


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