【特別企画】漫画家・のむらしんぼ先生が『コロコロコミック』と自身の漫画家人生を語る! 『コロコロ創刊伝説』インタビュー
■師匠は『課長島耕作』の弘兼憲史先生
▲しんぼ先生の師匠は、『課長島耕作』で有名な弘兼憲史先生。『コロコロ創刊伝説』では、弘兼先生とのエピソードが特別に掲載されている。
――『創刊伝説』1巻では、しんぼ先生の師匠である弘兼憲史先生とのエピソードも描かれています。しんぼ先生から見て弘兼先生はどんな方でしょうか?
しんぼ:弘兼先生から絵の技術はそれほど教えられていないんですよ。漫画の描き方は、専門書を買ってくればたくさん載っていますから。僕が先生から学んだのはカメラワークなどの漫画を映画として見た場合の表現方法ですよね。先生とは面白いドラマはどうやって作るのか、いつも話したりしていました。
弘兼先生の教えでもう1つ大きかったのは、「漫画家も社会人のひとりだ」という言葉ですね。今から40年近く前に弘兼先生から、「漫画家は常識知らなかったら非常識は描けないんだ」と、しっかりと言われたんですよ。当時の芸能界もそうですけど、ちょっと社会からズレた人がウケていて、漫画家も非常識なところがみんなに歓迎されていると錯覚を起こすような風潮があったんです。そのせいで、すぐに儲かって、自制心を失くしてハメを外しちゃった結果、ダメになっていく漫画家もいましたから。当時そうならずにすんだのは、師匠に恵まれていたからですね。それなのに今となっては僕も『しくじり先生』ですけど(笑)。
――しんぼ先生は弘兼先生のアシスタントを経てプロデビューされたということになるんですか?
しんぼ:はじめは弘兼先生と同じように青年誌で描きたかったんですけど、先生から「お前に青年誌は10年早い」と言われたんですね。「じゃあ、少年誌はどうかな?」と、小学館の『少年サンデー』の編集部に持ち込みに行ったら、「今度『コロコロ』っていう雑誌ができるから」と言われて、しばらくして、『コロコロ』の平山さんから「お会いしたい」というハガキが届いたんですよ。弘兼先生からは最初「もう1カ月辞めるの待ってくれ」と言われたんだけど、「俺も小学館で世話になっているから、引き留めるわけにはいかないな」って仰ってくれて。
僕の新人コミック大賞の受賞作である『ケンカばんばん』は、先生に下描きを見てもらって、「ここのカメラワークは引きにしろ」と的確なアドバイスのもと、手直ししたんですね。『とどろけ!一番』が単行本になったときも、「お前、こんなアホな漫画よく考えられるな。俺はこんなこと思いつかない」って(笑)。褒め言葉なんですよ。そこが先生の大きいところじゃないですか。逆に「先生のような大人のエッチ、僕はとても描けませんよ」って言い返したりね(笑)。英知出版で『とどろけ!一番』が復刻されたときは、帯にコメントまで書いてもらって、その上、「コメント料? そんなのいらないよ。焼き鳥の1本でもおごってくれれば。編集とお前と3人で飲みに行こうぜ」って言ってくれました。
――弘兼先生、とても素敵な方ですね!
しんぼ:けれど、僕はすっかりそのことを忘れていて、去年の忘年会にお会いしたら、「お前、あのときの焼き鳥、まだか?」って(笑)。でも、いまも毎週『ビッグコミック』を送ってくれているんですよ。先生の漫画はちゃんとストックしています。60歳になって、先生の描く黄昏の気持ちがようやく分かるようになりましたね。
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