高さ10フィート(約3メートル)の鉄柵、道路のバリケード、武装警官――。ドキュメンタリー映画の制作者は時折、一般市民とウエストミンスター宮殿(国会議事堂)のゴシック建築の内側にいる統治者との距離を表す象徴としてこれらを使う。3月22日、英国現地時間の午後2時40分直前、こうした設備や警官が存在する理由が明白になった。
テロが疑われる襲撃事件は、ウエストミンスター宮殿の前庭ニュー・パレス・ヤードの敷石で終わった。テリーザ・メイ英首相がほんの数時間前に、週に1度の首相答弁のために、この前庭を通って議事堂に入ったばかりだった。
発砲音と叫び声が聞こえ、中にいた人たちはすぐ、建物が襲撃を受けていると知った。2時55分ごろに下院の議事が中止され、見晴らしがきく記者席にいた報道陣は進行中のドラマを見ようと、現場へ駆け寄った。
襲撃時に投票していたといわれるメイ首相は、武装警備隊によって急ぎ連れ去られた。元保守党幹事長のグラント・シャップス下院議員によれば、付近にいた議員らは地面に伏せるよう指示され、「下がれ、下がれ」と言われたという。保守党のアナ・スーブリー下院議員は、武装した警備員らによって装飾の美しい、静かな下院図書館から同僚議員とともに連れ出されたと話している。「恐ろしかった」と同氏は言う。
議事堂の外の中庭では、大混乱が生じていた。救急医療隊員が現場に駆けつけ、敷石の上にうつぶせで倒れている人2人を蘇生しようとした。比較的小さな集団が襲撃犯とみられる男を取り囲み、繰り返し心臓マッサージを施した。その後、容疑者は救急車に運び込まれ、連れ去られた。
■下院議員、必死の救命
それより多くの人たちが、警官と目される2人目の処置に当たり、命を救おうとした。
元ロイヤルグリーンジャケッツ(英陸軍歩兵連隊の一つ)隊長のトバイアス・エルウッド下院議員は、人工呼吸を施して蘇生を試み、警官の傷口を圧迫して止血しようとしていた。英外務政務官で議会で人気の高いエルウッド氏は、その後、首を垂れ立ち去った。同氏は以前にも、テロの恐怖を経験している。兄のジョナサンが、200人以上の死者が出た2002年のインドネシア・バリ島爆弾テロで犠牲になったのだ。
現場にいた人が、エルウッド氏の肩を抱いた。手と服についた血が、同氏が絶望的な任務に挑んだことを示していた。警官の遺体はシーツで覆われた。
無人のパーラメント・スクエアに緊急配備されていた救急ヘリコプターが現場を出発し、後には不気味な静寂が残された。警察と治安当局者が現場を確認する間、下院議員や報道関係者、会社員は数時間、足止めされた。