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おにぎりが小さくなる!? 日本農政のひずみ

スーパーやコンビニなどにずらりと並んでいるおにぎり。あなたはどんな具のおにぎりが好きですか?しかし、そのおにぎり、値段は据え置かれたまま、少しだけ小さくなってしまうかもしれない事態に直面しています。何が起きているのでしょうか?取材していくと日本の農業政策のひずみが関係していることがわかってきました。

おにぎりが小さくなる!?

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埼玉県の食品メーカーの会議室に置かれた2つのおにぎり。見た目には同じ大きさにしか見えません。しかし、左側は90グラム、右側は95グラム。左側は5グラム コメの量を減らしてつくってあります。

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この会社では、おにぎりやいなりずしを製造し、スーパーなどに卸しています。
年間およそ5000トンものコメを原料として使っていますが、今、業務用のコメの価格が2年前に比べ2割値上がりして、経営を圧迫しているというのです。取引先のスーパーに商品の店頭価格を引き上げてもらえないか打診をしましたが、消費者の財布のひもは依然として固いとして断られてしまったそうです。
「おにぎりのサイズを小さくすることも検討せざるをえない」。食品メーカーの奥正明社長は厳しい表情で語りました。

足りなくなった業務用米

なぜ、業務用のコメ価格が値上がりしているのでしょうか。
それを知るまえに私たちがふだん口にしているコメの種類を説明します。大きく分けると家庭で食べる「家庭用米」と、レストランやスーパー、コンビニのおにぎりなどに使われる「業務用米」です。
一般的に家庭用米には、ブランド米などの高価格帯のコメが使われますが、業務用米には比較的価格の安い手ごろな値段のコメが使われます。

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家庭用のコメのニーズは年々減っていますが、業務用のコメは外食やスーパーなどで総菜などを買って自宅で食べる中食の消費が増えたことで、需要が高まっています。1人1か月あたりのコメの消費量は、30年ほど前の昭和60年度は全体で6キロ。そのうち中食や外食での消費は0.9キロでした。
しかし、平成27年度になると、コメ全体の消費量は3割近く減ったものの、中食・外食の消費は1.3キロ余りと着実に増えているのです。
農林水産省が市場で必要とされる「業務用米」の量を試算したところ、その量は250万トン。しかし、業務用米に見合うコメの生産は120万トンしかなく、130万トンが不足していることがわかりました。需給が見合っていないことが要因となって業務用米の価格上昇につながっているのです。

手厚い補助金で家畜のエサに

では、なぜニーズがある業務用米の供給が不足してしまうのか。取材を進めていくと、減反政策の廃止という農業政策の転換と、ブランド米競争の激化という2つの要因があることがわかりました。

まず、減反政策の廃止です。国は減反政策を来年(平成30年)産のコメから廃止することにしています。これまでの減反政策では、国がコメの価格が下落しないよう「どの県はどれぐらいの量のコメをつくってください」と生産調整をして、作りすぎを防いできました。それをやめるわけです。

ただ、コメをつくりたいと思っている農家は依然として数多くいます。いきなり「皆さんでご自由にどうぞ」というわけにもいかないので、国は飼料用米という家畜のエサとなるコメに目をつけました。家畜のエサの主な原料はトウモロコシ。しかし、ほぼすべて輸入に頼っています。為替や国際市場の変動の影響を大きく受けてしまいます。
コメを家畜のエサにまわすことができれば、畜産農家の経営の安定にもつながり、主食用のコメの供給過剰に歯止めをかけて価格下落も防げると考えたのです。

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減反廃止が決まったのにあわせて国は、「飼料用米」の生産でもらえる補助金を増やしました。その結果、多くの農家が飼料用米の生産にシフト、飼料用米の生産量はこの5年で3倍に増えたのです。

栃木県の農家、仲野英雄さんは、これまで主に業務用米を生産してきましたが、この3年で、コメの生産の半分以上を「飼料用米」に切り替えました。業務用米では、年によって価格が変動し、これまで仲野さんの経営は安定しませんでした。しかし、「飼料用米」を作ると、経営が安定する魅力があるというのです。
仲野さんの受け取る補助金は10アールあたり、およそ8万5000円。年間の総額はおよそ600万円にのぼります。

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業務用米と飼料米を比べても、収入に大きな差はなく、国の補助金で安定的な収入を得られる飼料用米のほうが、かえってメリットがあるというのです。
仲野さんは「とりあえず目先の経営を考えれば、どうしても安定した金額の飼料用米に向かうのはやむをえない」と話します。

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ブランド米へのシフトも過熱

さらに「業務用米」不足に拍車をかけているのが、全国に広がる「ブランド米」競争です。

いま、コメのブランド化には、味や香りの評価で最高の評価「特A」をとることが欠かせません。評価は毎年行われていますが、「特A」をとるコメの銘柄は、この10年で2倍以上になっています。

これまでは業務用米の生産を担ってきた西日本や北海道でも品種開発が進められた結果、熊本の「森のくまさん」や、北海道の「ゆめぴりか」など新たなブランド米が相次いで誕生。米どころの新潟や東北地方も、新たなブランド米の開発で追随しています。この結果、生産が品質の高いブランド米へシフトし、手ごろな価格の業務用米からの切り替えが進んでいるのです。

この数年、ブランド米の生産に力を入れているのが香川県です。もともと四国は温暖な気候の影響で、これまで特A米がありませんでした。香川県のコメも多くが、安い価格の業務用米として流通していたのです。
しかし、コメでの知名度を上げて家庭用米としても売りこもうと、県が主導する形で品種改良を重ね、とうとう4年前(平成25年)に「おいでまい」というブランド米を販売。その年の「おいでまい」は、四国で初めて特Aを獲得しました。

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去年は特Aからもれてしまったため、県や生産者は、独自の審査会を開くなどして品質の向上に注力。ことしの評価で再び、特Aをとることができ、盛大な記念式典も開かれました。

国も焦り呼びかけ強める

国の飼料用米への誘導と、ブランド米競争の間で、置いて行かれてしまった「業務用米」。ニーズがあるにもかかわらず、足りないという事態に、国も危機感を感じています。

農林水産省は、この3か月で、担当者を20か所以上の自治体に派遣し、「業務用米」の生産にも力を入れてほしいと農家に呼びかけています。

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しかし、農家からは「価格を上げるために減反政策に協力してきたのに、今度は安いコメを作れと言うのには違和感も感じる」などという声も聞かれます。
価格が安くて、安定しない「業務用米」の生産を急に求められることに、抵抗感があるのです。とはいえ、業務用米の足りない状況が続き、値段が高止まれば、おにぎりが小さくなったり、弁当に使われるコメの量を減らす事態になりかねません。

コメ政策に消費者の目を

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減反廃止を目前に控えたコメ政策の過渡期で生じた業務用米の不足。 よくよく考えると、やはり日本のコメ政策が消費者の方を向いていなかったことに要因があるのではないでしょうか。

長い間、国は農家の所得維持やコメの価格が値下がりしないようにするために複雑なコメ政策を行ってきました。その最たるものは、国が直接関与して生産量を調整する減反政策です。戦後70年余りのあいだに日本人の食生活は劇的に変わり、コメの消費は減っていきましたが、コメ偏重の政策は大きくは変わりませんでした。消費者が求めているものは何なのか、そのために何をすべきなのか、という視点が欠けていたことが、今回のおにぎり問題につながっていると思います。

関係者のあいだではコメを生産する農家と、消費サイドの結びつきが弱かったことが問題だという指摘もあります。農家が、食品メーカーや外食チェーンなどと直接結びき、市場ニーズを的確に把握することができれば、今回のような需給があわなくなるような事態は回避できると思います。
コンビニの店頭のおにぎりを見つめながら、その奥深くにある日本のコメ政策、農業政策を考えていくことも大事なのかもしれません。

大川祐一郎
経済部
大川祐一郎 記者