地震で負傷し、障害が残った「震災障害者」を孤立させないでほしい。95年の阪神大震災で障害者になった人たちと支援団体が先月末、政府に要望した。

 東日本大震災では約6千人が重軽傷を負った。昨年の熊本地震でも2千人を超す。

 傷が癒えても心身の機能が元に戻らず、多くの人が障害者となることは、阪神の被災地で問題視されてきた。

 だが実際どれだけの人に障害が残ったか、全容をつかむすべは今のところない。周囲に悩みを打ち明けられず、孤立しがちだと当事者たちは指摘する。

 地震大国の日本では、誰もが震災障害者になりうる。どんな支えが望ましいか。過去の教訓に耳を傾け、考えたい。

 まずは、誰が震災障害者になったかを行政が把握できる仕組みが必要だろう。

 今の公的支援としては、災害弔慰金法に基づく最高250万円の災害障害見舞金がある。東日本では岩手、宮城、福島3県で今年1月までに92人が受給した。熊本では昨年末までに4人だという。だが、支給対象は、両腕・両足の切断や両目失明といった最重度の障害だけだ。

 兵庫県と神戸市の10年の調査では、阪神大震災で少なくとも349人が障害を負ったが、約8割は見舞金の対象外だった。東日本や熊本でも似たような状況である可能性がある。

 神戸市にある支援団体「よろず相談室」は改善策として、被災者が自治体に障害者手帳の交付を求める時に提出する医師の診断書の書式を改めるよう提案する。障害の原因欄に「震災・天災」を加えることだ。

 兵庫県と神戸市はすでに採用している。ほかの自治体もすぐに検討してもらいたい。

 その上で、被災者の置かれた実情に気を配り、寄り添って支える仕組みが必要だ。

 震災障害者は、家族や住居、仕事も失うといった複合的な困難に直面しがちだ。悩みを抱え込み、苦しむケースが目立つ。

 よろず相談室は07年から月1回、震災障害者と家族、支援者が思いを語り合う「集い」を開いてきた。阪神大震災で下半身不随になった飯干初子さん(70)は「おしゃべりをするうちに、笑って生きていこうという気持ちになれた」と振り返り、「ほかの被災地でも同じような場を」と願う。

 障害を負った人々が前を向いて生きられるよう、手を差し伸べる。社会全体で協力すれば、決して難しくはあるまい。「ひとごとではない」と考える人を増やしていきたい。