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小町のセーラー服を剥いたらユズハでした?
小町の悲痛な叫びがシェルターの中にこだました。
うららかな森の昼下がり。
小鳥のさえずりが緊張を解きほぐしていく。
まだ雪解け水が冷たい水しぶきとなって岩場で砕ける。灌木林に隠れるようにしてログハウスがいくつか立ち並んでいる。ひときわ大きな一軒家から電子音が流れてくる。
小川のせせらぎを旧科学計算機の警告音が無粋にかき消した。
その傍らで二人の少女が眉をひそめていた。画面の中では少年兵と少女が格闘している。
一人は、慈姑小町。へそが出るほど大胆にセーラー服を着崩している。背中から薄絹よりも透明な羽が四枚のびて、風に吹かれている。
「あいつとこちらの腕力比は5:1。分が悪すぎるわ!」
彼女はモニタに映った遼平と自分の分身を見比べて眉をひそめた。
もう一人はオネエ風の娘。慈姑姫。
カジュアルな赤いノースリーブと黒いレザーのタイトミニをきっちり着こなしている。
尖った耳が出るほどにカットした赤毛の下では金色のピアスが揺れている。彼女は岩場の上で脚を組みかえると、のんびりとした声で小町に助言した。
「さすが、重哲学軍の理論武装兵ね。あんたのアバターをやすやすとねじ伏せちゃった。しょうがないわね。メインのフォルダの中に例のプラグインがあったでしょう。そいつをインストールしちゃえば?」
小町は、ウインドウズ・フェアリー・サモナマスターバージョンののデスクトップからプラグインのインストーラーを起動した。
一番上に重なったサモナーメッセンジャーのウインドウにぐんぐんと進行状況をあらわず青いゲージがのびていく。
やがて、インストール完了を告げる。
『アバターが強化されました』
ステータス表示が消えると同時に、画面の中で小町のアバターが破れたセーラー服をさっと脱ぎ捨てて、立ち上がる。
「ユズハさんが不本意な死に方をしたのはわたしのせい? それってずいぶんと身勝手じゃない」
「理不尽には理不尽で返すまでだ!」
「争っても共倒れになるだけよ。互いの干渉が避けられないのなら、最小限度の影響で最大の共益を追及するのが大人でしょう。それが出来ないのならどちらかが退くしかない」
「どこへ撤退するってんだよ。日本列島はとっくに消滅した。新日本連邦射手宮州は露の都が拠り所なんだよ」
「ずいぶんと一方的な言い分ですね。わたしたちには関係ありませんね」
「ああ、お前らの事など知った事か」
「では、勝手になさい。あなた方同様、わたし達のやり方でこの星の利権を得ます。慈姑姫の伝言はそれだけです。じゃあね。」
優秀なアバターが小町になりかわって熱弁を振るった。
しかし、納得がいかないのは遼平だ。
「でも、なんでよりによってユズハが犠牲にならなくちゃいけないんだ!」
遼平は立ち去ろうとする小町にタックルを食らわせる。
「ひゃん☆」
巻きスカートを引っ掛けられた小町は、弾みで脱げかかったブルマに足を取られて転倒する。
昆虫のような翅がすうっと背中から、青いローライズビキニショーツのヒップにかけて展開する。小町は髪飾りを解くと、翅の上にさらさらの髪が乗る。
向き直った顔を見て遼平はごくりと唾を飲んだ。
ユズハ?
小町には妹の面影がある。
「ユズハ! ユズハなんだろ?」
彼女の名を遼平はつい、呼んでしまう。反射的に駆け寄って、包み込むように小町を優しく抱き上げる。
「他人の空似だってことは判っている。判りきっている。だけど呼ばせてくれ。すまなかったな。乱暴して」
きゅっと、か細い肩に顎を乗せて、遼平は身を寄せる。
「いかないでくれ……」
「きゃーーーー! らぶらぶよぉ♪」
小町はパーソナルコンダクターの前で躍り上った。
「馬鹿が釣り餌に引っかかったわ。さっさと召喚しちゃいましょう♪」
慈姑姫は小町をさっさとパーソナルコンダクターの前からどけると、別のウインドウを立ち上げて、てきぱきと設定を開始した。
「ねぇ、慈姑姫。本当にこんなことで大丈夫なの? 手続きに不備は無い? 心配だな。 後で、王国から召集令状が来るなんてごめんだよ。わたし、男になんかなりたくないからね」
小町は心配そうにスカートの裾を股間に挟んでもじもじする。
「心配しないで。あなたが居なくなったら慈姑の王統は絶えてしまうじゃないの。さすがに王国も属国一つを滅ぼすような愚行はしないわ。戦力確保の意味がなくなる」
慈姑姫は取り越し苦労だと疲れた顔で言う。
「そうね。ただでさえわたし達は絶滅危惧種だものね」
小町はこわばった表情を緩めたが、とても安堵していられない様子だ。くぐもった音が森の向うから聞こえてきた。
彼女が胸を痛める元凶が接近しつつある。
慈姑姫の頭上すれすれに、一軒の家ほどもある鉄の箱が飛んでいった。そいつはゴテゴテしたパーツを纏っている。
後ろからは青白いジェットを吹かして、みるみる空の奥へ吸い込まれていく。
マッチ箱ほどの大きさになったところで、中から黒い人影がばらばらと飛び出した。
小町の足元が激しく揺れた。轟音がして彼女のすぐ脇ににょっきりと鉄柱が映えた。大人が両手を広げたほどの太さがある。
メキメキと小枝が折れ、葉が砂埃とともに舞い上がる。
ふっと、手品のようにその柱が消えると、小町のいる場所に濃い影が差した。
ほどなく、少し離れた場所にドカンと大きな塔が立った。
すぐに紺色のセーラー服に軽アーマーを装着した少女たちの一団が飛んできた。
森の奥深くに屹立する大きな人型のシルエットに向けて、尖ったレイピアをいっせいに投擲した。
びゅんびゅん、と両者の間に針の雨が降り注ぐ。
影の主は蜂の巣になるかと思いきや、意にも介さない様子だ。もぞもぞと身震いして身体に刺さったレイピアを振り落とす。そいつはひとしきり大声で吼えると、全身をピンク色に輝かせた。
あっけに取られている少女たちのアーマーから、ぶすぶすと煙があがり、暴発した。次々と火達磨になって墜落する。
地面に折り重なった黒焦げの物言わぬ塊。
火傷を負った仲間に跪いて自分の着ているものを裂いて包帯がわりに巻いてやる者もいる。一人の娘が焼け残ったスカートの名残を千切って、負傷者の傷跡に当ててやる。
ある少女はあまったスカートをきゅっと胸に巻いて、ショーツ一枚になった。彼女は地面に落ちているレイピアを拾い上げ、勇猛にダッシュする。
勢いをつけて、投擲しようとしたが、その矢先にまたピンク色の光線が降り注いだ。少女の居た場所には、焼け焦げた骸骨が残った。それもバラバラと力なく崩れて地面に積もった。
「ひどい」
小町は顔を覆って蹲った。指の間からきらきらと涙がこぼれ落ちる。
「ダイマ海軍の精鋭たちは本当によくやってくれています。でも、あのロボットどもはびくともしません。これまで天竜や巨獅子、各界の猛者が束になって侵略者に刃向かいました。しかし彼らに対して魔力は無力でした……」
二人の話を総合すると、この異世界は全く物理法則の異なる外敵に脅かされているらしい。この慈姑国も例外でなく、集団的自衛権に基づいて宗主国から派兵を求められているが、人的貢献をするどころか、外国に防衛して貰うほどの体たらくだ。
それにしても、魔法をことごとく跳ね返すテクノロジーというが、こちらの方がよっぽど禍々しいじゃないか。
慈姑姫はぼやきながらパーソナルコンダクターの設定を続けた。
「あいつらに勝てるのは人間しかいないのよね」
彼女はモニターの向うで「らぶらぶえっち」に励んでいる遼平をチラ見した。
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