ブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)に関する議論は、聞きたくない話を気に入らないと正当化する行動経済学の言葉「確証バイアス」によって形成されるところが大きい。ブレグジット支持派は、EU離脱は経済にとって悪い、あるいは離脱交渉は恐ろしいほど困難だという情報を一切無視する公算が大きい。一方、EU残留派は、経済的惨事に対する大げさな警告にますます血道を上げていく。EUはまともな離脱協定を英国にまったく与えてくれないとも言うかもしれない。
独デュッセルドルフでのお祭りに出された、メイ英首相をかたどった山車。「ブレグジット」と書かれた銃を自らに向けている。本体には「英国よ、幸運を」とあり、ブレグジットを決めた英国を皮肉った(2月27日)=AP
残留派がそうするのは怒っているからかもしれないし、胸がすく復讐(ふくしゅう)の瞬間、「だから言っただろう」と言うのをすでに楽しみにしているからかもしれない。ブレグジットをないことにして元に戻したいとまだ期待する、あるいは恐れる人もいる。元に戻すことはできない。
この先のブレグジットをめぐる壮絶な戦いは、現実として比較的退屈なものになる。メイ英首相は来週にEU離脱手続きを発動するとみられており、その後、英国は遅くとも2019年7月までに、ひょっとしたら期限の数カ月前にEUから離脱する。
■EU、大金を稼ぐ契機と見るな
絶えず耳に入る警告とは逆に、EU条約第50条に基づく離脱の合意がまとまる可能性はそれほど低くないと筆者はみている。もちろん、何らかの挑発を受け、英国の政治家が怒って交渉の席から立ち去るシナリオを想像するのは、さほど難しくない。最大の問題は金だ。いつもそうだ。
サッチャー元首相は1980年代に、お金を返してほしいと訴えた。EUは数年間、英国のリベート(分担金の払い戻し)――ドイツ人が適切にも「ディスカウント(割引)」と呼んだ――を整理するのに手いっぱいで、それ以外ほとんど何もできなかった。これは筆者が思い出せる限り、一番激しい争いだった。だが、やがてEUは合意に達した。常に合意はまとまるものだ。
英国の離脱費用をめぐる戦いは、リベート問題ほど難しくないはずだ。確証はないものの、約600億ユーロの支払いが取り沙汰されている。金銭的に、過去の大きな戦いと同格ではない。離脱費用が問題なのは、法的根拠と前例がないことだ。条約は何も教えてくれない。ルールブックは存在しないのだ。
英国、EU双方が単純な原則を守る限り、問題は解決できるはずだ。ブレグジットはEUが手っ取り早く大金を稼ぐ契機になってはならないし、英国が自国の決断の結果としてEUに生じる直接的なコストを免れる契機になってもいけない。それが原則だ。
英国がブレグジットの費用を負担するのは当然だが、EUが市場アクセスへの対価を引き出すのは公平ではない。幸い、ゼロと600億の間には数字の選択肢がたくさんある。
双方が50条の離脱手続きの詳細を議論する時間は18カ月ある。議論されるのは離婚の条件だけで、通商協定は含まれない。EUと英国は別途、最終的な通商協定が交渉・批准されるまで有効となる暫定的な取り決めについて交渉する。暫定合意は、ブレグジットの法的効力が発生した後に発効する段取りだ。