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クリア・インプレッション接触編~木曜島の夜会殺人事件/発動編~悶絶!大阪名物月面やぐら!! 作者:リーフレット

発動編~木曜島の夜会連続殺人事件

24/98

ブロークン・アロー

 すっかり調子を取り戻したヘレンは、顎にか細い指をあてて思案をめぐらしていた。

「どうするつもりなの? ここが現実の舞都であることに疑いは無いわ。学校か民警に連絡しましょう」
「それで? ハーパーは不法侵入で通報されたいのか?」
「何者かに誘拐されてここに運ばれたのよ。そう証言すれば充分じゃない」
「ウチュージンの仕業か、萌え窟民の手の込んだ芝居か。どう証明する?」
「外に出てみればはっきりするわ。でも」
「そうだ、観測すればいい。それではっきりする。萌え窟なのか、木曜島なのか。量子力学では認識することがすべてだ」

 加奈がプールの淵に首ったけになっている。痛くなったのか、すぐに目線を元の高さにもどす。

「絶望的な高さよね」

 ヘレンは、にやりと微笑んだ。

「考えがあるっていったわよね」、とハーパー。

 ヘレンは深呼吸して、ふーっと長いため息をついた。

「いいか、よく聞け」

 ワンテンポ置いて、クラスメイトの注目を集める。

「ここは、ニホン語が通用する世界だ。そして、敵はウチュージンだか、データ山師だか知らんが、日本文学に拘泥している。司馬遼太郎だっけ」

「それで?」

 ハーパーがご託宣を待つ巫女のような顔をする。

「簡単なことだ。日本文学で対抗すりゃあいい。俺は、この状況に極めて似た小説を知っている」

「SM小説? 監禁物は日本文学の範疇じゃないとおもうけど」

 ハーパーは、ヘレンの必殺技「平手チョップ」を食らう。

「惜しい。ちょーっと違う。だが…」

 ばさっとトレンチコートを脱ぎ捨てる。

「近似すればいい」

 そういうと、いきなり加奈のクラスメイトに襲い掛かった。

 ☆ブロークン・アロー

「それでは、ブロークン・アローとはいったい何なのでしょう。この、わたしたちにとってなじみの無い言葉を藤井本部長に解説していただきましょう」

 羽澄の部屋のトランジスターラジオは、民警桜ノ宮橋水上署の記者会見を中継している。
 ブロークン・アロー(折れた矢)――それは、核兵器の紛失を意味する、アメリカ軍の戦略シュミレーション用語である。ペンタゴン(アメリカ国防総省)で実際に使われている暗号であり、
 核兵器が行方不明になった時にこの暗号で世界中に展開しているアメリカ軍にアラートがかかるのだ。

 寝屋川基地爆破事件の首謀者が、署内から失踪した。大量破壊兵器に転用可能な、永久機関「トラウト・タービン」の技術がテロリストの手中にある限り、この国に限らず、
 地球上のあらゆる場所が攻撃の対象となる。容疑者は、失踪直前に2名の少女に性的な虐待を加えた上に、被害者を盾にする目的で拉致したものとおもわれる。
 現在、民警は軍憲兵隊当局と合同捜査体制を敷いている。

 そのような、趣旨を藤井対策本部長は述べた。次に、遺留品が記者団に公開された。
「容疑者の着衣、少女が身につけていたワンピースドレス、女児用パンツ、スクール水着と、ビキニ上下、そして、ええと…」

 証拠品を席上で掲げていた署員が、言葉につまった。

「舞朝新聞社会部の小田切です。その、サポーターというか、パンティですか。が、残されているということは、被害者は服を一枚も着ていない状態ですか。ということは、逃走経路が限定されますね。裸の女の子を連れまわすには目立ちすぎるでしょう。
 あるいは、着替えの入手に困った犯人が、何らかの犯行に及ぶ可能性も考えられますね。その辺、どうお考えでしょうか?」

 女性記者が、露骨に嫌そうな顔をする。男性記者のあいだからは苦笑がいくつか盛れた。

「容疑者は忍術をつこうとる」

 本部長は大真面目な顔で、言った。とたんに、会場内を爆笑の渦が捲く。

 むっとした藤井が、会見を一方的に打ち切ろうとする。
 あわてた舞朝新聞の他の記者が小田切を引っ込めた。
「取調べ中に忽然と消えたと、プレスリリースに有りますが、現実的な視点として、内部の協力者が手引きした可能性は考えられませんか? あ、舞都日報の関口淳之助です」

 別の記者が手を下ろす前に、藤井は即答した。

化粧坂けわいざか 陽菜ひなが、共犯である可能性はとっくに消えとる」

 記者は、伏せられていた新事実に、一斉にペンを執った。

 被害者の一人、城西高校一年生の化粧坂 陽菜は一昨日未明、睡眠薬自殺を企図して大阪医大付属病院で集中治療を受けていた。

「今朝まで、ICUの中で意識不明やった人間が、桜ノ宮橋署内に現れた。奇跡的な回復力をもって病院を無断退院したと仮定して、
 果たして犯行を準備可能であると思料する充分な材料が無い」

 藤井は、いったん言葉を区切ると、聴衆に事態の不可解さが浸透するまでじゅうぶんな間を置いた。
 パンと机を叩いて、注意を喚起する。

「これは、忍術という他に無い。呼び名はどうあれ。それと、もう一件。本署は難儀な事件を抱えておる」

「京橋美弥子殺害事件ですね?」と、関口。

 民間警視機構が創設されて最初の一斉捜査となる筈だった。凶器は特殊なレーザー光線による超長距離狙撃。そう断定した民警は500名に及ぶ捜査員を投入した。
 陸上列車砲術軍の基地に司法の手が入るのも異例中の異例だ。

 城西高校の社会科見学列車にセーラー服を着た婦人捜査官が紛れ込んで、陸上列車砲術軍寝屋川師団(旧京阪電車寝屋川車両基地)へ乗り込む手はずだった。
 しかし、突入寸前に寝屋川基地は女生徒もろとも原因不明の消滅を遂げた。

「京橋美弥子の殺害、グランパス準天頂衛星の撃墜、陸上列車砲術軍基地の全滅、連続少女暴行。これらを全部ひっくるめて…」

 関口は話の腰を藤井に折られた。

「テロや。熊谷というたった一人の人間の……クズの、仕業や」

 にゅっと、藤井の後ろからごつい手が伸びてマイクを奪った。

 顔の一部をのぞいて、全身をぴったりとした黒いゴムの衣装で覆った屈強な男が藤井の前に出る。黒光りするプレートが鼻の上から額までを隠している。

「熱核兵器強制査察軍、核兵器回収特殊部隊ブロークン・アロー隊長、敷島であります」

 敬礼をすると胸の筋肉が波打つ。

「自分らは舞都市街全域において、無差別破壊捜査戦を敢行する予定であります」

 記者がどよめく。基本的人権や報道の自由の担保を心配する声があちこちから起きる。
「それについては、是々非々で対処する」
 敷島は、冷酷に言い放った。
「人権が捜査の足枷になって、トラウト・タービンの暴発を招く事態は絶対にあってはなりません。市民の皆さんもご理解いただきたい」

 会見場は騒然となった。

 安全保障の代償として、わずかな基本的人権が犠牲にされるという弁明は、世界貿易センタービルにジャンボ機が突入してから常套句になった。
 問題は、その量が為政者の裁量に委ねられている点だ。

 幾らでも水増しできる見えにくい脅威という文句におどされて、一歩譲れば、また一歩と自由が後退していく。その先にあるのは脅威を再生産する軍事独裁政権だ。

 関口が民主主義の危機という新聞屋のセールストークを口にするや、隠れて介入のタイミングを窺っていた機動隊員につまみ出された。
 他の記者たちも有無を言わさず追い出されて、記者会見は自然にお開きとなった。

 ご丁寧に、煽動罪の逮捕状まで用意されおり、関口たちはたちまち塀の中の人になった。
 前時代的なリベラル調の草稿は、自粛を強要された腰抜け編集長が、自ら大ナタを振るって御上の意向に沿う文章に改められた。

 そんな中、敷島のメッセンジャーに行方不明少女発見の報が入った。

 事態が大きく動き出す予感めいたオーラが行間に踊っている。

「出たな?!」

 記者たちが引き上げた後の会見場は、踏まれて薄汚れた没原稿やメッセンジャーの使い捨て常温核融合携帯バッテリーパックやらが散乱して、
 さっきまでの喧騒の大きさを無言で語っていた。

 敷島は、両眼にぴったりと張り付いたサングラスを剥がそうと四苦八苦していた、
 ガラスコップよりやや分厚い縁に親指と中指をかけて掴み取る。力を込めてゆっくりと引っ張ると、周囲の肌もつられて膨張する。
 すみの一部がわずかに皮膚から離れると、そこからどろりとした粘液が吹き出た。
 やや黄色がかった泡の下からさらさらした透明な液体が頬を流れ落ちる。
 一瞬、敷島は苦悶の嗚咽を漏らす。
 しばらくためらっていたが、意を決して呼吸を整え、3つ数えるとすばやくサングラスを引き剥がす。
 その裏側から有機コードが蕩けたチーズとなって長い尾を引いた。

 ぽたぽたと鮮血が床に点描をかたちづくる。

 堪えきれずに、敷島は大きな悲鳴混じりのため息をついた。
 床に捨てられたサングラスはチリソースをたっぷりぶっ掛けたチーズピザボックスの裏蓋に近い。
 まるで殴られたように顔面が血まみれになった男は、がっくりとしゃがみ込んで荒い呼吸を続けている。
 そして、顔をがばっと上げる。サングラスで覆い隠されていた場所には、あるはずの眼球が2つとも無かった。
 代わりに、無数の数の子のような粒が散りばめられている。その一つ一つの中心にかわいらしい虹彩があり、焦点が独立していた。
 無人の部屋の中心で敷島が吼えると、数え切れない視線で周囲が焼き尽くされた。

「見える。見えるぜ!」

 彼は武者震いすると、小さな瞳が一斉に絞られた。

 個々の瞳には、蚊の死骸が降り積もった天井の丸い蛍光灯のクローンが、満月を湛える池のように浮かんでいた。
 それらが、揃って揺らめくと、そこにある筈のない光を反射した。

「来るわ」

 道路を挟んでホテルの正面玄関を見下ろすレストランの屋上にある給水機の陰で、陽菜と権造は息を潜めていた。

「来るって、何がだ?」

 権造は、陽菜の引き締まったヒップの割れ目から焦点を逸らそうと無駄な努力を重ねていた。男の本能は精神に根付くもので、肉体の性が変わってしまったからといって、
 そう簡単に問屋が卸すはずもなかった。ついつい、視線がじりじりと戻ってしまう。

「わたしのおしりを見ても、あなたの欲望を達成するための肝心なツールはとっくに無くなってるよ。それに、『来る』って、そういう意味じゃないからね!」

 怒ったような陽菜の口元はわずかに笑っている。その真意を権造は図りかねた。

「いいから、質問に答えろ。追い込まれた状況でのコミュニケーション不足は命取りになる」

 彼女の疑念を打ち消すように、権造は冷静さを装った。まるで臭い芝居の幕引きだ。ますます白々しさがつのる。

「敵が動き出したわ」

 陽菜は、カメラ目線を向ける。つられて、権造がその方向を見ると、ホテルの北西で分岐している第二寝屋川の水面すれすれをねずみ色の飛行物体が飛び去った。

「手近な証拠があれよ」

 陽菜は、判っているはずだという含みを持たせて権造に答える。

「ファイア・スカウトやな。正確にはRQ-8のAタイプ。海軍仕様だ。武装は大したことない。せいぜい撃ちっ放しのロケット弾が関の山だ。
 なんと言ったっけ、ハイドラ70?」

「ちょっと待って、相手をもっと知らなくちゃ」

 陽菜は、雑草が生い茂った給水機のフィルターの隅に100BASEのコネクタを見つけた。野良猫にでも食いちぎられたのだろう。
 古臭いLANケーブルは、肝心のプラグのあるべき場所から細い芯がむき出しになっていた。
 今時は、数キロ四方のサービスエリアをカバーするWIMAX-IMUM方式の無線LANが主流だ。
 下位互換性維持の為だけに残されている枯れた遺産は、それゆえにセキュリティ対策もなおざりだった。

 陽菜はスチュアートン場をADSLの帯域へ変調し、容易に回線へ侵入した。もっとも本人にそういうスキルの自覚は無い。
 ただ、識りたい衝動が、意識下のブラックボックスを稼動させているに過ぎない。

 レストランのファイアウォールを突破して、量子暗号化された環境維持システムのセキュリティを突破した。
 人間原理のちょっとした応用で、理論的に解読不可能な量子暗号を破った。
 量子力学の不確定性原理は、現実の世界を、幾つもの可能性が堆積した確率の地層として扱う。
 実現性に乏しいものの、決して存在そのものを否定できない僅かな選択肢に平等な市民権が与えられていると、量子論では考える。

 陽菜は量子暗号がまったく意味を成さない可能性。容易に類推できるパスワードや、暗号そのものが使用されていない可能性の存在を嗅ぎ取った。
 ありえないと誰が断定できよう。
 レストランのセキュリティ管理者がまったくの素人や、杜撰な性格の人間だったとしたら、高価なセキュリティも無用の長物になる。

 その僅かな感触を、陽菜は認識した。人間原理が、獲物にがぶりと喰らい付く。認識されてしまったら、もう後の祭りだ。
 人間原理が観測した対象は、絶対的な存在を保証される。

 レストランの行く末が切り取られた一枚ずつの縮図となって重なると扇状に広がった。
 入り口付近の一瞬を捕らえたそれぞれが、微妙に違った賑わいのグラデーションを描いている。
 残念ながら、その店の将来は輝かしいものではなかった。扇の中心は確率論的に最も濃度が高い部分で、そこは退廃に彩られていた。
 左右を丹念に眺めても、敗色の濃淡は深刻さを増すばかりだった。
 もっとも悲惨な一枚は更地になった場所に不法投棄された生化学廃棄物が緑黄色のみずみずしい瘤を作っていた。

 みずぼらしい店の未来図に共通しているのは、同じ顔ぶれが出入りしている点だった。

 店のオーナーと思しき骨と皮に痩せた老人と小太りの外国人中年女性の二人。店主は悪い病気に蝕まれているに違いない。黄土色の顔をしていた。
 女の方は、汚い油の染みたダンボール箱が崩れそうな倉庫の片隅で手垢の付いたキーボードを人差し指でぽつぽつと叩いてログイン手続きをしていた。

 セキュリティ担当者は、子持ちのシングルマザーだった。しかも安い時給でこき使われている根っからの主婦で、機会音痴も甚だしい。
 そういう人材が登用されることは、有り得ない。だが、レストランの経営が左前になる可能性は何時だってある。
 そして、まず最初に削られるのは人件費だ。

 レストランの運命が時間軸の未来に向かって無限に枝分かれしている。その末端に都合のいい顛末が揺れている。

 そう遠くない未来のある夏の夜に、レストランのオーナーは転がるように荷物を纏めて夜陰に消える。もぬけの殻となった資産一式は破産管財人の手に渡り、
 めざといインド系の貿易商が、地下銀行の隠れ蓑として安値で買い取る。そこに、法令を守るために形ばかりのセキュリティ担当があてがわれた。
 彼はハリボテのレストランに新しい従業員を雇い入れるつもりはなかった。どうせ近いうちに引き払うのだ。求人広告料や雇用契約書を作り直す紙代すらも惜しい。
 主婦は、即席の教育を受けて名前だけのシステム管理者に昇格した。実際の運用は貿易商の息がかかったソフトハウスに任された。
 彼女は管理者パスワードをデフォルトのままにしていた。
 パスワードファイルを管理するデータベースシステムがオラクル社の製品だったことも運の尽きだった。

 指の動きを丹念に追って、陽菜はログインするイメージを想像した

 USER:scott
 PASSWORD:tiger■

 あっさり、インストール時に設定される仮パスワードでログインできた。

 レストランのサーバーを足がかりに、萌え窟のデータ山師が張り巡らしたバイパスを経由して軍の情報中枢へは、一本道だった。
 直接、侵入する危険を冒さずとも、勇気ある有志がハッキングしたデータを誰にでも無料で公開するためのミラーサーバーを立てている。
 更新にタイムラグはあるが、まったく陳腐化するほどでもない。

「わかったわ。軍はUAVを次々と舞都の空に繰り出して偵察衛星の穴埋めをしている。さっきのファイアスカウトは、ハイドラを積んでる。おっさんのゆうとおりよ」

 陽菜は、言いにくそうに言葉を切る。

「ただ…」
「ただ?」

「相手が悪いわ。ハイドラ70。多目的ロケットランチャー。コンポジションB4炸薬1.04kgを内蔵。それだけなら問題ない」

 熊谷はごくんと唾を飲んだ。

「セミ・アクティブ・レーザー・シーカーなのか?!」
「弾頭はもっと利口よ」

 陽菜は、なすすべも無いといった風に肩をすくめる。
 ロケット弾はミサイルよりはるかに格が劣る。
 相手が撃ちっ放しのロケット弾であるなら、かわしさえすれば何ら問題は無い。
 だが、セミアクティブ式とはいえ、追尾能力を持っているとなると、話が違ってくる。
 権造は陽菜の険しい表情を見て、更なる懸念を口にした。

「…自意識を持っている?」
「そう。そして、背後に飼い主の陰がちらっと見えたわ」

 権造は、とっさに陽菜の手を取って屋上から飛び降りた。
 数秒差で、給水機が紅蓮の炎を吹き上げる。

 間髪をおかずに、レストランの窓が次々と細かいガラス片を撒き散らす。ビルがぐしゃりと腰を折った。

 第二寝屋川を一隻の通学ボートがゆっくりと航行している。

 低い橋桁と水面の狭い隙間を潜り抜けるためにプレス機で押し潰したような平らな屋根のボートの左舷の一部が跳ね上がっている。
 第二寝屋川と本流の合流点に城西女子の学生専用船着場がある。生徒は昇降口から飛び出す体勢を取っている。
 濃紺の制服に真っ白なスカーフがさざめく波と同期している。

 ちょうど、権造たちの前を船が通過しようとする瞬間。

 第二寝屋川を渡る空中回廊の継ぎ目からどす黒い煙が上がった。
 ゆっくりと箍が外れて、落下する鋼鉄のケージの下を、ファイア・スカウトが飛びぬける。
 その腹が青白く光った。
 と、思う間も無く、回廊の根元を支える橋脚が跡形も無く消滅した。
 沸騰した鉄のしずくが火の粉となって周辺のビルに降り注ぐ。ぱっ、ぱっとオレンジ色の光が瞬いて、つぎつぎと火の手があがった。

 さらに、ファイア・スカウトの腹から禍々しい光が放たれると、ビルの窓という窓を炎が舌なめずりした。

「ロケット弾などという、生ぬるい物じゃない!」

 叫びながら、羽根で落下速度を調整した権造は空中で第二寝屋川にダイブする姿勢を整える。

「レーザー砲?」

「高圧パネルだ。戦艦クラスの対空レーザーをどこかから中継している。元締めを潰さない限り、路地裏の裏にも逃げ場は無い」

 言葉をかわしている間にも、ビル屋上のメッセンジャー地上中継アンテナが見えない刀でなぎ倒される。

 ばらばらに砕けた鉄骨が、陽菜の飛行予定コースをくじ刺しにする。羽根で風を送って、急制動をかける陽菜。

「偵察機どもを操っている野郎は、無差別破壊をやらかすつもりだ。
 私有財産を事後の補償なしで破壊できるのは、第一級殲滅戦、あるいは無差別破壊捜査戦に限定されている」

 権造は猫の額ほどの幅で隣り合っている古いビルの隙間に陽菜と一緒に逃げ込んだ。

「破壊捜査? じゃあ、相手は警察なの。いくらなんでも艦載レーザー砲は、警察の装備にしては豪華すぎない?」

 ビル風をまともに受けて、もみ合う二人をファイア・スカウトのエンジン音が翻弄する。

「忘れちゃいけない。俺たちは公認の『テロリスト』なんだ」

 権造は、ざらついたむき出しのコンクリートで背中を擦らないように、羽根を振り絞って慎重に軟着陸した。

 極黒の衝立にはさまれて、のどかな寝屋川が波打っている。路地の先で、平屋建ての窓がゆっくり上下している。

「行くわよ。一気にね」

 権造の返事を待たずに、陽菜が駆け出した。裸足の裏に剥がれ落ちた壁の破片が牙をむく。

 背後で猛烈な砂煙が沸き起こった。
 がらがらとビルの雨樋が崩れ落ちる。煙はたちまち、二人を追い越した。

 続いて、きな臭い匂いが迫ってくる。だが、その頃には通学ボートの甲板を二人は踏んでいた。

 悲鳴と嗚咽が入り混じる中、逃げ惑う生徒と反対方向に二人は走った。
 走りながらスカートを脱ぐ少女もいるが、多くは着の身着のままで飛び込む。そして、そのまま二度と浮いてこなかった。
 それを見た数名が、物凄い勢いで脱がし合って、鮮やかなブルーのビキニ姿でダイブした。
 逃げ遅れた生徒も、それに習おうとする。

 だが、船の底から鈍い破裂音が聞こえると、上半身はセーラー服にリボンを結んだまま、スカートだけを脱いだスクール水着姿になるか、
 とりあえず制服の上下を脱いで、ブルマーに半そでの体操服で身を投げた。

 混乱に乗じて、陽菜と権造は生徒たちが脱ぎ散らかした服をすばやく拾い集めた。

「とりあえず、エンジンの爆発を止めるわ」

 陽菜が意識を集中すると、スチュアートン場が機関室に浸透した。船の緊急消化システムが生き残っていた。
 あらゆる燃料を使用するガス・タービンエンジンの事故については研究し尽くされており、手を焼く暇もなく自動的に鎮火した。

 もぬけの殻になった客室で、裸の権造が呆然と立ち尽くしている。

「何をやってるの! 敵が目の前にいるのよ!」

 陽菜の怒りが爆発した。

「これを、着るのか?」

 権造が腫れ物に触るようにビキニのブラジャーを摘み上げる。

「もう! ブラの付け方を知らないの? いい歳のおっさんが!」
「アホぬかせ、わしは男じゃ!」

 権造のキイキイ声を、さらにボリュームアップした陽菜の罵声が圧倒する。

「知らなくてどうするの?!」

 一呼吸おいて、絶叫する。

「女と寝たことも無いのーーーーーーーー?!」

 落雷のショックで、権造だった少女はぺたりと座り込んだ。

 大粒の涙で瞳が潤んでいる。

「だって、海軍暮らしが長かったし…。もう、女と寝ることも出来ないし」

 ふうっと長いため息をついて、陽菜は別のブラジャーを拾った。

 後ろ前にして、背中の結び目が胸の狭間に来る様に着る。

「ブラはね、前で結んで一回転させるの」

「こう、か?」

 おっとり刀で、権造がブラを回す。

「これが、ぶらじゃあというものなのか?」

 権造は、次のアクションに移らず、凍り付いている。

「今度は何よ?」

 陽菜が面倒くさそうに訊ねると、権造は座席の手すりに絡まっていたビキニの下を外した。

 蚊の泣く声で呟く。

「パンツ」
「え?」
「パンツ」
「パンツがどうしたの?」

 苛立ちで陽菜の語尾がひび割れる。

「パンツ。どっち向きに履くねん?」

 うな垂れる権造を見下すように陽菜は水着のパンティを両手で延ばした。
 二等辺三角形の長い底辺を裏返すと、小さな付箋が縫い付けられている。

「ここよ。こっちが後ろ。一度でもエッチした事があるなら、致したあとで女の身支度を観察できた筈よ。
 ひょっとしてオッサン、童貞ちゃう?」

 少女権造は、顔を真っ赤にして小さくコクリと頷いた。

「あーー、もうイライラする。後はわたしが着せるから、オッサンはじっとしてて」

 そう、言い捨てると陽菜は客室を駆け回って、生徒たちが残していった荷物を暴いて回った。

 ほどなく、ピンク色の細長いパンティを持って帰ってきた。

「これ、ちょっと汚れてるけど、新しいのが見つからなかった」

 陽菜は茫然自失する権造に足払いをかけて、座らせる。
 蹴った足で、そのまま権造の脚を押し開いた。

「わっ、何をする?」

 手のひらを片方ずつ、パンティの穴に通して押し広げ、そのまま権造の足首をくぐらせる。

「アンダー・スイムショーツよ。いちおう、水着を着るときのエチケットだから」

 何のことか、判らないまま、権造は無抵抗で従った。

 アンダースイムショーツの中には薄汚れた細長いシミで二分割されていた。

 権造は、それが気になって仕方が無い。

「そ、それは?」

「女の子が、ミニスカートの下に薄っぺらいパンツ一枚しかつけていないなんて、無知な男の一方的な幻想で塗り固められたマンガの世界だけよ」

 陽菜が、シミのついた自分用のスイムショーツを権造の鼻先にぶら下げる。

「自覚なさい。女になるって、こういうことなのよ」

 権造は、顔から火が出そうになる。

「つまり、多い日も…」
「それだけじゃないよー。いろいろ有るんだから。一枚だけで済むなんて、有り得ないー」
「ぱ、ぱんつが一枚、ぱんつが二枚」

 恥ずかしさが臨界を越えて、パニック症状を起こした権造がうわごとを言っている間に、陽菜は着付けと自分の着替えを済ませた。
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