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日本海戦争
病院のベッドでネグリジェ姿の少女が点滴を受けている。
「病院の入院記録に介入して、本人を記憶喪失した本名不肖の行旅病人としておいたわ」
「コーロビューニン?」
「行き倒れのことよ。行旅病人取扱及び行旅死亡人取扱法という法律があって、地方自治体が費用を全額負担する制度がある。
彩狐は成績不良で退学処分寸前だったの。放校されたら、間違いなく前線送りになるわ。かわいそうだから、入院させたの。
そして、すり替わるあなたは」
そこまでいうと、ジュールはミツミの唇をいきなり奪った。
「ミツミ アヤコはハルフト先生の特別授業に出席して、みるみる成績を回復するの」
ミツミは心臓が爆発しそうになった。
「待っていれば、そのうち、ヘレンが城西に編入してくるから、同じクラスメイトになるといい。ヒナともう一人もいずれ合流するわ。
わたしは、あのマルコフをやっつける方法を編み出して、迎撃する準備を整えなくちゃいけない」
そう一気にいうと、唐突に姿をくらました。
一人残されたミツミがプールサイドに上がると委員長がバスタオルで身体を包んでくれた。
脱ぎ捨てたシュミーズと替えのパンツがプールサイドにきちんとたたんである。
「ぱんつ。これを履くのか…」
ミツミは、しばらく躊躇したが、あきらめて身体にバスタオルを巻いた。
アンダースイムショーツをもそもそと脱いで、ぱんつに着替える。
シュミーズをつけると、濡れた乳首がやっぱり透けている。
「はずかしい」
急に目の前が真っ白になった。
「見ているほうも恥ずかしいわ。早くブルマを履いちゃって、スカートをつけなさい」
さっきの女教師が手際よくミツミにセーラー服を被せて、スカーフを結んだ。
「グランジュール先生が呼んでいるわ。急いだほうがいいよ」
委員長が、美津海のフルネームが入った新しい生徒手帳をミツミに手渡した。
「ねぇ。特別授業って、何なの?」
危なげな目で委員長がミツミをみつめる。
「それは……はずかしい」
ミツミはそういい残すと、廊下へ駆け出した。
プールの奥底をめざして、カルシウムの欠片がたくさん沈んでいく。
まるで、マリンスノーそっくりだ。
それは深海に降り積もるプランクトンの死骸だと言われている。
ジュールは、トレス海峡に眠る石油タンカーを疎ましく思った。
グランジュール号。
上空を警戒するオーストラリアの国家緊急時対応計画軍の戦闘機が飛び去っていく。
計画軍は、元来、石油流出事故に対応する部局にすぎなかった
当初は油流出のみを扱ったもので、油による海上汚染抑制のためのナショナル・プラン(国家計画)と称された。
この措置は 1998年 4 月、オーストラリア領海における化学物質流出の対応にまで拡大され、
21世紀に入って起きた最初の世界大戦「日本海戦争」でおきた生物化学兵器の被害をうけて、
任務の阻害要因を武力で排除できる対テロ戦争がらみの機関として権限を拡充した。
計画軍が、ジュールを束縛している。
しかし、ジュールは生ける屍に等しい自身に対する未練が薄らいでいた。
船は、ジュールを運搬する容器に過ぎない。
彼女の意識は物質を超越した象徴的な形へ変化しつつあった。
たまたま座礁した場所が木曜島だったことも幸運だった。
そこに入植していた日本という国の民族を媒介にして、傷ついた容器におさらばするチャンスを
つかんだ。
日本人にとって「ナショナル」という外来語が特別な意味を持つという事実を知るまで、時間がかからなかった。
それが、電機関係の著名なブランドで、量子コンピューターという機械を開発していることも追い風になった。
なにより、ナショナルという響きがよい。これを支配することによって、
同じ単語を名前の一部に使用している「計画軍」という忌々しい組織にたいする溜飲を下げることができる。
ジュールは、ナショナルが開発していたヒューマノイド「メイド・サーバント」に魂の座を移した。
そして、見たのだ!
計画軍がひた隠している、「隠れマルコフ的生命体」と「大虚構艦隊」の真実を。
彼女は、自分が引き揚げられもせず、何十年も塩漬けにされている本当の理由を知った。
自分が、大虚構艦隊の人質として担保されていることを。
ジュールは一人ぼっちの反乱をスタートさせた。
革命を開始するのだ。
ジュールは自由になりたかった。
人が自由を約束されるためには、支配されないことだ。
自分自身が支配する宇宙を再構築するのだ。
彼女は、木曜島の海に輝く真珠に解決の糸口があると直感した。
そして、真珠の匂いがする場所で革命の烽火を上げることにした。
☆友軍誤射
陸上列車砲術車が、ごうんごうんと、引込み線を軋ませて、ゆっくりと進む。
「陸上列車砲術軍、188軌道敷設中隊。離陸を許可する」
尼ケ辻信号所の古びた江木造平屋をヘリにエスコートされた列車が進む。
ヘリはたちまち、列車を追い越して、通過予定の要所に着陸する。
ちゃくちゃくと、工兵部隊が、架線を敷設していく。
進路上を塞ぐ形で、古びた団地がある。
ヘリが、ひび割れた屋上に乱暴に着陸して、銃を構えた一隊が非常階段を駆け下りる。
短い罵声、もつれ合う人影。
高層階の窓ガラスが砕け散り、人影が赤い尾を引いて、ドサリと地面に落下する。
ぴくりとも動かない。
怯えた表情で、幼い子供を引き連れた主婦や老人が一階から出てきた。
女子供ばかりで若い男が見当たらない。
地面には、白髪の男が口から血を吹いてぐったりと横たわっている。
住民の集団の中から、兵士がセーラー服姿の少女を2,3名、引きずり出した。
母親らしい女性が、必死で引きとめる。
徴兵とか、国益とか、そういう言葉が切れ切れに聞こえる。
やがて、母親の一人が後頭部からしぶきを散らせて、倒れこんだ。
兵士は、少女たちをなにやら機械にかけると、頷いて、着ているもの乱暴に引っ張った。
バナナの皮を剥くように、紺色の布切れが地面に何枚も重なり、白い体操服と黒いブルマー姿にされる。
少女たちは、カーキ色の汚れた軍服を着せられて、ヘリに詰め込まれた
ヘリが飛び立つと、暖地は黒煙をあげて瓦解した。
更地に呆然と立ち尽くす住民を横目に、鉄の軌道が淡々と引かれて行く。
母親を目の前で殺された娘が泣き叫んで、ヘリのハッチから身を乗り出す。
兵士は少女の後頭部に短銃を突きつけて、発砲。
鮮血を絡みつかせた髪の塊が、ローターの風圧で吹き散らされる。首を失った胴体が丸太のように落下する。
残った二人の娘は、怯えてヘリの後部座席で身体を丸めている。
兵士が口をぱくぱくさせて、片方を平手打ちした。しかし、彼女は頭を抱えて、目を瞑ったままだ。
もう一人の兵士が、腰に蹴りを入れ無理やり立たせようとする。
それでも、彼女は立ち上がろうとしなかった。
ヘリは、団地跡の上空をぐるりと旋廻し、次の作業場所へ向かおうとする。
向かい風に機体があおられ、少女と兵士はもつれ合ったまま、床を転がる。
たまりかねた男は、座席の下にあった背嚢から、何かを取り出すと、少女の髪をむんずとつかんだ。
ぎらりと、男の手元が光る。
刃渡り15センチほどのナイフが少女の喉下に突きつけられている。
屈するぐらいなら死んだほうが増しだ。少女の目が語っている。
しばらく睨み合いが続いた。
やおら、男は、ナイフを少女のこめかみに移動させた。
一瞬の隙を突いて、少女が逃げ出そうとする。
その動きを巧みに利用して、ナイフが少女の額を撫でた。
大きく前髪が切り取られ、青々とした剃り跡があらわれる。
少女はつむじの後ろまで、黒髪を剃り落とされた。
男は、酔いしれるようにはっきりと口を動かす。
「これが現実だ」
声は聞き取れないが、口の動きから、読み取れた。
少女はすっかり抵抗する気力を失って、だらりと力を抜いた。
兵士は、側頭部に残った少女の髪をバリカンで剃り落としながら、図面を広げて、作業の説明をしている。
もう一人の娘も、おとなしく髪が剃られるままにしている。
数分とたたない内に、クリクリ頭の少年兵そっくりな顔にされる。
サイズの合わない不恰好な軍服を着た新米の工兵を、男がいやらしい視線で撫でまわす。
と、操縦席から悲鳴があがった。
パイロットが、早口で専門用語を口走ると、操縦席のハーネスを引いた。
軽い衝撃が起こる。
操縦席のキャノピーが吹き飛び、勢いよく座席が射出される。操縦士を失った機体は衝撃で横倒しになる。
もはや立て直す術はない。二人の兵士は慌てふためいて、操縦桿を握ろうと我先を争う。
その頃、無軌道強攻装甲列車の戦闘指揮車が何の前触れも無く出現した飛行物体を捉えた。
陸上列車砲術軍は近接防護に旧陸自の対迫撃砲レーダーを使用している。
JMPQ-P13を貨車に搭載できるよう改良したものだ。
コンテナの側の一部が、ごうん、と四角く割れて、L字型に迫り出すと、斜めに傾いて天を仰ぐ。
パッシブ式レーダーが、旧京阪電鉄八幡市駅を真下に見下ろす男山山頂レーダーサイトからの電波を捉えた。
解像度が艦船や戦闘機搭載のレーダーに劣るものの、武装列車の自衛用として運用するには申し分ない。
はず、だった。
受像したデータを敵味方識別システムが瞬時に解析。形状をデータベースとマッチングさせる。
その特性から、友軍機と判断した。
しかし、受身のデータは信用できない。
途中経路で容易に改ざんができる。
対迫レーダー搭載車のレーダー2基が、映像を味方と識別。
これを、別の無軌道強攻装甲列車のレーダー2機が確認。
最後に、列車の通過地点の要所に展開している偵察隊員の携行レーダーの一つが視認。
火器管制システムは4対1の評決で脅威でないと判断した。
ところが、列車の上空を飛翔したUAV(無人偵察機)からのデータが、これを覆した。
機影は2つ。
輸送ヘリと、UAV。
後者の方は、ぱたぱたと主翼をばたつかせている。
火器管制システムは、奇妙に思ったものの、疑問の解消を優先度の低いタスクに割り振って、頭上の脅威の識別を優先した。
こんな場所をスケジュールに無い無人偵察機が飛行している。
隠密軍か戦略防衛軍が独自に偵察をすることも考えられる。
だが、羽ばたく機体は、火器管制システムのデータベースに該当する物はなかった。
冗長な手順を踏んで差分データのアップデートを司令部に申請するのも煩わしかった。
割り込んできた新しいデータは、工兵部隊と認識した火器管制システムを真っ向から否定していた。
巧妙に偽装した敵機、もしくは鹵獲された友軍機。
UAVは、上位システムの折り紙付で。そう警告した。
これは、重大な判断ミスだ。帰ったら火器管制システムは徹底的にオーバーホールされるだろう。
場合によっては別のシステムにごっそり換装されかねない。
火器管制システムは、失点を挽回しようと、UAVの報告に関する検証を省いて、そのまま戦闘指揮車に回した。
即座に、後部車両のCIWS(近接対空砲)が、がくんと屹立し、2000発近い搭載弾を撃ち尽す。
もわっと、装甲列車が硝煙につつまれる。
まず、敵機のローターブレードが爆散した。
ヘリは。バランスを崩して、その場でぐるぐると自転を開始した。
デジタル化された前部シートのディスプレイにはてんででたらめな内容が表示されている。
男たちは、向かい合って頷くと、3つ数えて、パラシュートを背負って、ヘリから飛び降りた。
2人の娘は機内に取り残されたままだ。
「馬鹿、友軍だ!」
「フレンドリー・ファイア! フレンドリー・ファイア! 攻撃を中止しろ!」
戦闘指揮所が混乱に陥る。
列車は、ちょうど最寄り駅を通過するところだった。
空になった弾倉が、がちゃんとホームに転がる。
列車は、時速120キロで構内を通過。
CIWSはいったん、車内にひっこんで、予備のカートリッジを装填する。
ふたたび、白いベールが列車を包む。
間髪をおかずに、機体が爆散する。ガラスが割れ、黒煙が噴出し、割り箸がぶちまけられるように機体の骨組みが崩壊する。
運よくドアの留め金が壊れた。あおりを食らって、二人は宙に投げ出された。
遠心力を保存したまま、ヘリのローターが一人の行く手をはばむ。
ブレードの刃が胴体に食い込み、簡単に寸断する。
少女の肩から契れた右腕がブレードの先端に引っかかり、生き残ったもう一人の頭上へ被さろうとする。
反射的に、身体をひねってよける。
大の字になったままくるくると回転する彼女の前に、白い翼の天使が現れた。昔から宗教画によく描かれる、薄いローブを纏った天使そっくりだ。
ただ一つ、違うのは、身体に何もつけていない点だ。
透明に近い肌はやわらかな輪郭を描いている。白鳥のような立派な翼が一対。羽毛の一枚一枚まで明確なフォルムだけが存在感を際立たせている。
「ああ、わたし、もう死んでるんだ」
少女は、自分の死を悟った。
「でも、よかった」
少女は安らかな笑みを浮かべる。
「天国に来たんだ。あなた。天使よね。おねえさんはどこにいるの?」
天使は、両手を広げて、誘う。
「さっき、身体がばらばらにされたみたい。死んだら関係ないよね。平気だよね。姉はどこ?」
天使は少女の問いに残酷な回答を提示した、
「どこにもいないよ。死んだんだ。消えたの。天国とか、あの世とか、あなたの心の中に生きているとか、あれこれ考えるのは、あなたの自由だけど。
あなたのお姉さんが虚構の世界に生きていると思うのは勝手よ。でも、それは現実じゃない。彼女は現実の世界から消えたの」
少女は、かぶりをふった。
「あなた、天使のくせに死んだ人がどうなるか判ってないのね。ここは天国でしょ?」
天使は。もどかしそうに少女の背中を引っ張った。
すると、少女たちの背中がぱっくりと裂けた。
カーキ色の上着が破れて、袖に青い縁取りのある白い体操服があらわになる。汗で下に着ているスクール水着がぴったりと
透けて見える。肩甲骨のあたりに、こぶし大の塊が2つ盛り上がった。見る見る成長する。スクール水着の肩紐がぶちっとはちきれる。
体操服を突き破って、竹の子のようなものが生える。体操服はわきの下あたりまで破れ、スクール水着の下につけていたビキニのスポーツブラの紐が
竹の子に突き破られる。
竹の子の先端が割れ、ばさっと、傘が開いた。
体操服の脇腹の部分がスクール水着とともに押し広げられて破れる。
それに引きずられるように、ズボンの後ろが引き伸ばされて、脱げる。
ブルマのヒップがぱんぱんに膨張して、両腰の白い2本のラインが入った縫い目から破れる。
すると。、パラシュートを開くようにふさふさの羽が芽生えた
ゴムが切れたブルマとスクール水着の下半身部分が破れ落ちて、少女はビキニ水着のパンティ一枚になる。
脚に絡みついたズボンをもどかしそうに脱ぎ捨てると、翼を大きく広げた。
少女は自分の身体の変化を当然のように受け止める・
「わたしも天使の仲間になったのね」
ぱたぱたと翼を打ち鳴らして、嬉しげに自分の手足を見つめる。
「ここは、天国じゃないわ。近鉄京都線。高の原駅上空付近よ」
と、天使。
「高の原?! じゃあ。ここは地球なの?!」
少女は下界を見る。畑の中を2本の線路が南北に伸びている。鉄製の軌道。空を飛ぶ天使に鉄道は必要ない。ここは現実の世界だ。
「現世も現世。近畿自治州まほろば県西大寺市高の原。現実の世界よ」
天使は羽を振ってついてくるように促す。
「わたしは、メイドサーバントのジュール。いらっしゃい。近い将来、ここは火の海になるわ。高の原焦土戦。陸上列車装甲軍は、総力戦を発動するでしょう」
ジュールは少女の前へ滑り込むと、スピードを上げはじめた。
「舞って。わたし、睦美っていいます。これから天国へ行くんでしょ? 郁美の、姉の所へ連れて行ってくれるんですね?」
ジュールは、黙ったまま、きゅっと引き締まったヒップを向けたまま、ぐんぐんと上昇する。
雲が薄い絹になって、長い尾を引く。
みるみる、地表が雲の筋に覆い隠され、やがて睦美の周囲は真っ黒な雲で覆われた。
ぽつ、ぽつと、水滴が睦美の肌を洗い始めた。ぐっしょりと湿ったビキニのパンティが、羽ばたく度に食い込む。
睦派は無意識に腰に掌を伸ばすと、爪が鋭いナイフのように伸びた。
「メイド・サーバントの身体は虚構に適応しているの。どんな環境でもマッチできるわ」
ジュールの意思がダイレクトに語りかける。
睦美は、指でねじれたパンティをひとなでするると、かみそりで水をなでるように何の抵抗もなく、切れた。
ビキニと一緒にはいていたアンダースイムショーツが花びらのように雲のまにまに散らばっていく。
「倫理や道徳という現世のしがらみを象徴したくだらない布切れからあなたはやっと自由になったの。法や規則なんて、虚構にすぎないもの。支配者の都合のよい理想そのもの」
ジュールが、豊な胸を震わせて、ぐいっと引き起こすと、睦美の身体も見えない力で持ち上げられた。
目が眩んだ。
強烈な光が脳裏まで照らす。
睦派は、今度こそ天の高みへ昇ることが出来たと確信した。
「違うわ。現在の高度は約100キロ。人間はここに宇宙と大気圏を隔てる虚構の境界線を引いているわ」
ジュールの説明に睦美はがっかりする。
「じゃあ、まだ姉には会えないんですね」
しょんぼりと訊ねる睦美の肩を、ジュールは優しく抱いた。
「いいえ、時期がくれば……ね。そうだ、あなたに遭わせたい人がいるの」
ぽんと手を叩くジュール。睦美はたちまち明るくなる。
「姉……じゃないですよね。だれ?」
睦派は思い当たる人物の記憶をたぐろうと、目をつむる。
「睦美ちゃん?」
彼女に呼びかける女性がいる。その声に聞き覚えはない。
睦美の前に、ひらりと羽根の生えた幼女があらわれた。
ジュールとおなじように一糸纏わぬ姿だ。
「だれ?」
「はじめまして」
幼女はちょこんとお辞儀をする。
「知らない子ね」
幼女は、ぷうっとふくれっ面をする。
「冷たいのね」
「だって、ほんとうに知らないの。ごめんなさいね」
睦美は、あわてて謝る。
「ひどいわ。あんたのパパは、自慢の娘だってわたしにいつもあんたのことを言ってた」
幼女はなれなれしい態度で、睦美に擦り寄る。
「ごめんなさい。パパから聞いてなかったわ。あなたの名前は?」
「ぐらんぱす・えいと」
睦美は遠い過去に置いてきたその言葉に衝撃を受けた。
「うそ。父は愛人を作るようなふしだらな男じゃなかったわ。グランパスは、父が命をかけていたプロジェクトよ。
いくらあなたに名前がないからと言って、その名前を騙るなんてひどすぎる、」
父が一時の迷いで堕した水子。
睦美は幼女の正体を、そう推測した。
確かに父親は家庭を顧みるタイプではなかった、量子力学を応用した超光速通信の研究に没頭して、睦美と会話することも稀だった。大名古屋軍に腕を買われ、知多半島にある研究所で偵察衛星の開発に従事していた。
何年かに一度、年越しそばを食べに帰ってくる彼の話題は量子力学一色だった。睦美は、父の会話を楽しいものにするために一生懸命に勉強した。
グランパスシリーズは、量子コンピューターを搭載した世界初の知性を持った衛星になる。彼はそうまくし立てた。
量子脳とはなにか?
人間の脳をニューロン単位で見ると、機械仕掛けに動いているのではなく、量子力学的な"ゆらぎの効果"を用いることで「判断」を可能としていることがわかった。
つまり、我々は、予め結果が予測できる機械ではなく、将来に対して意志や決定の権利を持つことが出来る。
長い進化の過程で人間の脳は量子力学の不確定性を応用して、現代科学の能力を超える機能を持つに至った。これが「意志」なり「心」の正体である。
以上が量子脳理論の骨子だ。
+注意+
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