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クリア・インプレッション接触編~木曜島の夜会殺人事件/発動編~悶絶!大阪名物月面やぐら!! 作者:リーフレット

発動編~木曜島の夜会連続殺人事件

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興業科

 虚構の世界。
 興業科生は、さまざまな衣装を何重にも身に纏って、華やかな虚構の世界を民衆の前で繰り広げる。
 あるときは、古風なカフェーのメイド、またある時は清楚な女学生、またある時はテニスコートに舞う蝶、
 そしてある時は、カモシカのように引き締まった肢体で疾走する長距離ランナー。
 需要に応じて、めくるめく夢幻を薄っぺらな布一枚で自在に産み出すのだ。
 そこに、量子力学を駆使した光学アクセサリーや、眩惑デバイスを織り交ぜて、虚構と現実を魔術的に攪拌する。
 さらに、それを発展させて、大規模な集団催眠を誘発し、人間原理の助けをかりて、敵を混乱の坩堝に叩き込むのだ。

 その、実戦の場が「夜会」だった。
 夜の帳を不夜城の明りが銃火となって飛び交う世界。興業科生はアルコールこそ摂取しないものの、シラフの市民を幻想の世界へ誘う訓練を積むのだ。

「興業科進級に失敗したのに、どうやって虚構の世界へ入るのよ」

 羽澄は、戯言だという風にひらひらと手を振った。

「そっちの虚構じゃなくって。ええと、何だっけぇ。バルク時空がどうとか、言ってた」

 自信がなさそうに、理恵の語尾がフェードアウトしていった。

 テクノスーパーライナーは、高麗橋の下をくぐって東横堀川を船場に向かってゆっくりと南下していた。
 川をすっぽり覆うように武装ハイウェイが続いている。舞都のハイブリッド燃料車が鋼鉄の構造物を揺るがしている。その殆どが軍の統制下にある。、
 ガスタービンエンジンはは遠心式又は軸流式の回転式圧縮機で燃焼用空気を圧縮して燃焼器に送り込み、燃料を燃焼器に吹き込んで燃焼させる。
 その際に発生した高温・高圧の燃焼ガスは遠心式もしくは軸流式タービンを回転させる。その為、比較的安価な燃料で高出力を得られるのが特徴だ。
 燃料は燃えるものなら何でも良い。舞都の首都防衛軍団は、大阪湾の埋立地を掘り返して前世紀のプラスチックごみを活用していた。
 武装ハイウェイから落ちる赤錆の下で、高床式の違法建築が振動していた。

「このあたり、前に来たときよりもバージョンダウンしてない?」

 由香が、汚いものを見る目つきで川べりを見回す。虹色の油膜が住居の支柱にまとわり付いている。ごぼごぼと泡が排水溝でとぐろを巻いている。
 縁が欠けた偽プラスチックの弁当箱の蓋に紫や緑の黴が幾何学的に繁殖している。不法建築の物干し場は黄ばんだ洗濯物が何列も翻っている。
 継ぎだらけのシーツに混じって、丈の短い一枚布の衣服がゆれている。無地のワンピースの間に、化繊のスカートが何枚かまざっている。
 それが干してある家は、ワンランク上の階級らしく、安普請なりにこざっぱりとした造りで、屋根に無許可のパラボラアンテナが建っていることも、少なくない。
 突き出た床の下に、ぼこぼこにへこんだ船が舫ってある。のたくった文字が書かれているが、羽澄にはさっぱり読めない。
 割れた船の窓から、浅黒い肌の痩せた女が首を突き出した。

「クラッシュバンディクだよ。絡まれる前に早く抜けちゃおうよ」

 理恵が、頭を低くして船体の陰に隠れる。クラッシュバンディク、地球温暖化のあおりで領土の大半が水没したバングラデッシュ人は、インド系のハイテク新興企業の無償援助を得て、
 ベンガル湾上に海上国家を建設した。それでも、そこに住めない貧しい難民が舞都に流入してきている。彼らは日本海戦争の惨禍で男手を失った舞都を底辺から支える労働階級だった。
 彼女らと言い換えても過言ではない。少子化のあおりで男女比が逆転した上に戦争の後遺症で男児が極端に減少したこの国は、国連に加盟する代償として国際平和維持活動へ
 男性兵士の派遣を求められるという過酷な負担を強いられている。

 結果として18歳前後の若い男が慢性的に不足し、同年齢の少女たちを徴兵しても焼け石に水だった。
 ヘンリーやハーパーなどの外国系移民の2世、3世の男が労働力を担うしかなかった。それでも、移民のあやしげな忠誠心など、国防の妨げにしかならないので、
 軍は満14歳に達した純日本人の少女を赤紙一つで兵役検査に引っ張り出し、ほぼ形だけの検査をパスさせては、かたっぱしからバリカンで丸坊主にして新兵訓練していた。
 時には、奉仕活動で軍に奉公に来た女子中学生をそのまま新兵登録事務所へ引きずり込んで、セーラー服をひん剥いてしまうことも少なくなかった。

 あるバラックのベランダにセーラー服が踊っている。
 理恵がめざとく見つけた。
「あ、城西の制服」
 低い声で羽澄が注意する。
「しっ! 聞こえたら質の悪いコピー品を定価の何倍もの値段で売りに来るよ」
 バングラデッデュの主要産業は衣類だった。その伝統はしたたかに受けつがれている。
「あいつら、船場へ行く積荷の中身をすりかえるんだよ」
 由香が、訳知り顔でいう。
 クラッシュバンディク。いかれたバングラデッシュとインドの混血。舞都では、そう、差別されていた。ICタグの厳重なプロテクトを本業で食いっぱぐれたインド人の技術者が
 簡単に破って、バングラディシュ人が模造したコピー商品とそっくり入れ替える。
 衣料問屋が栄える船場の街は大迷惑をこうむっていた。

 うつむいて、スカートをいじっていた理恵が、あっと短い声をあげた。
 エプロンドレスの裾を捲り上げて、おへその下に手を突っ込む。
 何重にも重ねたパンツを札束を数えるみたいに指でよりわけている。

「一枚、二枚」
 何度も数えなおし、半泣きになる。

 四つんばいで羽澄の前に来る。

「今日の授業って何だっけ?」

 羽澄は、不思議そうな目つきでエプロンドレスの内懐からメッセンジャーを取り出すと、城西のオンライン履修表を表示させた。

「最初が興業概論IIと、路上演舞実践論B」

 えーっと理恵が悲鳴をあげる。

「実践Bって、羽澄のクラスは跳躍パフォーミングの所まで進んだんだっけ?」
「え? そんなのとっくに終わってるよ。今は床運動」
「かーっ、サイアクー」
 理恵は、頭を抱えてうずくまった。
「どうしたの?」
 心配した由香が、船の備え付けの救急箱を開いた。
「整理ぃ?」
「そうじゃなくってー」
 理恵はぽろぽろと涙をこぼした。
「チアの衣装、羽澄の借してもらおうとおもったのにー」
「理恵の担任って、佐渡のオバハンだっけ?」
「そうだよ」
「だったら、テニスウェアでも良かったはずだよ。忘れたの?」
「そうじゃなくってー」

 理恵は、しゃがんで足の間に溜まったスカートの山脈を跳ね上げた。
「チアのぱんつ、はいてくるの忘れたのー」
 羽澄は、目を白黒させた。
「チアリーダーブリーフを忘れたですって?! それは最悪」

 由香が冷たく言い捨てる。
「気の毒だけど、これでハゲ組転落確定だね。佐渡の授業は追試なしだよ。チアリーディングの実技テストどうするの?」
 羽澄が、困惑した面持ちで、言葉をつなぐ。
「そうね。あれってイメージスモークを焚くから、テニスのもこもこしたアンダースコートじゃ、だめだよ」

 ぴらっとドレスの下のセーラースカートをテニススコートごとめくって、フリルでいっぱいの白いアンダースコートを見せる。
「アンスコじゃイメージスモークの映像をどうがんばっても反射できないわ。虚像の中に姿隠してお尻隠さずって、下手すると試験注視だよ」

 羽澄はどうにか助けてあげようと船内を懸命に創作するが、レーザーホログラフィを充分に反射できそうな布が見つからなかった。
 つやつやした手触りのスパンデックス素材製のチアリーダーブリーフでないと、代用はつとまらないのだ。

「どうしよう、実践Bの単位って必修だよね。落としたら即効で退学だよー」
 理恵はおろおろと甲板を歩き回る。
「ハゲはいやー。前線送りはいやー」
 理恵は半狂乱でマストの周りを練り歩く。

「そうねぇ」

 羽澄は、メッセンジャーをせわしなく叩いて答えを検索している。


「城西のチアリーダーズブリーフって船場の専門店でないと売ってないし」

 理恵が、藁にすがる思いで羽澄のメッセンジャーをもぎ取る。

「今から船場に行こうよ」

 羽澄がにべも無く断る。

「だめだよ。夜会がはじまっちゃうし」
「クラッシュバンディクのパチモンでもいいからさー。どうせばれないよ」
「だめよ、理恵。偽造タグ付のを持ち込んだりしたら、その場で憲兵が来るよ」
「何とかならないのー」

 理恵は、しつこく羽澄にしがみつく。

「そうだ、」

 あまりの悲嘆ぶりに由香が助け舟を出した。

「何?」
 ぱっと理恵の顔が明るくなる。
「チアリーダーブリーフほどでもないけど、間に合いそうなものならあるよ」
「もったいぶってないで何でも胃ってよ。由香」
「そうだねぇ。わたしなら願い下げだけど」

 と、由香が言って、差し出した自分のメッセンジャーに表示されていたのは……

「海パンー?」

 理恵がこの世の終わりを告げるような声でいう。

「だって、それっきゃない。ツルツル素材といったら、それっきゃない。イラクの国境地帯をパトロール中に武装勢力に捕まって、ハゲ頭のまんまレイプされるより、ずっとまし」

 由香のメッセンジャーを羽澄が覗き込んだ。
「そうね。ちょうど日本橋のたもとにスポーツワールドがあるよ。そこで大き目のLサイズを買ったら?」
「ちょっと、本気ー?」と、自分の境遇を棚にあげて嫌がる理恵。
「禿たい?」
 羽澄が指でチョキを作って、理恵の髪をちょん切る真似をする。
「いやーハゲはいやー。でも」
「でも?」
「わたし、ドルを持ってないしー」

 道頓堀界隈はアメリカ村に近い関係で、ドルが事実上の基軸通貨になっている。円や舞都の「ゼニ」通貨は一切通用しない。
 もちろん、ネット決済ができる店も無いことは無い。だが、高度な偽造防止技術で守られたセキュアード・ダラーにはクラッシュバンディクの偽造業者も手が出なかった。

 羽澄はメッセンジャーをてきぱきと叩くと、データマネーの発掘プログラムを起動した。
 舞都のミナミ。コミック経済特区の産業は新陳代謝が激しい。一夜を待たずにある業界の地図が一変してしまうことも珍しくない。
 そんな中で、熾烈な経済戦争に敗れた中小新興企業がほうほうのていで夜逃げした後には、使われないままの技術や、華々しく投資家の琴線をくすぐって資金を集めてみたものの仇花に終わった特許などが
 打ち捨てられていることも枚挙にいとまがない。
 そういった、埋もれたり忘れ去られた情報を発掘して換金するのがデータ山師たちだった。
 羽澄は、そうやって姉とたった二人で生きてきた。
 彼女特製のデータマイニングソフトが、たちまち打ち捨てられた技術の破片をかき集めて、ハイテクファンドに買取交渉を持ちかける。
 ほくそ笑む羽澄に耳障りな振動音が水を差した。

「なに?」

 振り返る理恵の鼻先をなにか小さいものが飛びぬけた。

「うぉのれ!」

 とっさに、羽澄がドレスとプリーツスカートをめくって、下に重ね履きしているジーンズのミニスカートを裏返す。
 スカートの裏地に仕込まれているストリートショウ用のマイクロレーザー発振機が吸い込んだ汗の水分を常温核融合燃料に濃縮して、コンママイクロ秒以下の間に強力なレーザーを放つ
 ぱっ、と青白い炎が道頓堀に落ちる。

「やられたわ! データ蜂よ」

 血相を変えた羽澄が、船の操舵レバーを引き、エンジンをフルパワーにする。

 メッセンジャーの画面に数え切れないほど小さなウインドウが開く。
 どれも、金額で埋め尽くされている。
 みるみる、桁がはねあがっていく。

「スキミングされたわ」と、身構える由香。
「え、何?」

 わけがわからないまま、二人をみまわす理恵。

「データ蜂よ! メッセンジャーの操作をばっちり盗撮された」

 羽澄が悔しそうに甲板にメッセンジャーを叩きつける。
 そこには、理恵の身に覚えの無い借金の督促状がわんさと表示されていた。

 データ蜂が盗み見たメッセンジャーの操作は、画像からマクロ変換ウィザードを経由して、認証パスワードに替わる。
 そして、蜂の飼い主であるクラッシュバンディク人たちが、よってたかってデータマネーを換金する。
 クラッシュバンディクの貧民窟で不法に接続された回線を経由して、データが大阪湾上のバンディク工場船へ。
 その経営者が、掘り出し物の特許をファンドに売り渡し、その金で株式公開する。
 IPOした企業は、投資家の潤沢な資金を背景に夢のようなロードマップを提示する。
 さらに期待した資金が流入し、予想かが企業の技術力に疑問符を投げかける頃に、安全な先物へ資金が流れる。
 利鞘は、バンディク人が裏から支配するファンドにキックバックされ、暴落する予定の株はすべて理恵名義に書き換えられる。
 その購入資金は、世界各地の闇金融業者から調達されるのだ。
 闇金の主たちは、取立ての権利を高額で舞都の武装再建回収業者に売りつける。
 そして、数秒の間に雪だるまが光速で地球をまわり、雪崩をうって理恵に襲い掛かるのだ。
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