「出た! ブラックだ」
「また始まったぞ、ブラックが」
僕は5年ほど前、ブラックというあだ名で呼ばれるときがあった。
人はだれしも黒歴史を持っているだろう。
若いころ、ちょっと悪ぶってみたり、ちょっと規則を破ってみたり、ささいな悪さをしてみたり。
僕も実はたくさんの黒歴史を持っている。
その中の一つが、これだ。
「ブラックあきら」
普段は無口で大人しい僕ではあるが、
5年前、職場では僕はそう呼ばれることがあった。
当然、最初からあだ名がブラックという訳ではない。
ブラックと呼ばれるにはそれなりの理由があった。
今から5年以上も前の話である。その時はまだ前の職場で働いていた。
まだブラックとは呼ばれていなかったが、僕は心の中がブラックな状態であった。
当時の僕はアラフォーに突入する年齢の中年サラリーマンであった。
この年齢に差し掛かると、多くの男性たちはある悩みを持つといわれている。
就職しておよそ20年近くになり、会社人生も成人式を迎え、自分の年齢は2度目の成人式を迎える頃である。ちょうど会社人生の折り返しの時期である。
そのころに、ふと人生を振り返る人が多いという。
僕はこれまでの人生で何を成し遂げてきたんだ。
残りの会社人生はこのまま走っていけばよいのか、いやそうじゃないかもしれない。
じゃ、どう生きていけばよいのか?
そう悩む中年サラリーマンが多いという。
その大勢のサラリーマンと同じように、僕も悩みを持った。
これまで入社してきてから、続けてきた開発業務で、僕は何を成し遂げてきたのだろう?
このまま定年まで、同じ仕事を続けて行っても良いのだろうか?
世の中に貢献できる仕事ができるのだろうか?
僕は充実して満足感が得られるサラリーマン人生を送ることが出来るだろうか?
いや、僕は自信がない。
これまで、大した結果を出してきてないじゃないか?
僕の心の中は、もやもや、どんより、ブラックになっていった。
開発はやめて、もっと世界を見た方がいいんじゃない?
自分を変えたらどう?
そう天から声が聞こえたような気がした。
僕は社内で転職した。開発から、畑違いの営業になった。
大人しくて口下手のお前なんかが、営業をできるはずがない、と人には言われた。
しかし、実験室の中で閉じこもる仕事しか知らなかった僕には、営業の世界がとても新鮮で明るく見えた。
まるで、外の世界を知らなかった芋虫が、蝶に変身して空を飛ぶかのようである。
僕の心の世界は、ブラックからホワイトに変わっていった。
新たな会社人生の始まりであった。
と、当時にこの新たな始まりが、僕の黒歴史の始まりでもあった。
僕の行動を見て、人にブラックと呼ばれるようになるのである。
営業に変わったので毎日人に会うようになった。
口下手であっても人と話をせざるを得なくなる。
最初は人と話し続けるのは苦痛であったが、慣れとは凄いものである。
そのうち、舌を噛みながらも人と会話をして仕事ができるようになった。
毎日が新鮮で充実感が得られ、仕事をとても楽しいと感じるようになった。
営業の仕事をやっていると、当然お客さんや取引先との飲む機会が増える。また同僚とも頻繁に飲みに行くようになった。仕事も楽しいので、飲みの方がだんだんエスカレートしていったのだ。
普段は大人しく無口な僕は、飲み会が始まるころは静かに飲んでいる。
しかし飲み会の中盤以降、豹変していくのである。
「はい、一気、一気、一気」
「ちょっと、俺も負けられんわ。行くぞ、勝負だ」
「おっ、そろそろエンジンかかってきましたね、あきらさん」
エンジンが掛かってしまうと止まらなくなった。
飲むとガバガバのみ悪ふざけをし、二次会のカラオケでも騒ぎまわった。
酒が入って調子が出てくると、普段はまったく吸わないたばこまで、人からもらってスパスパと吸うようになった。
「ちょっと、タバコもらえるかな」
「お、でたなブラック! ブラックが始まったぞ」
当時名古屋に住んでいた僕は、新幹線の終電が終わっても、東京で飲み続け、歌い続け、たばこを吸いまくった。
毎週のように、カプセルやサウナに泊まり、早朝に新幹線で帰る生活をしていた。
普段大人しい僕ではあるが、酒を飲んでたばこを吸い始めると豹変したのであった。
人は「ブラックがでた!」 と言い、僕も調子に乗ってさらにブラックぶりを加速させていった。
変なあだ名が付いてしまったが、楽しかった。
心はブラックではなく、とても楽しく心には白い光がさしていた。
しかし、こんな乱れた生活も長く続く訳はなかった。
僕のブラックも、ブラックアウトせねばならない時期は直ぐに来た。
もう、いい年をした中年のおじさんである。
当然、体力がついてこなかった。
当然、お金がついてこなかった。
当然、生活もついてこなかった。
という訳で、1年半ほど続けてしまった僕のブラックな黒歴史は幕を閉じることとなった。
今、振り替えてみると、なんてバカだったんだ、やりすぎたな! とは思う。
しかし、僕にとってはとても懐かしい気はするが、どこかへやってしまいたい黒歴史ノートである。
落ち込んだ時、弱気になった時、
たまには、羽目を外して「ブラックあきら」になってみようか、昔を思い出して一瞬ばかに生きてみようか、と思うこともある。
歴史は繰り返すと世間では言われているが、
僕の黒歴史は、繰り返さないように黒歴史ノートとして隅にしまっておこうと思う。
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最後まで読んでくださり有難うございました。