芸術かポルノか----。メイプル・ソープ写真展が示す写真芸術のあり方。
社交界の名士やニューヨークの前衛芸術家たちのポートレートで鮮烈にデビューしたメイプルソープの経歴は、しばしばアンディ・ウォーホルとも比較される。だが、1980年代以降に着手したフォーマルな肖像や、代表作である花や静物の写真は、ポップとは一線を画す、研ぎ澄まされた美学と完成度をそなえていた。
さらに、1988年の個展「The Perfect Moment」におけるセンセーショナルな表現は「芸術」の定義を問う論争を巻き起こす。ゲイであることを公言し、作品を通して性に対する意識の境界を超えようとした彼の写真は、アートシーンに「芸術家か、ポルノか」という議論を投げかけた。
日本でも、写真集とカタログをめぐる2つの歴史に残る「メイプルソープ裁判」があった。法廷では決着を見たが、没後20年を経た現在も、公立美術館が彼の作品を購入する是非は問われ続けている。
現代の写真家の多くが何らかの影響(あるいは恩恵)を受けているはずであり、常にどこかで観る者の胸中を揺さぶり続けている写真家、それがロバート・メイプルソープなのである。
本展ではマリーノのコレクションから、メイプルソープが生涯追い続けたモチーフである静物、花、彫像、ポートレート、ヌードなど約90点が出展された。マリーノ自らが企画構成を手がけた空間は、3つの展示室に分割されている。
第1・第2の展示室「white gallery 1・2」は、白いフロアと白い壁の空間に、黒いフレームに縁取られた作品が展示されている。手指や身体の部分、端正な古典美術の彫像、布を纏う人物、花や果物などの静物。そのやわらかな皺や襞、隆起する血管や筋肉のみずみずしく肉感的なテクスチュアと、背景の鋭くソリッドで硬質的なテクスチュアが見事な調和と様式美をつくりあげている。
一方で、虚空に取り残された蘭の花や、おごそかにナイフで貫かれたフルーツ、ドレープや入れ墨を纏った肉体は、次の瞬間、粉々に破綻してしまうような危うさを孕んでいるようにも見える。知的に研ぎ澄まされた構図と、抗うことのできない官能性が、眼の悦びだけでなく胸騒ぎにも似た感情を引きおこす。
いびつな身体の局部をさらけだし、タイツやニシキヘビや拘束具を装着した男たちの裸体は、白と黒の陰翳のなかで奴隷のようにうずくまり、解放されるときを待っている。一方で、蘭やチューリップなどの花々は鋭角に射し込む光を揚々と浴びて、誇らしげな横顔を見せる。
マリーノの言葉を借りれば、それらモノクロームのイメージに写しだされているのは「容赦や臆面のない真実」である。光と影、表と裏、善と悪、そして生と死。あらゆる生きとし生けるものは陰翳を帯びた2つの半身をもつという真実を、メイプルソープは人間の肉体と自然の美を通して表現したのだ。
本展では、個人収集家の目で選りすぐられた展覧会ならではの、自由奔放かつ挑戦的なコンテクストで、メイプルソープの軌跡をたどる。古典的な形式による静物や肖像から「より挑発的で、時として物議をかもす、被写体をあからさまに写しとった表現へ」(本展資料より抜粋)。奥へと進むにつれ移り変わる展示構成は、作家の芸術性に敬意を示すマリーノとシャネルのステイトメントとも捉えられた。
1989年、HIVにより43歳でこの世を去ったメイプルソープは、生前に、「自分の名声を見届けるまでは死ねない」という言葉を遺していた。彼が愛した唯一の女性で生涯のミューズである詩人パティ・スミス、パトロンで恋人でもあったコレクターのサム・ワグスタッフという、彼の運命に決定的な影響を与えた2人の人物が、タフなニューヨークの美術界にメイプルソープを押し上げた。
彼が生きた1970〜80年代は、享楽的で、刹那的な時代だった。政治も社会も爛熟の果てに混迷に向かって疾走し、美学と破滅は同義語であった。メイプルソープがなかば到達したその芸術世界は、時代をカレイドスコープのように映し出し、そこにある「完璧な瞬間」を求め続けた。当時若年期だった筆者たちの世代は、そんな風に観ていたのではないだろうか。「Memento Mori(メメント・モリ)」(死すべき運命を芸術的あるいは象徴的に思い起こさせよう)という本展のタイトルはとても象徴的である。
ロバート メイプルソープ写真展 ピーター・マリーノ コレクション
会期/〜4月9日(日)
会場/シャネル・ネクサス・ホール 東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング 4F
開館時間/12:00〜20:00 無休
http://chanelnexushall.jp/
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。「VOGUE」ほかさまざまな媒体でアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。4月8日〜23日「WITCHES 魔女たちー伊藤桂司 小町渉 EKKOコラージュ展」(EARTH + GALLERY)キュレーション、 5月14日「ダンス保育園!!」(阿佐ヶ谷アートストリート)をプロデュースを手がける。http://www.traumaris.jp
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