トップ > 中日スポーツ > スポーツ > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【スポーツ】

帝京大ラグビー部・岩出雅之監督に聞く(下) コーチに必要な3つの目

2017年3月22日 紙面から

ラグビー大学選手権8連覇を達成し喜ぶ帝京大の岩出雅之監督=1月9日、秩父宮ラグビー場で(北田美和子撮影)

写真

 大学ラグビー選手権8連覇の偉業を遂げた帝京大学の岩出雅之監督(59)は、さらなる進化を目指すという。既に、技術の進歩、医科学を背景にした身体能力の向上、上下関係の撤廃、選手自らの思考を大事にする指導など、ラグビー界に大きな革新をもたらし満てきた。それでも、歩みを止めたら真のイノベーションはないと、自らにさらなる変革を課すのである。 (スポーツジャーナリスト)

 「コーチには3つの目が必要だと思う。世の中や物事を広く俯瞰(ふかん)できる“鳥の目”、時の流れを読む“魚の目”、そして、近くを凝視できる“虫の目”だ。それで捉えた状況を踏まえ、学生に指示を与える、というより情報を伝えてあげるということが大事だ。そこから学生たちは自ら考え、工夫を凝らして心身ともに強く、たくましくなっていく。それは現在のためでもあり、豊かな将来を生きてもらうためでもある。僕の考えの基本は、あくまでも、“学生ファースト”である」

    ×

 心身ともに強くするための努力には、どんなものがあるのか。東京中日スポーツのラグビー担当、大友信彦記者は、ここまでその経緯を見てきた。「まず、大きいのは大学が持つ医学部、薬学部、医療技術学部などとの連係。毎月1回は血液検査を行い、疲労のもとになる数値など、詳しいデータのもと、個々の体調を管理、ケアを行っている。もちろん、栄養学も関わっている。監督はもちろん、トレーナー、フィジカルコーチ、栄養士などとの連携が密であるのは大きい。けが人が少ないのはその現れでしょう」。

 寮の食堂に“マイ炊飯器”を置いている学生もいる。ただ、大飯を食らうためではない。いつ、どういうふうに食べたら効果的なのか、理解した上で食べるためだという。身体と栄養、栄養と練習の関係を理解して身体作りに取り組んでいるのである。一度に50人が使えるというウエートトレーニング場の充実ぶりも目につく。

    ×

 「だけど、新チームになってから、私はまだ2、3度しかウエートトレーニング場に入っていない。スタッフや彼らが考え、率先してやっている。若いころ『こうあるべきだ』と、学生たちを引っ張ったが、今は選手自身の意思を大切にしているから。本気と根気が大事。選手たちは、それを自分で見つけている。本気と根気が備わってくると、トレーニングの質が違うようになる。こうして勝たせてもらっているのは、質の違いだと思う。元気とカラ元気は、本質的なものが違う。選手らはあせらず、あわてず、僕らもあきらめずに続けていく。帝京のラグビー部員たちから感じるのは、本気と根気です」

    ×

 大友記者によれば、一線で活躍できない選手でも、学生コーチや、日常生活をサポートする係として上級生たちが、よく機能しているという。彼らもまた、堂々と社会に巣立っていくというのである。連覇を続けるうちに、帝京の門をたたく学生も増えた。いわゆる、名門高校からの入部希望者も多くなった。これには、もちろん、新しい風の吹くラグビー部の存在が大きいが、岩出監督のスカウト活動の旺盛さも大きいのだという。

    ×

 「私は、基本的に無理だと思えるようなミスマッチを組まない。けがをしたら話にならない。それより、彼らが考えてやっているラグビーの勝利や、楽しい経験値を持たせてやりたい。いい体験をする場だと考えている。そうすることで質の向上を計ることができる」

 「選手は、成長の過程で自分に悩み、友達関係に悩み、プレーに悩んだりする。当たり前のことだ。そんな時、私は、個々に応じて、簡単すぎず、難しすぎずの最適な難度を与えるようにしている。また、彼らは、学年の壁を越えて悩みを共有し、仲間うちで解決への道を探ってくれる」

    ×

 運動の技術、身体の管理、チームの和、様々なものがないまぜになってラグビーはできている。ただ単に、勝つためだけのラグビーではないのだと岩出監督は話す。

     ×

 「私は大きな試合では、ハーフタイムのロッカールームで選手を怒ったことがない。逆に、笑わせるようなことを言ったりする。ミスや失敗をやらかした選手は十分に懲りている。そんな選手を標的にしてはいけない。それより、チーム全体をドッと笑わせ、和ませると本人もスッとするというものです」

 「私は、子どもの未来のために、幸せな人生、豊かさを身に付けさせてあげたい。大学ラグビーは、そのための“ツール”だと考えている。ここでの出会いと4年間は、人生を楽しむ心を育てるためのものでなければならない。チームが進化し、学生も進化する。上級生は全体を支える大役を担うが、彼らの味が出たいいチームができる。柔軟な頭で、部全体がイメージを共有できるのは大きい。パスにしても、イメージの共有があるから通りやすい。彼らが考え作り上げてきたものは、とても必要なこと。次の世代に残してあげたい」

    ×

 「組織のトップは変わり続けなければならない。同じところで満足していてはいけない。自らの無知を知ることが大事で、私自身の未開発部分は何かと、いつも考えている。失敗を成功に変えるにはどうしたらいいのか、これまでもそうだったが、自問自答を続けるうちに、目の前に見えてくるものが、きっとある。新しいものが見つかったら、ちゃんと学生やスタッフに説明する、アプローチする。あくまでも“学生ファースト”だから、それは必要だ」

     ×

 未踏の8連覇の後でも、岩出監督は自らの進化、さらなるイノベーションに貪欲である。

◆マラソンに挑戦するめい・玲亜に贈った言葉 10年ぶり再会

 岩出監督にロングインタビューを行った折り、めいの岩出玲亜(ノーリツ)が12日の名古屋ウィメンズマラソンに出ることを告げたのは筆者である。だが、結果は、17キロ地点でリタイアするという思いがけないものになってしまった。

 監督はレース前日、玲亜が滞在する名古屋市内のホテルに現れた。偶然にも、同じホテルで行われるトヨタ自動車のSH滑川剛人(27)の結婚式に出席するためだった。滑川は帝京大ラグビー部時代の教え子。在学中は副将を務め、トヨタでも副将である。成長を続ける教え子の挙式、めいとのおよそ10年ぶりという再会に、うれしさを隠せない監督の顔があった。

 しかし、この人はやはり教育者の顔ものぞかせた。送り出すめいを激励する一方で、失敗した場合をフォローする言葉を贈ったのである。「玲亜の人生は先が長い。ダメでも先を見つめなさい」。どんな場合でも、一貫して、子どもたちの未来を考え続けている人である。

 <岩出雅之(いわで・まさゆき)> 1958(昭和33)年2月21日、和歌山県新宮市生まれの59歳。新宮高校−日体大。日体大時代はフランカーとして活躍、78年度大学選手権優勝。4年時は主将。滋賀県職員、同県中学教員の後、県立八幡工高で監督として7年連続花園出場。県教育委員会。高校日本代表監督を歴任。96年、帝京大学監督。2009年度大学選手権で初優勝、16年度まで8連覇を記録。医療技術学部スポーツ医療学科教授。

 

この記事を印刷する

PR情報

閉じる
中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ