東京電力福島第一原発事故の後、「脱原発」にかじを切ったドイツが、送電網の壁に突き当たっている。何が問題なのか。南部バイロイトのオフィスで、送電会社テネットの理事レックス・ハートマン(60)に聞いた。
――大震災後、何が起きたのですか。
衝撃はドイツにも及びました。政府はすぐに脱原発を決めて原発8基を閉鎖し、再生可能エネルギーを2050年に80%以上にする目標を立てました。フクシマで再生エネ導入の流れが大きなうねりになって、エネルギー転換を加速させたのです。
電力網は大きな難題にぶつかりました。風が吹く北部に大量の風力発電所ができましたが、電力需要の多い南部に運ばなくてはなりません。しかも、風も太陽も、出力が変動するのです。
――エネルギー転換のスピードに電力網が追いついていないということですか。
その通りです。風力などの発電所は5年で建っても、大規模な送電線は計画から許認可、建設まで15年かかります。再生エネと送電線の建設スピードにはミスマッチがあるのです。
さらに、欧州の電力網の大部分は、緊急事態に電力を融通するために1960年代にできたもので、パリやプラハから電力を買って遠くまで送るという電力市場向けに設計されたものではありません。
――電力が周辺国にあふれ出る「ループフロー」が起きて批判を浴びました。
電力は水のように、電圧が一番低いところに流れてしまいます。周辺国の電力網に負荷がかかってしまい、電力を押し返す設備ができましたが、その分、ドイツ側の問題はさらに大きくなりました。
欧州全体の計画がなく、デンマークは風力、ポーランドは石炭、オランダは再生エネ、フランスは原発と各国のエネルギー政策がばらばらなのに、一つの市場と電力網を求めていることも一因です。
――送電できないとどうなるのですか。
電力網に負荷がかかりすぎると、停電の可能性が高まります。北から南に送電できなければ、北部で発電を減らし、南部で増やす「再給電」をしないといけません。再生エネを助成して、その電気を運ばずに捨てて、ガスや石油で発電し直すなんて、まったく無意味なうえ、膨大な費用がかかります。そんなこと長続きしません。だから送電線が必要なんです。大容量の直流送電線ができれば、パイパスの高速道路のように大量の電力を送れます。南北700キロを結ぶ送電線の計画を進めています。
――でも、地元の反対で建設は進んでいません。
問題は許認可です。住民や政治家を説得しなければなりません。私は鉄塔が好きですが、多くの人は架空送電線が好きではなく、「うちの裏庭にはつくるな」となります。全面地中化することで計画を一から作り直しています。20年末までに許認可を得て25年には完成させたいのですが、時間がかかります。世界にはすぐに建設できる国もありますが、ドイツでは、誰かが命じただけで建設してしまうことはできないんです。(聞き手・村山祐介)
<テネット> オランダ政府が100%所有する国営送電会社。2010年に独電力大手イーオンの送電部門を買収し、オランダとドイツ中央部で送電事業を担う。16年の収入は約3930億円で、従業員は3040人。