ファーストリテイリングの脱落
H&Mの16年11月決算に続いてINDITEXの17年1月期決算が発表され、日経は3月16日の記事でこの二強とファーストリテイリングの格差が開いて来たと報じているが、実態はどうなのだろうか。
まず日経の記事に載った三社の売上を見て『えっ!H&Mが売上首位に立ったの?』とびっくりした方も居られるだろうが、これは'嘘ニュース'に近い誤解を招く表現だ。グローバルSPAの売上首位は依然としてINDITEXであり、H&Mが抜き去ったという事実はない。
始めは為替レートの取り方のズレかと思ったが、ユーロ/スウェーデンクローナ(SEK)とも前年からの為替レート変化は大差ないから逆転が起こるはずがない。そこで気が付いたのが、H&MだけがVAT込みでINDITEXもファーストリテイリングもVAT抜きだという不整合だった。念のためINDITEXのアニュアルレポートで会計基準を確認しても売上は'net of VAT'(税別)と記載されていた。H&Mだけほぼ16.4%も売上が上乗せされていたのだから、「首位逆転」という誤解を生じさせた訳だ。
さてVAT抜きで三社を揃えればINDITEXが233.1億ユーロ、H&Mが1922.7億SEKとなり、それぞれ決算期間中の平均レート(ユーロは119.8円/SEKは12.9円)で換算すればINDITEXが2兆7925億円、H&Mが2兆4802億円(INDITEXの9掛け弱)、ファーストリテイリングが1兆7864億円(INDITEXの64.0%/H&Mの72.0%)となって順位は変らない。
さて日経の記事が言うようにファーストリテイリングが二強に引き離されたかどうかだが、同様な計算で前期のファーストリテイリングの売上はINDITEXの60.2%、H&Mの64.1%だったから、むしろ差を詰めたように見える。残念ながらそれは為替のマジックで、この間のユーロに対する円高進行が11.15%、SEKに対する円高進行が12.4%だったから、為替レートが変化しなかったとすればファーストリテイリングの売上はINDITEXの57.4%と引き離された一方、H&Mに対しては64.1%と前年から変らないというのが現実だ。
現地通貨ベースの売上伸び率もINDITEXの11.5%に較べてH&Mは6.3%、ファーストリテイリングも6.2%と伸び悩み、既存店売上もINDITEXが10%伸ばしたのに対してH&Mは推計4%減、国内ユニクロは0.9%増と格差が開いた。営業利益率に至ってはINDITEXが17.25%(-0.36)とほぼ前期水準を維持したのに対し、H&Mは12.4%と2.6ポイント、ファーストリテイリングも7.1%と2.65ポイント落とし、INDITEXとの利益率格差は2.4倍にも開いてしまった。
二強と格差が開いたと言うより、一強INDITEXが独走態勢に入る一方、H&Mは効率が低下して成長力が鈍り、ファーストリテイリングは壁に当たってトップグループから脱落したと総括されよう。ファーストリテイリングは17年8月期第一四半期も連結売上が1.6%増に留まり、成長を支えて来た海外売上も-0.2%ながら減少に転じており、17年8月期は計画通りに推移しても3.6%増に留まる。
格差が開いた要因は1)オムニチャネル戦略と物流改革の遅れ、2)古典的な労働集約的チェーンストア運営に加え、3)アジア的ローカルカジュアルの限界、があったと思われる。有明プロジェクトの方向は正しいが遅きに失した感は否めず、労働集約的な店舗運営も横田増生氏に「ユニクロ帝国の光と影」で指摘された時点で謙虚に抜本改革すべきだった。ヤマト運輸が横田氏の「仁義なき宅配」で指摘された過酷労働を逸早く抜本是正に動いた事と比較しても、ファーストリテイリングの経営体質はグローバルに通用するものとは思えない。
小島健輔