今更過ぎる話になりますが、一つだけ。

少し前に「男性保育士のおむつ替えはいいのか悪いのか」みたいな話が少し取り上げられたことがありましたが、その話に対する見解は以前記したとおりです。

(Twitterより転載) 言いたいことは分かるけれど熊谷市長のツイートはちょっと言葉足らずかな(1月24日)

要は「ダブルスタンダードでいいんじゃないですか?」という結論です。

ですが、この話に関しては少し気になるところがあって、その後の報道を見ても少々…「片方から過ぎる論調」が目立つので「もう一方の意見」も説明だけしておきます。

上記コラムにも書いている通りで、基本的に男性保育士への偏見や差別は良くありません。少しでも少なくなればいいな、と願っています。私自身、男性保育士さんに子供を預けていましたしね。

しかし、なんで「嫌がる親がいる」のかってところの考察が足りなさすぎです。
これは取材していた立場上、少し記させてください。

男性と女性は脳科学的にも全く違う働きをすることは既に証明されています。
男性と女性は間違いなくホモサピエンスで同じ系統の生物ですが、その生理学的な性質や行動パターンなど「ホモサピエンス・サル目・ヒト科」である以外は…かなりの部分で「違う」生命体です。

特に性的衝動においては個人差があるとはいえ、全体的にオス(男性)の方がかなり強めに発現することが確認されており、それらはあってはいけないことですが性犯罪の数値などには明確に表れています。

性的犯罪の被害者は97%が女性であり、残りの3%も女性からではなく、男性から男性…特に男子児童への性犯罪となっています。正確な認知件数は把握しきれないところがあるのですが、「性犯罪」はそのほぼ全てと言っていい件数を「男性の加害者」が行っていることは数値上明らかです。

脳科学的に性衝動行為の差が確認されている以上「男性と女性は全く同じだ」という論はやはりちょっとだけ強引で、男性の保育士に対して一部の親御さんが警戒の目で見てしまうのは、データ上やむを得ない部分があるわけです。

そして、その上で、一連の報道に全く取り上げられていないのが「性犯罪に会ってPTSDを発症してしまった母親」の存在です。

これは、実際にインタビューをした私たちのような人間でなければ「感覚」としてわからないところもあるのですが、電車の中で強引にレイプまがいのことをされた女性、道を歩いていて、卑猥な行為を強引にされそうになった女性…日本には悲しいことにそういった性被害になった女性は実は大勢いらっしゃいます。

彼女たちにとって、何とか心の傷を乗り越え、ご主人と結婚できただけでも大変なことであろうと思うのですが、無抵抗なわが娘を保育園に預けるときに、男性の保育士さんがその園にいておむつ替えをする、と聞いた時、昔の辛かった思い出がよみがえってしまうケースはどうしても責められるものではないのです。

1980年代に少女への性犯罪が非常にセンセーショナルに報道され続けたアメリカのニューヨークでは、保育園の内部には厳格なルールが設けられており、例えば経営者の人間であったとしても「おむつトレーニングのすんだ子供」「まだすんでいない子供」の枠が完璧に設けられており、男性の場合は経営者であってもおむつ替えの自分でできない子供のいるゾーンに立ち入ることはできない規則となっています。
経営者であっても、です。

女性がその生い立ちから、男性に対してある種のイメージや恐怖を感じるのは、偏見や差別に基づくものでは決してなく、幼いころに受けた心の傷によるものであることがほとんどで、それを「差別です」とバッサリやってしまうのは、あまりにも知見が足りないと言わざるを得ません。

男性保育士の先生方は「いらぬ偏見」と戦ってらっしゃるのではなく、恐らく「世の男性陣が植え付けた」イメージと戦っているのだと思います。
もし、路上で可哀そうな女性が男性から絡まれていたとしましょう。
その時、すべての周囲の男性が寄ってたかってその女性を助けたとしましょう。
日本中でその光景が当たり前になった時、男性保育士への偏見は収まるでしょう。

しかし、実際はどうでしょうか?
むしろ、女性の方が助けに行ったりすることはありませんか?
そんな日本で、女性が男性にある種のイメージを持つことは「当然」な一面もあることを認識すべきでしょう。

本当に心に傷を負ってらっしゃる女性の意見が全然取り上げられていなかったように見えたので、記しておこうと思いました。