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地下四階 水と炎 5
人間……。
人の意思とは、とてつもなく脆いものなのだ。
†
ゼディルは、普通の会社員だったが、仕事の上司と揉めて鬱症状を発症して、仕事を退職する事になった。その後、低賃金の肉体労働をやっていたのだが、ある日、同僚から、水兵隊達と繋がれるルートを教えられた。
そのルートは、明らかに、国家に背く行為だった。
それから、彼はプレイグの部下達に捕縛されたのだが、種にならないか? と言われた。
そして、彼は人である事を辞める事になった。
彼は山羊の頭部を有していた。
そして。
彼は空の水兵隊の一人である、ヴェローナを好いていた。
†
ヴェローナは、男達によって弄ばれていた。彼女の顔は強張り、震えていた。
ゼディルは、男達に混ざって、彼女を犯すように言われている。これは上からの命令なのだ。
命令は、実行しなければならなかった。
ゼディルは、かつて憧れていた女を凌辱する事に加担する。
空の水兵隊の制服。
かつて、とてつもなく憧れていて、この手で抱き締めたかったもの。
自分の顔は、今や角の生えた山羊だ。化け物なのだ。
この儀式場は広くて、他の水兵隊達は、犬や大型の猫、大型のトカゲなどに輪姦されている者もいる。地面を這う大王イカに纏わり付かれて、下半身に入り込まれている女もいた。かつては、そのような生き物達も、自分のように人であったのだろうか。
儀式場全体が、体液の臭いで満ちるが、すぐに香が追加されて焚かれていく。それは甘く、脳が溶けそうになり、自身の欲望中枢を刺激してくる。
貪欲な性欲が、自らの中から込み上げてきた。
ゼディルは、ヴェローナを犯した。彼女の黒髪が、ゼディルの下半身から吐き出された液体によって、ベタ付いていく。
彼女は苦痛に顔を歪めながらも、いつしか、ゼディルの下半身を舌で愛撫していた。ヴェローナの首と両脚には、鎖の付いた枷が付いている。好きなように出来るのだ。いつしか、他の男達は、他の水兵隊達を犯しに向かっており、自分だけが彼女を支配している事に気付いた。
†
いつしか、ゼディルは、ヴェローナを連れて、夜の街を逃げていた。
儀式場の控え室のシャワーで、二人共、臭いを落として、服を着替えさせる。
ゼディルは、決意を心に秘めていた。
「私、駄目なんです……。私、失敗作なんです。この国の為に、みなの子宮にならなければならないのに、私怖いんです……。いつも、苦しいのです…………、ずっと、そうでした。私はみんなとは、違うのです……」
「黙っていてよ。俺は……」
「私は貴方にとっての罠かもしれないんですよ? 反逆者を絡め取る為のトラップとして、巫女達の何名かの中に、種の人達の愛国心を試す仕草をする者達がいるのです。それで、処刑された男の人達、多かったです……」
「君は違うと思う。……それに、君になら、騙されてもいい……」
スクリーンの向こう側で歌うヴェローナの瞳は、何処か悲しみを称えているかのようだった。彼は彼女だけが好きになった。
劣情の為に、彼女を好きになったわけなんかじゃない……。
ゼディルは、そう思った。
気付けば、涙が零れ落ちていた。
ヴェローナは、空ろな瞳で、ぽつりぽつりと語り出す。
「……図書室で読んだのです。痩せて骸骨のようになった、戦争捕虜の姿でした。その時から、不思議な感情が生まれました。……私は私が分からなくなった、他の女の子に悩みを打ち明けましたが、分かって貰えませんでした。私が読んだ本を他の子に見せると、気持ちの悪い写真を見せるなと言われました。……下等遺伝子なのだそうです」
ゼディルは思い出す。
サラリーマンをやっている時に、裏ルートからスナッフ・フィルムを手にする事になった。電脳ネットワークには接続されずに、旧式のビデオでその映像を見た。モノクロだった。ビデオもまた、裏ルートから取り寄せた品物だった。その中には、戦争地において、上官が部下に、占拠した地区の女子供を強姦するように命令しているシーンだった。命令に従わなければ殺すのだと。部下の男は、苦悶の顔になりながら、これから凌辱する女の一人が、祖国の妹に似ていると泣き叫んでいる処だった。
ビデオに記録された、兵士の上官の男が、怖くて脳内に焼き付いて離れない……。
「この話も全て、罠の一部なのかもしれないのですよ?」
「それでも構わない」
ゼディルは、覚悟していた。
†
閃光が舞う。
そして、発煙筒だと思われるものが、転がってきた。
二つの人影が現れる。
「その通り、罠だと思うよ?」
「うん、ヴェローナ様。貴方を処分する事も含めて。反乱分子は水兵隊のメンバーからも、いぶり出すように言われているんだなあ?」
ムービー隊。
ヴェローナは、ゼディルに囁く。
表向きはアダルト・ビデオの女優をしているが、その中の一部は、粛清者を務めている者達もいるのだと。
童顔の顔の女と、金に近い茶髪にツイン・テールの女が現れる。
彼女達は、満面の笑みを浮かべていた。
「イリムとモジューラ……。最悪……」
ヴェローナは、自らの顔を覆い隠す。
彼女は酷く震えていた。
「私達、絶対に殺される。彼女達は容赦が無いから。ゼディルさん、貴方は拷問と解剖に回される。私も似たような末路だと思う……」
タラリラ、タラリラ、と、鼻歌が聞こえてくる。
イリムは、巨大チェーンソーを振り回していた。
モジューラは、電撃鞭を両手に持っていた。
ぴしゃ、ぴしゃっ、と、鞭が地面を穿つ。
瞬間、それは隕石のように降下してきた。
何が起こったのか、その場にいる四名とも、よく分からなかった。
それは、赤い翼を広げていた。
空間を引き裂くような、炎で作られた翼だった。
「フロイラインの豚、糞尿が。何処、行きやがった? 畜生……」
その女は、禍々しい紅蓮の翼を、はためかせていた。
その女の表情は、おぞましく、恐ろしかった。
「ええっと、貴方は何ですか?」
モジューラが、引き攣った顔で訊ねる。
「ああぁ? あなたもアレか。服装こそ違うが、どうやら、水兵隊のクズ共の一人だろぉ? 濁った粘液臭ぇ顔しているもんなぁ?」
女は、濁った瞳で、ムービー隊の二人を見据えていた。
「取り合えず、殺していいか?」
イリムは泣き顔になっていた。……勝てないのが、目前と分かっているのだろう。
どじゅっ、と、赤い翼の女の指先から、何かが噴出した。
イリムの、右腕は孔だらけになって、千切れ飛んでいた。
「今、さりげなく通信機に触れようとしたな? 応援は面倒臭ぇ。私はひとまず、フロイラインをバラバラに出来ればそれでいい」
モジューラが、覚悟を決めたように、チェーンソーを赤い女の首へと振り翳す。
瞬間。
モジューラの胸元は半ば、無くなっていた。
乳房が引き千切られて、肋骨が見事に曝け出されており、中の肺と心臓が見えた。彼女の両の腕も、何処かへと飛び散っていった。女は更に、追撃を加えるように、モジューラの髪を引き千切っていき、モジューラは半ば坊主になっていく。そして、女はモジューラの両膝を蹴り飛ばす。モジューラの両膝が吹き飛んでいく。
イリムは地面に腰を下ろして、大小便を漏らしていた。顔からも涎と鼻水と涙でぐしゃぐしゃだった。
赤い女は、彼女の顔を毟り取った。イリムは眼も鼻も唇も無く、脳の前頭葉が露出していた。それでも生きて、芋虫のように地面を転がって這いずり回っていた。
赤い女は大欠伸をする。
そして、ゼディルの方へと振り向く。
「ああ、あのさぁ? あなた達、フロイライン分かるだろ? 私はそいつと今、殺し合っているんだけどさあ。何処に行ったか知らないかなあ?」
イリムとモジューラの二人は、未だ生き続けているみたいだった。ゼディルは、彼女達が、一つの真っ赤な花のように見えた。
「なあ、貴方の……貴方のお名前を教えてくれませんか?」
ゼディルは、地面に跪く。そして、両腕を祈りの形へと変える。
「あぁ?」
女は困ったような顔になる。
「私か。私は緑の悪魔グリーン・ドレスだ。炎使いだな。あのさぁ……、ちょっと、考えていたんだけどさあぁ」
「何でしょうか?」
グリーン・ドレス。……、ゼディルはその名前を、生涯、忘れる事は無いだろうと思った。
「あなた達も、面倒だから殺すべきかどうかってさあ? ……何か、そっちの方が、面倒だから、止めにしたわ」
と、彼女は、本当に面倒臭そうな顔で、ゼディルの顔を見ていた。
「俺は殺されていいです。彼女を守ってくれませんか?」
「そいつは、面倒だなぁ」
ゼディルは、ヴェローナを抱き締める。
「あなたが守るんだ。手助けをしてやる。少しくらいだけどな?」
そう言うと、グリーン・ドレスは、転がっているモジューラへと近寄る。そして、モジューラの肋骨を一本、一本、引き抜いていく。その度に、モジューラは下半身から黄色い液体をじょぼじょぼと、垂れ流し続け、カエルや魚のように痙攣して、狂ったダミ声を上げ続けていた。肋骨は、全部で、十本前後、引き抜かれた。
グリーン・ドレスは、引き抜いた肋骨を握り締める。彼女の右手が赤く煌いていた。すると、肋骨が赤色に染まっていた。
彼女は、肋骨の一本を、遠くに投げ付ける。
すると、数十メートル先にあるビルの一角が、大きく爆破炎上していた。
「ほら、ダイナマイトを作ってやった。あなたにくれてやる。これで、その女を守れるだろ? …………」
そして、肋骨の姿をした爆弾を、ゼディルの近くへと並べて、置いていく。
グリーン・ドレスは、ゼディルの顔をまじまじと眺めていた。
不気味な山羊の顔を……。
「ああぁ、悪い、悪い。あなたは、普通の人間みてぇだな。投げた時の衝撃で巻き添えくらうか。そっちの女の方がまだ、丈夫かもな? しかし、こいつら笑っちまうようなあ?」
そう言うと、グリーン・ドレスは、転がる顔の無いイリムの左腕を根元から引き千切る。
イリムは自身の大小便の上にのた打ち回りながら、顔面から赤い飛沫を飛び散らせていた。それは綺麗な曼珠沙華に見えた。
「普通の人間なら、ショック死とか失血死とかするのに、こいつら死なねぇなあ? やっぱり、化け物は脳か心臓を潰すに限るよなあぁ。って、私もか」
赤い女は、捥いだ腕を握り締める。すると、見る見るうちに、腕は炎に掴まれて、白骨化していく。そして……。
「いざとなったら、これを使え。刀身には気を付けろよ?」
それは、一本の剣へと変わっていた。
グリーン・ドレスは、骨の剣を地面へと突き立てる。すると、地面がバターかアイス・キャンディのように、溶接されていく。
「まあ、一応、握る部分に触れると、あなたの体温に反応して熱の剣に変わるようにしてあるから。普段は温度の低い場所にでも置いておけばいい。ダイナマイトも瓶でも叩き割るように投げないと爆破はしないだろ。じゃあ、私はそろそろ行く」
そう言うと、赤い女は、今にも飛び立とうとしていた。
ゼディルは改めて、深々と跪く。
「おい、あのなあ。この国の大地は汚れてるんだ。何だっけ…、ドス、ドス……、まあいいや。ウォーター・ハウスの好きな小説に『罪と罰』ってのがあるんだが、主人公の人殺しが風俗嬢に殺人の罪悪感から、地面にキスする話があるらしい。……この国の大地は腐っていると思うぜ? 何なら、私の足に接吻しな?」
グリーン・ドレスは、左足のブーツを脱ぐ。剥き出しの生足だ。
彼女はそれをゼディルの前へと差し出す。
ゼディルは、彼女の足の甲に口付けする。
「貴方は俺の救い主だ……」
「そうか。まあ、悪く無いもんかもな?」
グリーン・ドレスは、ブーツを履くと、空へと飛び立っていった。
†
後日、発見されたイリムとモジューラの二人は、情報を引き出される為に、病院へと輸送されたのだが、二人共、完全に発狂していた為に、まともに情報を引き出す事が出来なかった。
処分するのも、躊躇されたので、二人は生かされる事となった。
二人は、病院の中で、ゲラゲラと笑いながら、時を過ごし続けていた。排泄がマトモに出来ないので、オムツに垂れ流し続けていた。
イリムは口にチューブを入れられて、生かされて。モジューラは、人口皮膚を胸に付けられて、申し訳程度の義手義足を取り付けられていたが、モジューラは顔から鼻水と涎を垂れ流し続けるだけの存在になった。時折、二人の前で、かつての栄光である、二人が出演した、アダルト・ビデオの映像を流すと、少しだけ正気に返ったような動作に変わっていた。特に眼球の残っているモジューラの瞳は、かつてを回顧し、そして、今を嘆き悲しんでいる、人生に絶望する為の瞳だった。
映像の向こう側では、二人は色々なプレイで男達に犯され続け、生命のエネルギーを滾らせていた。二人は奇声を上げ続けながら、喜び笑い、そしてモジューラの方は、くちゃくちゃと、病院食を飛び散らせながら食べていた。
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