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地下四階 水と炎 1
水の刃が、グリーン・ドレスへと襲い掛かる。
彼女は、それを避けていく。
返す刀のように。
グリーン・ドレスは、カラミティ・ボムを放つ。
フロイラインの間近で、それは爆裂する。
しゅうしゅう、という音がして。
彼女の放った炎の弾丸は、水の盾によって弾き飛ばされていた。
フロイラインは、鼻で笑う。
「貴方じゃ私に触れる事なんて叶いませんのよ。大人しく死ぬ事を選んだ方が宜しいのではありませんか?」
水色のセーラー服の女は、巨大な水のハンマーを、くるくると回転させていた。
轟音が響く。
巨大な大津波が、天空から降り注いできた。
グリーン・ドレスに向かって、それが雨霰のように降り注がれていく。
……ああクソッ。……せっかく、補給した炎のエネルギーがっ!
緑の悪魔は舌打ちする。この敵は、完全に自分にとっての弱点ばかりを突いてくる。
本当に、やっかいな相手だ。
フロイラインの瞳は、愉悦を孕んでいた。
しかし、相変わらず仕草全体が、妙に優雅だ。それがまた、グリーン・ドレスの怒りを喚起させていく。
フロイラインは、悠然と構える。
嫌になる程に、優雅な仕草だ。
「あら、貴方、お濡れになったんですのね。うふふっ、嫌らしい姿ですこと。貴方も、所詮、一人の無力な女ではありませんか?」
「るせぇーな、ブタが。下痢便にも劣る反吐臭い水を垂れ流しやがって。畜生……」
「お下品に喚き続けるだけでは、私に勝てませんのよ?」
どうにも、この優雅な仕草が気に入らない。
グリーン・ドレスは、フロイラインが乗る翼の生えた白虎の瞳を見据えていた。
そして、ぼうっ、と、何気なく彼女は、自らの掌から、炎を生み出す。
まるで、それは宝石のような煌きを放っていた。
途端。
フロイラインを乗せていた、ダーマの肉体は、炎によって全焼していき、そして内部で爆裂を引き起こしていく。
ぴっ、ぴっ、と、セーラー服の女の全身に、自らの子供でもある怪物の血肉が、内臓が降り掛かる。
「ははあ、少しは綺麗になっただろぉ? この水洗便所女が。汚物を吐き出す水洗トイレがっ」
「ダーマをよくも殺して……。ははっ、ふふふ、うふふふっ、ふふふっ……」
セーラー服の女は、にこやかに、不気味に、血や脳漿に塗れながら笑っていた。
「嬉しいですわ。それでこそ、クラーケンの敵に相応しい。やはり、この時は来ましたのね。私達、水兵隊の存在は、この為にあったのですね……」
彼女はクスクス、クスクス、と笑い続けていた。
その表情には、瞳には、何の感慨も無いかのように見えた。
グリーン・ドレスは、両腕を空へと翳す。三つの太陽が輝いている空へと。
カラミティ・ボムを、今、可能な限りの出力で使おうと思っている。この炎の弾丸は、吸収した炎のエネルギーによって威力が変動する。陽光の光が、グリーン・ドレスを照らしていた。
「おらぁ、焼け爛れて、とてつもなく色気の強い全裸の焼死体に変わりやがれっ! その口腔にも、大きくブチ込んでやるよっ!」
彼女は叫ぶ。
炎の弾丸が、竜の吐息のように、射出される。
更に、フロイラインの周辺に飛び散っていた、怪物の肉体の欠片に含まれる油成分や、残った体温などを起点にして、連鎖的な爆裂が巻き起こっていく。
ついでに、グリーン・ドレスは、炎の爆弾を放った後に、指先の形を変えて、マシンガンのように弾丸を弾き出す、バルカン・ショットを放ち続ける。
水のハンマーが、くるくる、と回る。
フロイラインは、無傷とは言わなくても、軽症で、ほぼダメージを受けていなかった。
彼女は、水のハンマーを振り回しながら、水の風を纏わり付かせて、何処かへと逃げようとしていた。いや……、逃げている、というよりも、……グリーン・ドレスを誘い込んでいるみたいだった。
グリーン・ドレスは、熱エネルギーを周囲から吸収しながら、フロイラインの元へと向かっていく。
しばらくの間、追いかけっこが続いた。
途中、グリーン・ドレスが、腕と背中から生やした炎の翼から放たれる、炎の流星であるバルカン・レインによって、周辺のビルが爆撃されていく。
クラーケンの都市は、炎と煙が舞っていた。
調和を破壊する喜びを、緑の悪魔は感じていた。
文明は、崩れ去ってしまう瞬間が、何よりも美しい。
フロイラインは、ビルの所々に、何度も着地していく。そして、ビルの壁を蹴って、別の場所へと跳躍するのを繰り返していく。
彼女の顔も、何処か楽しげだった。
「うふふっ、ねえ、グリーン・ドレス。貴方に私の秘密の花園をお見せ致しますわ。私の秘め事を教えようと思いますの」
ぱしっ、と、彼女は、周辺にいた、自分の部下達に合図を送っていた。
†
フロイライン直属の、空の水兵隊がグリーン・ドレスへと襲い掛かっていく。
彼女達は、手に手に、様々な武器を有していた。
「いいか、てめぇらの本性を引きずり出してやるよ。あなた達に、人間の顔は必要無いだろぉ? それ相応の姿へと戻してやる。てめぇらの嘘を暴いてやる」
緑の悪魔の攻撃は。
情け容赦がまるで無かった。
グリーン・ドレスは、黒髪にボブの女兵士の腹に拳をめり込ませる。そのまま、腹を突き破って、内臓が零れ落ちる。緑の悪魔は引きずり出した腸を、その女の兵士の口へと押し込んでいく。
グリーン・ドレスの攻撃性は、猛っていた。
次に、金色の髪の女が彼女へと槍を突き立てる。ドレスは、槍を掴むと、別の女兵士の口腔へと突き立て、脳幹へと刃を刺し入れていく。
そして。
彼女は、その女兵士の顔の生皮を剥いでいく。筋組織が露になり、髑髏のような顔になった女は、元の美貌の原型を留めていなかった。グリーン・ドレスはそれを見て、せせら笑う。そして、その女の両眼を刳り抜く。
過剰なまでに、彼女は残虐で凄惨に、襲い掛かる敵を殺し続けていた。
彼女は歓喜の声を上げ続ける。
自分のやっている行為が、どうしようもなく楽しくて仕方の無いものだと思っているみたいだった。
グリーン・ドレスは、込み上げてくるサディズムを、破壊欲を抑えられそうになかった。
戦いが長引いていく度に、ますます、彼女の破壊衝動は強まっていく。
炎が燃え上がり、敵の顔を焼いていく。
そして、自らの腕で、心臓を、肺を、腸を、脳を引きずり出していく。
クラーケンのアイドルである女達は、グロテスクな怪物のような姿へと変わっていく。まるで、それは彼女達の本質を露にしているかのようだった。
そして…………。
グリーン・ドレスは、恐ろしい事実に気付く。
無残に蹂躙していく女兵士達は、泣け叫ぶ事も、憎悪に燃える事も無く。ただただ、淡々と、グリーン・ドレスを襲撃し続けているのだ。
顔を焼いて、美貌の原型を破壊した女が、再び、ドレスに向けて剣や槍を向ける。腕を引き千切ったり、腸を引きずり出した者達も、その程度の傷を意に介する事も無く、襲い掛かってくる。
グリーン・ドレスは、ふと、理解不可能なものに触れたような気がした。
まるで、アンデッドの大群に襲われているかのようだった。
……何なんだ? こいつらは?
†
フロイラインは、心の中で嘲っていた。
此処にいる者達の、覚悟を敵は理解していないのだろう。
国家に尽くす為ならば、彼女達は肉親とでも獣とでも交ざり、自らの性を生産手段としか考えていない。表向きは、男達の理想の美女として偶像を行っている。
彼女達は、壊れているんじゃないのか……? おそらく、敵はそう考えているに違いない。しかし、壊れているわけなんかじゃない。これが、これこそが、正しい姿なのだ。
グリーン・ドレスは、空の水兵隊達を舐め過ぎている。
みな、微笑を浮かべながら、ドレスに向かって得物を向けてくる。
フロイラインは、ふと思う。
水兵隊達。
もしかすると、かつては“人としての人格”みたいなものを有していたのかもしれない。しかし、そんなものは邪魔なのだ。
フロイライン自身が嫌悪しているものに、過ぎないのだ。
けれども、彼女達は、意思を持たないマシーンへと変わってしまったのだ。とっくの昔に、人として思考する事を止めて、部品で在る事を受け入れたのだ。
そして、それはとてつもない程、誇るべき事だった。
グリーン・ドレスは、狂ったように、襲い掛かってくる空の兵士達を殺し続ける。
フロイラインは、彼女達を捨て駒としか考えていないのだろう。グリーン・ドレスを消耗させる為の道具として割り切って使っている。
フロイラインの部下達も、それを承知で、炎の悪魔相手に向かっていっているのだ。きっと、彼女達は名誉の為に死ねて幸せに違いない。
そして、フロイラインの直属部隊は、幾らでも補充出来るのだ。フロイラインは計算している。このままいけば、グリーン・ドレスに勝利出来る。その後に、また民間人の女を育成して、自らの捨て駒に為るように教育しよう考えている。
躊躇なんて、あろう筈が無い。
人で在る事を止めてしまった者達。
それこそが、空の水兵隊であり。
それこそが、この国の強さなのだから。
そして、この国に住まう者達が、何よりも幸福だと考えるべき事象なのだから。
†
クラーケンに生きる者達は、人の姿をした人でない何者かなのだろう。
それは、神でも悪魔でもなく、化け物でさえない。もしかすると、機械か何かなのではないのか。機械の部品として、動き続けているのだ。人の姿を象った、金属の代わりに蛋白質で作られたアンドロイドなんじゃないのか。
ウォーター・ハウスは、ボーラを連れて、パソコンのある場所へと向かっていた。
そして、計画を立てていた。
この天空にある“三つの太陽”を、破壊すれば、プレイグの下まで行けるかもしれないとの事だった。
ボーラは、電脳ネットワークに侵入する事が可能だった。
そして、プレイグの下まで行く事にした。
ボーラは、自身の能力によって、このクラーケンの構造を大体、理解して、ウォーター・ハウスにも説明する。
「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
既に、ウォーターも計画に移っていた。
彼は、倒した水兵隊から奪った、鳥型の怪物を気絶させていた。彼は自身の能力によって、その怪物を調教する事が可能だと踏んだ。
彼は巨大な鳥の頭に触れる。
鳥は電気ショックを浴びたかのように目覚めた。
「じゃあな、ボーラ。健闘を祈っているぞ?」
ウォーター・ハウスは、鳥の怪物の上に跨った。
「暴君も、お気を付けて」
そう言うと、ボーラはパソコンの画面の中へと入り込んでいく。
グリーン・ドレスが暴れている間に、注意はそちらに向くだろう。
二人は、それぞれの役割を決行する事になった。
†
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