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アノーマリー  作者:朧塚
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地下三階 拘束と嘆願 3

 整然と並んだ、街の風景は規則正し過ぎていて、何処か映画のパノラマめいていた。

 グリーン・ドレスは、この場所を見るだけで、言い知れない気持ちの悪さを感じていた。

 自分の精神が、破壊と混沌と荒廃を望むせいなのか、どうにも精緻に整然された空間にいると、落ち着かなくなる。何処か、この街は作り物めいている。
 不自然なまでの人工的な圧迫感だ。

 建築物も、街路樹も、車道も綻びを感じない。そう言えば、道端にはゴミ一つ見掛けない。見ると、清掃用の自動機械が動き続けている。空を見ると、廃棄ガス一つ無い青空だ。
 車道を走る車は、信号無視も、スピード違反を行っている者もいない。よく見ると、車内にカーナビに似た何かが付いていた。おそらく、自動的に運転を制御しているのだろう。
 自分は、街の住民から見れば、空の水兵隊の新たな隊員か何かだと思われているのだろうか? どうでもいいが……。
 それにしても……。
 誘われている。
 フロイラインは、明らかに、逃げながらも、誘い込んでいる。
 それは、彼女の戦略なのだろう。
 グリーン・ドレスは、まどろっこしい事は苦手だ。
 ストレートなのがいい。
 分かり易く、真っ赤に染め上げるのが良い。
 敵は、戦う場所を決めたみたいだった。グリーン・ドレスも、合わせて、その場所へと降り立つ。
 どうやら、そこは広い公園だった。
 人一人いない。
「ふん。嫌な気分だな……、何だ? 此処は……?」
 グリーン・ドレスは、思わず訊ねていた。
 そして、僅かに警戒する。
 空飛ぶ白虎に乗った女は、くすくすと笑う。

「ええっ、公園にいた住民は避難させました。他の隊員達が、やがて、この辺り一帯に住まう人々も然るべき場所へと誘導するでしょう」
「私は存分に無関係な他人を巻き込んで、戦いたかったんだけどなあ?」
 グリーン・ドレスは、にたにたと、唇を歪める。

「貴女、とても邪悪な精神の持ち主なんですね?」
「ははっ、私は汚らわしいか? 褒め言葉だよ。人の命を紙屑のように引き千切るのが好きなんだ」

 フロイラインは、白虎から降りる。
 そして、くるくるっ、と、水のハンマーを回転させていた。
 グリーン・ドレスの、腹に、巨大な一つ眼が生まれる。
「なあぁ? いいか、これから先ほどの攻撃を再現するぜぇ? 馬鹿の一つ覚えだって、嘲笑ってもいい。だが、私はもっと上からあなたを笑っているがな」
 緑の悪魔の腹から、眼が離れて、周囲一体を無造作に駆け回っていく。

「もう一度、カラミティ・ボムを撃ち込んでやる。テメェを、本当にゴリ押しで焼殺出来ないものか試してみてぇからなぁ?」
「ふふっ、どうぞどうぞ」

 フロイラインは、余裕のある涼しい顔をしていた。
 離れた眼が、生み出した持ち主の下へと戻っていく。
 緑の悪魔の全身に、周囲から奪い取った熱が駆け巡っていく。
 そして。
 彼女は、右手を広げる。指の付け根に、焔が生じて、灼熱が球体へと変わっていく。

「焼け死にやがれっ! “カラミティ・ボム”ッ!」

 高速の火球が、水色のセーラー服の女へと撃ち込まれる。
 フロイラインは、一瞬、無感情になる。
 そして、撃ち込まれた炎の弾を、水のハンマーで弾き飛ばしていた。だが……。勿論、グリーン・ドレスは、最初の一撃目で、敵の攻撃速度を読んでいた。カラミティ・ボムを放ったと同時に、左手の指先を伸ばしていた。拳銃の形をイメージする。マシンガンのイメージだ。

「“バルカン・ショット”ッ!」

 グリーン・ドレスの指先から、炎の弾丸が連射されていく。
 フロイラインは、そのまま、ハンマーを回しながら、それらの全てを弾き飛ばしていた。グリーン・ドレスはそれを見て、楽しそうだった。彼女は根っからの戦闘狂に近かった。彼女は、地面を蹴っていた。右腕は灼熱の炎の塊へと変わっていた。

「おらぁっ! これでどうだよぉ?」

 フロイラインは、全身を、捻る。すると、彼女の全身を水の防御膜が覆っていく。しゅっ、と、グリーン・ドレスの炎の拳が、彼女の襟を掠める。彼女の襟が焦げる。グリーン・ドレスはそのまま、身体を回転させて、炎に包まれた左脚をフロイラインの頭部へと、処刑刀のように振り下ろす。フロイラインは体制を低くして、その攻撃を避けていた。フロイラインの前髪の黒髪が、はらりっ、と、少しだけ焼け落ちる。フロイラインは、水の膜に包まれて、グリーン・ドレスから距離を離す。
 水色のセーラー服の女は、少し息を荒げていた。
 竜の鱗のような甲冑を付けた、炎に包まれた女は、にたにたと笑っていた。

「ははっ、成る程なぁ? 幾ら私の炎を防げるって言っても、水でガードする前に、テメェの顔面に拳を入れられれば、テメェの顔面を陥没させられそうだなぁ?」

 グリーン・ドレスは単純な思考形式に入っていた。
 相手が此方の攻撃を相殺しようがどうしようが、相手を殴り殺せるだけのスピードと攻撃力で、此方が上回れば勝てるだろう。勝負は単純に考えた方がいい。
 何よりも、彼女は策を練って戦うのが、得意では無かった。
 フロイラインは、少しだけ、呆れたような視線を送る。
「私は貴女を始末出来れば、どうでも良いのですけども」
 フロイラインは、相変わらず、悠然とした態度だった。
 グリーン・ドレスは、再び、地面を蹴っていた。
 そして、何度も、フロイラインの顔面へ向けて、拳の連撃を繰り出していた。しかし、水が蛇のようにうねりながら、グリーン・ドレスの猛攻は受け流されていく。

 ……ああっ、クソ。本当に、やっかいな女だな。

 緑の悪魔は、全身を旋回させながら、腹を思いっきり捻って、回し蹴りを放つ。一撃、まともに当てれば、この敵の肉体など引き千切れる自信はあった。
 しかし。
 全て、水の防御によって受け流されていく。
 グリーン・ドレスは諦めなかった。フロイラインの顔面の辺りまで近寄ると。
 ほぼゼロ距離から、カラミティ・ボムを撃ち込む。続けて、周辺にも、火球をバラ撒いていく。火球と火球は、連鎖的に爆裂していく。彼女はこの技をエクスプロージョン・バーストと呼んでいる。
 辺り一帯が、炎の海に包まれていく。
 公園中が、燃え盛っていく。遊具が空へと舞い上がっていた。

「ふんっ…………っ」

 グリーン・ドレスは、少し、距離を置く。
 灼熱の炎が、殻を破るように裂かれていくかのようだった。
 再び、炎の中から、水を纏った女が現れる。
 フロイラインは、少しだけ、引き攣ったような顔をしながら、グリーン・ドレスを見据えていた。流石に、今度は完全に無傷とはいかなかったようで、彼女の服の所々に焦げ目が出来て、カラミティ・ボムをガードしたと思われる腕は、火傷跡を負っていた。

「……困りましたわね。炎使い相手なら、充分に私の“ソリューション”で対処出来ると思いましたのに…………」
「ははっ、あはははっはははっ、ははあぁ。まだまだ、もっと、ずっと早くなるぜぇ? まだウォーミング・アップだ。戦いが長引けば、私は強くなっていくからなぁ?」

 グリーン・ドレスの全身は、先ほどよりも、激しい熱を帯び始めていた。
 周辺の温度を吸収する事によって、彼女のマグナカルタの力は増していた。それと同時に、肉体の攻撃力のスペックも向上していっている。
 彼女は、近くにあった滑り台を引き抜いていく。
 そして、梯子の部分を掴むと。それを斧のように、ぶんぶんと振り回していく。
「これでてめぇの首を落としてやるのも面白いかもしれねぇな? 最高に滑稽な死に様になるだろうぜ?」
 グリーン・ドレスは、腹を抱えて悪辣に笑う。

「残念ですが。私は貴女を理解出来ません。何か楽しいのですか? もう、手は打ってありますよ?」

 フロイラインは、ぱしっ、と、指先を鳴らす。
 緑の悪魔は気付く。
 鳥や、翼を生やした獣、爬虫類、魚類に跨った者達。
 周りには、各々、色々な空飛ぶ怪物に跨った女兵士達が、手に手に剣や槍、弓矢などを手にして集まってきていた。あらゆる階級の者達なのか、セーラー服の襟の色も様々だった。

「私一人で貴女を始末するつもりだったのですが、どうも無理みたいですからね。さて、この数を相手にどうされますか?」
「ああっ、これは嬉しいなぁ? 私の楽しみが増えるだけだからな」

 そう言うと、彼女は滑り台を、勢いよく空に浮かんだ女兵士の一人へと投げ飛ばした。その女兵士は手に持った剣で、それを叩き落そうとするが、そのまま剣がへし折れて、滑り台が回転しながら女兵士の頭を引き千切って吹き飛ばしていた。
 緑の悪魔は跳躍していた。
 彼女は、空中で全身を捻る。
 そして、別の女兵士の身体を地球儀型の回転遊具へと蹴り飛ばす。女兵士の肉体が、回転遊具の中に入り込みながら、ぐるぐると、遊具は周り出して、そのまま遊具の隙間から女兵士の肉や骨や内臓を、勢いよく撒き散らしていく。
 ぺしゃっ、と、腎臓の一部が、フロイラインの顔に掛かる。
 フロイラインは、不快な顔で、水の蛇で自身の顔を拭う。

「全滅させてやるよ。もっと大量に呼んでこいよ。死山血河にしてやるよ」
 緑の悪魔は不敵に笑い、舌なめずりをする。



 グリーン・ドレスは、ウォーター・ハウスと出会った頃の事を思い出していた。

 …………。
 炎が煌いていく。破壊の煌きだ。
 グリーン・ドレスは、人間の命を美しいと感じる。そして、それは消えゆく瞬間が、もっとも強い輝きを放つのだと考えている。
 何よりもまず、死は道徳や善悪という概念の外側に在るのだ。

 そう。
 何故、人は暴力に魅了されるのだろうか?
 それは、人は根源的に死に魅力を感じるからなのだろう。人は死ぬ為のみに生きている。そして、生の全てはその過程でしかない。
 初めて暴君の殺戮を見た時は、彼女は心の底から打ち震えた。ずっと、この男に付いていきたいと思った。それは破滅の美なのだろう。
 自分が狂っているのは、分かり切っている事なのだ。
 そして、それはこの世界に自分という存在が生まれ落ちた宿命なのだろう。
 グリーン・ドレスは暴力そのものに敬意を持っている。
 そして、それは生命と、死の煌きそのものだからだ。
 人間が怒りに打ち震えている時や、憎しみを剥き出しにしている時の顔もまた、美しいと思う。その矛先が、自分に向かっている時はなお、心地が良い。最高の高揚を感じる。
 暴君の通る処は、極めて、分かりやすい結末を迎える。
 善の全てが死んでいくのだ。
 彼は自身を悪だと認識しているし、グリーン・ドレスもまた、自らは生まれ持った悪なのだろうと思う。そして、それを受け入れている。
 本質的に、善は悪よりも弱い。きっとそれを理解しているからこそ、人は罪の概念を作り出したのだろう。
 ウォーター・ハウスは、そのような事を述べていた。だからこそ、善は尊いものであるのだが、同時に、彼自身は壊す事に意味を感じているのだと。
 グリーン・ドレスも感じる。
 純粋なまでに、シンプルに思う。
 何もかも、壊れてしまえばいいと、彼女は願った。
 彼女はきっと、その為に、この世界に生まれてきたのだろうから。



「何故、俺に付いてくる?」

 彼は自らの服の端を掴む子供に問い掛けていた。
 女の子供だった。

 グリーン・ドレスは、少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
 彼が最初に、国を滅ぼす処を、グリーン・ドレスに見せたのは、出会ってから、どれくらいの月日が過ぎた頃だろうか。
 まるで、それは死の歌だった。
 彼は、壊したいと思った、この国に、疫病を撒き散らしたのだった。
 石の建築物が、墓のように並んでいる。
 街路には、やつれた顔の者達が倒れ込んでいた。身体中に湿疹が出来ていた。
 先ほどまで生きていた者達が物言わぬ死体へと変わっていく。虫が集っていく。
死の河が溢れていた。それを見て、吐いている者もいた。泣き叫び、逃げ惑っている者もいた。狂気の余り、本人にしか分からない言語を呟き続けている者もいた。
 生き残っている者の瞳は、絶望や恐怖で凍て付いていた。
 異臭を放ち始める腐乱死体は、所々から骨を晒し、虫達によって迷路のような肉体へと変えられている。
 空が青から、赤へと変化していく。夕暮れの時間だ。
 その光景は、どうしようもない程に美しかった。
 曝け出されたような、空疎さが、そこにはあった。

 無常観……。
 悲鳴は僅かに聞こえ続けていたが、やはり、とてつもなく、静かだった。
 暴君の殺戮は、静謐に奏でられた音楽だった。
 女の子供が、彼に何かを話し掛けているかのようだった。
 グリーン・ドレスは、思わず、二人の下へと近付く。

「おい、そいつは何を言っているの?」
「分からん。どうやら、この俺に感謝をしているらしい。困った事に俺を神の化身か何かだと思っているみたいだ」

 ウォーター・ハウスは、疫病の殺傷力を操作していた。生き残る者と、死ぬ者が意図的に出来るように設定したのだった。
 彼の殺戮は、グリーン・ドレスのとは違って、静寂だった。静かに、人が次々と死んでいった。この辺り一帯は、死の世界へと変わっている。建物も何も壊れていない。ただただ、静かだった。空には、鳥が飛んでいる。途中、街の中に湖が見つかり、魚が泳いでいた。人間のみが、苦しみながら死んでいた。
 この殺戮に、特に何の意味も無かった。
 ただ、ウォーター・ハウスが、自身の能力の可能性を探る為に、街一つを実験場にしたくて、丁度、グリーン・ドレスが彼の能力の破壊力を見てみたいと言ったからだった。
 彼は、生命の選別を意図的に行ったのだ。

 ウォーター・ハウスは、ウイルスの感染基準をコントロールしていた。感染率が上昇する傾向として、暴力衝動のようなものを指定した。それは脳から湧き上がってくるものだ。一定数の暴力衝動を抱えた者、発露させた者を率先して攻撃するウイルスだった。

 平和主義者だけが、生き残る価値がある、と決めてみるのも面白いかもな。と、暴君は、そう告げたのだった。

 おそらく、本質的には、それには理由は無い。
 やはり、実験でしかないのだろうから。
 女の子供は、纏った衣服がぼろぼろで、まるで奴隷のようだった。
彼女は、自分の母親の事を口にしていた。
 その子供の腕には、火傷痕があった。傷痕は肩にも上っていた。両脚も水脹れがある。子供の瞳の奥底は、暗く絶望していた。彼女の死んだ母親が何者であり、彼女にどのような事を行ったのかは、グリーン・ドレスは知らない。興味が無い。
 ただ、その子供は、ウォーター・ハウスに感謝し、祈りを奉げているみたいだった。
 奇妙な違和感を覚えたが、どうでも良い事だった。

「そうか。ふむ? お前は生き残ったのは、きっと宿命なんだ。お前はこれから生まれてきた理由を見つけるのだろうな」

 暴君は、少女に告げる。
 彼の瞳は、何処か無感動だった。感情の全てを、削ぎ落としたみたいな横顔だった。

「お前の命は何の価値も無いんだぞ? だから、お前は何ていうか、勝手に価値を作る為にこれから生きる事だな。俺にはどうでも良い事だが」

 どうやら、子供は自分達が街の救世主であると勘違いしているみたいだった。この惨状を作った破壊者だという事を理解していないみたいだった。
 彼が現れてから、疫病が止まった。その子供はそう解釈しているみたいだった。
 グリーン・ドレスは、ふん、と、鼻で笑う。
 何も知らない者を見るという事は、甘美な残酷さなのだろう。
 夕日が綺麗だった。赤く咲いていた。

 グリーン・ドレスは、ふと、自分自身が空になりたいと思った。空に溶け込みたい。
 太陽は、大きな花なのだ。色々なコントラストを見せてくれる。
 しばらくして、闇がヴェールとなって、地上を覆い隠していく。
 全ての死を、膨大な量の黒が覆い隠していく。
 グリーン・ドレスは、闇の底に在る、美を愛しいと感じている。
 この宇宙空間は闇そのもので、光が瞬いている場所は数少ない。
 生命とはその存在そのものが、理不尽なものなのだ。
 偶発性によって生まれ落ちたものなのだ。
 そして、自分達はそのような生命を刈り取る存在なのだ。
 それを理解しなければならない。
 どれ程、生命に対する愛や賛歌を掲げた処でも。

 命は無価値で、無意味で、無為なのだ。

 簡単に壊れていく、薄い膜で作られた水風船のようなものなのだ。
 それこそが、蹂躙者としての、生命を無価値に踏み潰す為の矜持そのものなのだろうから。あの小さな子供は、自分がちょっと、首の脊髄を撫でるだけで、その命の鼓動を終わらせていく。今日は暴君が選んだからやらない。明日はやるかもしれない。

 グリーン・ドレスは、自身もまた、大量虐殺者となる事を受け入れた。
 やがて訪れた紺碧の夜空は、月明かりが瞬き、星が煌々と輝いていた。
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