話題の新書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)。部下を精神的に潰しながらどんどん出世していくパワハラ上司の事例が次々と登場し、「うちの会社にもいる」と思わせる「いるいる感」に引き込まれて読み進むことになる。
著者の松崎一葉さんは、筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授で、産業医でもある。クラッシャー上司の話はちょっと怖いけど、「松崎先生には会いたい」との河合薫さんの熱望で実現した二人の対談。
松崎さんによれば、「『岸辺のアルバム』の杉浦直樹さんこそが、クラッシャー上司なんです」とのこと。それ、どういうこと?
自分で読み返してみると、何か怖いですよね
河合:先生にずっとお会いしたかったんです。私の恩師の山崎喜比古先生や大学院の後輩から、松崎先生の優秀なお弟子さんたちのウワサはかねがね聞いていました!
松崎:本当に優秀でしたか?(笑) 河合先生たちのやっているSOC(Sense of coherence:ストレスへの柔軟な対処で健康や生活を守り、立て直していく力)の研究はとても興味深かったので学生たちに「とにかく行って勉強してこい!」って行かせてたんですよ。私も個人的に河合さんにお会いしたかったですよ。
河合:個人的に……、アッハハ。これも個人的ですね。先生、……あの、いきなりこんなこと言うとアレなんですけど、私、先生のご著書『クラッシャー上司』を拝見させていただいて、面白いというより怖かったんです。
松崎:周りの誰かを思い浮かべて、恐くなったんでしょ?
河合:いや……、私には上司がいないので、それはなかったんですが。私がこれまでインタビューしてきた方の中にも、部下をつぶしたクラッシャー上司と思しき人がいました。でも、私に話してくれるときは、自分の行動を恥じ、懺悔の気持ちを込めて話してくれます。人間誰しも感情が理性を凌駕して、他者を傷つけてしまうことがあるので、そこに人間の弱さを垣間見てきたわけです。
でも、この本に描かれている上司には、人間のおぞましさしか感じ取れなくて。残酷というか、逃げ場がないというか……。
松崎:そうですね。僕もこの本を書き終わって自分で読み返してみると、何か怖いですよね。あまり読後感がさわやかな本じゃない気がして。
河合:す、すみません。いきなりこれって先生の本をディスってますよね……(苦笑)。ただ、私の専門の健康社会学は「環境が働き方を変える。環境が人を変える」という視点に立つので……。
松崎:大丈夫ですよ。私はむしろ読んだ人が恐くなって、「もしや自分も」と思ってくれたほうが、精神科医としてはうれしいですね。
河合:やっぱり心理学って、性格傾向とか個人問題に収束しちゃうんですかね?
松崎:そういうところはあるかもしれません。なので逆に僕は、そのあたりの河合さんのご意見も聞かせてもらいたんですよね。
河合:そうそう。その前に、私どうしても先生に伺いことがありまして。先生のご経歴にある「宇宙航空精神医学」って何なんですか?
松崎:お、そこにきましたか!
河合:はい、私、“宇宙人いる派”なので(笑)
松崎:これはね、宇宙を研究するのではなく、宇宙を利用して人間の精神状態をみる学問なんです。
河合:無重力とか閉鎖された空間での、人の精神状態を観察するってことですか?
松崎:そうです、そのとおりです。宇宙は、地上では経験することのないストレスが、いやが応でもかかっちゃう状況なんです。
一方、精神医学は、学問的な理由から、徹底的な「閉鎖」とかそういう強い負荷の下で人間の精神状況がどういうふうになるかを調べてみたい。でも、倫理的にそんなことは絶対できない。
ところが宇宙飛行士は、自分たちがある意味“被験者”であることを理解している。宇宙に行くと4カ月間、閉鎖された宇宙ステーションで生活するので、ストレス解消が難しい。究極の極限の状態で、人はどう変わるのか。彼らの対処法を研究すれば、それを地上で応用できるかもしれないわけです。