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  1. 足あと帳(4)
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太神宮御祭日よめるとあり

 投稿者:愚人  投稿日:2017年 3月20日(月)09時43分51秒
編集済
   『西行法師歌集』より


 何事の おはしますをば しらねども
       かたじけなさに 涙こぼるる

 
 
 

言葉遊びで遁走するサムさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月20日(月)09時29分57秒
  ※推挙と相承を混同していませんか。
推挙もしていませんよ。
 推挙したという証拠を出してください。


創価学会は牧口氏から戸田氏への推挙はありません。
牧口会長・戸田理事長と二人三脚でしていたので、実質後継者だったということでしかない。
さらに、戸田氏は創価学会創設時に幹部を発表しているが
筆頭理事:和泉覚
理事:柏原ヤス、森田悌二、馬場勝種、小泉隆、原島宏治、辻武寿
理事長:空席
である。池田氏はその後参謀の一人になったに過ぎない。

ほい、答えてくれますか?
戸田城聖氏が池田大作氏を三代会長に推挙した文証は?

 いずれにせよ、創価学会二代会長と三大会長に『相伝』は無い訳ですね。
それは即、「創価学会は仏法ではない」と貴方自身が認めたということですね。
 

駄目ね

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月20日(月)08時37分57秒
  通りすがりの法華講員さん

横レスで失礼、事態を理解していないのですね。

>現に、君は戸田城聖が池田大作に創価学会会長を正当に引き継いだかどうかも証明できないのに、三大会長と認めているのだろ?同じことだ。

〇推挙と相承を混同していませんか。
歴史を見る眼も無いのですね。
 

自語相違のデパート サムさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月20日(月)08時32分56秒
  ※文意は変えていませんよ。
〇変えるかえないじゃなく、貴方日本語の文章を理解していません。
貴方が提示した御指南のどこに
「弘安三年の御本尊様は本門戒壇の大御本尊様ではない。他の○○だ」
「弘安三年の御本尊様は現大石寺奉安堂に御座される板御本尊でなく、〇〇だ」
と書かれたものがありますか?

※貴方達は、「楠板本尊」だけが、「本門の本尊」であると、マインドコントロールされているのですよ。
※マインドコントロールされているので、無理もありませんが。
〇マインドコントロール?
それは牧口、戸田、破門前の池田の3氏を否定ですか?
貴方は彼らを「永遠の師」と信仰しているのですよね。
彼らは自語相違の輩なんですか?
「彼らの発言は嘘だと」証明してくださいな。
それともまた「宗門に騙された」ですかな。騙された者のいうことを貴方は聴くの?
騙されたならそこには罪障しかないですが、貴方は罪障を功徳と信じてるんだ(呆)

※後世に模作された「楠板本尊」を無視しても、大聖人の仏法は世界宗教として、認識されてきているのです。
〇無視することは謗法です。これは謗法を広げることを創価学会は目的にしてるんだと貴方は言いたいのですね。
『折伏教典』104頁
「されば本尊中の本尊たる一閻浮提総与の本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱題することによって末法の一切衆生は救われるのである。此の一閻浮提総与の本尊は弘安二年十月十二日の御出現であって此の本尊を拝むことこれ以外に末法の衆生は幸福になり様はないのである。」
はい、これは戸田城聖氏の『教典』ですが、これをきちんと否定し、戸田城聖は創価学会員を騙したとでも言ってくださいな。
 

どうか学んでください

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月20日(月)08時17分47秒
  サワディーさん


※私がお願いした下記の事はどうなったのでしょうか。調査されましたでしょうか
>日寛上人様の御指南を素直に信じているから、サムさんの質問とやらには答える必要はないと回答しています。
サムさんの持論は御自身で論証してください。

〇貴方は、宗門にマインドコントロールされている事に気付かないのですか。
貴方が提示されている御文は、法義として纏められていますが、「楠板本尊」の実態と合っていないのですよ。

①日寛上人が「楠板本尊」の仏滅年紀を紹介している文証はあるのかどうか。(日寛上人以前の上人でも結構なのですよ。)
②日顕氏の多数の書写本尊と日如氏の書写本尊が、「楠板本尊」の御相貌、讃文とどう違うのか、列記して頂く。

此の命題を調査して頂ければ、自ずと解答は得られるのです・
茲から私が言う事ではありませんが、日寛上人を含めて歴代法主は、仏滅年紀「三十余年」を主張されているのです。
どうして、学ぼうとする姿勢が無いのでしょうか。
貴方達は、説明を放棄して、ただ相手を誹謗しているだけなのですよ。


 

「楠板本尊」は「本門の本尊」とは言えない

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月20日(月)08時07分42秒
編集済
  通りすがりの法華講員さん


>頼むから、論議の主旨、日本語の文章の全文をそのまま読んでくれ(呆)
なんで、こうも人の書いていることをまともに読めないんだ。貴方は!!!
私が書いたのは
「法華本門の本尊=日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊=本門戒壇の大御本尊ね。他にあるなら提示しなさい。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。」
です。
適当に切り抜きして文意を変えるのはやめなさい。

〇文意は変えていませんよ。
原文と比較してよくご覧ください。
文字数に限りがあるので、要文だけで纏めようとしたのですよ。
貴方達は、「楠板本尊」だけが、「本門の本尊」であると、マインドコントロールされているのですよ。


>わかる?
法華本門の御本尊=本門戒壇の大御本尊様のことを言いますね。
他にあるなら提示しなさい。
この文がきちんとあるでしょ。

〇私が何度も提示しているのに、未だに理解できていないのですね。
マインドコントロールされているので、無理もありませんが。
後世に模作された「楠板本尊」を無視しても、大聖人の仏法は世界宗教として、認識されてきているのです。
過去記事の大聖人の「本門の本尊」に、後世に模作の「楠板本尊」が、介在する場所は無いのです。

http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/2711
御書にみる「本門の本尊」投稿者:サム  投稿日:2015年 6月20日(土)12時59分16秒


 

サムさん、御自身で論証してください

 投稿者:サワディー  投稿日:2017年 3月20日(月)06時46分5秒
  >〇私がお願いした下記の事はどうなったのでしょうか。調査されましたでしょうか

 日寛上人様の御指南を素直に信じているから、サムさんの質問とやらには答える必要はないと回答しています。
 サムさんの持論は御自身で論証してください。

 本門戒壇の本尊は応に是れ総体の本尊なるべし。是れ則ち一閻浮提の一切衆生の本尊なるが故なり。自余の本尊は応に是れ別体の本尊なるべし。是れ則ち面々各々の本尊なるが故なり 
(観心本尊抄文段)

 弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐の中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。 
(観心本尊抄文段)

 広宣流布の時至れば一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。其の処は皆是れ義理の戒壇なり。然りと雖も仍是れ枝流にして、是れ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ち是れ根源なり 
(法華取要抄文段)

 一器の水を一器に瀉すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり、未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇なり 
(寿量演説抄)

 百六箇に云わく「日興嫡々相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべし乃至何の在処たりとも多宝富士山本門寺と号すべし」云云。嫡々相承の曼荼羅とは本門戒壇の本尊の御事なり。故に御遺状に云わく「日興が身に宛て賜わる所の弘安二年の大本尊は、日目に之れを授与す。本門寺に掛け奉るべし」云云。故に百六箇の文意は本門戒壇所在の処を本門寺と号すべし云云。何んぞ上の文を隠して之れを引かざるや三是。 
(文底秘沈抄)

http://ameblo.jp/baanaiby1/

 

引き継ぎ・・・といえば

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2017年 3月20日(月)06時32分35秒
編集済
  大阪事件の逮捕が実は7月4日で 羽田から飛行機に乗った根拠がなく
例の お前が倒れたら 俺がどうの・・と言う美談は フェイクニュースの疑惑がある。
(しかも 当時の聖教新聞までもが逮捕日を7月4日で報じているのを確認済み)

・・というのも 当時の報道でも日本経済新聞だけが具体的な住所を書いて
きっぱりと自宅で逮捕したことを報じているんですよ

尚、ふうふうが その件に関して反論していますが ちんけな反論で
収賄の問題があり広域捜査になるわけだから 捜査に関しては大阪府警が主体でも
容疑者及び犯罪者を逮捕する場合は 管轄外で逮捕することがあるんじゃないでしょうか?
その点を無視して日経のニュースこそフェイクだと言い切れる、浅はかさには呆れています。

ふうふうの論理だと 品川区内にある目黒公証役場で 拉致しても
港区白金までは500mぐらいしかないし 権之助坂を降りて逃げてしまえば
大崎署の管轄外だから完全犯罪になるし 目黒駅前は絶好の犯罪漁場になってしまうがな
あの辺は 区の境が入り乱れていて
北へちょっといきゃ渋谷だし 東へ行けば、すぐに港区だし 西へ行けば、すぐに目黒区だし・・・
本当 目黒駅から広尾 恵比寿付近の境界線の複雑さは
目黒区議のポスターを謝って品川区内に貼ってしまうほど入り乱れていて
たとえば、自分の家だけ港区で 周りの家が何故か品川区とか そういう場所もあるし・・・

もう一度書きます 住所及び 自宅で逮捕と具体的に書いたのは日本経済新聞だけで
他の新聞は朝日新聞も含めて 取材をしていないような曖昧な表現でした
従って もし その内容がガセだというのでしたら
ここまで具体的に書かれていたのにも関わらず、当時、創価学会側が日本経済新聞の該当記事に対し
何故?訂正を求める抗議をしなかったのでしょうか?

(他にも小口氏が池田氏に対して取材した一件にしても同様のことが言えますね
 件の反論を読みましたが あれ 単なる創価学会側の主観が混じった
 憶測や推測が混じった誹謗中傷で あそこまで内容が違うのですから
 当時、本人が「入信経緯が違う」といった抗議をしたり
 愚痴に近いような記録があってもおかしくないのですが、何故?その形跡が一つもないのか?
 この点に関する説明責任が実は果たされていない。)


なんか・・いろいろと話が脱線してしまいましたが

本当の意味で証明したいのなら 飛行機の場合
墜落した時に身元確認も含め搭乗者の名簿を必ず記載しているはずだから
その名簿に「池田大作」あるいは「池田太作」の名前があったのか?

(一回、そのへんを入手しようと問合わせたことがありましたが
 そういった名簿は既に破棄している・・とのこと)

また 当時、該当の便があったのか そのへんの確認も含め航空時刻表も必要だし

(但し、これも当時の資料が 交通公社の資料室や国会図書館に行っても皆無で
 航空会社に至っては 既に破棄しているとの事 残るは大宮なのですが
 どうも そこも神田から移転する際にかなり整理しちゃったとか・・)

また 飛行機の運行は 鉄道とは違い 気象条件に左右されやすく
まして今と違う飛行方法だったわけですから 必ずしも正確ではなく
接続が上手くいかない可能性も否定ができず

昭和41年までは 領空侵犯やアメリカの制空権を犯さない限り
 航空管制が指定するコースを、ある程度までは無視してもよく
 特に全日空は 東京-大阪間を26分で飛ぶ、荒業のような運行などが平然と横行していて・・・


従って、出頭要請の当日 羽田で本当に乗り継げたのか?
そういった裏付けも含めて確認するためにフライトの記録や気象データーも必要なんだけれど
創価学会側も そこまでは細かく調べていないし
言われてからの後付けだから 捏造の条件も整ってしまうわけで
それは 報恩抄にも書かれて批判されていたけれど
それらの伝説話は どのみち入信経緯の話も含め
真言宗の僧侶が自慢していた法螺話と対価が変わらなくなってしまうし
また それらの不明瞭な武勇伝を根拠や拠り処にして 権威化を試みる輩は
結局、「弘法よりも質が悪い」と断罪された 慈覚と同類になってしまうんじゃないでしょうか?




?

http://

 

頭はクルクル回ってるジャパネットくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月20日(月)02時03分37秒
編集済
  ※最後の〝答〟に来ると最初の〝問〟に話が戻り、いつまでも同じ問答が繰り返され、論理として永久に成立しない。宗門は答えを出すすべがないときは、詭弁を以て話を封じ込んでしまうのである。このような宗門の詭弁を「循環論法」と呼ぶ。
それが創価学会員の頭の中ということな(笑)。

正に、君は
『寺泊御書』
「目の転ずる者、大山転ずと欲ふ。」
を地でいく阿呆だな(爆笑)

君の「循環論法」をそのまま用いて説明してやろう。わかりやすいからな。

問:池田大作が「三大会長を戸田城聖から引き継いだ」を立証するなら、その正当性は如何にか証明されえるか?

答:池田大作が「大作、あとは君に任せた」と聞いたと言っている。池田大作に間違いはあり得ない。

問:池田大作は如何にして正当に戸田城聖から引き継いだと言えるのか?

答:三大会長は池田大作であるから正当である

問:その正当性は如何にして証明されるのか?

答:池田大作が「大作、あとは君に任せた」と聞いたと言っている。池田大作に間違いはあり得ない。

問:だから、池田大作は如何にして正当に戸田城聖から引き継いだと言えるのか?

君の頭がおかしいことに気づいたか?

君の頭は始めに疑いがありきなんだよ。自分で「文証を出した」と示した文章もきちんと読んでもいない。
論理だては頭がクルクル回っているので、「証拠は?」「証拠は?」と騒いているだけ。

『依義判文抄』
「明者は其の理を貴び闇者は其の文を守る」
『教行証御書』
「邪宗の者どもの習ひとして強(あなが)ちに証文を尋ぬる事之有り」

日蓮正宗は一貫しているんだよ。
「大聖人様より日興上人様へ唯授一人の血脈相承され、以後現日如上人猊下様まで代々嫡々と伝わる」
これは定義。わかるか?
これを、君が「心に入れるか入れないか」だけ。 それを信心と言うのだよ。
入れない者が何を言ってきても、我々の回答は一つ。
「大聖人様より日興上人様へ唯授一人の血脈相承され、以後現日如上人猊下様まで代々嫡々と伝わる」
君たちが「証拠は?」と難癖をつけようと、我々の回答は一つ。
『本因妙抄』
血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし

わかったか?
『報恩抄送文』
「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ」

現に、君は戸田城聖が池田大作に創価学会会長を正当に引き継いだかどうかも証明できないのに、三大会長と認めているのだろ?同じことだ。

わかったか?
他宗のことを難癖つける暇があったら、戸田城聖が池田大作に「池田大作を創価学会三大会長に任命する」とした相承書を出しなさい。池田大作が三大会長にすると言った戸田城聖の書はこの世に存在しないぞ(笑)
自分のことも証明できないくせに、低レベルな難癖をつけるでない。

はっきり言っておく。
戸田城聖が池田大作を創価学会三大会長に任命した記録はこの世に存在しない。
戸田城聖は創価学会会長の引継ぎについて「秘すべし」とも言っていない。

君の論理で言うなら
「池田大作は創価学会三大会長を引き継いだというのは嘘で、戸田→池田の引継ぎは存在しない。
池田大作が創価学会を乗っ取ったに過ぎない。何故なら戸田城聖が池田大作に『大作、あとは君に任せた』というのは池田の虚言だからだ」
となるぞ。
実際に池田氏自身
『池田大作 私の履歴書』
「自分は会長になりたくなかったので辞退したが、当時の小泉理事長から再三にわたって要請されたので、やむなく会長職を引き受けた」
と戸田氏の引継ぎについては言及していない。
戸田氏は池田氏に正当に会長任命を行ったというなら、証明せよ。

仏法は相伝である。創価学会には相伝は存在しない。
つまり創価学会は仏法ではない。


わかったか?
君は、自分で書いたことが天に唾を吐く行為であることを知りなさい。

http://

 

論理的には認められない「循環論法」

 投稿者:ジャパネットタケタ  投稿日:2017年 3月20日(月)00時58分57秒
  日蓮正宗の教義は、もはや何の学問的説得力もない。そのことに、まだ気付かない法華講員のメンタリティー。

【後加文の正当性を証明できない法主】
「大聖人の仏法の一切を唯授一人の血脈相承によって受け継がれた御法主上人が御允可され、自ら御書として載録されているのですから、御法門に間違いがあるなどということはありえません」
――宗門特有の典型的な詭弁である。この「御法主上人」は何かを証明するようで、その実は何も証明できないのである。

問:相伝書の末文(=後加文)が「法主の唯授一人の血脈相承」を立証するのなら、その後加文の正当性はいかに証明され得るか?

答:「御法主上人が御允可(許可)されたのだから、御法門に間違いはありえない」

問:その法主はいかにして正当な法主であると言えるのか?

答:「唯授一人の血脈相承によって受け継がれた御法主上人であるから、正当である」

問:その「唯授一人の血脈相承」は、いかに証明されるのか?

答:「相伝書の末文が唯授一人の血脈相承を証明する」

最後の〝答〟に来ると最初の〝問〟に話が戻り、いつまでも同じ問答が繰り返され、論理として永久に成立しない。宗門は答えを出すすべがないときは、詭弁を以て話を封じ込んでしまうのである。このような宗門の詭弁を「循環論法」と呼ぶ。
http://aoshiro634.blog.fc2.com/blog-entry-261.html
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/11451



「順次生に必ず地獄に堕つべき者は重罪を造るとも現罰なし一闡提人(いっせんだいにん)これなり」
「詮ずるところ上品の一闡提人になりぬれば順次生に必ず無間獄に堕つべきゆへに現罰なし」(開目抄下 P.231)



「此の経文の心は法華経の行者を悪口し及び杖を以て打擲せるもの其の後に懺悔せりといえども罪いまだ滅せずして千劫・阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ、懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり況や懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出ずる期かたかるべし、故に法華経第二に云く『経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生れん、是くの如く展転して無数劫に至らん』等と云云」(顕謗法抄 P.448)
【通解】この経文の意味は、法華経の行者を悪口し杖でもって打ったりした者は、その後に後悔し懺悔したとはいっても、罪はいまだ消滅しないで千劫の間、阿鼻地獄に堕ちたということである。懺悔した謗法の罪ですら五逆罪に千倍する重さである。まして懺悔しない謗法においては、阿鼻地獄から出る時期は永遠に来ないであろう。ゆえに法華経第二の巻の譬喩品第三には「この法華経を読誦し、書写し、受持する者を見て、軽んじ、賤しめ、憎み、妬んで、恨みを懐くならば、乃至その人は命が終わって阿鼻地獄に堕ち、一劫が尽きてまた阿鼻地獄に生まれ、このように繰り返して無数劫に至るであろう」と説かれているのである。


「闡提とは天竺の語此には不信と翻す不信とは一切衆生・悉有仏性を信ぜざるは闡提の人と見へたり」(顕謗法抄 P.455)
【通解】闡提とはインドの言葉であり、漢語では不信と訳する。不信とは「一切衆生にことごとく仏性がそなわっている」ということを信じないことであり、これを闡提の人というのである。

信徒を睥睨し、信徒に隷属を強いる日顕らは、法華経と相容れない差別観の持ち主である。すべての衆生が仏性を有しているという仏の教えが、どうしてもわからないのだ。日顕らは闡提である。一闡提である。


★【「涅槃経」に曰く】
仏いわく「破戒の者とは一闡提のことである。一闡提以外の一切の人に布施すれば、皆讃歎すべきであり、しかも大果報を得るであろう」
純陀が重ねて質問する。「一闡提とはどういうことですか」
仏いわく「純陀よ、もし僧尼および俗男俗女が、粗悪な言葉をもって正法を誹謗し、そのような正法誹謗の重業をつくって、しかもそれを悔い改めようとせずに、こころに懺悔しようとしないであろう。そのような人を名づけて、一闡提の道に趣く者というのである。あるいはまた、殺、盗、淫、妄語等の四重罪を犯し、破和合僧などの五逆罪をつくり、しかも、自分でそのような重罪を犯すことを知りつつも、最初から心に恐れ慎んだり懺悔したりする心が少しもなく、また、かりにそのような心があったとしても、表面には少しもそれを示さず懺悔しない。そして正法を護り惜しみ建立する心など少しもなく、かえって正法を破り、悪口をいい、いやしんで、その言葉はあやまりだらけであろう。そのような人たちのことを、また一闡提の道におもむくものとなすのである。ただこのような一闡提の人たちを除いて、それ以外のものに布施するならば、一切が讃歎するであろう」と。

このように、涅槃経には、「一闡提」に対しては絶対に布施をおこなってはならないと説かれている。「一闡提」とは、現代においては法華経と相容れない差別観を有する日顕らのことである。
http://www.houonsha.co.jp/jiyu/07/284.html


★【阿部日顕曰く】
「信者がわがまま言ってだね、なんだドイツ語みたいで難しくてわかんない。なに言ってやがんだ。なっ! 難しいの当たりめえなんだよ! ふざけんなって言いたい。やさしく説けばいいって、そんなもんじゃねえんだ!」
「あのねー、ミーチャンハーチャンに分かるようにペコペコよ、頭下げて説いてたらよ、本当の法なんか説けやしないんだ」
「民衆、民衆って言う奴ほどバカなんだ」
「民衆が一番大事なんです。ネヘッ、何をふざけたことを言ってる」
「お題目を唱えて、我々の仏界涌現、仏界涌現っていうんだ。これはまさしく大謗法だよ、これは」
「そんな簡単にね、我々凡夫が、仏界が現れたり悟ったりできるんだったら、末法の凡夫はみんな仏になってんだよ。みんな狂ってるバカな奴ばっかじゃないか。こりゃもう、まったくその仏界はね、現じ難いんだ」
「人間主義、人間主義なんて言うこと自体、お前らの頭、どっか狂ってんじゃないのかって言ってやんなさい」
(全国教師講習会、平成6年8月24日)


https://www.youtube.com/user/bentogo100/videos?shelf_id=0&sort=dd
 

聞く耳を持ってください

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月20日(月)00時36分39秒
  サワディーさん


>日寛上人様の御指南を素直に拝せば、サムさんの質問とやらには回答する必要はありません。
日寛上人様の御指南を否定するには、論拠を示してください。サムさんの妄想ではダメです。
日寛上人様はどの御本尊様を書写の元としたのか、明確に示すとともに、論拠を示してくださいね。今のままでは、口から出まかせということで認定します。

〇私がお願いした下記の事はどうなったのでしょうか。調査されましたでしょうか。
①日寛上人が「楠板本尊」の仏滅年紀を紹介している文証はあるのかどうか。(日寛上人以前の上人でも結構なのですよ。)
②日顕氏の多数の書写本尊と日如氏の書写本尊が、「楠板本尊」の御相貌、讃文とどう違うのか、列記して頂く。
貴方が調査し、説明して頂ければ、自ずと真実が理解できるのです。
宗門のマインドコントロールから解放してあげたいのですが、貴方自身も聞く耳を持たなければ心も開けないのです。是非頑張って、調査してください。


 

サムさん 頼むから日本語を普通に読んでくれ

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月20日(月)00時17分33秒
編集済
  ※大石寺歴代管主が「楠板本尊」以外の多くの本尊を提示していますよ。

頼むから、論議の主旨、日本語の文章の全文をそのまま読んでくれ(呆)
なんで、こうも人の書いていることをまともに読めないんだ。貴方は!!!
私が書いたのは
法華本門の本尊=日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊=本門戒壇の大御本尊ね。他にあるなら提示しなさい。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。
です。
適当に切り抜きして文意を変えるのはやめなさい。

わかる?
法華本門の御本尊=本門戒壇の大御本尊様のことを言いますね。
他にあるなら提示しなさい。
この文がきちんとあるでしょ。
そして
大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。
古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。
と書いていますね。

誰が、歴代御法主上人猊下様が「他の本尊を提示した」だけを聞いてるんだよ(呆)
論議の主旨、文章全文を読めば
他の御法主上人猊下様が
・「本門の大曼荼羅」は「弘安二年の大御本尊」ではない。他の〇〇という本尊だ。
・「弘安二年の大御本尊様」は「本門戒壇の大御本尊(楠板御本尊)」でない。他の〇〇の本尊だ。
と仰ってる御指南を提示しろと、問うてることくらいわかるだろ。
日本語の文章をきちんと全文読みなさい。

※此の文証で、已後、大いなる論議が出来そうですね。
あのね。貴方の耄碌と暇つぶしに付き合ってるんじゃないの。
 アホじゃないのか?

http://

 

文章をまともに読めない河内のおっさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月20日(月)00時06分22秒
  私が書いたのは
「身延に楠が自生し、身延の『自生楠』を用いたという日蓮正宗からの『公式発表』はないよ」
ね。

日達上人の御指南は、下らない難癖についてお答えしたもので、「身延に楠がある」と言っているだけで
「戒壇様を身延の『自生楠』を用いた」とは仰っていません。

頼むから、書いてある通りに読んでくれるか?
本当にマトモに日本語の文章を読めないんだな(呆)
 

日精師と日量師の著書に有る「本尊の記述」

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月20日(月)00時05分1秒
編集済
  日精師と日量師の著書に有る「本尊の記述」
(通りすがりの法華講員さんからの注文より)


>大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。

〇大石寺歴代管主が「楠板本尊」以外の多くの本尊を提示していますよ。


17世日精上人記の「日蓮聖人年譜」には

「十二月、万年救護本尊書写して以て日興に授与したまふ」(日精上人記 「日蓮聖人年譜」富要集5巻133頁)
「十月南条七郎次郎時光に本尊を授与したまふ」(同 富要集5巻133頁)
「二年丙子卯月八日、郷公日目出家して高祖の侍者となるなり、〇真間の日頂に本尊を授与す此の本尊に十二神勧請之れ有り。」(同 富要集5巻133頁)
「徳治三戊申卯月八日、日興在判、此の本尊重須に在り」(同 富要集5巻136頁)

17世日精上人記の「富士門家中見聞上」には

「(文永十一年)此年十二月に万年救護の本尊之を図し日興に給ふ」(日精上人記 「富士門家中見聞上」富要集5巻149頁)
「徳治三戊申卯月八日日興在判、已上此本尊今重須に在るなり」(同 富要集5巻152頁)
「並に宇佐美の一類小野寺等相模国十郎等多く以て信者となる御本尊書付」(同 富要集5巻153頁)
「遠州にては相良信者となる本尊書」(同 富要集5巻153頁)
「志ある者には即本尊を授与し給ふ」(同 富要集5巻153頁)
「弘安二年に三大秘法の口決を記録せり、此の年に大漫荼羅を日興に授与し給ふ万年救護の本尊と云ふは是れなり」(同 富要集5巻154頁)
「大漫荼羅に向て臨終の御経、異口同音にに誦し御入滅なり」(同 富要集5巻155頁)
「小屋に籠居して画工を招き寄せ曼荼羅を書きて同八日と号して」(同 富要集5巻163頁)
「亦聖人の御例に順して六人の弟子を定め本尊御骨を守護の為に此寺に置き」(同 富要集5巻165頁)
「勲功ある衆には則褒美を加へ給ふに或は本尊を授与し或は感書を賜ふされば日目に賜はる所の本尊に云く『最前上奉の仁、新田卿阿闍梨日目に之を授与す一が中の一弟子なり、正慶元壬申年十月十三日日興在判』、又日妙には『奉聞の御代官日妙武家四度公家一度元徳三辛未年二月十五日日興在判』、斯の如き類ひ計るに遑あらず」(同 富要集5巻169頁)
「応長元年九月廿三日甲斐国山秋山余一源信綱(自筆如此)参詣す、茲に依て本尊を授与し給ふ」(同 富要集5巻170頁)
「此の時日尊祈祷の為に書写し給ふ所の本尊三十六幅を日尊に給はる所なり」(同 富要集5巻170頁)
「同く四年七月十五日には甲斐国西郡蓮華寺前住僧式部公に大漫荼羅を授与し給ふ今富士妙蓮寺に在るなり」(同 富要集5巻171頁)
「(文保二年に)此の年白蓮持仏安置本尊を書写し給ふ重須の本尊なり寺に在るなり」(同 富要集5巻171頁)
「正中二年十月十二日の夜御影堂に於て御筆本尊御遷化記録以下盗取られ給へり」(同 富要集5巻171頁)
「嘉暦三年七月廿七日には下野国小野寺参詣せり則本尊授与し給ふ」(同 富要集5巻171頁)
「其中に第一周忌の御仏事に興師自ら筆を染め大漫荼羅を図し給ふ、其端書に云く『元徳三年二月廿四日悲母妙福一周忌の菩提の為に之を書写す日興在判』」(同 富要集5巻172頁)
「同十一月十三日には亦日目に本尊を授与し給ふ」(同 富要集5巻173頁)
「志有る者には本尊を授与し給ふに時を選ばず、されば武州久米原妙本寺の本尊端書に云く正慶二年正月廿七日日興在判八十八已上一枚本尊なり」(同 富要集5巻175頁)

17世日精上人記の「富士門家中見聞中」には

「日目は嫡弟と云ひ最初奉聞と云ひ旁た抜群の故に褒美として本尊を授与す其の端書に云く『最前上奉の仁、新田郷阿闍梨日目に之れを授与す一が中の一弟子なり、正慶元壬申年十月十三日日興在判』」(日精上人記「富士門家中見聞中」富要集5巻184頁)
「亦本尊七箇決つ相伝し給ふ、之れに依て元徳正慶の間師に代って本尊書写したまふ、故に日目書写の本尊数幅之れ有り」(同 富要集5巻187頁)
「日代日妙等本尊書写したまふは皆日興入滅の後之を書写す、御在世の間は一字も書かず之れを以って知るべし、興師付属の弟子なること勿論なり」(同 富要集5巻188頁)
「一御座替の本尊を日目に授与したまふ是れ則大石寺御建立の年の御筆なり」(同 富要集5巻188頁)
「一日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊日目に之れを授与す」(同 富要集5巻188頁)
「此の状を賜はりて後師に替りて本尊書写したまふ其の数之有り、秋本三郎重道女房始、之を書写す正慶二年三月日日目在判、薗部少輔阿闍梨日経に之を授く」(同 富要集5巻190頁)
「之に依って日目之れを授与す其の端書に云く、奥州新田日盛の御本尊御影登山の時奥州まで下向候行躰の者なるに依て薗部少輔阿闍梨日経に之れを授与す、正慶二年三月日、日目在判」(同 富要集5巻190頁)
「此の申状下文?に日興自筆本尊の端書に云く、大石寺持仏堂常住本尊を書写すと遊はさる已上」(同 富要集5巻190頁)
「若し帝都に於て御尋もやあらんとて大聖人の御自筆本尊十八幅、其の中万年救護の本尊並に日目授与の本尊時光授与の本尊天王鎮守の神ひ等あり」(同 富要集5巻191頁)
「日興褒美として大聖の御本尊を請ひ申し日華に授与す(中略)日華授与の本尊今京都本能寺に在り」(同 富要集5巻192頁)
「勲功重き故に大漫荼羅を申し請ひ日華に授与す本尊本能寺に在り」(同 富要集5巻192頁)
「年序を経るの後日華興師の本尊を申し請ひ日妙に授与す、其の端書に云はく『延慶三年庚戌六月十三日、寂日坊弟子式部公に之を授与す』此の本尊今妙蓮寺に在り」(同 富要集5巻193頁)
「日興又神四郎等三人の追善に大漫荼羅を書写して弔ひ絶ふ、其の端書に云はく『駿河国下方熱原郷の住人法華宗と号して平左衛門尉が為に頚を切らるる三人の内なり、平左衛門入道法華宗の頚を切るの後、十四年を経、謀反を企つる間誅せられ畢ぬ、其の子孫跡形無く滅亡し畢ぬ、徳治三戊申卯月八日日興在判』此本尊重須に在り」(同 富要集5巻196頁)
「日興高祖の本尊を申し請ひ日禅に授与す此本尊今重須に在り伯耆曼荼羅と号する是なり」(同 富要集5巻197頁)
「師御感の故に本尊を日禅に授与す、年序を経るの後妙福逝去し給ふ、之に依って日興御弔ある中に本尊を書写し給ふ、其の端書に『悲母一周忌の為に書写件の如し公家奉聞代官丸大進房日助に之を授与す、元徳二庚午二月廿四日日興在判』、此本尊豆州柳瀬実成寺に之れ有り」(同 富要集5巻197頁)
以下、まだまだ多数あるが、時間を要するので中断する。


48世日量上人記の「富士大石寺明細誌」に

「本堂(中略)仏壇宮殿の中板漫荼羅 竪三尺六寸 横二尺」(48世日量上人記「富士大石寺明細誌」富要集5巻322頁)
「天王堂(中略)日天月天を勧請す神躰は板本尊」(同 富要集5巻322頁)
「垂迹堂(中略)天照八幡を勧請す神躰は板本尊」(同 富要集5巻322頁)
「講堂(中略)中央十界勧請大本尊(後略)」(同 富要集5巻326頁)
「一、日興が身に宛て給る所の弘安二年の大御本尊日目に之を授与す、本門寺に掛け奉るべきなり」」(同 富要集5巻327頁)
「正慶元壬申年十月十三日 興師又本尊を書して師に与ふ其端書に云はく、最前上奉の仁新田郷阿闍梨日目之を授与す一が中の一弟子なり」(同 富要集5巻327頁)
「一、蓮祖真筆大漫荼羅 三枚続  一幅
弘安三年太歳庚辰三月日、紫宸殿の本尊と号す、伝に云はく広布の時至りて鎮護国家の為に禁裏の叡覧に入れ奉るべき本尊なり云云。
一、同本門寺重宝大漫荼羅    一幅
傍書に云はく弘安三年太歳庚辰十一月、本門寺重宝たるべきなり。
一、同 病即消滅の漫荼羅    一幅
傍書に云はく建治二年丙子八月十三日、又死活の本尊と号するなり。
一、紺紙金泥の漫荼羅      一幅
傍書に云はく文永元甲子二月十五日
一、同 漫荼羅         九幅」(同 富要集5巻335-6頁)
「一、日興上人筆座替大本尊 竪七尺一寸五分 横三尺六寸  一幅
首題の下日蓮在御判 左日興奉書写之 右日目授与之 依て座替と号す日興より日目嫡々相承手続支証の大漫荼羅なり。
一、同筆 正慶元年十一月三日 本尊    一幅
傍書に云はく最初上奉の仁新田卿阿闍梨日目に之を授与す一が中の一弟子なり云云。
一、筆漫荼羅     二十五幅」(同 富要集5巻336頁)
「一、日目筆漫荼羅    八幅」(同 富要集5巻337頁)
「執権時宗蓮師先言屢差はざるを以て南条七郎時光に命し使して救護を蓮祖に請ふ、蓮祖漫荼羅を書して以て之に与ふ」(同 富要集5巻348頁)


とあります。
此処で、不思議なのは、文永元年御図顕の「紺紙金泥の漫荼羅」ですが、これも明らかに大聖人直造では無いでしょうね。
板本尊や大本尊が複数述べられており、此の文証で、已後、大いなる論議が出来そうですね。


 

アホのお前が好きなのさ!

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)23時18分28秒
  通りすがりの法華講員
>身延に楠が自生し、身延の『自生楠』を用いたという日蓮正宗からの公式発表はないよ。





【日蓮正宗大石寺六十六世細井日達法主】

「現に、身延のあたりには楠木があるではないか」
身延駅から身延へ行く手前に今 でもある。その寺にちゃんと千二、三百年前からの楠木が今でも生
きている。
千二、三百年前からの楠木が今でも生きている。もしそれ が千年の木としても、
大聖人様が七百年とすれば、……


 

ジャパネットタケタ 殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)21時45分57秒
  ○本尊は全て等しく「本門の本尊」であって、特別なものは存在しない。
御本尊は自身の中にある。妙法は自分の心の中にある。
己心の宝塔を顕現させるための生命の明鏡として曼荼羅御本尊がある。



★いいえ。(笑)九界の衆生に「宝塔」は存在しましぇん。
いわんや、あなたのような六道輪廻の如きにや。
(^^)


○日蓮大聖人は、凡夫にも分かるように具体的に曼荼羅として顕されたが、
本来、曼荼羅は無くてもいいものなのだ。


★そうすれば、六道輪廻の命が輪廻するだけス。
仏法の根本は、「因縁」なんス。
たとえば、騙すことに専念する組織に従事すれば、
サム詐欺師さのようなイチャモン野郎になるが如シ。

「朱に交われば赤くなる」世間でも因縁をことわざにしてまっス。

朱に交わって黒くなる者がいたら連れてこんかあーい(プレバト)
の如シ。


○例えば、子供時代の記憶を思い出すには、
当時のアルバムを見たほうが楽に思い出せるのと同じだ。


★(笑)なるほど。「子供時代」が「仏性」?
「当時のアルバム」が「御本尊」?
に例えてみた?      アホ?

(^^)

確かに「姿・形」は明確に写真に残っているしょ。ただ
当時思っていた事とかの 内面(命)は?


内面(命)が写っている写真があったら持ってこんかーい(プレバト)
の如く恥かしい例え。才能ナシ。


○何もなくても一応は思い出せるが、やはり手がかりがあれば、
はるかに鮮明かつ正確に思い出せる。あるいは、
肌の手入れをするときに、鏡を見たほうが断然やりやすいのと同じだ。
鏡を見なくても手入れできないことはないが、
やはり鏡を見たほうが確実である。


★ん?   あなたは数十行前に

「本来、曼荼羅は無くてもいいものなのだ」と言ってたんじゃないんスか?

鏡無しで、どうやってシミそばかすの位置を知るんスか?

( ̄◇ ̄;)




○「宗門が危惧するのは、『拝むべき正境の本尊』が建立された意義は、
『胸中の肉団に(御本尊が)おはします』ことを自覚せしめるためであったと、
信徒が知るに至ることである。そうなれば、僧侶が一方的に御本尊を独占し、
僧俗差別が当然であるとしてきた根拠が打ち消され、
さらには大聖人、日興上人への違背であることも明らかとなり、
宗門僧侶の存在意義すら消え果てる――。」
http://aoshiro634.blog.fc2.com/blog-entry-314.html



★宗門僧侶、とりわけ歴代御法主の役割は、大聖人の御法体を伝持することっス。
伝持するものが無くなれば、学会に見るように、半世紀も満たないうちに、
大聖人否定の輩の集まりとなりまッス。

○『拝むべき正境の本尊』が建立された意義は、
『胸中の肉団に(御本尊が)おはします』ことを自覚せしめるためであった、

のではなく、
「たとい発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳なお多し」の
縁起の法門のゆえから、大聖人は御本尊を顕されたのでありまっス。

(⌒-⌒; )


 

ジャパネットタケタ 殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)21時42分17秒
  ○「戒壇の大御本尊の御内証を書写した」と言っているが、
同じ法主(日顕上人)であるのに書写するたびに御内証が変わるのは何故ですか?
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12731

★大聖人の御法体を唯授一人血脈相承された上人猊下の御内証だから。


○『富士日興上人詳伝』(堀日亨上人著)によると、
大御本尊を楠の板に彫刻したとされる日法は、
後に日興上人に背いた退転者すなわち謗法の徒ということになる。
その謗法の徒が彫刻した「謗法の大御本尊」を
後生大事に法華講員が祭り上げているのは何故ですか?


★大聖人の御魂魄だから。
大御本尊は大聖人の御法体ダカラ。



○日顕上人は、正本堂を「謗法の固まりだから壊した」と言った。
学会寄進の建物が謗法ならば、学会が寄進した356カ寺も謗法であり、
学会が御供養した122万坪は謗法の土地になる。
それなのに学会寄進の寺から一人として出ていった僧侶はいない。
今も僧侶が、のうのうと居座っているのは何故ですか?


★正本堂は、大聖人の御法体まします堂宇でしたから、
謗法と化した池田先生寄進の建物ではね。
また、専門家の調査で建物の内部もグチャグチャのようでしたシ。
正本堂の解体は不思議な仏縁?

正宗信徒だった学会員の御供養した122万坪の土地と寺院は、
正法流布の拠点で、謗法ではないっス。
大聖人まします正本堂とは、全く意義が異なりまっス。

たとえば、



○◆三大秘法: 本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇。
 ◆本門: 仏の本質を説いた部門。法華経28品のうち、後半14品の称。
 ◆戒壇:戒律(仏教において守らなければならない道徳規範や規則)
    を授けるための場所。信仰の中心となる所、または本尊安置の場所。
    今日においては、信心指導・育成をしてくれる教団や、各家庭など、
    本門の題目を唱える場がそのまま「本門の戒壇」となる。


★ううん。(笑)
「本門の本尊」「本門の題目」ましますところが → 「本門の戒壇」。

「本門の本尊」とは、大聖人出世のご本懐であるところの、
弘安二年十月十二日御図顕の大御本尊。

いわゆる、三大秘法総在の大御本尊。

いわゆる、大聖人仏法の究極である「三大秘法」とは、

弘安二年十月十二日御図顕の本門戒壇の大御本尊様の事。

m(_ _)m

 

河内のおっちゃん殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)21時38分56秒
  ○七面大明神の楠が 本門戒壇の大御本尊!
  投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)14時36分46秒


★ううん。良く拝してくんしゃいね。

◎『富士門家中見聞下』
「或る時日法御影を造り奉らんと欲す七面大明神に祈念し給ふ感応の至りか浮木出来せり、
此の木を以って戒壇院の本尊を造立し次に大聖の御影を造ること已上三躰なり、
其の一躰は纏に三寸なり上行所伝抄の意なり、
大聖戒壇院の本尊を書し日法之を彫刻す今の板本尊是れなり」


★「浮木出来せり」
ちゃんと、身延にも楠は存在してたじゃないスか。



○七面大明神の(楠)が『本門戒壇の大御本尊』であるなら、
其の場所は何処でどのようにして運んだのか?


★『富士門家中見聞下』の伝承から拝すると、場所は身延、運搬手段は手でもって。
かな?
富士周辺には大きな寺社仏閣もありまっスから、それらの木材運搬に準じて。
かな?

(⌒-⌒; )
 

ジャパネットくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)18時17分14秒
  頭破れたかい?  

阿呆の河内のおっさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)17時07分9秒
編集済
  *自分で言っていることに責任を持ちなさい。
○君のコメントに付き合うのも面倒くさいので、そろそろ真面目にいくぞ。
と書いたろ。
付き合ってやってる間に自分のコメントが、日本語を読めてないことに気づけ。
折角チャンスを与えてやってるにも関わらず。

みっともないんだよ。

もうわかったな。
2度と阿呆なことは書かないように。
そして、日本語の文章くらいきちんと読め!
 

(無題)

 投稿者:茄子の花  投稿日:2017年 3月19日(日)17時00分10秒
編集済
  正本堂解体の理由

http://www.erigonomi.net/company2.html
 

法華講員さん

 投稿者:ジャパネットタケタ  投稿日:2017年 3月19日(日)14時52分31秒
  ★「戒壇の大御本尊の御内証を書写した」と言っているが、同じ法主(日顕上人)であるのに書写するたびに御内証が変わるのは何故ですか?
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12731

★『富士日興上人詳伝』(堀日亨上人著)によると、大御本尊を楠の板に彫刻したとされる日法は、後に日興上人に背いた退転者すなわち謗法の徒ということになる。その謗法の徒が彫刻した「謗法の大御本尊」を後生大事に法華講員が祭り上げているのは何故ですか?

★日顕上人は、正本堂を「謗法の固まりだから壊した」と言った。学会寄進の建物が謗法ならば、学会が寄進した356カ寺も謗法であり、学会が御供養した122万坪は謗法の土地になる。それなのに学会寄進の寺から一人として出ていった僧侶はいない。今も僧侶が、のうのうと居座っているのは何故ですか?


◆三大秘法: 本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇。
◆本門: 仏の本質を説いた部門。法華経28品のうち、後半14品の称。
◆戒壇:戒律(仏教において守らなければならない道徳規範や規則)を授けるための場所。信仰の中心となる所、または本尊安置の場所。今日においては、信心指導・育成をしてくれる教団や、各家庭など、本門の題目を唱える場がそのまま「本門の戒壇」となる。


現在の日蓮正宗には「本門の本尊」と「本門の題目」はあるが、「本門の戒壇」が謗法まみれで機能していない。日蓮宗なども同様だ。
つまり、教団の教え自体が間違っていたり、不正がまかり通って自浄能力を欠いていたり、形骸化して葬式仏教になっていたり、時代に適合していなかったりする場合は、三大秘法が成立しないのである。
具体的に言えば、法華講員が大石寺の大御本尊に拝んでも功徳は無いし、法華講員が、日蓮正宗の寺や法華講員の家で御本尊に拝んでも功徳は無い。
また、創価学会員が大石寺に行って大御本尊に拝んでも功徳は無いし、創価学会員が、日蓮正宗の寺や法華講員の家で御本尊に拝んでも功徳は無い。
しかし、創価学会の施設に移された大御本尊なら、学会員が拝めば功徳があるし、日顕書写の御本尊や日蓮宗所蔵の大聖人御真筆本尊(書写・コピーも含む)でも、学会員が、学会施設や学会員の家で拝めば功徳がある。


「『生死一大事血脈抄』の『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』(御書P.1138)の文に照らせば、いかに正しい曼荼羅本尊(法華経)であっても拝む側に正しい信心(信心の血脈)がなければ功徳はない。かえって『種種御振舞御書』に『かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし』(同P.919)とあるように、日蓮を崇拝したとしても誤って敬った場合には国が亡ぶほどの悪業となる」(須田晴夫氏)

「出世の本懐と弘安2年の本尊(大御本尊)とを結びつけた議論は、日興から日有、左京日教に至るまで見られず、江戸時代の日寛になってようやく見られる議論である。出世の本懐について述べている真蹟御書である『聖人御難事』には弘安2年の本尊に関する言及は全くなく、日蓮教学と日寛教学には差異があることは明白である」
「歴史的な問題を言えば、日寛上人時代には日蓮正宗はなかったわけですから、日寛上人の書写本尊は日興門流の本尊であっても、日蓮正宗の本尊ではないということが言えます。その本尊を所有していた浄圓寺は日蓮正宗から離脱して単立宗教法人となっており、その寺院から日寛上人の書写本尊を譲渡され、それを基に本尊を作成したのですから、その本尊は日興門流大石寺に由来する本尊ではあっても、日蓮正宗大石寺に由来する本尊ではないと言えるでしょう。ですから分離してからは、独自路線を取り、本尊を自主的に認定したわけです」
(創価大学文学部教授・宮田幸一氏)

「私は形式的な血脈論はあり得ないと思う。血脈相承が外在化し、権威化して、ひとり歩きを始めるような状況は宗教としての自滅行為だと考えます。信仰があるところに血脈は流れ通うと考えるのが日蓮の思想でしょう。大事なことは、『今、日蓮が生きていたらどう考え、行動するか』――それを常に問いかけ、現代的な課題に真剣に応えていく努力でしょう」(東北大学大学院教授 佐藤弘夫氏)

本尊は全て等しく「本門の本尊」であって、特別なものは存在しない。
御本尊は自身の中にある。妙法は自分の心の中にある。己心の宝塔を顕現させるための生命の明鏡として曼荼羅御本尊がある。
日蓮大聖人は、凡夫にも分かるように具体的に曼荼羅として顕されたが、本来、曼荼羅は無くてもいいものなのだ。
例えば、子供時代の記憶を思い出すには、当時のアルバムを見たほうが楽に思い出せるのと同じだ。何もなくても一応は思い出せるが、やはり手がかりがあれば、はるかに鮮明かつ正確に思い出せる。
あるいは、肌の手入れをするときに、鏡を見たほうが断然やりやすいのと同じだ。鏡を見なくても手入れできないことはないが、やはり鏡を見たほうが確実である。

「宗門が危惧するのは、『拝むべき正境の本尊』が建立された意義は、『胸中の肉団に(御本尊が)おはします』ことを自覚せしめるためであったと、信徒が知るに至ることである。
そうなれば、僧侶が一方的に御本尊を独占し、僧俗差別が当然であるとしてきた根拠が打ち消され、さらには大聖人、日興上人への違背であることも明らかとなり、宗門僧侶の存在意義すら消え果てる――。」
http://aoshiro634.blog.fc2.com/blog-entry-314.html



◆【芸者写真訴訟】
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/9590
◆【シアトル裁判】
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/9569
◆【御本尊模刻問題】
http://megalodon.jp/2013-1113-1817-08/www.kitabayashiyoshinori.com/writing/gyouan/017.html


「嘘は絶対につかない、言ったことは必ず実行する、ただ正直ということだけを、まあそれ以外に取り柄がないので、そのことを考えて御奉公させていただいてきた」(阿部日顕、日顕誕生祝賀会、1989年12月)

「信頼の基本は、うそを言わない、言ったことは必ず行うということ、要するに『正直』ということなのです」(阿部日顕、教師指導会、1996年8月)

「仏と申すは正直を本とす」(御書P.946)

「但(ただ)正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧なるべけれ」(御書P.1056)



★日蓮正宗設立の「大日蓮出版」が、「南無妙法蓮華経・商標登録」を学会が勝手にやった、とウソをつくのは何故ですか?
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/10084

★秋谷栄之助氏が脱会したというデマを流すのは何故ですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10171401520

★1951年(昭和26年)12月18日、戸田先生が宗務院の命により登山し、創価学会の宗教法人設立に際して三箇条遵守を約束した、とウソをつくのは何故ですか?

「学会が宗教法人となる事については法的の問題であり、何ら指示する様な意志はない」(細井庶務部長)
――本山から学会の宗教法人設立にあたって「指示」をしない、すなわち「条件」「前提」「約束」を付与するものではない。(昭和26年12月20日付『聖教新聞』に「要望」と明記)


【1951年(昭和26年)12月20日付『聖教新聞』より】
去る十二月十三日付で本山宗務院庶務部細井精道尊師より宗教法人設立について了承したい儀ありとの要請を受けたので、戸田会長病苦をおし、財務部長代理和泉美代夫人理事柏原ヤス氏之に随行して十八日午後二時宗務院へ登院した。本山より細井尊師及び早瀬尊師、野瀬尊師、落合尊師が御出席され会議が開かれた。
戸田会長は細井尊師の要請に応えて最初財団法人設立の計画が変更されて宗教法人設立に至るまでの経過報告がなされ、次に宗教法人設立に対する会長の決意がのべられた。即ち「我々の折伏活動が全国的活動となり、邪宗との決戦に至る時の大難を予想し、本山を守護し諸難を会長の一身に受けるの覚悟に外ならないということ。二つには将来の折伏活動の便宜の上から宗教法人でなければならない」の二点である。又会長はこの設立に対して本山よりさしつかえあるとの御ことばあれば、その指示に従うものであるとつけ加え、敬順な態度を以て臨んだのである。
之に対して細井庶務部長より
学会が宗教法人となる事については法的の問題であり、何ら指示する様な意志はないが、宗務院として

1、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること。
2、当山の教義を守ること。
3、三宝(仏・法・僧)を守ること。

右の三箇条を要望して登山要請の趣旨とした。
既報の如く学会が宗教法人となったことは、国家的に学会が一人格者としての取扱いをうけ、活動体としては大きな団体が生きた人間になったのである。学会は偉大な力を持った生き者となったのである。
又、戸田会長病苦をおしてこの要請に答えて登山されたという事は学会の前途に諸難あることを意味し、会長身命をささげて一大闘争に立っているとの兆である。




※【昭和26年12月20日付『聖教新聞』】
 

七面大明神の楠が 本門戒壇の大御本尊!

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)14時36分46秒
  無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)07時10分17秒
>『富士門家中見聞下』と『有師物語聴聞抄佳跡上』は完璧な文証じゃないスか。
>七面大明神に祈念し給ふ感応の至りか浮木出来せり、


通りすがりの法華講員や大月天は日蓮正宗の教義に反して我見を持ち込んだ。

七面大明神の(楠)が『本門戒壇の大御本尊』であるなら、其の場所は何処でどのようにして運んだのか?


通りすがりの法華講員
>とくに硬質の楠樹をえらんで、


通りすがりの法華講員
>阿仏房は佐渡から身延まで来られるだけの交通網がある中、身延に楠木を持ち運ぶことなど大したことではないよ。


 大月天
>樟(くすのき)の話などは、全く以って論外であり、其の様な事を未だ以って疑難する者共こそ、


 大月天
>とうぜんであるので、未来建立の本門戒壇のために、とくに硬質の楠樹をえらんで、


 

二枚舌 根拠のない自信

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)10時26分24秒
  >1間=約1.8mではなく

自分で言っていることに責任を持ちなさい。


>通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 1月12日(木)21時59分47秒
四つの辺のそれぞれが12間(21.816m)ある、大きな建物だったそうです。


君も  1.8m


>通りすがりの法華講員 投稿日:2017年 3月18日(土)21時51分50秒
草庵も弘安4年に倒壊し、10月に新たに10間四方(約18平方メートル)の堂が建立されています。


君も  1.8m


 

文段より

 投稿者:サワディー  投稿日:2017年 3月19日(日)08時37分10秒
編集済
  問う、弘安元年は正しく仏滅後二千二百二十七年に当たる。蓮祖何ぞ三十余年と云うや。答う、恐らくは深意有らんか。宗祖の云わく「今此の御本尊は寿量品に説き顕はし」等云々。然るに寿量品御説法の年より弘安元年に至るまで、正しく二千二百三十一年に当たるなり。
(観心本尊抄文段 上)

以上、参考まで

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

サムさん

 投稿者:サワディー  投稿日:2017年 3月19日(日)08時31分16秒
  日寛上人様の御指南を素直に拝せば、サムさんの質問とやらには回答する必要はありません。

日寛上人様の御指南を否定するには、論拠を示してください。サムさんの妄想ではダメです。

日寛上人様はどの御本尊様を書写の元としたのか、明確に示すとともに、論拠を示してくださいね。今のままでは、口から出まかせということで認定します。

 本門戒壇の本尊は応に是れ総体の本尊なるべし。是れ則ち一閻浮提の一切衆生の本尊なるが故なり。自余の本尊は応に是れ別体の本尊なるべし。是れ則ち面々各々の本尊なるが故なり 
(観心本尊抄文段)

 弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐の中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。 
(観心本尊抄文段)

 広宣流布の時至れば一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。其の処は皆是れ義理の戒壇なり。然りと雖も仍是れ枝流にして、是れ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ち是れ根源なり 
(法華取要抄文段)

 一器の水を一器に瀉すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり、未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇なり 
(寿量演説抄)

 百六箇に云わく「日興嫡々相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべし乃至何の在処たりとも多宝富士山本門寺と号すべし」云云。嫡々相承の曼荼羅とは本門戒壇の本尊の御事なり。故に御遺状に云わく「日興が身に宛て賜わる所の弘安二年の大本尊は、日目に之れを授与す。本門寺に掛け奉るべし」云云。故に百六箇の文意は本門戒壇所在の処を本門寺と号すべし云云。何んぞ上の文を隠して之れを引かざるや三是。 
(文底秘沈抄)

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

頭をこんがらがせてる河内のおっさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)07時59分27秒
編集済
  ※君の頭がこんがらがっているのだ。
〇それは君ね。
君のコメントに付き合うのも面倒くさいので、そろそろ真面目にいくぞ。
『庵室修復書』
「去文永十一年六月十七日に、この山のなかに、きをうちきりて、かりそめににあじちをつくりて候しが(中略)今年(建治三年)は十二のはしら四方にかふべをなげ、四方のかべは一そにたうれぬ」

・文永11年6月17日にかりそめの草庵を作っていただいたんだな。
・その草庵は建治3年に『十二の柱』が四方に傾いて、壁が一度に倒れたんだな。

君が提示した画像のHPで見てみようか。
君がいかに「日本語を読めていないか」よくわかるから。

【古代の建築物の表記法について】
http://www7b.biglobe.ne.jp/~s_minaga/k2001_1.htm
「平安期には現在の桁行○間・梁間○間の表記法とは違って、正面から見た身舎(もや)の柱間で建築規模を表記する。
例えば「1間四面堂」とは1間四方の身舎に四方に庇(ひさし)が廻る平面を持つ堂を言う。」

【お堂の大きさ】
http://tobifudo.jp/newmon/tatemono/odo.html
「現在では、1間=約1.8mと決められていますが、昔は文字通り、柱と柱の間のことで、間は長さを表す単位ではありませんでした。」
柱間は材料の扱いやすさから、3m位に設定されることが多かったようです。」

わかる?
いつか気づくと思ってたが、いつまでも気づかないし、自分の出した画像で示されていることを再確認せず思い込みで突っ走るので、提示してあげるな。

柱の数は12とあるので、間は11。1間=約1.8mではなく11の間という意味だから、間の長さは33m以上あるということ。
それを勘案すると「庵室は三〇坪で六〇畳ほどの広さ」だと宮崎英修著『日蓮とその弟子』では語られているわけ。

わかった?
自分が提示し抜き取った画像が載ってるHPで書かれている内容くらい、そのまま読んでくれ(呆)。
君が如何に日本語の文章を読めていないかわかったかい?
君、かなり恥ずかしいぞ(爆笑)
 

幼稚で馬鹿なサム殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)07時29分36秒
  ◯「富士一跡門徒存知の事」

一、聖人御在生の時・弟子六人を定むる事、弘安五年十月 日之を定む
  此の六人の内五人と日興一人と和合せざる由緒条条の事。
一、聖人の御例に順じ日興六人の弟子を定むる事。
一、聖人御影像の事。
一、聖人御書の事 付けたり十一ケ条
一、立正安国論一巻。
一、開目抄一巻、今開して上下と為す。
一、報恩抄一巻、今開して上下と為す。
一、撰時抄一巻、今開して上中下と為す。
一、下山抄一巻。
一、観心本尊抄一巻。
一、取要抄一巻。
一、四信五品抄一巻。法門不審の条条申すに付いての御返事なり仍つて彼の進状を奥に之を書く。
一、本尊問答抄一巻。
一、唱題目抄一巻。
一、本尊の事四箇条
 (重要:唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為す可しと即ち御自筆の本尊是なり)
一、本門寺を建つ可き在所の事。
一、王城の事。
一、日興集むる所の証文の事。
一、奏聞状の事。
一、追加八箇条。
????????????????????????????????????????????????????????????????????????????以上
(日興上人記「富士一跡門徒存知の事」御書1601頁、「富士一跡門徒存知事」富要集1巻51頁)

※此処でも、「楠板本尊」「戒壇本尊」を連想させる様な事物は見られません。
「楠板本尊」が、宗開両祖とは無関係な後世の模作である事は明らかなのです。


★大聖人の御本懐(弘安二年十月十二日建立の本門戒壇の大御本尊)を
唯授一人血脈相承の上から、
大聖人の御内証を所持された御立場から記された
「富士一跡門徒存知事」。


(⌒-⌒; )




 

河内のおっちゃん殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月19日(日)07時10分17秒
  >★あなたの作り話を真に受ける人はいないっしょ。


◯それがおりますねン。 アホが。

投稿者:法華講員A??投稿日:2016年11月 5日(土)00時14分31秒

『富士門家中見聞下』
「或る時日法御影を造り奉らんと欲す七面大明神に祈念し給ふ感応の至りか浮木出来せり、
此の木を以って戒壇院の本尊を造立し次に大聖の御影を造ること已上三躰なり、其の一躰は纏に三寸なり上行所伝抄の意なり、
大聖戒壇院の本尊を書し日法之を彫刻す今の板本尊是れなり」

『有師物語聴聞抄佳跡上』
「日因私に云く日法の伝精師家中抄下巻にあり(中略)蓮祖御存生の弘安二年に板本尊を彫し奉る本門戒壇の御本尊是なり、
又一体三寸の御影を刻り奉る」




★(⌒-⌒; ) アホはあんたや


『富士門家中見聞下』と『有師物語聴聞抄佳跡上』は

あなたが書いたものじゃないっしょ。

完璧な文証じゃないスか。

あなたの作り話は、↓

◯身延を見れば、そこに日蓮その他が居住、その傍らで2メートル近い原木から板本尊を制作が可能かどうか。
身延を見聞もしたことがない人間が推測、思い込みで創作したのでしょう。
創作伝承では板本尊は熱原法難を機縁として顕したと言う。
信徒が投獄され、拷問、斬首に至る悲惨な出来事であったわけで、ところが、この本尊、水分を含んだ原木から、
手にのる三寸の御影像を造った、日法はそれを袖に入れて日蓮の基に持参して見せ、にっこりと笑って允可したというわけです。
方や、信徒が拷問、斬首に遭っているとき、自分の像を見て笑っているという小話はあまりにも現実離れしている。
大明神という“神様に祈念して”楠の原木が浮かび上がったというのは、大石寺で言う「謗法」行為そのものでしょう。
このような作り話を真に受ける法華講員。


(⌒-⌒; )


 

こんなバカは見たことない

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)01時57分14秒
  >いきなり庇と身舎をこんがらがるの?

http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12737

君の頭がこんがらがっているのだ。

良く画像を見なさい。

どの画像にも   もや=母屋    庇=ひさし   と分けて書かれている。

もや=母屋 は生活する場所。

庇(廂、ひさし)は、日除けや雨除け用の屋根のこと。

 

河内のおっさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)01時37分24秒
編集済
  ※これはお前が書いたのだよな!
お前 バカじゃないの!
〇君のコメントに数字をいれただけだぞ(呆)。

※一間四面堂とは1間四方の『身舎』に庇(ひさし)が廻る四面をもつ堂をいう。
平面図で示せば下記のとおりである。
↑これ、君のコメント。
黄色のところが『身舎』なんだろ。
周りが庇なんだろ。
君、なんで、10間の際は、いきなり庇と身舎をこんがらがるの?

頼むから、自分の書いたことに責任持とうぜ。

どうしてそんなに頭が悪いのか!

親の顔が見たい。
 

サムさん 日本語読みなさいね。

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)01時35分26秒
編集済
  日本語をそのまま読め!



http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12550

①宗祖日蓮大聖人(1222-1282)
「(百六箇抄、御書869頁、富要宗1巻21頁)本抄のこの文章は、日亨上人が後加文としており、更に疑義ある文章としているものの、大聖人から日興上人へ弘安三年(1280年)正月の相伝とされている。それならば、この時、既に最重要の「戒壇本尊とされる楠板本尊」が建立されており、この事実を明記するのが普通であろう。」
※一線は引いているのです。この一線も日亨上人は甘く許容していますが、疑義を含んでいるのですよ。
何度も言います。日本語をそのまま読みなさい。
貴方の主張は「日亨上人が後加文としており、更に疑義ある文章としている」です。
日亨上人は具体的に
・義に於いて支吾なき所には一線を引き
・疑義ある所には二線を引いて 

と記されています。
はっきりと「疑義ある所には二線」と書いていますので、更に疑義ある文章などありませんし、疑義ある文章に一線も引いていません。
文章をそのまま読みなさい。
・日亨上人は「義において支吾なき」と書いています。疑義とは書いていません。
・貴方の言う通り相伝です。「日興嫡々相承の曼荼羅」と書いているでしょ。
・「普通であろう」は貴方の邪推・妄想・思い込みです。

②開山日興上人(1246-1333)
【御本尊七箇相承】
一、仏滅度後と書く可しと云ふ事如何、師の曰はく仏滅度後二千二百三十余年の間・一閻浮提の内・未曾有の大曼荼羅なりと遊ばさるゝ儘書写し奉るこそ御本尊書写にてはあらめ、之を略し奉る事大僻見不相伝の至極なり。
※文章が全く読めない人に何度説明しても無理なのですね。
日本語をそのまま読みなさい。読んでいないのは貴方。
そのまま読めばわかる文章を、何故現代語訳などと邪推・妄想・思い込みをするのですか?
この文章は「仏滅度後と書く可しと云うこと」について聞いている文章であり、その答えは「師曰はく~」になるのです。
どこにも「弘安二年の本門戒壇の大御本尊様の讃文は『仏滅度後二千二百三十余年』である」など書かれていません。
文章をそのまま読みなさい。

【本尊三度相伝】
大聖云はく既に諸仏の本意を覚り出離の大要を得る其れ実は妙法蓮華経なり、又云仏滅後二千二百三十余年の間一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり、朝に低頭合掌し夕に端坐して勤め奉り末法弘通の大導師を歎ず御本尊は竪に十界互具現前し横に三諦相続する事明白なり(大幅略)今此の本尊を紙上に顕はし之を拝する故に事なり本門なり」
※「又云仏滅後二千二百三十余年の間一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり」なのに、「楠板本尊」の仏滅年紀はどの様に記載されているのでしょうか。どこの御称も讃文も「弘安二年の本尊は本門戒壇の本尊」など書かれていないのです。
→上古の何処にも~
〇当たり前です。この御指南は「大聖云はく」と書かれている通り、大聖人様が仰ったことを記しているのですから。どこにも「弘安二年の本門戒壇の大御本尊様の讃文は『仏滅度後二千二百三十余年』である」など書かれていません。
日本語をそのまま読みなさい。

※相伝ならば、御文に残している筈だし
「筈だし」…もう邪推・妄想・思い込みはやめろと書いてるだろ!
日本語をそのまま読みなさい。

これらの御指南の題名は【御本尊七箇相承】【本尊三度相伝】であり、大聖人様が「御本尊様について仰ったこと」を記しているのです。
大聖人様が『相伝したものは何か』を記した御指南ではありません。 

③3世日道上人(1283-1341年)
※それこそ、日興上人や日道上人が「楠板本尊」を見聞しなかった証拠なのです。
〇書いてある通り仰っています。
師の曰はく仏滅度後二千二百三十余年の間(御本尊七箇相承)」「大聖云はく~又云仏滅後二千二百三十余年の間(本尊三度相伝)」と。
大聖人様の御書?何をいきなり言い出すの?コミュ障ですか?
文章をそのまま読みなさい。

※「富士一跡門徒存知の事」より日興上人が重要としていた事物を別掲しましょう。
此処にも、「楠板本尊」を連想させる、御文は無いのです。
『状』ね。頼むから日本語をそのまま読んでくれ(呆)
で、何で、その下にある「上の如く一同に此の本尊を忽緒し奉る」等を書かないの?
頼むから書いてることをそのまま読みなさい。

④三位房日順(重須二世学頭)
※私達が決めるのではなく、広宣流布の暁の時点で決める予定だったのでしょうね。
〇それを示した御抄をだしなさい。
邪推・妄想・思い込みはやめなさい。日本語をそのまま読みなさい。

『摧邪立正抄』
「日興上人(中略)法華本門の戒壇を建てんと欲し、本門の大漫荼羅を安置し奉つて当に南無妙法蓮華経と唱ふべしと」
※「本門の本尊」なる語句も「大漫荼羅」なる語句も大聖人は多く述べておられますが、「本門戒壇の大御本尊」なる名称は無いのです。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
貴方が邪推・妄想・思い込みで疑っているだけです。 文章をそのまま読みなさい。 

⑤妙蓮寺5世日眼師
※何を話をそらしているのですか。
〇話をそらしたのは貴方ね。

⑥日蓮大聖人の御影、御下し文、園城寺申状について
※時代も読めないのですね。
「素人による時代検証」なんでしょ。つまり「貴方の邪推・妄想・思い込み」ですね。貴方の読解は間違っています。合っているというなら根拠を示しなさい。歴代御法主上人猊下様のどなたが貴方と同じ読解をしていますか?要は貴方が邪推・妄想・思い込みで読んでいるだけです。
文章をそのまま読みなさい。
「邪推・妄想・思い込み」は十四誹謗ですので、やめなさい。

⑦26世日寛上人(1665-1726)
「妙法曼陀羅供養見聞筆記」
※読めないのですか。「弘安二年より三十余年なり」現代訳が出来なければ貴方の負けですよ。
目をかっぼじって、書いてあることをそのまま読みなさい。

『妙法曼陀羅供養見聞筆記』
一、仏滅後・二千二百二十余年文。
問う、御本尊に或は「二千二百二十余年」とあり、或は「二千二百三十余年」とあり。また御書にもこの両説あり。啓蒙二十巻終に具にこれを挙ぐるなり。この両説の相違は如何。
答う、彼の啓蒙の意に云く、諸御書の「三十」は一点の誤りにて、実には「二十余年」なるべし。御本尊の「三十余年」は、『御本意の極を定規』として遊ばすなるべし。弘安五年まで二千二百三十一年なりと云云。(中略) 仏、神力品を説いて上行菩薩に付嘱したまうことは、穆王の治五十年己巳年、仏の御歳七十七の時なり。これによって取れば、弘安元年戊寅まで二千二百三十余年なり。弘安二年より三十余年なり。御本尊を遊ばすに付いて佐渡已後の義あり。また一機一縁の為、或は随他意に約す等の事あり。具には本尊抄の記に云云。
ほんといい加減にしなさいね。

■日興上人
※後世の別称ですよ。
〇後世の別称なんでしょ。当時は当時の呼び名があったんですよね。 
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
いい加減にしなさいね。

■日目上人
『元弘三年十一月 御申状』
「所謂、法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり、之れを信敬せらるれぱ天下の安全を致し国中の逆徒を鎮めん」(富要集8巻337頁)
※三大秘法の内容を「法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり」と説明しているのです。
〇法華本門の本尊=日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊=本門戒壇の大御本尊ね。他にあるなら提示しなさい。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。

■日道上人
『三師御伝土代』
「その時大聖人御感有て日興上人と御本尊に遊ばす」(富要集5巻8頁)
〇あ、そうなんですね。こりゃ失礼。わざとだけど。。。
『聖人等御返事』読んでね。
神四郎・弥五郎・弥六郎の3人の兄弟が処刑された日が4月8日というのは1説にしかすぎません。不確定情報を恰も真のように言わないこと。
邪推・妄想・思い込みはやめなさいね。

■日行上人
『暦応五年三月 御申状』
「法華本門の肝要妙法蓮華経の五字並に本門の大曼荼羅と戒壇とを今の時弘むべき時尅なり」(富要集8巻340-1頁)
※この文証も三大秘法の事であり、やはり、読解力不足で理解できないのですね。
※日行上人も三大秘法の弘教を述べているのです。
〇本門の大曼荼羅=日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊=本門戒壇の大御本尊ね。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
大石寺歴代管主が他の御本尊を提示された御指南があれば提示なさい。古来より大石寺において本門の大曼荼羅は本門戒壇の大御本尊様(楠の大曼荼羅)を言います。


1.ネットオークションで出品された大聖人様真筆(だろう)曼荼羅が、貴方が示す「日蓮聖人大曼荼羅一覧」に無かった場合、貴方はその学会の購入物を信仰することができますか?
※貴方は宗門に隷属する信徒さんであって、大聖人の弟子ではないのだから、大聖人の御真筆御本尊が、不敬されても無関心なのですよね。
えー!?創価学会仏は買うんだー!! 
不敬されてるって、オークションで買う事も十分不敬だろ(爆笑) 
大聖人様の弟子だと思えば買いませんよ。大聖人様の御魂を何のために買うの?ただの謗法です。
創価学会は大聖人様にいくらの値段をつけるの?何円ですか?

2.また、創価学会がネットオークションで大聖人様真筆曼荼羅を「買った」場合、
貴方はその『購入物』を「大聖人様が『日蓮が魂を墨に染め流して書かれた』御本尊様『一閻浮提総与の御本尊』」として信仰することができますか?
※大聖人は、御自筆御本尊に優劣など付けていませんよ。
〇「本尊とは優れたるを用いるべし」
大聖人様の御魂です。貴方、大聖人様を買うんだ!!?? 
創価学会でない『他宗の本尊』をネットオークションで買うんでしょ?何を言ってるの貴方?
大聖人様は「本尊とは優れたるを用いるべし」と仰せですが、どこに「他宗の本尊に対して」と書かれていますか?
アホなこと言っちゃいかんよ(爆笑)

3.購入物ですので値段がついています。学会と日蓮宗が決めた値段以上の価値はありません。
貴方は『本尊の値段(価値)はいくら』だと思っていますか? 学会が何円で買ったら貴方は『一閻浮提総与の御本尊』として認めることができますか? その値段はその他の創価学会員にとっては価値ある値段ですか?
100万だったら信仰の対象にできますか?10万だったら?1000万ですか?1億でしょうか?
貴方が信仰する対象は1億で買える品物かもしれませんし、10万かもしれません。そしてその対象は10万の価値で一切衆生を救済するという代物かもしれません。
そして、それを信仰する貴方の値段も、学会の購入額で決まるわけですね。
※貴方は大聖人を侮蔑しているのですか。 ならば、「楠板本尊」は幾らだったのでしょうか。
頭破れた?買わないといってるのに値段聞いてどうすんの? 
なぜ大聖人様御自身を買うの?
貴方が書いたんですよ「1億以上」って。何逃げてるの?創価学会にとって大聖人様は何円なの?
御本尊様は「世法」!?「美術品」!?
「喜ばれる」???御本尊様は「粗品」ではありません。


貴方の邪推・妄想・思い込みを説明しているのでしょ。
貴方には一言だけです。

日本語の文章をきちんと読みなさい。

それ以上も以下もありません。
以下4つです。
・邪推・妄想・思い込みを捨て、経文・御抄・師伝を『書いてあるままそのまま』読みなさい
・「~に違いない」「~のはずだ」「~と推考する」「~と推察する」など、邪推・妄想・思い込みを述べるのはやめなさい。
・書いていないことを『書いている』というのはやめなさい。
・文章の前後を無視して切り抜きをするのはやめなさい。

それと、オークションで購入する貴方に聞きます。
・創価学会が「謗法」と言ってる宗教団体から借りてる曼荼羅を拝むと創価学会員はどんな功徳があるの?
・謗法からいただける功徳ってなに?
・それを示した大聖人様真筆の御抄はどれ

http://

 

(無題)

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)01時29分7秒
  >『庵室修復書』
>「去文永十一年……今年(建治三年)は十二のはしら四方にかふべをなげ」

>10月に新たに10間四方(約18平方メートル)の堂が建立されています。


これはお前が書いたのだよな!
お前 バカじゃないの!


 

河内のおっさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)01時24分4秒
  ※一間四面堂とは1間四方の『身舎』に庇(ひさし)が廻る四面をもつ堂をいう。
平面図で示せば下記のとおりである。
↑これ、君のコメント。
黄色のところが『身舎』なんだろ。
周りが庇なんだろ。
君、なんで、10間の際は、いきなり庇と身舎をこんがらがるの?

頼むから、自分の書いたことに責任持とうぜ。

どうしてそんなに頭が悪いのか!

親の顔が見たい。
 

アホはうらやましい

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月19日(日)01時04分28秒
  君の画像は文永十一年の草庵 十二のはしら  柱の数を数えなさい。

どうしてそんなに頭が悪いのか!

親の顔が見たい。

 

また文が読めていない河内のおっさんくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)00時39分25秒
編集済
  なるほど。君の主張を採用して考えてみようね(笑)

※一間四面堂とは1間四方の『身舎』に庇(ひさし)が廻る四面をもつ堂をいう。
平面図で示せば下記のとおりである。
※「七間四面」は、間口の柱間が7つ(柱の本数は8本)の『身舎』の前後左右(四面)に庇のある建物。
梁間(奥行)の柱間は通常2間に決まっている。

1間=1.818mね。
君の書いてある通りだと、1間四方とは1.818m四方ね。つまり1間四面堂とは1.818m四方の『身舎』に庇(ひさし)が廻る四面をもつ堂をいう。
君の書いた通り、そのまま、10間四面堂にあてはめましょう。
10間四面堂とは10間(1.818m×10=18.18m)四方の『身舎』に庇(ひさし)が廻る四面を持つ堂をいう。
10間四面堂とは、間口の柱間が10柱(柱の本数は11本)の『身舎』の前後左右(四面)に庇がある建物。
『身舎』は君が提示した図だと内側の黄色の部分なんだよね。
どんだけでっかい建物なんだよ(爆笑)

梁間(奥行)の柱間は通常2間に決まっている。
君、片方で「前後左右(四面)」といい、片方で「梁間(奥行)の柱間は通常2間」と言ってるけどどっち?

わかったかな?
自分で書いたことくらいきちんと検証して書きなさいよ。
君たちの笑いに付き合ってる暇はないんだよ。頼むから、まともに文章を読んでくれ。
アホはみっともないぞ(呆)。

http://

 

サムさん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月19日(日)00時20分3秒
編集済
  ※日興上人が重要としていた事物
〇また聞いてることに答えていない。
 大聖人様が日興上人に相伝したリストを出しなさい。
 貴方はわかるんでしょ?
 そのリストに「楠板御本尊」はないんでしょ?
 だからリストをだしましょう。

追記
※此の旨を守つて一同に興行せしむべきの
『状』ね。
ほんとにいい加減にしようね。
きちんと文章読めよ(呆)

で、何で、その下にある「上の如く一同に此の本尊を忽緒し奉る」等を書かないの?
頼むから書いてることをそのまま読みなさい。

http://

 

「富士一跡門徒存知の事」より

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月19日(日)00時02分37秒
編集済
  「富士一跡門徒存知の事」より日興上人が重要としていた事物


先ず日蓮聖人の本意は法華本門に於ては曾つて異義有るべからざるの処、其の整足の弟子等忽に異趣を起して法門改変す況や末学等に於ては面面異轍を生ぜり、故に日興の門葉に於ては此の旨を守つて一同に興行せしむべきの状・仍つて之を録す。

一、聖人御在生の時・弟子六人を定むる事、弘安五年十月 日之を定む
  此の六人の内五人と日興一人と和合せざる由緒条条の事。
一、聖人の御例に順じ日興六人の弟子を定むる事。
一、聖人御影像の事。
一、聖人御書の事 付けたり十一ケ条
一、立正安国論一巻。
一、開目抄一巻、今開して上下と為す。
一、報恩抄一巻、今開して上下と為す。
一、撰時抄一巻、今開して上中下と為す。
一、下山抄一巻。
一、観心本尊抄一巻。
一、取要抄一巻。
一、四信五品抄一巻。法門不審の条条申すに付いての御返事なり仍つて彼の進状を奥に之を書く。
一、本尊問答抄一巻。
一、唱題目抄一巻。
一、本尊の事四箇条
 (重要:唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為す可しと即ち御自筆の本尊是なり)
一、本門寺を建つ可き在所の事。
一、王城の事。
一、日興集むる所の証文の事。
一、奏聞状の事。
一、追加八箇条。
                                                                            以上
(日興上人記「富士一跡門徒存知の事」御書1601頁、「富士一跡門徒存知事」富要集1巻51頁)

※此処でも、「楠板本尊」「戒壇本尊」を連想させる様な事物は見られません。
「楠板本尊」が、宗開両祖とは無関係な後世の模作である事は明らかなのです。


 

RE:★あなたの作り話を真に受ける人はいないスよ。

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)23時36分59秒
  それがおりますねン。 アホが。


投稿者:法華講員A  投稿日:2016年11月 5日(土)00時14分31秒

『富士門家中見聞下』
「或る時日法御影を造り奉らんと欲す七面大明神に祈念し給ふ感応の至りか浮木出来せり、
此の木を以って戒壇院の本尊を造立し次に大聖の御影を造ること已上三躰なり、其の一躰は纏に三寸なり上行所伝抄の意なり、
大聖戒壇院の本尊を書し日法之を彫刻す今の板本尊是れなり」

『有師物語聴聞抄佳跡上』
「日因私に云く日法の伝精師家中抄下巻にあり(中略)蓮祖御存生の弘安二年に板本尊を彫し奉る本門戒壇の御本尊是なり、
又一体三寸の御影を刻り奉る」

→『蓮祖御存生の弘安二年に板本尊を彫し奉る本門戒壇の御本尊是なり』
もう「本門戒壇の大御本尊様は後世の模索」はやめなさいね。


 

RE:★あなたの作り話を真に受ける人はいないスよ。

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)23時30分23秒
  通りすがりの法華講員
>「日法右板本尊並に此像を作り奉り称美の為に有職を彫尅阿闍梨と賜ふ、又此御影像日法作る所に相違無きの条自筆の手形一通之有り」



 

組織に騙されている会員各位殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月18日(土)23時24分32秒
  ★今年の大石寺も桜花爛漫


(⌒-⌒; )
 

通りすがりよ

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)23時22分59秒
  アホはみっともないぞ(笑)。

庇(廂、ひさし)は、家屋の開口部(窓、出入口)の上に取り付けられる日除けや雨除け用の小型の屋根のこと。


弘安4年(1281)には10間四面の堂宇が完成した。

10間四面 = 36 ㎡ = 10.89 坪   10畳二間

  
 

河内のおっちゃん殿

 投稿者:無名★  投稿日:2017年 3月18日(土)23時21分56秒
  (⌒-⌒; )

◯一本槍に終始しているが、これは日有彫刻癩病説を逃れんが為の苦しい対抗策に他ならない。

日法が大明神に祈念し楠木が浮かんだ。

それをひろって、日法が「蓮祖御存生ノ弘安二年板本尊ヲ彫刻シ奉ル。本門戒壇ノ御本尊是ナリ」とおとぎ話を書いている。

この御書をもとに日蓮正宗では浮かんだ楠を、たたみ2畳の草庵で板本尊や祖師像を彫んだというのである。

直径60センチ、長さ2メートルの原木が水に浸かっており、11月頃の雪積もる身延の草庵までクレーンで運ぶことも困難。

楠を乾かすだけでも数年も掛かり、さらに彫刻、漆ぬりをすれば、数年単位となる。

たたみ2畳の草庵を見れば、そこに日蓮その他が居住、その傍らで2メートル近い原木から板本尊を制作が可能かどうか。

身延を見聞もしたことがない人間が推測、思い込みで創作したのでしょう。

創作伝承では板本尊は熱原法難を機縁として顕したと言う。

信徒が投獄され、拷問、斬首に至る悲惨な出来事であったわけで、ところが、この本尊、水分を含んだ原木から、

手にのる三寸の御影像を造った、日法はそれを袖に入れて日蓮の基に持参して見せ、にっこりと笑って允可したというわけです。

方や、信徒が拷問、斬首に遭っているとき、自分の像を見て笑っているという小話はあまりにも現実離れしている。

大明神という“神様に祈念して”楠の原木が浮かび上がったというのは、大石寺で言う「謗法」行為そのものでしょう。

このような作り話を真に受ける法華講員。



★あなたの作り話を真に受ける人はいないスよ。


m(_ _)m

 

通りすがりよ

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)23時10分12秒
  アホはみっともないぞ(笑)。

 

お待たせしました

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月18日(土)23時07分18秒
  通りすがりの法華講員さん


http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12550
①宗祖日蓮大聖人(1222-1282)
「(百六箇抄、御書869頁、富要宗1巻21頁)本抄のこの文章は、日亨上人が後加文としており、更に疑義ある文章としているものの、大聖人から日興上人へ弘安三年(1280年)正月の相伝とされている。それならば、この時、既に最重要の「戒壇本尊とされる楠板本尊」が建立されており、この事実を明記するのが普通であろう。」
※一線は引いているのです。
 →疑義を含んでいるのですよ。
>ですので、引いていません。
貴方の主張は「日亨上人が後加文としており、更に疑義ある文章としている」です。
日亨上人は具体的に
・義に於いて支吾なき所には一線を引き
・疑義ある所には二線を引いて
と記されています。
はっきりと「疑義ある所には二線」と書いていますので、更に疑義ある文章などありませんし、疑義ある文章に一線も引いていません。
文章をそのまま読みなさい。
・日亨上人は「義において支吾なき」と書いています。疑義とは書いていません。
・貴方の言う通り相伝です。「日興嫡々相承の曼荼羅」と書いているでしょ。
・「普通であろう」は貴方の邪推・妄想・思い込みです。
〇又、私の発言文章は掲載しないのですね。貴方は無知なのか敢えて無知を装っているのか。
情けないですね。
もう一度書きます。
◎一線は引いているのです。そして、貴方は、日亨上人の「義において支吾なき」を根拠にしていますが、この一線も日亨上人は甘く許容していますが、疑義を含んでいるのですよ。
「又五人並に已下の諸僧等」は誰の事を云っているのでしょうか。
後加文を加筆したのは誰かを考慮した時、既に日興門下は五老僧とは断絶しているのであり、此れをもし、大聖人御在世時の六老僧和合の時代と設定している事自体、あり得ない事なのです。つまり、和合時代を装っている後加文と事実との間に乖離があるのです。(恐らく加筆者は、日興上人の「本六」を念頭に置いた文章だったのでしょうね。だからこれが後加文の証明になるのです。)
そして、日尊系に相伝された本抄だからこそ、「日興嫡々相承の曼荼羅」は、決して「楠板本尊」の事を述べていないのは明らかなのです。


②開山日興上人(1246-1333)
【御本尊七箇相承】
一、仏滅度後と書く可しと云ふ事如何、師の曰はく仏滅度後二千二百三十余年の間・一閻浮提の内・未曾有の大曼荼羅なりと遊ばさるゝ儘書写し奉るこそ御本尊書写にてはあらめ、之を略し奉る事大僻見不相伝の至極なり。
※また、私の回答を削除して、貴方の意見のみの提示ですか。
>日本語をそのまま読みなさい。
そのまま読めばわかる文章を、何故現代語訳などと邪推・妄想・思い込みをするのですか?
この文章は「仏滅度後と書く可しと云うこと」について聞いている文章であり、その答えは「師曰はく~」になるのです。
どこにも「弘安二年の本門戒壇の大御本尊様の讃文は『仏滅度後二千二百三十余年』である」など書かれていません。
文章をそのまま読みなさい。
〇又、私の文章は削除ですか。
文章が全く読めない人に何度説明しても無理なのですね。
でも貴方以外の法華講員さんに理解して頂く様に、噛んで含める様に書きますと、
『大聖人が「仏滅度後二千二百三十余年の間・一閻浮提の内・未曾有の大曼荼羅なり」と書かれたままに書写し奉ることこそ御本尊の書写なのです、之を略される事は、大僻見(偏見)であり不相伝(相伝していないこと)の至極(きわめて道理に適っていること)です。』
と、日興上人が御指南され、此処に「楠板本尊」の「二十余年」は念頭に無いのです。
「楠板本尊」が当時存在しなかった証拠なのです。

【本尊三度相伝】
大聖云はく既に諸仏の本意を覚り出離の大要を得る其れ実は妙法蓮華経なり、又云仏滅後二千二百三十余年の間一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり、朝に低頭合掌し夕に端坐して勤め奉り末法弘通の大導師を歎ず御本尊は竪に十界互具現前し横に三諦相続する事明白なり(大幅略)今此の本尊を紙上に顕はし之を拝する故に事なり本門なり」
※「又云仏滅後二千二百三十余年の間一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり」なのに、「楠板本尊」の仏滅年紀はどの様に記載されているのでしょうか。どこの御称も讃文も「弘安二年の本尊は本門戒壇の本尊」など書かれていないのです。
>当たり前です。この御指南は「大聖云はく」と書かれている通り、大聖人様が仰ったことを記しているのですから。どこにも「弘安二年の本門戒壇の大御本尊様の讃文は『仏滅度後二千二百三十余年』である」など書かれていません。
〇上古の何処にも①大聖人が②弘安二年十月に③「楠板本尊」を御図顕され④「本門の戒壇本尊」と称され⑤一閻浮提への総与で一機一縁の本尊と区別し⑥広宣流布の暁まで秘すべし、と書かれていないのです。

※だから、「楠板本尊」は、後世の模作か、不要なのですよ。
>日本語をそのまま読みなさい。これらの御指南の題名は【御本尊七箇相承】【本尊三度相伝】であり、大聖人様が「御本尊様について仰ったこと」を記しているのです。
大聖人様が『相伝したものは何か』を記した御指南ではありません。
何が記されているかを仰っているのに、突然議題と関係のない「日興上人に相伝したものは〇〇と〇〇だ」と話すわけないでしょ。
貴方、以前医療系と仰ってたと記憶していますが、患者に手術の説明をしている中で「あの病院の患者そのうち亡くなるんだよねー」とか手術と無関係なことを患者に言いますか?言いませんよね。同じです。
大聖人様がここで述べてないのはおかしいと思うのは、貴方がコミュニケーション能力ゼロで、邪推・妄想・思い込みで脳乱している証です。
貴方は人とコミュニケーションが全く取れませんね。だから話が議題から逸れてコロコロ変わるんですよ。
〇相伝ならば、御文に残している筈だし、200kgもある「楠板本尊」ならば、五老僧や日興上人の「本六・新六」のお弟子方も、何処かで、証拠を残す筈ですが、全く残ってないのです。こんな不思議な事があるでしょうか。


③3世日道上人(1283-1341年)
※大聖人の御書には「三十余年」「二十余年」の両用があり、日興上人や日道上人が仰せの「三十余年」とは決め付けていないのです。
>書いてある通り仰っています。
「師の曰はく仏滅度後二千二百三十余年の間(御本尊七箇相承)」「大聖云はく~又云仏滅後二千二百三十余年の間(本尊三度相伝)」と。
大聖人様の御書?何をいきなり言い出すの?コミュ障ですか?
文章をそのまま読みなさい。
〇それこそ、日興上人や日道上人が「楠板本尊」を見聞しなかった証拠なのです。


※そもそも「楠板本尊」を連想させる「本門戒壇の大御本尊」との御抄・御文は無いのです。
>当たり前です。「秘すべし」です。大聖人様が日興上人様へ何を相伝されたのかはお二人にしかわかりません。
貴方、日興上人が大聖人様から何を相伝したか列記できるのですか?
では、貴方が「大聖人様が日興上人様へ相伝されたのは何と何」と全て列記し、その根拠を示しなさい。
〇「富士一跡門徒存知の事」より日興上人が重要としていた事物を別掲しましょう。
此処にも、「楠板本尊」を連想させる、御文は無いのです。


④三位房日順(重須二世学頭)
※三大秘法を述べる以上、概念として「本門の戒壇で安置される本尊」はあるのですが
>それを本門戒壇の大御本尊様と言います。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
〇文意が読めなくて、私の文章を削除ですか。卑怯其のものですよ。
※日興上人が定めた8幅の「大聖人御真筆御本尊」のどれかに該当し
>では8幅のどれですか?どれかをここに示し根拠を述べなさい。
〇私達が決めるのではなく、広宣流布の暁の時点で決める予定だったのでしょうね。

『摧邪立正抄』
「日興上人(中略)法華本門の戒壇を建てんと欲し、本門の大漫荼羅を安置し奉つて当に南無妙法蓮華経と唱ふべしと」
※多くの人が大聖人直造では無いと疑っているのです。
>貴方が邪推・妄想・思い込みで疑っているだけです。 文章をそのまま読みなさい。
歴代御法主上人猊下様が、貴方のいう「楠板本尊」以外に「これが本門戒壇の大御本尊様」と仰ったことはありません。貴方も疑うだけで何か提示できないんでしょ。
〇「本門の本尊」なる語句も「大漫荼羅」なる語句も大聖人は多く述べておられますが、「本門戒壇の大御本尊」なる名称は無いのです。


⑤妙蓮寺5世日眼師
※やはり、読解力不足で理解できないのですね。
>書いてある通りです。
戒壇様は【生身の大聖人様】です。
貴方はできるんでしょ。なら炭素法でお孫さんを鑑定なさい。
〇何を話をそらしているのですか。
日眼師のいう、「三十余年と在る文永十一年の比よりの御筆の曼陀羅、猶以て肝心也」の文永11年頃の本尊とは、文永11年12月図顕の「万年救護本尊」を指し、この時点でも「楠板本尊」の影は見えないのです。文章を素直に読めないのは貴方なのです。


⑥日蓮大聖人の御影、御下し文、園城寺申状について
※素人による時代検証ですよ。
※やはり、読解力不足で理解できないのですね。
>「素人による時代検証」=「貴方の邪推・妄想・思い込み」ですね。貴方の読解は間違っています。合っているというなら根拠を示しなさい。歴代御法主上人猊下様のどなたが貴方と同じ読解をしていますか?要は貴方が邪推・妄想・思い込みで読んでいるだけです。
文章をそのまま読みなさい。
「邪推・妄想・思い込み」は十四誹謗ですので、やめなさい。
〇時代も読めないのですね。堀日亨上人は、微妙な立場なので、言い切りませんでしたが、言外に仄めかしているのです。 でも現在では、宗門を世界宗教にするか、まやかしインチキ宗教となるかは、これからなのですよ。
もはや、科学鑑定は必須になっていく事でしょうね。 もう逃げられませんでしょう。


⑦26世日寛上人(1665-1726)
「妙法曼陀羅供養見聞筆記」
目をかっぼじって、書いてあることをそのまま読みなさい。
『妙法曼陀羅供養見聞筆記』
一、仏滅後・二千二百二十余年文。
問う、御本尊に或は「二千二百二十余年」とあり、或は「二千二百三十余年」とあり。また御書にもこの両説あり。啓蒙二十巻終に具にこれを挙ぐるなり。この両説の相違は如何。
答う、彼の啓蒙の意に云く、諸御書の「三十」は一点の誤りにて、実には「二十余年」なるべし。御本尊の「三十余年」は、『御本意の極を定規』として遊ばすなるべし。弘安五年まで二千二百三十一年なりと云云。(中略) 仏、神力品を説いて上行菩薩に付嘱したまうことは、穆王の治五十年己巳年、仏の御歳七十七の時なり。これによって取れば、弘安元年戊寅まで二千二百三十余年なり。弘安二年より三十余年なり。御本尊を遊ばすに付いて佐渡已後の義あり。また一機一縁の為、或は随他意に約す等の事あり。具には本尊抄の記に云云。
ほんといい加減にしなさいね。
※どうぞ「本尊抄の記に云云」まで、現代訳してみてください。
>こんな文も邪推・妄想・思い込みで読めないんですか?
現代語訳の必要ありますか?「具には本尊抄の記に云云」ですのでそのまま読めばわかるはずですが。
「御本尊の三十余年は、『御本意の極を定規』として遊ばすなるべし。弘安五年まで二千二百三十一年なりと云云。」「御本尊を遊ばすに付いて佐渡已後の義あり。また一機一縁の為、或は随他意に約す等の事あり」と御本尊様について具体的にご指南されています。
文章をそのまま読みなさい。
〇読めないのですか。「弘安二年より三十余年なり」現代訳が出来なければ貴方の負けですよ。


■日興上人
※「弘安二年の大御本尊」「本門の大曼荼羅」「本門戒壇の本尊」までは、「楠板本尊」でなくても称する事がありますが、「三大秘法総在の本尊」「戒壇様」について、宗開両祖の文証をお示しください。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
貴方はアホか?貴方が「別称があるのか」と聞いたので答えましたが。
〇後世の別称ですよ。宗開両祖は全く関知していないのです。


■日目上人
『元弘三年十一月 御申状』
「所謂、法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり、之れを信敬せらるれぱ天下の安全を致し国中の逆徒を鎮めん」(富要集8巻337頁)
※前文に「倩ら微管を傾け聊か経文を被きたるに仏滅後二千年の間正像末の三時流通の程、迦葉竜樹天台伝教の残したまふところの秘法三あり」とあります。
やはり、読解力不足で理解できないのですね。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
貴方はアホか?『所謂』と書いていますよ。
〇文字も読めない貴方には、理解は不可能なのですね。
『所謂』は「いわゆる」と読み、「つまり」と同意なのです。
前文の次に、「所謂」と述べて、三大秘法の内容を「法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり」と説明しているのです。


■日道上人
『三師御伝土代』
「その時大聖人御感有て日興上人と御本尊に遊ばす」(富要集5巻8頁)
※前文に「さて熱原の法華宗二人は頚を切れ畢」とありますが、神四郎ら三人が首を斬られたのは、弘安三年四月八日であり、「楠板本尊」の年月とは違っているのです。
>日本語読めていますか?「熱原の法華二人」です。神四郎ら『三人』って数が違ってるでしょ。もういい加減になさいね。日本語をきちんと読みなさい。
〇本当に情けない人ですね。
この前文の間違いについて、堀日亨上人は「二は三の誤りなり」と注釈をつけているのです。「熱原の法華二人」ではなくて「熱原の法華三人」が正しいのです。


■日行上人
『暦応五年三月 御申状』
「法華本門の肝要妙法蓮華経の五字並に本門の大曼荼羅と戒壇とを今の時弘むべき時尅なり」(富要集8巻340-1頁)
※この文証も三大秘法の事であり、やはり、読解力不足で理解できないのですね。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12585
〇日行上人も三大秘法の弘教を述べているのです。


1.ネットオークションで出品された大聖人様真筆(だろう)曼荼羅が、貴方が示す「日蓮聖人大曼荼羅一覧」に無かった場合、貴方はその学会の購入物を信仰することができますか?
※何処が謗法ですか。
私の主張を削除するという事は、やはり、読解力不足で理解できないからのですね。
>えー!?創価学会仏は買うんだー!!
大聖人様の弟子だと思えば買いませんよ。大聖人様の御魂を何のために買うの?ただの謗法です。
創価学会は大聖人様にいくらの値段をつけるの?何円ですか?
〇貴方は宗門に隷属する信徒さんであって、大聖人の弟子ではないのだから、大聖人の御真筆御本尊が、不敬されても無関心なのですよね。


2.また、創価学会がネットオークションで大聖人様真筆曼荼羅を「買った」場合、
貴方はその『購入物』を「大聖人様が『日蓮が魂を墨に染め流して書かれた』御本尊様『一閻浮提総与の御本尊』」として信仰することができますか?
※大聖人が「優れたるを用いるべし」と仰せなのは、他宗の本尊に対してなのであって、大聖人の御本尊自体に優劣はないのです。そんな文証も無いのですよ。
何を血迷っているのですか、大聖人の御本尊ですよ。
>大聖人様の御魂です。貴方、大聖人様を買うんだ!!??
創価学会でない『他宗の本尊』をネットオークションで買うんでしょ?何を言ってるの貴方?
大聖人様は「本尊とは優れたるを用いるべし」と仰せですが、どこに「他宗の本尊に対して」と書かれていますか?
アホなこと言っちゃいかんよ(爆笑)
〇大聖人は、御自筆御本尊に優劣など付けていませんよ。
貴方は、「本尊とは優れたるを用いるべし」の前後の文証を提示すべきですよ。
此れは本尊問答抄の文で「天台宗は法華経を本尊とし、他宗は仏像を本尊としている事に異義を立てているのです。大聖人の御自筆御本尊に対して述べているのではないのです。


3.購入物ですので値段がついています。学会と日蓮宗が決めた値段以上の価値はありません。
貴方は『本尊の値段(価値)はいくら』だと思っていますか? 学会が何円で買ったら貴方は『一閻浮提総与の御本尊』として認めることができますか? その値段はその他の創価学会員にとっては価値ある値段ですか?
100万だったら信仰の対象にできますか?10万だったら?1000万ですか?1億でしょうか?
貴方が信仰する対象は1億で買える品物かもしれませんし、10万かもしれません。そしてその対象は10万の価値で一切衆生を救済するという代物かもしれません。
そして、それを信仰する貴方の値段も、学会の購入額で決まるわけですね。
※物の値段は、需要と供給のバランスの上で決定するのですが、創価学会にはあまり高価な買い物にして欲しくないですね。おそらく1億円以上の評価になるでしょうね。
貴方も私も現在社会に生活しているのですよ。不動産も美術品も、物々交換ではありえず、金銭が介在するのです。貴方なら、大聖人の弟子として、こんな場合は、どの様に考えますか。
貴方は逃げの言葉ですね。大聖人の弟子ならば、こんな場合、どの様に考えますか、と聞いているのです。
製作者・制作年月日不明なのに大聖人直造と偽装した「楠板本尊」と「大聖人御自身の御真筆本尊」を比較して、大聖人はどちらの本尊への信仰を喜ばれるでしょうか。
>だから買いませんと言っています。なぜ大聖人様御自身を買うの?
貴方が書いたんですよ「1億以上」って。何逃げてるの?創価学会にとって大聖人様は何円なの?
御本尊様は「世法」!?「美術品」!?
「喜ばれる」???御本尊様は「粗品」ではありません。
〇貴方は大聖人を侮蔑しているのですか。 ならば、「楠板本尊」は幾らだったのでしょうか。


※文証を示して説明しているのに、やはり、理解できないのですね。
>貴方の邪推・妄想・思い込みを説明しているのでしょ。
貴方には一言だけです。
日本語の文章をきちんと読みなさい。
それ以上も以下もありません。
以下4つです。
・邪推・妄想・思い込みを捨て、経文・御抄・師伝を『書いてあるままそのまま』読みなさい
・「~に違いない」「~のはずだ」「~と推考する」「~と推察する」など、邪推・妄想・思い込みを述べるのはやめなさい。
・書いていないことを『書いている』というのはやめなさい。
・文章の前後を無視して切り抜きをするのはやめなさい。
〇成り済ましの上手な貴方の日本語の程度を次回列記しましょう。


 

通りすがりの法華講へ  破折済み

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)23時02分51秒
  君は身舎(もや)と、庇(ひさし)それと、梁間(奥行)を理解していない。

「七間四面」は、間口の柱間が7つ(柱の本数は8本)の身舎の前後左右(四面)に庇のある建物。

梁間(奥行)の柱間は通常2間に決まっている。


http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/12107


 

御自身で考えるべきです

 投稿者:サム  投稿日:2017年 3月18日(土)22時23分14秒
編集済
  サワディーさん


※貴方は日寛上人の御書写本尊の書写元について、御心配して頂いたいますが、候補が多すぎて解らないのです。貴方も考えてください。
それに日顕氏の多数の書写本尊と日如氏の書写本尊が、「楠板本尊」の御相貌、讃文とどう違うのか、列記して頂けますでしょうか。
宜しくお願いします。

>おもしろいです。(笑)
答え書いてありますよ。 日寛上人様の御指南に。

〇私がお願いした下記の事はどうなったのでしょうか。調査されましたでしょうか。

①日寛上人が「楠板本尊」の仏滅年紀を紹介している文証はあるのかどうか。
②日顕氏の多数の書写本尊と日如氏の書写本尊が、「楠板本尊」の御相貌、讃文とどう違うのか、列記して頂く。

もし、日寛上人の「楠板本尊」の仏滅年紀を紹介している文証が無ければ、日寛上人は「楠板本尊」を見ていなくて、仏滅年紀「三十余年」を重視しながら「戒壇本尊」に通ずる宗義を述べておられる事になります。 つまり、日寛上人は「戒壇本尊」論として三大秘法の概念を述べておられ、実質は常に拝観できる宗門所持の「大聖人御真筆御本尊」を少しアレンジして書写されたのでしょう。

日寛上人の御文をよくご覧ください。大聖人が述べておられなかった法義を日寛上人が拡大しておられるのですが、「弘安二年の本門戒壇の御本尊」なる語句を「大聖人御真筆の本門の御本尊」に変え、「自余の本尊」は「書写御本尊」に変えて通じるのではないでしょうか。
貴方は①及び②を調査して頂いて、事実を認識したならば、貴方自身が推考する事になるのです。
宗門にマインドコントロールされっぱなしではなく、御自身で考えるべきです。


 

不勉強を晒す創価学会仏河内のおっさんくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月18日(土)21時43分36秒
編集済
  妄想の彼方に飛んでったかい?
非現実的で不勉強を晒すのはやめなさい(爆笑)
端的な点だけ指摘しておこう。あとの駄文はどうでもいい。

※水分を含んだ原木から
※楠を乾かすだけでも数年も掛かり
〇乾かす必要はありません。そもそも原木(丸太)の内部は水の中にいれても水分を含まないし、木材(原木=丸太)は海水や湖に入れることで長期保存させます。
「木場」という東京の地名の由来、木造楽器の木材加工方法を少しは学びなさい。
木材を水中深く沈ませることで、表面はぬれても中身は締まって丈夫になり長期保存されるのだよ。

※たたみ2畳の草庵を見れば、そこに日蓮その他が居住、その傍らで2メートル近い原木から板本尊を制作が可能かどうか。
嘘つけ!
『庵室修復書』
「去文永十一年六月十七日に、この山のなかに、きをうちきりて、かりそめににあじちをつくりて候しが(中略)今年(建治三年)は十二のはしら四方にかふべをなげ」
とある通り。
この文をみると、庵室の広さ30坪で60畳です。さらに、その草庵も弘安4年に倒壊し、10月に新たに10間四方(約18平方メートル)の堂が建立されています。

※身延を見聞もしたことがない人間が推測、思い込みで創作したのでしょう。
貴様が「見聞もしたことなく、推測・思い込みで話を創作している人間」なんだよ。
草庵跡の写真を見て、どこが「2畳」か説明せよ。

※信徒が拷問、斬首に遭っているとき、自分の像を見て笑っているという小話はあまりにも現実離れしている。
〇十分現実的です。当然笑みを浮かべられるだろ。これで斬首された『二名』も成仏できるのだから。
『三師御伝土代』
「熱原の法華宗二人は頚を切れ畢、その時大聖人御感有て日興上人と御本尊に遊ばす」
大聖人様は熱原の斬首された二名に感じられたのだよ。意味わかってるか?

ほんと、現実離れした邪推・妄想・思い込みをしているのは貴様だ。
消えていいぞ。
一般常識も知らない、身延のことも勉強してない者はコメントする資格なしだ。
 

日蓮正宗はお笑い漫才

 投稿者:河内のおっちゃん  投稿日:2017年 3月18日(土)13時20分33秒
  日有以後大石寺の発表は、日法彫刻一本槍に終始しているが、これは日有彫刻癩病説を逃れんが為の苦しい対抗策に他ならない。

日法が大明神に祈念し楠木が浮かんだ。

それをひろって、日法が「蓮祖御存生ノ弘安二年板本尊ヲ彫刻シ奉ル。本門戒壇ノ御本尊是ナリ」とおとぎ話を書いている。

この御書をもとに日蓮正宗では浮かんだ楠を、たたみ2畳の草庵で板本尊や祖師像を彫んだというのである。

直径60センチ、長さ2メートルの原木が水に浸かっており、11月頃の雪積もる身延の草庵までクレーンで運ぶことも困難。

楠を乾かすだけでも数年も掛かり、さらに彫刻、漆ぬりをすれば、数年単位となる。

たたみ2畳の草庵を見れば、そこに日蓮その他が居住、その傍らで2メートル近い原木から板本尊を制作が可能かどうか。

身延を見聞もしたことがない人間が推測、思い込みで創作したのでしょう。

創作伝承では板本尊は熱原法難を機縁として顕したと言う。

信徒が投獄され、拷問、斬首に至る悲惨な出来事であったわけで、ところが、この本尊、水分を含んだ原木から、

手にのる三寸の御影像を造った、日法はそれを袖に入れて日蓮の基に持参して見せ、にっこりと笑って允可したというわけです。

方や、信徒が拷問、斬首に遭っているとき、自分の像を見て笑っているという小話はあまりにも現実離れしている。

大明神という“神様に祈念して”楠の原木が浮かび上がったというのは、大石寺で言う「謗法」行為そのものでしょう。

このような作り話を真に受ける法華講員。


 

ジャパネットくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 3月17日(金)19時10分2秒
  色をたくさん使い分けているけど、それって意味があるの?
教えてくれる?
それともただ頭の中がお花畑なだけかな?(笑)

※日顕上人は、どの御本尊を元に書写されたのですか? 戒壇の大御本尊とは違いがありますよ。
〇本門戒壇の大御本尊様の『御内証』を書写しています。
本門戒壇の大御本尊様を『そのまま書き写さない』といけないという御指南ってあるの?
出してみ?

※日寛上人(1726年死去)に、「どの御本尊を元に書写されたのですか?」と尋ねることはできませんが
えーできないの?
何の本尊を日寛上人が御書写されたかもわからずに、何故一切衆生救済の御本尊だと拝めるの?
日蓮聖人大漫荼羅一覧の何番ですか?
http://juhoukai.la.coocan.jp/mandara/mandaraitiran.html
君、ついでに答えなよ。
・創価学会が「謗法」と言ってる宗教団体から借りてる曼荼羅を拝むと創価学会員はどんな功徳があるの?
・謗法からいただける功徳ってなに?
・それを示した大聖人様真筆の御抄はどれ?


もう一度書いてあげるぞ(笑)
日寛上人様は終生固く戒壇様を信じ拝していた。
↑これは否定しないよな(笑)
君は何故、『君がニセモノという戒壇様』を終生固く信じていた日寛上人様が『(君がニセモノという)戒壇様の功徳がありますように』と祈り書写された本尊の捏造品を「有難い」と拝んでるの?
君は否定しているんだよね。日寛上人が終生固く信じ拝していた戒壇様を。
でも日寛上人が「戒壇様の功徳がありますように」と祈って書写された本尊の捏造品は拝めるんだ。

また、学会本部にいっても同じだよね。日昇上人は終生戒壇様を固く信じていた方です。その方からお貸下げいただいた板曼荼羅を君たちは「有難い」と拝んでるんだよね。
でも、君たちが拝んでいる板曼荼羅は、戒壇様を固く信じていた日昇上人から「(君たちがニセモノという)戒壇様の功徳を頂けますように」とお貸下げされたんだよね。
君たちは、何故、『君たちがニセモノという戒壇様』を終生固く信じていた日昇上人が『(君たちがニセモノという)戒壇様の功徳がありますように』と祈り書写されお貸下げいただいた板曼荼羅を「有難い」と拝んでいるの?
理由を明確に答えてくれる?
 

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