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あるから 作者:
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あるから

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短編集
セーラー服とバルディッシュ
作者:タナカハナ

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遊森謡子さんの企画、春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。

●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』


 その女を戦場で見たものは皆一様にこう思う。

 ――『黒の戦女神ヴァルキュリア』

 そうして全てを殺し尽くすような、凄絶にて凄惨な戦いぶりを目の当たりにすれば、『魔女ヘクサ』と恐れ、やがて圧倒的な力を持って一方的な戦いが終わる頃に思い出す。西の大陸にいつの頃からか囁かれる二つ名――『死体を飲み込むフレースヴェルグ』というその名を。


 壊し尽くし抉り尽くした大地が、間の抜けたラッパの合図とともに再び鳴動する。
 思い思いの武器や防具を身につけた男たち、あるいは少数の女たちが自らを奮い立たせるための雄叫びを上げながら突進していく。それを異国の黒い服に身を包んだ少女は、ぞくりと背筋に走る快感とともに見送った。

「見ろ、ハルディン。撃たれ、潰され、裂かれ、突かれ。手足がおもちゃのように散らばっていくぞ」

 それは子供が捕まえた虫の手足を引きちぎるかのように無邪気な声音だった。
 背後に立ち、少女をじっと見ていた銀に近い金髪の青年は、たおやかな吐息を漏らす。人にはあり得ない美貌と尖った耳を持つ彼はすうっとその深緑の瞳を細め、酷薄そうな薄い唇を開いた。

「思い切り私わたくしたちのほうにも向かってきているのが見えるのですが。喜んでいる場合ですか?」
「ばあか。お前の色味が戦場じゃ目立ちすぎんだよ」
「そうでしょうか。私よりもあなたのほうがよほど目立つと思うのですが」

 どんな状況に置いても荒れることのない口調と瞳が、目の前で小銃を携たずさえた少女に落とされる。黒色の髪に黒色の瞳。加えて見たこともない異国の黒衣を身に纏う少女は、その言葉に赤い唇を下劣に歪ませた。
 金髪の美青年が言う通り、開かれた戦端のぶつかり合いの中、少し離れた小山の上に立つふたりに目を付けた者たちが獰猛な表情で走り寄ってきていた。
 一度開戦ともなれば戦場に安全な場所などなく、一瞬の油断が自らの命を終わらせるようなこの時にあって、彼らは不気味なほどに余裕だった。黒衣の少女と、見るからに人ではない青年の姿は、そこからひどく浮き上がって見える。二人は一等美しい、年端もいかぬ少女にエルフ族の青年である。
 殺さずとも生きたまま捕らえられれば、高値で売れることだろう。彼らを目指して立ちはだかる敵をなぎ倒している男たちには、確かにそのように思えた。

「ハル、余計なことはすんなよ。ただあたしの目に徹しろ」
「仰せのままに」

 少女は興奮に上擦った声を背後の青年にかけると、手にしていた戦斧せんぷを軽々と一振り振り回し、その重量を利用するように地面へと突き立てた。
 どすん、と重い音がふたりきりの小山に響く。
 金属の尖った先は容易に柔らかな土の中に潜り込み、不安定に揺れることなく少女の前に真っ直ぐに立った。そこに少女は背に負っていた長い銃身を置く。

「敵散兵、約30。距離95メーナ」

 影のように少女の背後に立った青年が、冷静にささやいた。
 三日月のような刃と柄の隙間。そこに銃身を固定すると、少女は迫り来る敵のタイミングを計るように大きく深呼吸を始めた。ひとつ、ふたつ、みっつ。
 そうして敵が充分に引きつけられ、自らの呼吸が吐き出された時、白く細い指はためらうことなく引き金を引いた。ぱん、と乾いた音とともに迫っていた男がひとり崩れ落ちる。
 それに構わずボルトハンドルを引き空薬莢を排出し次弾を装填すると、少女は即座に次の標的へと狙いを定めた。重くかかる反動を華奢な身体は上手く受け流し、少女は標的を外さない。ぱん、ぱん、と乾いた音が鳴る度に一発で敵は崩れ落ちていった。

「ナル方向、数12、距離66メーナ」
「ちくしょう面倒くせえなあ! なんだって自動装填オートマチックじゃねんだよこの銃はっ!」
「オートを使って前に弾詰まりした時に、あなたは今と反対のこと言ってましたけど? ノル方向、数6、距離60メーナ」

 そんなやり取りが何度か続いた後、すでに小銃の有効な距離ではなくなったことを悟ると、少女は素早くそれを背に負い、地面に突き立てていたバルディッシュと呼ばれる戦斧を蹴り上げた。
 少女の背丈と同じくらいのその獲物は勢いよくぐるんと回り、一片の曇りなく磨かれた大きな刃は陽を弾いて獰猛に光る。

「やっぱり、長距離からの射撃なんて、あほらしくてやってられねえよな」

 は、は、と沸き立つような吐息を漏らし、少女はぎらぎらと光る黒い瞳を走り寄る敵方へと向ける。赤い唇からは涎。
 それを横目にしながら、美しいエルフ族の青年はふう、と香しい息を吐いた。

「あなたのそれは戦術的というよりか、早く敵に見つけて欲しいと言わんばかりのものですね。本当に、愚かな女だ」
「小銃じゃ、切り裂く肉の感触を味わえねえ。生臭い血を浴びることも、最後の情けねえ雄叫びを聞くこともねえ。せっかく戦場の最前線にいんだ、それが味わえなきゃもったいねえだろうが!」

 言うやいなや、少女の体は跳ねるようにして向かってきた男たちの中へと飛び込んで行った。
 すぐに上がる断末魔の叫び、壊れたおもちゃのように舞い散る手足、飛び散る赤い血。
 自らの倍もある男たちに囲まれながら、少女は臆することも負けることもなく渡り合う。いや、むしろ少女のほうが快楽の雄叫びを上げながら男たちを嬲り殺していた。
 バルディッシュという武器の特製を生かし、大振りをしては人の体を真っ二つに割り、柄の尖った先で顔を突きひどい叫びを上げさせ、身軽に真上から叩きつけて頭をかち割り目を飛び出させる。その全てに少女はなんとも言えぬ快楽を感じていた。

 もっと、もっと見せろ。
 全ての鎧を突き抜けた、生の鼓動を!

 自らの背よりも大きな武器を不利ともせず、少女は遠心力と左足を巧みに使って踊るように死体の山を築いていく。中には死にきれずに呻く者もいるが、それさえも彼女には天上の音楽のように聞こえていた。
 興奮しきった少女のいつもよりゆっくりと流れる視界の中、好いた男の身体に熱い指を這わせるように三日月の刃が吸い込まれる。
 恐怖も感じる間もなく断ち切られていく命。
 刃が潜り込んだ途端反射で筋肉は収縮し、逃さないとでもいうようにその動きを捕らえる。それは、初めて男の証を突き立てられて喘ぐ処女の花びらのように美しい動きだった。少女の興奮はさらに加速していく。
 新たに迫り来る敵を感じた少女が足で目前の男の胸を蹴飛ばし、無理矢理に刃をなぎ払う。何か言いたげだった男の瞳は、すでに命を失って濁り始めていた。物足りない。
 そのまま振り向くのは間に合わず、薙いだ反動を使って振り下ろされる剣を優雅なステップで避けきる。戦場に置いても結ぶこともしない黒髪の先が、切れてぱらりと宙を舞った。
 少女は長い柄の中心を腰に当て、その両端を握りしめると踊りの続きのようにぐるりと身体を回転させた。空振ったままで体勢を崩していた男の背に、一回転した刃がどすり、と重い音を立てて突き刺さる。何か潰れた蛙のような声を出し、男は地に伏した。
 もがく男に柄の先の尖った部分を突き立て黙らせると、少女は熱い息を吐く。

「おいおい、あたしは激しく突いて欲しいんだよ、このヘタクソどもが。早く熱くて太いもんを入れて、あたしをイカせてみなよ」

 凄まじい戦闘によってすでに少女の足下や周りには、多くの男のなれの果てが無言で横たわっていた。警戒する傭兵たちは少女に武器を向けながら、じりじりと後退していく。ここで無理に戦わなくても、生き残るのが優先だと。
 そんな彼らをにやにやと見据えながら、少女は股を開き、バルディッシュの柄に自らの腰を淫靡な仕草で擦りつけてみせる。まるで男のものを迎え入れて喘ぐ娼婦のような仕草に、見守る男たちは自分たちが今どこにいるのかも忘れ見とれてしまった。次の瞬間。
 がつん、と柄を蹴って先を高く掲げた少女のバルディッシュは、その勢いに乗って真上から惚けていた男の頭をかち割った。
 反動で浮く身体を猫のように回転させ、今度は横にいた男たちを一瞬にして薙ぎ払う。不格好にとれた鼻、耳、裂けた口からの血泡の叫び。
 錆び付いた鉄のような血の臭いに囲まれながら、それを燃料のように加速させていく。

 しばらくして少女の耳に届いた戦の終わりを告げるラッパ。
 そのひどく腹立たしい響きに、少女は柄の先に貫かれぶら下がって絶命した男を無造作に放り投げ、戦場に背を向けたのだった。




 今宵も圧倒的な勝利を持って幕を閉じた戦闘に、国から招聘されて送り込まれてきた若き騎士たちは安堵の息を漏らす。
 陽が落ちて急造の宿営地に幾ばくかの活気が溢れる頃、彼らのいる天幕にも明かりが灯り、豪華とは言えない糧食と上品でない酒が振る舞われていた。
 正式な騎士とはいえ、殆どは下級貴族の次男三男。貴族なんて見栄も保てない、なんら庶民たちとは変わらない者達ばかり。家を継ぐこともなく、王宮に仕えられるほどの身分もコネもなく、要は食い詰め者ばかりであった。
 そんな彼らも貴族の端くれ。こうしてひとたび戦となれば、今まで無視されていた国からの義務によって戦場に駆り出されることとなる。二週間程度の取って付けたような訓練と、ひとり斬り殺せば折れてしまうような粗末な剣だけを与えられ、最前線へと送り込まれた。
 使い捨ての駒ポーン――それが彼らの呼び名。
 生と死が隣り合わせの前線では軍紀も階級も役には立たない。使えるか、使えないか。それだけだ。だから、貴族の末席にいようと正式な騎士であろうと、ひよっこの彼らは口さがない古参の兵士や傭兵からはそう蔑まれるのであった。
 そう、国は端から彼らに期待して前線へとやったのではない。彼らはただ、そこにあればいい存在なのだ。ここにはいくらでも『使える者』たちがいる。
 それが傭兵と呼ばれる者たち。
 金銭で自らの命のやり取りをする、勇猛で愚かで役に立つ狂人たちだ。

「だぁからよう! 始める前に言っただろうがあ、あたしがいりゃあ負けねえってよう!」

 がつん、と乱暴な音を立てて金属のジョッキをテーブルに置き、勢いで零れる酒も気にせず景気のいい笑い声を上げる人物。
 この辺りでは見たこともない黒い異国風の服装。白い線の入ったひどく変わった形の襟元には真っ赤なスカーフが結ばれて、動くたびに優雅に胸元で揺れている。繊細なひだの入ったスカートは淑やかな丈であるにも関わらず、履いている人物が大股を開いているせいか、どこか淫猥に見えてしまう。誘うように揺れる白く細い足に、三日前戦場に来たばかりの若い騎士たちは思わずごくりと生唾を飲んだ。
 鍛え上げられた厳つい男たちが集う天幕の中、むっとするほどの男の匂いにも慣れたように酒をがぶ飲みしているその人物こそ、この勝利をもたらしている凄腕の傭兵『フレースヴェルグ』だった。

「悪い悪い。疑ってたわけじゃないんだけどよ、今回はまあ、あっちも大盤振る舞いだったしなあ」
「あんな粗チン野郎どもがいくら束になって来ようとも、あたしが負けるわけないだろ! あいつらのモノを記念に持って帰ってやろうと思ったのによ、ズボン下げてみりゃ、縮み上がってすっかり僕ちゃんで萎えちまったよう!」
「そりゃあいいや!」

 隣り合った古参の兵士と聞くに堪えない会話を楽しげにする、少女。
 土に汚れた白い頬も、妖しいほどに赤い唇からだらしなくこぼれた酒も、決して少女の硬質な美しさを損なうことはない。それどころかより淫らに飾り立てる。
 強いアルコールのせいで少し緩んだ瞳は黒く、見るものを深淵へと捕らえて離さない。椅子の背へとのけ反るたびに覗く白い喉元に、這うようにして流された長い黒髪。濡れたようなその色は、男の劣情を誘うようだった。
 そのひどく美しく扇情的な少女が、かの有名な傭兵『フレースヴェルグ』だと、距離を持って盗み見ている若い騎士たちにはどうしても理解できない。
 こんな場所ではなく、それなりの格好をして淑やかに微笑みを浮かべていれば、どこぞの名のある貴族令嬢と言っても通るだろう稀なる美貌。しかし、少女はその自分の美点をことごとく打ち消すほどに下品で下劣だった。

「でもまあ、久しぶりに興奮したしぃ、何回か軽くイッちゃったしな。もうあたし、これからは下着なんて履かないで行ったほうがいい気がすんだよ。帰ってきてから脱ぐのもめんどいし、濡れてっとすーすーして気持ち悪いじゃん?」
「おめえが走り回るたんび、敵さんが目ぇむいちまうわなそれじゃ!」

 ひらり、と白く細い指が自らのスカートを持ち上げると、そんなことには慣れっこなのか、古参兵士や他の傭兵はにやにや笑って煽るばかり。初な騎士たちはその中身に興味を惹かれつつも、貴族の嗜みとしてそっと目を逸らした。
 しかし、少女はそんな初な騎士たちに目を止めて、ちゅるりと自らの口に舌を這わせる。まるで獲物を目の前にした爬虫類の如く。
 それに気がついた古参兵や傭兵たちは、黙っていやらしい笑みを浮かべた。

「おい、そこのポーンの兄ちゃんよう」
「えっ」

 つい、と少女は黒い革靴に覆われたつま先を、ひとりの若い騎士へと向けた。
 そこそこに広い天幕の端、酒類は伴わずに糧食を口に運んでいたその騎士は、向けられた多くの視線に戸惑う。彼は昨日この前線へと配属されたばかり。まだ戦闘にすら出ていないひよっこもひよっこであった。
 それまでがやがやとうるさかった天幕が、示し合わせたようにしんと静まりかえる。その異様さに戸惑う騎士に、少女は席から立ち上がるとゆっくりと近づいた。
 栗色の髪に栗色の瞳。まだ幼さの残る顔立ちは特に美形ではないが不細工でもない。騎士よりも商売に向いていそうな、どこか人好きのする顔立ちの青年だった。彼はゆっくりと近づいてくる美しい少女に一瞬惚けてしまう。彼の故郷には貴族だろうと街娘だろうと、こんなに美しい娘はいなかったから。

「兄ちゃん、見ない顔だ」
「あっ、その、俺は昨日付けでラクタイアに配属になった――」
「なあ、戦場で生き残る一番最良な方法を知りたいと思わないか?」

 がん、と少女の足が青年騎士の目の前に投げ出される。
 今まで食事をしていたテーブルの上、すんなりとした白く細い足が大きく開かれた。スカートとその先の奥まった場所まで覗けそうな体勢に、騎士はごくりと喉を鳴らす。それからはっとしたように顔を赤らめ、慌てて視線をそらした。
 彼の初な反応に、見ていた少女はにたあっといやらしい笑みを浮かべる。

「三発で手を打とう」
「は?」
「最低三発だからな」
「え?」

 そうして少女は有無を言わせず騎士の首根っこを掴み、身体を楽々と持ち上げてしまった。
 簡略ながらも多少の防具はつけている男の身体を、少女の細腕は危なげもなく掴み上げ、そのまま天幕の外へと引きずっていく。
 あの身体のどこにあんな怪力が潜んでいるのだろうか、と残された騎士や傭兵の男たちは恐ろしさにぶるりと身体を震わせた。そして「最低三発」と宣言された若い騎士の行く末を哀れみつつ、再び勝利の宴を再開したのだった。


 ***


 ばさっと乱暴に、扉代わりの布を押しのけ入ってきた人物に、中にいた大柄の男は机から視線を上げる。
 それから、今の今まで格闘していた書類と手にした羽ペンを机に投げ出すと、伸びをしながらその人物へにやりと笑みを向け口を開いた。

「お早いお帰りじゃないか、タカコ。もうちょっと遅くなるかと思ってたぜ」

 タカコ、と呼ばれたその人物――さきほど若い騎士を引きずっていった少女は、笑う男の顔を無言で睨み付け、奥にある簡易のベットにそのまま勢いよく寝転がった。
 黒いスカートの裾が捲れ、白い足が露わになる。
 それを見慣れたものとして、男はゆっくり立ち上がるとふて腐れたように横になるタカコの足下に腰を下ろした。
 天幕の天井に届かんばかりの長身に、一目で傭兵とわかるごつごつとした筋肉に包まれた身体。顔も腕も、服に隠されていない場所には隙間もないくらいの傷痕。傭兵にしては簡素な服に包まれ、隠れたその場所も傷だらけなのだろうと想像できる。
 その男が何の遠慮もなく座ったために簡易のベットは軋み、華奢なタカコの身体は一瞬宙へと放り出された。
 不満そうな唸り声を上げ、タカコは背中を向けていた身体をぐるりと男に向けると、露わになっていた足に這わせていたその手の甲をつねり上げる。

「いってえ」
「触らせるのは好きだけど、触られんのは嫌なんだって何回言ったらわかるんだ、このナメクジ頭!」
「十回に一回はそのままなだれ込めるから、諦めない方向で行こうかと」
「今すぐその道引き返せ馬鹿っ」

 傭兵たちといた時とも騎士を誘惑する時とも違う、どこか年相応の不機嫌な表情に、大柄の男は嬉しそうに笑う。
 その顔にさらに眉を顰めたタカコは、今度は両足で容赦なく男の身体を蹴り飛ばした。

「馬鹿っ、死ねっ」
「ちょ、ま、やめろって! 大体、俺が死んだらお前らの金の管理やらそういうの、誰がやんだって!」
「もっといい男を雇う!」
「あ、ひどいっ」

 げしげしと途中から戯れのように身体に当てられる艶めかしい足を、男は含み笑いをしながら捕まえると、ゆっくりと膝に唇を落とした。
 そり残された無精髭がタカコの肌に辺り、何とも言えないざらりとした感触をもたらす。ぬるっと這わされた舌の温もりに、彼女は内部で燻っていた快楽の残滓を煽られた。
 いつの間にか獰猛な色を宿した男の瞳が、上目遣いに無防備に横たわったタカコを見る。

「どうせ、若い兄ちゃんじゃ治まらなかったんだろ?」
「……童貞だから気ぃ使ってやってやったのによお。下履き下ろしたらまだ半勃ちだったから、口でやってやったのに。中に入るどころかそこでまず出しやがって、あの僕ちゃん野郎が!」

 足へ口付けを落とされながら、タカコは悔しそうに親指を噛む。
 おもちゃを取り上げられた子供のような顔に、男は肩を震わせながら指先をスカートの中へと伸ばす。

「そりゃあ、初めてなんだから仕方ねえだろ。許してやれよ」
「あたしは最低三発っつったんだ! なのに、あの僕ちゃんはその後二発で気をうしなっちまった! ったく、お貴族様ってのは棒すら使えねえ!」
「甘酸っぱい初体験がそれじゃ、次の時ちゃんと役に立つかねえ、その坊ちゃん」
「可哀想なのはあたしだろ!」

 中に入り込んできた男の手を身体を捻って追い払い、タカコは再びふて寝の体勢に戻る。
 男は手持ちぶさたになってしまった欲望と手を情けなく見つめ、それから彼女の小さな肩を揺さぶった。

「おおい、ここまで来て寝ることないじゃないか」
「んなにやりたいなら、ハルディンのケツにでもぶちこんどけ!」

 肩に掛けられた男の手を乱暴に払いのけそう叫んだタカコの言葉に、男が何か反論するよりも早く、天幕の出入り口からまた新たな声がかけられた。

「何言ってるんですか、お断りです」

 透き通るような、抑揚の少ない美声。
 高くもなく低くもなく、耳に心地よく届いたその声に、男は笑って振り返った。

「お、ハル坊。水遊びは済んだのか?」
「ファルクス、何度言ったらわかるのですか。私わたくしのは御祓みそぎ。人の汚れを落としているだけです。まったく、そんな下劣な人間の遊びとは一緒にしないで頂きたい」

 白金の長く美しい髪から水を滴らせ、ハル坊と呼ばれた美貌の男は、髪の間から突き出た長い耳をふるりと震わせた。
 神様が特別精巧に作らせた彫像のような白い面が、冷たく男に向けられる。

「それと、私わたしくはハル坊などという下品な名前ではない。ハルディンと呼びなさい」
「不機嫌全開じゃねえの。どうしたんだよ、ハル坊」

 背中を向けて目を閉じるタカコの尻を撫で回しながら、ファルクスという大男は話をまったく聞いていない風に、音もなく目の前までやってきたハルディンを見上げた。
 今日に始まったことではないファルクスの態度に、ハルディンは少しだけ整った眉をひそめ、それから諦めたように小さくため息をつく。

「……今日は特に、うるさい羽虫が多くて疲れたのです」
「お綺麗な形なりをしてると、大変だよな。こうも前線じゃ、娼婦もそうそう調達できねえし。憧れの美しきエルフ様っ、俺の熱情受け取ってください!……てか?」
「耳が腐ります。二度と聞きたくないですね」

 ファルクスのからかいの言葉に、ハルディンは背筋が凍るほど凄絶に美しい微笑みを浮かべると、すぐに興味をふて寝をするタカコへと移した。

「それで、そこの下品が服を着て歩いているような娘は、何を?」
「若い兄ちゃんと三発やってくる予定が、二発で打ち止めだったんだと。ふて腐れてこの通りだ。だから俺が頑張ってやるってんのに」
「醜いものに見飽きたのではないのですか?」

 不満そうに口を尖らせるファルクスにあっさりとそう言い、ハルディンは長身の身をかがめ、眉間に皺を寄せたまま寝たふりをし続けるタカコの耳に薄い唇を近付けた。

「タカコ、私わたくしをご所望では?」

 ふうっと清廉な吐息を吹き込むように、少しの熱を帯びた声は彼女の中へと送り込まれる。これがそこらにいる普通の女性であれば、頬を上気させて彼に従っただろう。
 しかし、相手はタカコなのだ。

「うるっさいうるっさいうるっさい!! お前らあたしが寝てる横でごちゃごちゃ、ごちゃごちゃさっきからうっさいんだよ! お前ら二人でケツの穴にご自慢のものぶち込み遭って、そこらにでも転がってろ阿呆どもがっ」

 火山が一気に爆発するように、自分を取り囲むふたりの男をそう怒鳴りつけると、今度こそタカコは本気で眠りの姿勢にとる。
 向けられた背中に、もう話しかけるな、という拒絶の空気。
 八つ当たりされた男たちは、一瞬顔を見合わせてからそれぞれため息をついた。

「人間の女というのは本当にやっかいなものですね」
「この年頃の女はみんなそういうもんだ」
「この娘と一緒にされたのでは、年頃の娘たちが可哀想でしょう。……まあいいです、今日は私も疲れました。お茶を淹れますが、あなたは飲みますか?」
「珍しいな。お願いするわ」


 怒鳴られようが蹴られようが、彼らには彼らなりの大事な理由があって、タカコが眠るこの場所からは離れがたい。
 一度戦いに出れば誰ひとり立ち上がる者がいなくなるまで、破壊の限りを尽くす黒衣の少女。
 満足するまではろくに眠らず、食べず。ただその黒い瞳をぎらつかせ、華奢な身体に似合わぬバルディッシュと呼ばれる戦斧と小銃を背負い、血と肉の焼ける匂いの充満する戦場を駆け抜ける。
 死体すら飲み込む、美しき死神。
 それがタカコに付けられた二つ名――タカコ・フレースヴェルグ 。
 今やこの西の大陸でその名を知らぬ者はいない。
 何の慈悲も哀れみもなく、人を物でも壊すかのように殺戮する彼女は味方にとっては『黒の戦女神ヴァルキュリア』、敵から見ればまさに『死の魔女ヘクサ』。
 今日まで共に戦った傭兵たちと、明日敵として相まみえようと、そこに一切の感情は持ち込まない。そんな感情は抱かない。
 そんな彼女に付き従う二人の男――岩のような大柄の男ファルクスと美貌のエルフであるハルディン。
 どこにいても引く手数多である彼らが、有名であろうとたかだかひとりの少女に従うその理由は――。


 三杯目のお茶に口を付ける頃、ハルディンの特徴的な耳がその微かな音を拾い上げた。
 静かに茶器を置き、まるで体重を感じさせない動作で立ち上がると、それに気がついたファルクスも黙って同じように立ち上がる。
 そうして二人は、簡易のベットに横になったまま動かないタカコの側に近づいて……。

「……見ろよ、ハル坊」
「言われなくとも」

 いつの間にか仰向けになって寝息を立てる、タカコの姿。
 白く卵形の小さな顔。軽く閉じられた瞳を飾る黒い睫毛。薄紅に染まった柔らかそうな頬。半開きになって、小さな歯が覗く赤い唇。
 少し乱れた黒髪は細い首筋を這い、何とも背徳的な色気を感じさせる。

 それはまるで――天使の、寝顔。

 じっくりとその寝顔を見つめながら、二人の男はやっぱり同時に大きく息を吐いた。

「……ある意味、タカコの一番の武器って、これだよなあ」
「口を開けば下らないことばかりですが、黙って寝ている分にはまあ見られますね」

 彼女がどんな男と過ごそうと、こうして安心しきった寝顔を見せるのは彼ら二人の前だけだ。
 それを知っている男たちは、口では何だかんだと言いながらも、うっとりとタカコの寝顔に魅入ってしまう。
 いつか、必ずやこの少女の心も体も自分ひとりのものにするとお互い心に誓い、色々含まれた笑みを交わすと、そうっと隣の天幕へと移動する。

「茶の礼に、今夜は俺のとっておきの酒を出してもいいぜ」
「それこそ珍しい。期待しないでおきますよ」
「可愛くねえなあ!」


 かくして、戦場の夜は更けていくのだった――。

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