この春、希望していた保育園に子どもを入れられなかった母親がインターネットに投稿した嘆きの声です。
「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名のブログが大きな反響を呼んでから1年。国や自治体は、「待機児童ゼロ」をめざして対策に取り組んできましたが、ことしも、子どもを保育園に入れられなかった親たちの落胆や怒りの声がインターネットにあふれています。なぜ待機児童は解消されず、同じ光景が繰り返されているのでしょうか。(報道局 戸田有紀 記者 報道局 飯田暁子 記者)
子ども抱えて国会内で訴え
3月7日、国会内のホールに赤ちゃんを抱えた親など、100人余りが集まりました。
その多くは、この春から子どもを保育園に預けたいと希望しながら、入園が“不承諾”となり、預け先が決まらなかった人たちです。集会には与野党の国会議員も参加し、親たちは、保育園に子どもを入れるための活動、いわゆる「保活」の厳しさや、預け先が決まらずに仕事に復帰できなくなることへの不安などを訴えました。
集会では、さらに、どうすれば待機児童を減らせるのか、専門家を交えた意見交換も行われ、「待機児童対策は、一部の人の問題ではなく、社会全体で考えるべき問題だ」、「自治体間で取り組みに差があるケースもあるので、国がより主導権をもって対策を進めてほしい」といった意見が出されました。
横浜市から1歳の男の子を連れて参加した40代の女性は、大学卒業後、正社員として会社で20年近いキャリアを積んできましたが、今回、希望した16の保育園すべてに入れなかったといいます。
この女性は、「わがままを言わずに、最寄りの駅だけではなく通える範囲を広げて保育園を探してみたが、どこにも入園できなかった。こんなに努力が報われないことは初めて。国全体で取り組まなければ問題は解決しないと思う」と話していました。
追いつかない保育園の整備
「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名のブログが大きな反響を呼んでから1年。国や自治体は、保育園の整備や保育士の待遇改善などの対策を急いでいますが、待機児童は、依然、解消されていません。その背景のひとつが、「増やしても追いつかない」という深刻な保育園不足です。
待機児童が最も多い東京23区でみてみると、入園希望者は毎年増え続けていて、この5年間ではおよそ2万人増加。自治体は、保育園を急ピッチで増やしていますが、それ以上に希望者が増え続け、いたちごっことなっているのです。
難しい保育園の建設地確保
東京・品川区では、これまでに考えられなかった場所まで利用して、認可保育園の整備に乗り出しています。
競馬場の駐車場をはじめ、大型商業ビルの空きスペースや、区立公園の一角まで。土地が空いていて、子どもが過ごすための安全が確保されている場所が見つかれば、積極的に保育園の新設を進めているのです。こうした取り組みで、品川区では、来年度、新たに10か所の保育園を開設、およそ1000人分の定員拡大にこぎ着けました。しかし希望者は3500人と、5年前の1.7倍に増加。また、希望者が多い住宅地のエリアにはなかなか空きスペースを確保できず、ニーズには十分に応えられていません。このため、ことしも100人程度の待機児童が出てしまう見込みです。
待機児童対策を担当する品川区の大澤幸代課長は、「今は、場所を選んで保育園を建てるというような、余裕のある状況ではない」と言います。そして、「保育園を開設すると、今まで働いていなかったけれども、子どもを預けて働きたいという人もいるため、希望者がどんどん増え、保育園の整備が追いついていないのが現状。『待機児童ゼロ』はまだ先のことになる」と話していました。
土地が見つかっても・・そこで
なかなか進まない、保育園の整備。土地が見つかっても課題があります。「子どもの声がうるさい」など地域の理解が得られず、開園が中止になったり延期されたりするケースが各地で出てきているんです。そんな中、地域の理解を得るための保育園側の取り組みも始まっています。
そのひとつ川崎市の武蔵小杉駅近くの保育園。タワーマンションの建設が相次ぎ、入園希望者が増えているエリアです。去年4月に開園した保育園は住宅街の中にあり、計画当初は、住民から、子どもの声がうるさいのではないかという不安の声もありました。そこで、住民の理解を得るにはどうすればいいのか。
保育園は、敷地の一角に、園に通う親子だけでなく誰でも気軽に利用できるカフェスペースを設けたのです。オープン時間は午前9時から正午までと午後2時から午後7時まで。セルフサービスのコーヒーやお茶が無料で、時には保育園の子どもたちがお茶を入れてくれます。
取材に訪れた日は、園長が地域の人たちを招き、俳句の会が開かれていました。たまたまカフェにやってきた小学生も、誘われて俳句に挑戦。できあがった俳句を発表し、拍手をもらうと笑顔を見せていました。開園から1年がたちカフェを通じて保育園と地域の人たちの結びつきが強まっています。保育園のすぐ隣に住む菅原建三さんも、友人とのおしゃべりなどでカフェを利用する1人です。保育園の庭に野菜の苗もプレゼントしていて、子どもたちと一緒になって育てています。
園の庭で作業をしていると子どもたちから「すがわらさ~ん」と声をかけられ楽しそうに話していました。地域の人たちからはほかにも「絵本の読み聞かせをしてあげたい」「昔の遊びを教えてあげたい」といった申し出があるということです。
川上澄子園長は「カフェを活用して住民の方々と目と目を合わせて話をすることで心の交流が生まれ、分かり合える一歩になると感じています」と話していました。
地域に開かれた保育園ほかにも
また町田市の保育園では毎日、園の一角や園庭を保育園に通っていない子育て中の親子に解放しています。 ここでは子どもたちがおもちゃで遊んだり、親が子育ての悩みなどを保育士に相談したりできます。また、子育て世代以外にも保育園に関心を持ってもらえればと保育園を会場にコンサートも行ったそうです。 別の保育園では「コミュニティコーディネーター」という保育園と地域をつなぐ担当の職員を置いています。コーディネーターは七五三などをきっかけに子どもたちが着物に興味を持ったら、着物に詳しい地域の人を探し、子どもたちに話をしてもらう。逆に、地域の人から「講演会の場所を探している」などと相談を受けたら場所を提供できるか検討します。また町内会と連携し、地域を紹介するガイドブックを作ったり、お祭りを企画したりもしています。こういった活動は、負担が大きいのではないかと思いそれぞれの保育園に聞いてみると、「地域の人たちと連携することで子どもたちの体験の幅が広がり、保育の質の向上につながる。社会の中で保育園の存在を考えていかなければならない」などと話していました。
保育の問題に詳しい玉川大学大学院の大豆生田啓友教授は、「今の社会では地域の中で子どもを育てていくという視線が大切です。保育園は通っている親子のためのものだけでなく地域のインフラだと考えて、地域の人たちから必要とされるような工夫が求められてくると思います」と話しています。
増え続ける保育のニーズ。それを社会全体でどう受け入れていくか。いま、保育園のあり方自体も問われていると思います。
- 報道局
- 戸田有紀 記者
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- 飯田暁子 記者