定員と志願者数の差がほとんどない大学全入時代といわれて久しい。それに対しては「学力が低い大学生が多すぎる。みんなが大学に行く意味はあるのか」という社会の厳しい目は消えないが、人間環境大(愛知県岡崎市)の芦田宏直副学長は「できない生徒ほど大学に行くべきだ」と反論する。なぜか。その真意を尋ねた。 (字井章人)
-「できない高校生ほど大学へ行くべきだ」と主張する理由は
高校までの勉強は教科を問わず暗記偏重、文法偏重が過ぎる。数学でも方程式を覚えて問題に当てはめて解くだけ。「2×4」の掛け算でなぜ面積が出るのかさえ教えない。おもしろいわけがない。意味やその由来を理解、解釈させる機会が少ない。だから、高校までの偏差値で「自分は勉強が嫌いだ」とか「向いていない」と決め付ける理由はどこにもない。
大学の教員は、専門がシェークスピア研究であれ数学であれ、勉強が大好きな人たち。英語で同じbe動詞を教わるにしても、高校までとまったく違う観点からの授業が始まる。学びの最もおもしろいところを味わわずに社会に出るのはもったいない。「勉強はつまらない」とこぼすのは、せめて大学を出てからにしてほしい。
それに日本の大学進学率は上がってきたとはいえ50%前後で、国際的に見れば決して高くない。
「高校の偏差値気にしない」
-向学心の低い高校生が大学で変われるのか
偏差値格差は結果としての学生格差、しかも入り口での格差に過ぎない。教員の格差を直ちに意味するわけではない。暗記中心ではない意義ある授業ができる先生はどの大学にも多くいる。その環境で4年間学び、勉強の楽しさに目覚める学生は入学時の偏差値格差にかかわらずたくさんいる。大学の勉強は、受験を意識する暗記型、偏差値目標型の勉強の延長ではない。
-大学を出ても就職は楽ではない
楽ではないのは、多くの大学で選択科目主導型のカリキュラムがまん延しているから。文部科学省が指導するような「ナンバリング」型の順次的、組織的な科目編成がなされていない。「経済学1」「経済学2」「経済学3」というナンバーを有する科目でさえ、本来は入門的な内容であるべき「経済学1」が一番難しい授業であったり、その逆もある。3科目の担当教員が「経済学」科目全体で何をどう教えるべきか話し合ったことさえない。これでは人材は育成できない。
つまり、今の大学生の多くは1科目ごと並列に並んだ科目を4年間、任意に学んでいるだけで、能力の積み上げがない。グローバル化した労働市場では勝てない。こういった現状に対して、変わりつつある大学が出てきている。大学選びはカリキュラムが積み上げ型かどうかを判断基準にしてほしい。
今後、単純労働の担い手はますます国内外で外国人労働者が中心になり、高卒者の就職先は減る一方だろう。40歳を過ぎても年収が200万円前後にとどまる非正規の職やアルバイトを転々とせざるを得ない可能性は捨てきれない。「できない生徒は高校を出たらすぐ働け」などという指導や忠告は、若者を取り巻く社会の変化を知らない無責任な物言いだ。どんな仕事に就くにせよ、深い知識や高い専門性を有した先生や、それを体現したカリキュラムに出会う経験は、その後の人生にとって貴重になるはず。学ぶことの意味を知ることは生涯通用する。
-経済的な事情で進学できない人もいる
生活が苦しくてもできる限り大学に行った方がいい。行かなければもっと苦しくなる可能性の方が高い。苦学生は昔からたくさんいた。多くの大学には学費の減免制度があるし、学費ローンも充実してきている。高卒と大卒の平均年収、生涯年収の格差は今も大きいが、今後はさらに広がることを考えれば4年間の学費は決して高いとはいえない。
“Fランク大”に「満足」「後悔」
入試難易度が低い大学は「Fランク大学」と呼ばれている。もとは大手予備校河合塾の「入試難易予想ランキング」だ。前年度の不合格者が少なすぎて合否のボーダーライン偏差値を示せない大学を、ボーダーフリー(BF)のFから「Fランク」と名付けた。
河合塾教育情報部の近藤治部長は「正確な難易度を示すためにBF表記は必要。ただ、入学時点の学力を表すだけで、大学の社会的な位置付けや教育内容とは無関係」と強調する。今年、BFの学部や学科がある大学は全国に220校近く。全782校の4分の1以上がFランク大学だ。
中部地方のFランク大で住居学を学び、建築士を目指す3年の女子学生は「課題が多くて大変だけど、好きなことが学べて充実している。先生は熱心で同級生も必死で学んでいる。進学してよかった」と話す。
一方、別のFランク大学で法律を学ぶ3年男子は「騒いで授業を妨害したり、先生に失礼な言動をする学生が多くてうんざり。世間がFランク大に厳しい目を向けるのは仕方ない。この大学に入ったことを後悔している」と話した。
あしだ・ひろなお 1954年京都府生まれの59歳。専門学校長や東海大教授などをへて2012年から現職。専門は哲学だが、教育問題についてメディアなどで積極的に発言している。近著『努力する人間になってはいけない』(ロゼッタストーン)が話題。