天空の城ラピュタとは?
1986年に公開されたスタジジブリとしては初の長編アニメーション作品だ。少年パズーの元にある時、空から少女が降ってくる。そしてその少女と飛行石と天空の城を巡る冒険が始まるのである。
ジブリ作品の中でも人気のある作品であり、アンケートを取れば常に上位になる。また金曜ロードショーで上映される度に多くの人が作品中に出てくる滅びの言葉「バルス」を呟く。
大勢がつぶやき、滅びの言葉でツイッターのサーバーをダウンさせようといういわゆる「バルスな祭り」だ。 人気もあるのだが、この作品をジブリの中で一番好きというやつは本当のファンではないのだ。
資金確保のための商業的な作品
なぜなら他の作品にくらべラピュタは宮崎さんの掘り進むべきコンセプトや思想が存在しないからだ。「冒険活劇」
宮崎駿はラピュタをこう評している。例えば他の作品の風の谷のナウシカ、もののけ姫、風立ちぬなどには宮崎さんの思想が色濃く反映されている。人類や地球環境、日本人、生き方などがテーマとしてその土台にいつもある。
しかしラピュタにはそれがないのだ。言わば箸休めのような作品であり、次の本当に描きたい作品を作るための資金調達のための商業映画なのだ。
事実この作品がつくらるに至った過程には以下のような事情がある。
その当時高畑勲の映画『柳川堀割物語』が制作さてれていた。しかし制作の遅れにより、資金が少なくなっていた。資金調達に困った宮崎駿が徳間書店の鈴木敏夫に相談し、制作が決まったのがラピュタであるのだ。
ただ単純に楽しめる映画にはなっておりそれは資金を調達するための商業映画として成功しているのだ。ドキドキハラハラがある。多くの人が好きになるのは当然なのだ。しかしこの作品にで宮崎駿が伝えたいものは特にないのだ。
ジブリファンを公言するならラピュタを1位に持ってきてはいけないのだ。 僕はそんな人に会うと、あ、表面的にしか見てないなと思うのだ。
以下の理由でカリオストロの城も同じだ。これも他人の作品を監督しただけで伝えるべき思想はない。東映で学んだ技術の結晶とは言っているが、それ以上は語っていない。カリオストロが一番というやつは宮崎駿通であることをアピールしたい人なのだろう。