東京都の豊洲市場(江東区)を巡る問題で、都議会の「百条委員会」は11日午後1時から証人喚問を始めた。前半は1999年~05年まで副知事と務めた福永正通氏と、99年~01年まで中央卸売市場長を務めた大矢実氏が証人として証言。築地市場(中央区)を東京ガスのガス工場跡地に移転させようとした経緯や、2000年10月に浜渦武生副知事(当時)と東ガスの交渉で、浜渦氏が「そのことは水面下でやりましょう」と発言したことなどが質問された。主なやりとりは以下の通り。
【桜井浩之委員長】
――なぜ豊洲地区の先端部が築地市場の移転候補地として浮上したか。
福永氏「市場にふさわしい面積や、海面に面していることなどから先端部となった」
――豊洲移転を決めたのは行政組織としての積み上げか。
大矢氏「築地市場の再整備問題は都庁の重要課題の1つだった。ただ、当時は非常に現地再整備が紛糾しており、一存で決めるわけにはいかない。開設者である知事が判断することだ。中央卸売市場の局長の立場で、豊洲移転が適切だと判断した」
――石原慎太郎元知事にはどんな説明をしたか。
大矢氏「解決には知事の理解を得る必要がある。99年9月1日に築地市場に視察に来てもらい、現場を案内した。その時、石原知事は『古くて、狭くて、危険で、汚いと』。その後、何とかしなければいけないということで、積極的に進めてくれと言われた記憶がある」
【自民・小礒明委員】
――築地市場の土壌汚染は当時、どの程度認識していたか。
大矢氏「全く承知していない」
福永氏「存じ上げていない」
※土壌汚染対策法が施行されたのは2003年。
――豊洲以外の候補地はあったか。
大矢氏「4、5カ所あった。晴海、有明北などだが、面積などの条件を満たすのは豊洲だけだった。土壌汚染も封じ込められるなら、豊洲しかないと判断した」
【自民・島崎義司委員】
――東ガスは当初、都への用地売却に難色を示していた。なぜ態度を変えたのか。
大矢氏「築地市場の役割を縷々(るる)説明した。10回にあまりあるほど説明した。その中で公共事業に協力するとの理解を得た」
――浜渦氏が「水面下」としたやりとりを知っているか。
大矢氏「都が買う場合、どの区画を買うか、金額はいくらか。都市計画の開発負担金をどうするか。トップ同士で細かいことを話す段階ではなかった。水面下というと密約のように言われるが、そうではないと思う。ただ、水面下の中身は承知していない」
【公明・上野和彦委員】
――土壌汚染対策は当時は重要課題ではなかったのか。
大矢氏「まずば売ってもらうことが戦略目標。第一目標は売買交渉を成就することだった」
――東ガスの提出資料から、浜渦氏の発言メモが出てきた。当時の部下の赤星経昭理事が東ガスとの折衝で、浜渦氏からの指示として「知事が安全宣言をしないと地価が下がって東ガスが困るだろう」とあった。浜渦氏の指示は事実か。
大矢氏「内容は知らない。その席に私はいないと思う」
――このメモには当時進行中だった再開発事業に関する負担金や、護岸整備工事の費用負担などを巡るやりとりも書かれている。
大矢氏「内容を聞いてびっくりした。水面下がそういう話ならば残念だ」
【東京改革・小山有彦委員】
――都は誰が何回、東ガスと交渉したのか。
大矢氏「私の2年間の在職中に10回くらいだ。知事に行ってもらうのは最後の手段で、副知事で基本的に解決という考え方だ。私が前哨戦で交渉したが、最初は(東ガスの態度は)けんもほろろだった。(都の要請に応じて用地を売却したのは)東ガスの理解のたまものだ」