朴大統領罷免 挫折乗り越え安定望む
民主化から30年という節目を迎えた韓国の政治史において極めて大きな挫折と言うべきであろう。
韓国の朴槿恵(パククネ)大統領がきのう憲法裁判所の決定によって罷免された。
憲法裁は、親友である崔順実(チェスンシル)被告の私益を図るために大統領の権力を乱用し、真相究明を妨げたことで法治主義の精神を毀損(きそん)したと断じた。
罷免による不利益よりも、朴氏の行為が憲法秩序に与える否定的影響の方が大きいという判断である。現在の混迷ぶりを考えれば理解できる結論だろう。
世論の離反招いた強権
憲法裁は、財閥に巨額の出資をさせて設立した財団の事業などを通じて崔被告が不当な利益を得たと認定した。崔被告に公文書を見せていたことも違法だと判断した。
公的な立場にない崔被告が大統領に大きな影響を与えていたことは韓国社会に大きな衝撃を与えた。崔被告との不透明な関係は、大統領として適切なものだったとは言えない。
一方で、国民が選んだ大統領を強制退去させる事態になったことは韓国社会にとってマイナスであろう。大統領直接選挙は民主化で勝ち得た最大の成果だったからだ。
5年前の大統領選では、朴氏の父である朴正熙(パクチョンヒ)氏の名前が選挙集会でよく叫ばれた。民主化運動を弾圧したものの、同時に経済成長の立役者とされる人物だ。
朴氏は、貧しいながらも希望を感じられた父の時代を懐かしむ人々の期待を背負って政権に就いた。不正腐敗とは縁遠いというイメージも人々に期待された。
しかし、選挙戦で社会統合の必要性を訴えていた朴氏の政権運営は、実際には反対派の意見に耳を傾けようとしない強権的なものとなった。国内での記者会見も新年にしか応じず、説明責任を果たすべきだという批判も受け付けなかった。民主社会の指導者としては問題だと指摘せざるをえない。
世論は弾劾支持が圧倒的だったものの、朴氏支持者は強い反発を示している。
だが、そもそも弾劾は公職を剥奪するかどうかという政治的判断であり、刑事罰を問うものではない。冷静な対応をしてほしい。
朴氏に対しては検察が改めて捜査を行うことになるだろう。朴氏は誠実に対応しなければならない。
民主化後の大統領たちは例外なく任期末のスキャンダルに苦しんできた。大統領に権力が集中しすぎていることが背景にあると指摘され、権力を分散させる憲法改正の必要性が議論されている。改憲へ向けた合意形成は簡単ではないが、より成熟した民主主義を目指す取り組みとして注視したい。
新しい大統領を選ぶ選挙は5月上旬までに行われる。
朴政権の与党は分裂し、勢いを失っている。盧武鉉(ノムヒョン)元大統領の側近だった勢力が主流となっている最大野党「共に民主党」側が優勢で、左派色の強い政権が誕生する可能性が高そうだ。
現在の韓国では、朴政権の業績を全否定しようとする風潮が強まっている。次期政権は政策を全般的に見直そうとするだろうが、前政権を否定しようという気持ちが先走るようではいけない。
日韓合意の維持が重要
特に、外交や安全保障政策については継続性が重要である。
韓国を取り巻く国際情勢は厳しさを増すばかりだ。
北朝鮮は弾道ミサイルの発射を繰り返しており、6回目となる核実験を行う可能性も否定できない。
金正男(キムジョンナム)氏殺害事件も北朝鮮の国家犯罪である疑いが強い。友好国だったマレーシアとの外交関係まで危うくさせる金正恩(キムジョンウン)政権の行動は常軌を逸している。
北朝鮮への対応では日米韓の連携が基本である。
ところが、共に民主党で最有力候補とされる文在寅(ムンジェイン)氏は、在韓米軍への「終末高高度防衛(THAAD=サード)ミサイル」配備や慰安婦問題に関する一昨年の日韓合意を疑問視する発言をしている。
日韓合意は、両国関係を改善の流れに戻すのに大きく寄与した。必ず守られねばならないものだ。
日韓では、北朝鮮に関する情報共有を進めるための軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も重要だ。これがなければ、米国を含めた防衛協力にも影響が出かねない。
米軍は、THAAD配備を急いでいる。韓国の大統領選前に既成事実を作っておこうという意図は容易に読み取れる。
韓国はいまや北東アジアの地域情勢に影響を与えうる有力な国家である。次期政権をうかがう政治指導者には、外交の基本路線踏襲を明確にするよう求めたい。
重要な隣国が激動に見舞われている中、日本の長嶺安政駐韓大使は現場に不在である。慰安婦問題を象徴する少女像の問題で政府が一時帰国させたものだが、ソウルに帰任させる時期ではないか。
次期大統領には、深く分断された韓国社会を再びまとめる取り組みが求められる。大きな挫折を乗り越え安定した社会を再建してほしい。