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無職転生 - 蛇足編 - 作者:理不尽な孫の手

剣の聖地に住まう神

22/26

22 「ニナ・ブリッツ」

 その日、ルーデウス一行は剣の聖地に一泊する流れとなった。
 本道場に一室を与えられ、そこで一晩を過ごすのだ。
 だが、エリスだけはニナの家に呼ばれた。
 ルーデウスたちと一緒に宿に泊まるつもりだったが、ニナに是非と頼まれたのだ。

 ニナの家。
 すなわちジノ・ブリッツの家である。
 エリスがルーデウスに一人で泊まることを伝えると、彼は心配すると同時に、やんわりと反対してきた。
 剣聖たちの態度を見てのことだ。

 剣聖は、ガルを殺されたことで、かなり殺気立っていた。
 ルーデウスは、その殺気に当てられたのだろう。
 だが、エリスの知る限り、剣の聖地は、昔からこんなものだった。
 基本的に剣士のほとんどは、強くなりたいというより、強く思われたいのだ。
 とはいえ、道場の外で格上の相手に奇襲を掛けるほど気概の強い者はいない。
 そんなのは、昔のエリスぐらいのものだろう。

 ともあれ、エリスはルーデウスたちを宿に残し、一人でブリッツ邸へとやってきた。
 道場から少し離れた場所にある、剣神の名に似つかわしくない、小さな家だ。

「さ、どうぞ、入って。ジノは今の時間は修行してるから、まだ帰ってこないわ」
「お、お邪魔します」

 エリスは緊張しながら玄関を潜った。
 思えば、エリスにとって生まれて初めてかもしれない。
 友人の家に遊びにいくというのは。

 アスラ王国の首都に住むイゾルテとは、アスラ王国に行く度に会う。
 だが、家に遊びにいったことはない。
 隣接する道場ならあるが、あれを『家に遊びにいく』と言うのはちょっと違うだろう。

「おかえりなさーい!」

 緊張するエリスを出迎えたのは、元気な声だ。
 ドタドタという音と同時に家の奥から出てきたのは、二人の子供だ。

「お母さん! おかえりなさい!」
「おかえーなさい!」

 片方は元気な男の子。右手に木剣を持ち、顔には満面の笑みだ。
 もう片方は女の子。こっちはまだまだ幼く、男の子を追いかけるようにトテトテと駆けてくる。
 二人は玄関まで走ってくると、エリスの姿を見てギョっとした顔で立ち止まった。

「息子のネルと、娘のジルよ。二人とも、彼女はエリス。お母さんのお友達よ」
「エ、エリスよ。よろしく」

 ニナに友人と紹介され、エリスは口をへの字に結んだまま頭を下げた。
 二人はエリスという名前を見ると、目を丸くした。

「赤い髪! もしかして、狂剣王エリス!?」
「あかーかみ!」

 ネルはその名を聞いて驚きを隠せなかった。
 ジルはよくわからなかったので、とりあえず復唱した感じだ。
 だが、よくわからないなりに、気になるものはあったようだ。キラキラとした目で、エリスに近づいてきた。
 赤い髪が珍しいのだろう。
 ジルがエリスのウェーブがかった髪に手を伸ばす。

 が、その前にニナに抱き上げられた。

「こーら」
「あー、まっかー!」

 ジルは不満気な声を上げて、ジタバタと暴れた。
 そんなジルを見て、ネルが慌てた様子で、声を上げた。

「ジルだめだぞ! 狂剣王だぞ! 触ったら食べられちゃうんだぞ!」
「がぶー?」

 ジルは怯えた目でエリスを見た。
 それを見て、エリスはフッと笑った。
 なんとなく、二人の関係が、数年前のアルスとジークに似ていたからだ。

「食べたりなんかしないわ」
「……そう言って油断させて食べる気なんでしょ?」

 そう言ったのはニナだ。
 懐疑的な目を向けられ、エリスはムッと口をへの字に結んだ。
 その顔を見たニナは相好を崩し、ジルを差し出した。

「冗談よ。抱いてみる?」
「ええ」

 エリスはニナからジルを受け取る。
 ジルは怯えた様子だったが、エリスの手つきが己の母親より慣れていることを察したのか、すぐにごきげんになった。
 赤い髪を掴み、「あかいの、きれー!」と嬉しそうに笑って口に含んだ。

「あ、こら、ジル。食べちゃだめ!」
「……うー」

 ニナに怒られ、ジルはすぐに口を離した。
 色が赤いとはいえ、髪なのだから、美味しいわけもない。
 だが、時すでに遅くエリスの髪はベタベタだ。

「私の方が食べられちゃったわね」

 エリスは笑いながらそう言って、ジルの頭を撫でた。

 その様子を、ニナは意外そうに見ていた。
 あのエリスが、と。
 いや、アスラ王国に行った時に、一度は目撃していた。
 彼女ももはや母親で、こういった振る舞いはできるのだ。

「美味しくないのわかったら、もう食べちゃダメよ?」
「うん」

 エリスがジルを下ろすと、ジルはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、家の奥へと駆けていった。

「ネル・ブリッツです!」

 と、そこで入れ替わるようにネルが出てきた。
 彼は片膝をついて、礼をした。

「狂剣王様! 本物なんですよね! お目にかかれて光栄です!」
「……エリス・グレイラットよ。頭なんて下げなくてもいいわ」
「いいえ! あの! あの! 俺、ずっと前から……」

 目をキラキラさせながらエリスを見上げるネル。
 わくわくとした表情で、何かを口にしようとする。

「はいはい、そこまで。ネル。いつまでエリスを玄関に引き止めておくの? せめて夕食の後にしなさい」

 と、そこでニナが水を差した。
 彼女はネルの頭にポンと手を置くと、やや強めの力でがしがしと撫でた。

「はーい……」

 ネルは不満気な顔で、うつむいた。
 もっと話を聞きたい。出来るなら、稽古とかもつけてもらいたい。
 だが、きっと母はダメというのだろう。
 いつもそうだった。
 剣の聖地に、名のある剣士がきても、ネルに会わせてはくれないのだ。

 不満気なネルを尻目に、エリスは家の中へと誘われた。


---


「みんな変わったわね」

 夕食を終えて、エリスはリビングでくつろぎながら、ニナと語らっていた。
 ジノの姿は無い。
 彼は夕食の後、子供たちと一緒に部屋へと行ってしまった。
 子供の笑い声が聞こえてくる所をみると、一緒に遊んでいるのだろう。

「こんな風になってるなんて、思ってもみなかったわ」

 ニナとエリスとジノ。
 三人の中で一歩劣っていたのがジノだった。
 いつも不貞腐れたような顔で剣を振り、剣神の言葉にもうまく答えられなかったジノ。
 そんな彼が、今やニナを妻とし、エリスを一撃で倒す境地に至っている。
 その事実に、エリスは驚きを隠せなかった。
 ガルからは聞いていたが、実際に見てみると、本当に人が変わったようだった。

「あなた。道場では剣もとらなかった」

 ニナもニナだ。
 あれだけ強くなるのに必死だったのに。
 道場ではエリスを見ているだけ、それどころか、ジノに好き勝手にやらせている。
 昔のニナからは考えられない。

「もう、いるのよ、次の子供が」

 ニナはそう言ってお腹を撫でた。
 外からはわかりにくいが、確かに、少しだけ膨らんでいるのがわかる。

「ジノに剣帝と名乗れ、なんて言われたけど、多分、もう引退ね」
「あなた、それで満足なの?」

 自嘲げに笑うニナに対し、咄嗟にエリスはそう聞いた。
 ニナは視線を落としながらも、しかし満足気な表情をしていた。

「ええ……満足よ。
 もうちょっと剣術を続けていたかったって気持ちはあるわ。
 でも、何かしらね。不思議と、心残りは少ないの。
 私の剣は、ジノに負けた時に、終わったのかもね」
「負けたの?」
「ええ、ジノが剣神に挑む前に、僕が勝ったら、僕のものになってくれって。それで本気で戦って、負けたわ」
「素敵なプロポーズね」
「でしょう?」

 ニナは当時のことを思い出し、フフッと笑った。
 あの日まで、ニナは世界で一番強い剣士、すなわち剣神になりたいと思っていた。
 だが、それが一瞬にして消えた。
 それほどまでに、ジノは強かった。
 今までの努力をあざ笑うかのように、ニナを一撃で仕留めたのだ。
 昼間のエリスと同じように……。

 あるいは、ジノでなければ。
 小さいころから子分のように扱っていた幼なじみでなければ、違ったかもしれない。
 エリスに負けた時と同じように、奮起して、涙を流しつつも剣術に打ち込んだかもしれない。

 だが、相手はジノだった。
 ジノは、自分と結婚するために強くなったのだ。
 そして自分を倒し、その足で剣神ガル・ファリオンの元へと行き、勝利した。
 剣神の称号を引っさげて戻ってきたジノは、ニナの唇を強引に奪い、そのまま押し倒した。
 あの日、ニナはジノのものになったのだ。
 心も、体も。

 ニナは、剣神になるというのが、並大抵の努力では不可能だと知っている。
 努力だけでも、才能だけでも不可能だ。
 あるいはその両方を持っていても、届かないものかもしれない。

 それまでもジノは、ニナに引っ張られるように、ニナと同じぐらいの努力をしていた。
 そうした下地があった上で、ニナ以上の、血反吐を吐くような努力をして。
 ジノは、到達したのだ。
 剣神という境地に。
 ほんの一握りしか到達し得ない場所に。

 だからニナは、ジノが「相応の報い」を受けるべきだとも思っている。
 相応の報いをガル・ファリオン風に言うと「好き勝手」だ。
 剣神は、好き勝手していいのだ。
 だから、ジノが今日のような態度を取っても、何も言わない。
 思う所も、言いたいこともあるし、自分が言えばジノは聞いてくれるだろう。
 でも、それをするとジノがいきなり弱くなってしまうような錯覚すらあった。
 自分の憧れた存在になった者の邪魔をすることは、ニナには出来なかった。

 ともあれ、ニナは剣術を捨て、次のことに打ち込むことにしたのだ。
 子育てである。
 それで満足だった。

「エリスこそ、今で満足?」
「満足よ」
「奥さんが他に二人いるのに?」
「別に、普通のことだわ。お父様はお母様しか妻にしなかったけど、お祖父様は何人も手を出していたもの。ルーデウスのお父さんだって、妻は二人いたわ」
「私はミリス教徒じゃないけど……複数人なんて考えられないわ」

 無論、エリスとて不満に思うことはある。
 もし、ルーデウスの妻が自分だけだったら、と考えたことも。
 きっと幸せだろう。
 でも、誰にも邪魔されず、朝から晩までふたりきりなのだ。

 『今のグレイラット家』と比べて考えると、どうだろう。
 シルフィやロキシーがいない家。
 となれば、ルーシーやララ、ジークにリリもいないだろう。
 その代わり、エリスとの間の子供はもっと増えていたかもしれないが……今以上の子供など、想像できようはずもない。
 そう、今を知るがゆえ、物足りなさを感じてしまうのだ。

 一日のトレーニングを終えて、汗びっしょりになった時にタオルを渡してくれたり。
 汗を流すべく風呂に入ろうとすると、ついでに入れてと泥だらけのララを押し付けられたり。
 子供を洗って出てくると、新品の下着と服が用意してあったり。
 ベタベタとうっとおしくもなく、気兼ねなく仕事を押し付けられたりもする、丁度いい距離感。
 シルフィとロキシー。
 今の生活から二人を抜いて考えるのは、エリスには難しかった。

 そもそも、今は充実はしているのだ。
 子供たちの成長を見ているのは楽しいし、やりがいもある。
 もう少ししたら、もっと本格的に剣術を教えるだろう。
 ルーシーは魔術に行き、ララはまだボンヤリとしているが、アルスはきっと剣術だ。
 どんな風に教えるか、どんな風に成長するか。
 そんな事を考えているだけでも、幸福感があった。

「エリス、あなたも変わったわね」
「そうね」
「昔のあなたなら、子供なんて蹴り飛ばしてたわ」
「失礼ね、蹴ったりなんかしないわよ」
「昔は子供みたいだったけど、今は子供をちゃんと見てる」
「二人も産んだもの」
「三人目は?」
「子供はもう十分だわ」
「あっちの方も?」

 ニナがそう聞くと、エリスの顔に朱が差した。

「……あ、あっちの方はもっと欲しいわね」

 それがエリスの正直な気持ちだった。
 ただ、妊娠期間中の、あの重くて不自由な感覚は、どうにも好きにはなれない。

「なんにせよ、今のエリスは、付き合いやすいわ」
「私も、今のニナの方がいいわね。昔はなんか、面倒だったわ」
「そうでしょうね」

 昔のニナは尖っていた。
 自分が一番だと思っていたし、下の人間をどうにかしてもいいと思っていた。
 その思い上がりが完全に消えたのは、エリスと接したからというのもあるが、ジノとの結婚も大きいだろう。

「……あ、そういえば、イゾルテも結婚したのよ。聞いた?」

 ふとエリスは、もう一人のことを思い出した。
 イゾルテ・クルーエル。
 現在は水神レイダと名乗り、水神流のトップに立つ女。

「ええ、結婚式をするって手紙が来たわ。妊娠してたから行けなかったけど」
「じゃあ、子供を産んだってのは?」
「初耳。男の子? 女の子?」
「女の子。水神として、そう多くの子供は産めないから、跡取りを産めなくて残念って嘆いてたわ」
「大変ね。でも、相手の人は北帝なのよね? 女の子だったら怒ったり残念がったりしたんじゃない?」
「ドーガはそんなこと言わないわ。いい奴だもの」

 エリスはそう言いつつ記憶をたどる。
 思い返せば、イゾルテとドーガの結婚について、一番物言いをつけたのはルーデウスかもしれない。
 ルーデウスはドーガに対して強い信頼を持っている。
 ビヘイリル王国の戦いでは、命の危機を助けてもらったからだ。
 命の恩人。
 素朴で正直者で騙されやすそうなドーガ。
 そんなドーガが面食いのイゾルテと結婚すると聞いたルーデウスは、「金目的では?」とか「浮気をするのでは?」と、隠れて身辺調査を行ったぐらいだ。
 一応、イゾルテにも助けてもらったのに……。

 ともあれ、それほどルーデウスに信頼される素朴なドーガが、自分の娘を残念に思うはずもない。
 前にエリスが見た時は、母親似の娘を肩に乗っけて、ニコニコしていた。
 掃除洗濯に子供の世話まで、率先して行っているそうだ。
 基本的に家のことはあまりやらないエリスですら「イゾルテも何かやったほうがいいんじゃないの?」と言ったぐらいである。
 その際、気まずそうに目をそらし「彼、私より上手だし……」と呟いたイゾルテを忘れられない。

「今度は、私達の子供が、お互いに高め合う仲になればいいわね」

 ニナの言葉に、エリスもうなずいた。

「そうね。なんなら、魔法大学に留学させるといいわ」
「面白そうね。でも、留学なんてジノが許さないわ。あの人、自分の愛するものを、ずっと自分の傍においておきたいタイプだもの」
「それじゃ、子供たちは一生、剣の聖地から出られないわね」
「その時がきたら、きっと勝手に出て行くわ」

 エリスとの会話に、ニナはクスッと笑った。
 本当に、昔のエリスからは考えられない会話だ。

「ん?」

 エリスはふと気配を感じて振り返った。
 リビングへの入り口、そこには、一人の少年がいた。
 ネルである。
 彼の手には、一冊の本が握られていた。
 彼はエリスと目があうと、意を決したようにツカツカと歩いてきた。

「あの! 狂剣王様!」
「……なに?」
「こ……これの人と、知り合いなんですよね!?」

 そういって差し出してきた本のタイトルは『スペルド族の冒険』。
 エリスもよく知っている本だ。
 ノルンが書き、ルーデウスが本にし、ザノバやアイシャが売っているものだ。

「ルイジェルドのこと? それともノルン?」
「ノルン……って、作者さんとも知り合いなんですか!? あ、でもそっか、苗字が一緒だから……!」
「ノルンは私の義妹よ。ルーデウスの妹ね」
「列強第七位『泥沼』のルーデウスですね! またの名を、龍神の右腕『魔導王』ルーデウス!」
「そうよ。よく知ってるわね」
「お母さんに、スペルド族のこととか、エリスさんのこととか聞いてて!
 吟遊詩人とかからも、泥沼の話とか、狂剣王の話も聞いてて!
 すごいなって、一度でいいから会ってみたいって思ってたんです!」

 ネルはキラキラとした目でエリスを見上げ、そう言い放った。
 エリスは少年にとって、吟遊詩人によって語られる、物語の登場人物だ。
 すなわち、伝説の存在であった。
 父親のジノと違い、彼は『外の世界』に興味津々だった。
 いずれは自分も外の世界へと出ていき、吟遊詩人に語られるような存在になりたい。
 それが、彼の将来の夢である。

「そう、それは光栄ね」

 エリスは口元がニヤけるのを感じた。
 が、目の前の少年の夢を壊すまいと、顔を引き締めたまま、神妙に頷いた。
 脳内でイメージしていたのは、すまし顔のロキシーである。

「ルーデウスもオルステッドも、来てるから、帰る前に会っていくといいわ。あと北神カールマン三世もいるわよ」
「いいんですか!?」

 ネルは飛び上がるようにエリスを見上げた。
 列強七位と、列強二位。
 そして北神英雄譚で有名なカールマン。
 化物のような強さを持つ自分の父と同じか、それ以上の存在。
 もはやこんななんでもない日に、そんな存在と出会うという夢が叶うとは、思ってもみなかったのだ。

「あの……」

 ネルはそこで、本を後ろに隠し、もじもじと膝をすりあわせた。

「狂剣王様は、世界中を回ったことがあるんですよね?」
「ええ、魔大陸からミリス大陸、中央大陸の端っこまでね。天大陸とベガリット大陸は行ったことないわ」
「冒険の話とか……聞かせてもらいたいんですけど、いいですか?」
「私の? ルーデウスのじゃなくて?」
「はい、狂剣王様の話のがいいです!」

 エリスは口元をニヤけさせながら頷いた。
 思えば、昔はそういう話を聞くのが好きだった。
 よくギレーヌにねだって、冒険の話を聞いた。
 だがまさか、自分が話す側になろうとは、思ってもみなかった。

 いや、アルスやジークにねだられて、お話をすることはよくある。
 今だって、ジークはよくエリスの昔話を聞く。
 だが、それとはなんだか少し違う感覚だ。

 それは母親ではなく、英雄として扱われているからである。
 が、エリスにはわからない。
 ただ、ちょっと気分が良かった。

「そうね……じゃあ、魔大陸に転移した話をしてあげるわ」

 嬉々として昔の話を始めるエリス。
 それを見て、ニナも口元に笑みが浮かぶのを感じた。

「ほんと、変わった……」

 自分は変わり、エリスも変わった。
 互いに高め合う仲、とはお世辞にも言えなくなった。
 だがむしろ、エリスとの距離は近くなったように感じていた。

 最初に会った頃は、仲良くなど絶対に出来ないと思っていた。
 エリスが剣王となり剣の聖地から出て行った時も、ある種の尊敬はしていたものの、親友と言うには首をかしげる間柄であった。

 だが、今は違う。
 尊敬の念は少なくなったが、それでも、かつては感じなかった何かを感じる。
 しばらく会っていないが、もしかするとイゾルテと会っても、そう感じるかもしれない。
 幼い頃からの友人らしい友人がほとんどいないニナにとっては、珍しい感覚だった。

「エリス」
「――そしたらルイジェルドが、いきなりそのペット誘拐犯を殺して……なに?」
「今度、子供を連れてイゾルテの所に遊びに行きましょ?」

 そう言うと、エリスは目をパチクリとさせたのち、こくりと頷いた。

「わかったわ」

 ジノは剣神になり、変わってしまった。
 剣神があの様子では、剣の聖地もこれからどんどん変わっていくだろう。
 今の状況は、長続きしないはずだ。
 ジノも、案外あっさり、他の誰かに倒されてしまうかもしれない。
 それは、剣士として生きるものの定めだ。
 剣士とは、不安定な生き物なのだ。

 でも、きっとこの友情は長続きするだろう。
 自分ははもう、剣士ではないのだから。

 ニナはそう思うのだった。
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