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「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――それって本当にハッピーなんですか?「マブラヴ」の正体を探る後編を掲載
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印刷2017/03/11 00:00

インタビュー

「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――それって本当にハッピーなんですか?「マブラヴ」の正体を探る後編を掲載

 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀氏マフィア梶田BRZRK対談インタビューも,ついに後編だ。中編では,「マブラヴ」を世に送り出すために立てられた綿密なプロモーション戦略や,6年をかけて完成までこぎ着けられた理由などが吉宗鋼紀氏から語られた。今回の後編では,「マブラヴ」という作品の裏側にあるもの,その正体に迫ることになる。

■「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談
大ボリュームのインタビューから吉宗氏の人物象を掘り下げた前編をお届けしよう
“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載

 なお,「マブラヴ」シリーズ本編に切り込むということで,ネタバレや制作の裏側の話題が存在するため,その点はご注意を。

(インタビュアー:マフィア梶田,BRZRK。文:BRZRK。2016年11月30日収録)


なぜファンは3年を待てたのか?


マフィア梶田:
 先ほど,武やプレイヤー自身の成長について,いろいろ話題に上がりましたが,成長という意味だと,プレイヤーはEXTRA編の気持ちでUNLIMITED編に入るわけじゃないですか。

※EXTRA編とUNLIMITED編は「マブラヴ」で,ALTERNATIVE編は「マブラヴ オルタネイティヴ」(以下,オルタ)でプレイできる

マブラヴ
「マブラヴ」
マブラヴ
「マブラヴ オルタネイティヴ」

吉宗氏:
 まぁ,平成の高校生としてですね。

マフィア梶田:
 UNLIMITED編,そしてALTERNATIVE編に入って「おや?」っと思ったときには,プレイヤー自身がすでに「オルタ」世界の住人の心境になってるんですよね。「マブラヴ」という1本,あえて1本という表現にしますけど,人間の心の成長をここまでキャラクターと一緒に描けている作品はこれまで味わったことがなかったです。

吉宗氏:
 すごく嬉しいです。ありがとうございます。

マフィア梶田:
 自分も最後は,完全にオルタネイティヴの世界の住人でしたし。

BRZRK:
 あー,梶田くんにはぜひリアルタイムでプレイしてほしかったなぁ……。

吉宗氏:
 3年待ったりですか(笑)。

※「マブラヴ」の続編である「オルタ」は発売までに3年を要した

BRZRK:
 ガチで3年待ってましたからね,僕。突如として発売日が発表されたときは,「いや,出ないだろう」と思いましたもん。

吉宗氏:
 冬コミの企業ブースで発売告知解禁だったんです……確か。しかも事前告知なしのサプライズでした。で,時間になって「オルタ」の発売プロモ用デモムービーを流したんですよ。シャトル打ち上げのムービーとか,それまでずっと隠してきた情報てんこ盛りで。挿入歌の「Carry on」もそこで初公開して。ムービーが終わってブース前が騒然となって,涙を流す人までいて,やっとここまで来たかって感慨深くて,こっちももらい泣きしそうになったんですよ。

BRZRK:
「Carry on」の前に純夏が「それでこそカッコイイ武ちゃんだ」っていうセリフが流れるやつですね! 観に行きました!!

吉宗氏:
 でも,みんな小さい声で「どうせ,出ないんだろ?」って(笑)。

BRZRK:
 ごめんなさい,口にはしませんでしたが僕もそう思ってました(笑)。

吉宗氏:
 だからメディア展開は,完成の証拠として各誌の編集者に全編遊んでもらって,プレイレポートを掲載していただいたんです。それでも「インストールしてエンディング迎えるまでは信じないぞ」って(笑)。

マフィア梶田:
 いやあ,そのときの気持ちを味わえないのが残念なんですよねぇ。BRZRKさんはぶっちゃけ3年も待てたのって,なぜです? その間に「マブラヴ」のことを忘れたりはしてなかったんですか?

BRZRK:
 友達とずっと「マブラヴ」のEXTRA編とUNLIMITED編で謎だった部分を議論したり,ネット上の考察サイトを覗いたりしているだけで楽しかったから,忘れたことはなかったね。それで,1年が経過して「まだ出ないねぇ。でもそのうち情報があるんじゃね?」って。それで2年目だったかな。海神(水陸両用の戦術機)が潜水母艦から離艦するムービーが流れて,「いよいよ来たか!」と思ったら,そこからまた期間が空くんですよね。もう資金を出してくれる各所から怒られるんじゃない? とか笑い話でしていましたね。

吉宗氏:
 いやぁ,もうとっくに見限られてましたね!

BRZRK:
 やっぱり!(笑)。それで3年め,冬コミのムービーでいきなり発売が発表されて,念のためa-brand Box(数万円の特大フィギュアにゲームが付いた限定500個のボークス版パッケージ)を予約しつつ,「いや,まだ信じないぜ!」って。でも,どれだけ日が経っても延期の話が出てこないから,逆に怖くなったんですよねぇ。


一同(笑)

吉宗氏:
 テックジャイアン(エンターブレインのアダルトゲームカタログ雑誌)で,連載ページをやっていただいたんですが,そこで「オルタ」のマスターディスク納品追跡レポートが見開きで掲載されたんですよ(笑)。裸の萌えキャラ載せてナンボの雑誌で,エロゲ会社のオッサンと記事担当のコスプレイヤーが工場納品する写真が何枚も。そんなことがスクープ扱いになるとか,どんだけ信用ないんだよと(笑)。

マフィア梶田:
 でも,それって結局,ファンも業界もこの作品を見捨ててなかったということですよね。

吉宗氏:
 ありがたいことです。でも,信じてはいても本当に出るとは思ってなかったみたいですよ(笑)。

マフィア梶田:
 ある意味,エヴァンゲリオンと同じで,考察の余地があったから3年も待てたというのもあるんですかね?

BRZRK:
 EXTRA編とUNLIMITED編でガッチリと心を掴まれているわけじゃないですか。この世界の続きが見たいなと思っていましたから。それで僕は「あの星で戦っているんだよ」の続きかと思ってましたが,並行世界にドリフトしたと思ったら,今度はタイムリープと(笑)。

吉宗氏:
 エロゲーで良くある展開てんこ盛りの方針なので(笑)。それにUNLIMITED編のエンディングの続きってありえないですよ。

BRZRK:
 それはなぜです?

吉宗氏:
 誰のエンディング後でもいいんですけど,移民船は6光年先のバーナード星系を目指して重力勾配航法で準光速まで加速しているから,相対的に地球時間が経過しすぎているんです。だから星を見上げていた母親は,誰ひとりとして太陽系第三惑星で武が生きて戦っているなんて思っていないんですよ。
 でも,移民船が出発して反攻作戦が発動するまでの数年は生きているだろうから,3歳になった子供に6年かけて届いた過去の太陽の光を見せているんです。

マフィア梶田:
 つらい……。

BRZRK:
 ほんとに切ねえっす……。ともかく,そんなUNLIMITED編の続きのつもりだったから,ALTERNATIVE編の始まり方()があまりに衝撃的で,あのとき食べてたミカンを画面にぶん投げちゃったんですよね。

※UNLIMITED編の開始時点(2001年)よりも以前の明星作戦(1999年)を,ハリウッド映画の導入部的な演出で表現した,アバンタイトルにあたるシーン

吉宗氏:
 あははは,なんでですか(笑)。

マフィア梶田:
 あははははは!(笑)。

BRZRK:
 いや,もう,なにか気持ちが分からなくなって投げちゃって。果肉が飛び散りましたよ。

吉宗氏:
 あのアバンは,マスターの3週間くらい前に急遽追加したんですよ。武が成長しているとは言っても,画面自体はUNLIMITED編と同じような展開を繰り返すので,演出的にもプレイヤーのテンション的にも最初にガツンと掴んでおきたかったんです。それに,本来はデビュー作になるはずだったけど難産で2作目になった,「化石の歌」にも,アバンを入れていたんです。
 当時は,凝ったオープニングムービーが当たり前になりつつある時期でしたが,「化石の歌」で入れたのは,物語から独立したそういうものではなく,本編の情報をザッピング風に紹介する事で意味深な雰囲気を演出するという,まさにアバンでした。それで,「こんな大仰でこじゃれた演出を入れるということは,相当の自信作である証拠だ」って評価されたんです。
 「化石の歌」はあの世界のはるか未来という位置づけですし,それ以上に自信作である「オルタネイティヴ」には,当然映画的なアバンを入れるべきだろうという思いもありました。

BRZRK:
 「HUMAN BRAINS!」ですよね?

吉宗氏:
 その直前で「オー,ノウ(脳)!!」ってネタバレしてますけどね(笑)。

マフィア梶田:
 それ,ダジャレじゃないすか(笑)。それにしてもマスター3週間前でよくそんな無茶な追加をしましたね。

吉宗氏:
 アバンのシナリオを持って開発部に説明しに行ったんですけど,もうすでに5回くらい“息してない”ような目にあっている開発スタッフ達が,感情のない目で話を聞いているんですよ。で,ひととおり聞いた後,「そのアバンを入れたら売上が何万本のびるんですかね……」って。

BRZRK:
 まあ,3週間前ですから……。

吉宗氏:
 数日後,できあがったアバンをスピンドリル(アージュのメインプログラマー。AGESを独自開発)の席のディスプレイで歓声を上げながら見ていたんですが,「これをわざわざ追加した意味,未だによく分からないです」ってボソリと(笑)。でも皆,口ではツベコベ言いながらも,そこだけでしか使わない大量の背景を作ったり,戦術機の手前に背景オブジェクトを配置してあんなガッツリと演出を入れて来るんですよ。ウチの開発連中の高い職人気質には本当に頭が下がります。

マフィア梶田:
 確かにすごくいい導入部でした。とても10年近く前のクオリティとは思えません。

BRZRK:
 もう,そこから完全に物語に引き込まれましたからね。開発の皆さん,マジでハンパじゃないですね!


エヴァが完成されてたら「マブラヴ」はなかった?


マフィア梶田:
 そう言えば先ほど,テーマやメッセージのルーツの話をうかがったとき,そのひとつが「英霊の言の葉」だと話していましたよね。ほかにも,いろいろなものを詰め込んで総力戦という話でした。そこで初めて吉宗さんと飲みに行った時に聞いた,庵野さんの話が出てこなかったのが気になったんですが。

BRZRK:
 エヴァンゲリオンの,あの庵野秀明さん

吉宗氏:
 「マブラヴ」を作っている最中にこれだけはやらねばと心に決めていたことのひとつに,庵野さんのリベンジというものがあるんですよ(笑)。

BRZRK:
 リベンジ!? どうしてです?

吉宗氏:
 僕には心の師匠が数名います。もちろんこっちが勝手に師匠呼ばわりしているだけなんですけど,その方々の作品がなければ,僕は今ここにいないでしょう。とにかく業界の至宝というべき方々です。中でも「海のトリトン」「ザンボット3」「ガンダム」「イデオン」など,10代に影響受けまくった富野由悠季さんは言わずもがな,「トップをねらえ!」「エヴァンゲリオン」(以下,エヴァ)など,20代で影響を受けた庵野さん。僕のアニメ脳はこの2人の占める割合が多いんです。

BRZRK:
 それは,多くのクリエイターがそうだったでしょうね。

吉宗氏:
 中でも最後に大ハマリしたのが「エヴァ」で,とにかく超が付くぐらい大好きだったんです。でも,テレビ版の最終回はご存知のとおり。最初の劇場版2作もまあ,とりあえずアリとしましょう。それでも僕は,当初庵野さんが想定していたままの「エヴァ」のラストが見たかった。放送当時,インターネット上で激しく展開していたエヴァ考察議論や作品論争,批評や批判の功罪は大きいと思うんです。もちろんあれが「エヴァ」大ヒットの原動力になったのは確かです。
 ですが,見なければいいものを,庵野さんはおそらくご覧になっていたんでしょうね。度々苦言を呈したり,反発なさっていました。そして終わりなき非難に疲れ果て荒んでしまったのか,「Air/まごころを君に」終盤の展開と演出に……。

BRZRK:
 ああ……。リアルタイム世代なのでその気持ちは良く分かります。

吉宗氏:
 もし庵野さんがインターネットを一切見ていなかったら「エヴァ」はいま頃……って考えると,ファンとしての勝手な言い分ですが本当に悔しい(笑)。「エヴァ」が,19話のノリのままラストまで完成していたら,「マブラヴ」はああいうものとして作ってないですよ,実際。

マフィア梶田:
 おっと,言い切っちゃいましたね(笑)。

吉宗氏:
 「マブラヴ」のあの内容はぶっちゃけ,変わってしまった「エヴァ」への反発であり,復讐という側面もあったんです。

BRZRK:
 具体的には,何に対する復讐だったんですか?

吉宗氏:
 19話「男の戦い」で期待させた展開が,我に返れとばかりに実写が入るわ,オタクを映すわ,最後にはフラれた女の首締めて,「気持ち悪い」と言われて。多くの若者に影響を与えたロボットアニメ最後の大ヒット作が「いや,それ絶対やっちゃダメだろう」ってずっとイライラしていました。数年後,僕が「マブラヴ」をハンドリングすることが決まった時,では,僭越ながら勝手に仇をとりますので,と(笑)。
 ほんと身の程を知らないというか大それた話ですが,日本の戦後体制描写を含め「エヴァ」が避けたり,放り投げた諸々すべてにキッチリ答えて,男の子へのエールはこうあるべきだと自分が思うものにしたんです。それは「英霊の言の葉」を見て,自分ができることをつなごうと思った内容とも完全に合致していましたので,ある意味ラッキーでした。

BRZRK:
 なるほど。エヴァでやってほしかったことを,自分でやったと……そういう意味なのか。

吉宗氏:
 そう。だからこそ,主人公の浮き沈みや揺さぶりは,「エヴァ」以上に激しくする必要があったんです。「逃げちゃだめだ」って言いながら逃げた先には自分のせいで発生する地獄を準備して,勘違いで増長して後先考えず調子こいたら,もっと過酷な可能性の未来を引き寄せて自尊心がズタボロになるとか。その意味ではUNLIMITED編のエンディングは完全に罠です(笑)。

マフィア梶田:
 その罠,見事にハマったんスよね。UNLIMITED編を最後までやると,完全に武ちゃん(主人公)とシンクロしちゃってるんで,「俺も成長したな」って気分になるわけですよ。
 でも,いざ「オルタ」編やってみると,「全然成長してねぇ!」ってことに気付く。見事なまでの上げ落としですよ。

マブラヴ

吉宗氏:
 人生ってそうじゃないですか。自分だけでやった気になって調子をこくと,必ず足下をすくわれる。

BRZRK:
 UNLIMITED編で苦労した無人島でのミッションを,「オルタ」では余裕でクリアするじゃないですか。今回の俺(武ちゃん)は余裕だぜ? とか思って調子こきました(笑)。

マフィア梶田:
 そんな感じなんですよ!「楽勝じゃん!」と。

吉宗氏:
 誰もが一度は必ず陥る,“砂上の全能感”ってやつですね。きれいにハマってくれて嬉しいです(笑)。

BRZRK:
 「俺,これ知ってんだよねぇ」と,内心優越感を覚えちゃって。

マフィア梶田:
 間違ったこと言ってるキャラに対して「こっちはUNLIMITED編を何周したと思ってんだよ?」とか,どや顔で(笑)。

BRZRK:
 で,物語が少し進んだところで折られる。もうボキボキに。

マフィア梶田:
 本当にプレイヤーの心理を弄んでいるというか……演出にこれを込めちゃうのは見事ですよ。

吉宗氏:
 いや,庵野さん達は制限のある中であれをやっているから偉大なんです。僕みたいな素人が,なんとなくそんな感じにできたのは,PCアドベンチャーゲームだったからです。アニメなどと違い,テキスト容量がある意味,無制限だからなんですよ。資金にしろ時間にしろ,自前でリスク負うならいくらでも増やせますから。

マフィア梶田:
 つまり,同人的なアプローチを商業でやったと?

吉宗氏:
 そういうことです。それに,「エヴァ」が伏線回収や考察の答えがないまま終わって,ネットが荒れていたのを先に見られたのも幸運でした。当時は2ちゃんねるなどでの考察や議論が盛んでしたから,「オルタ」が延期している間に関連スレッドが異常な速度で伸びていたんです。
 「エヴァ」のリベンジをするなら,ネットの考察やツッコミすべてに答えと受け皿を準備しなければ達成できないんです。だから,設定や背景など,恥ずかしげもなく,すべてシナリオで説明しました。いまのライトノベルではその辺はかなり緩くなっていますが,当時の物書きで,設定や背景などをすべて文章で説明するなど下策中の下策だったんです。もっと文章を削いでテンポを良くするのが商業としては正解です。

マフィア梶田:
 それをあえて破ったんですね。

吉宗氏:
 ええ。リベンジ(復讐)といっても敵対したいわけじゃないので,炎上に対してはクオリティと丁寧な説明の物量で圧倒し,好評価に転換できて初めて完遂したことになるんだと考えました。このように,商業のセオリーにとらわれない,ある種の同人的な制作手法だったからこそ「オルタ」は成立したんだと思います。

BRZRK:
 印象的には売り方や仕掛けの斬新さが目立っていますが,作り方や内容,予算まで,「マブラヴ」はすべてが型破りだったんですね。

吉宗氏:
 多くのプレイヤーさんが,そういうアホさ加減に圧倒されて,「コイツらホンモノのバカだ(褒め言葉)」って楽しんでくれているんだと思います。「エヴァ」だけが「マブラヴ」制作モチベーションのすべてではありませんが,ある意味で「オレが見たかったのはこんなエヴァだ」というものにはなっていると自負しています。
 その答え合わせが10余年の時を経て,「シン・ゴジラ」で行われたんです。日本人という立脚点,日米関係のリアル,政治,組織,人類の攻撃に対応するコミュニケーション不能の敵,完全な対空レーザー,飽和攻撃,首都近傍に残る敵の遺構,未発見元素をめぐる国際関係。エンドロールを見つめながら,勝手に「オレは100点満点だった!!」と独り感涙にむせびました(笑)。


マフィア梶田:
 トークイベントでもおっしゃってましたね(笑)。

吉宗氏:
 実は数年前にも「オレが見たかったエヴァ」合格の評価を得たことがあるんです。フィギュアを見にアキバのボークスショップに行った時のことです。中学生っぽい集団がA3(ボークスのロボットアクションフィギュア)の武御雷を見て,興奮気味に「なにこのエヴァ,カッコイイ!」って(笑)。

一同(爆笑)

吉宗氏:
 ま,紫色だし(笑)。


BRZRK:
 でも,パッケージにはエヴァのエの字もないっすよ!

吉宗氏:
 「エヴァ」に間違えられるなんて,フォロワーとしては光栄なことじゃないすか(笑)。そういった偉大なる先人の作品あっての僕ですから。息子に「パパはもっと進撃の巨人とか見て勉強した方が良い」って言われることに比べれば,ハワイ旅行みたいなもんですよ(笑)。

マフィア梶田:
 逆っ! 逆だから!!(笑)

※進撃の巨人は「オルタ」のリスペクトだと同作品の作者が明言している

吉宗氏:
 まあ僕は「エヴァ」にとってファンと言うより,面倒くさいストーカーみたいなものですよ。でも,勝手にではあっても,「先人の偉業を引き継ぐぞ!」的な思い込みや図太さ,無軌道な行動力は,物作りに絶対プラスだったと思います。そこに,一番大事な運と人に恵まれた。もう少しハンパで,借金とかを躊躇していたら,スタッフもここまでとことん付き合ってはくれなかったかもしれませんね。

BRZRK:
 それってやっぱり,吉宗さんに立脚点があるからできたと思うんですよ。楽観的すぎるとは思いますけど(笑)。

吉宗氏:
 お二方みたいに立脚点が2つあると,それはそれで大変だと思いますけどね。実際,立脚点って大変なんです。良いことばかりじゃない。だから続編の,「トータル・イクリプス」では立脚点に苛まれる者達の話にしたんですよね。「マブラヴ」で立脚点の獲得を描いたからこそ,そのネガも描かないとな,と。でも自分の能力不足で,“立脚点=盲目の日本好き”だと勘違いさせてしまったらしく,母と自分を棄てた父親=日本が嫌いな主人公(ユウヤ・ブリッジス。天才的操縦技能を持つ日米ハーフの米軍衛士)は連載当初,滅茶苦茶嫌われました。まあ,連載が進むにつれて誤解が解けたようで,皆さん同情的になりましたが。

「マブラヴ トータル・イクリプス」
マブラヴ

マフィア梶田:
 仕方がないことではありますけど,ユウヤが嫌いだと言っている人を見ると,「そりゃ,国籍で悩んだことのないヤツには分からん話だろう」とは思いました。

BRZRK:
 でも,僕らみたいにハーフだから分かる,共感できる面は強くありますよね。

吉宗氏:
 お二人は,好き好んでそういう運命を負ったわけじゃないのに,理不尽な目に遭うことも少なくなかったと思います。でも,立脚点が1つだろうが,2つだろうがゼロだろうが,立ち位置で悩むのは同じだと思うんです。日米2つの立脚点を持つユウヤと,1つに固執した唯依(篁 唯依。トータル・イクリプスに登場する日本帝国斯衛軍衛士)とクリスカ(クリスカ・ビャーチェノワ。トータル・イクリプスに登場するソ連軍衛士),何も持たないイーニァ(イーニァ・シェスチナ。トータル・イクリプスに登場するソ連軍衛士)。その種類や傾向が違うだけで,自分が何者で,どこに居て,どこに行くか分からなくてフワついている。そういう意味ではお互い似たもの同士,根っこの部分では共感できるはずなんです。

マフィア梶田:
 「日本人」という,確実なアイデンティティを持っていることがどれだけ幸せなことか,想像できない人が,世の中には意外に多くて。不思議だったんですよね……。

吉宗氏:
 アイデンティティ,平和,人権。生まれながらに持っているものが,当然すぎて価値を感じなかったり,その存在を意識すらしてない人が多いですね。例えばインターネットに溢れている情報はいつでも調べられるから調べない,つまり無価値であり存在しないというのと同義なんです。
 昨今のヒットコンテンツの多くが,「なんとなく知っているけどよく分からないもの」に女の子や部活,学園などの分かりやすい入り口を設けて,ネット情報に誘導,知識欲を満たせてコミュニケーションの深化を実感させ,作品関与の動機付けをしていることは,偶然ではないでしょうし。

マフィア梶田:
 だから自分は,国家や民族ではなく「オタク」であることに価値を見出したんですよ。その立脚点を得た瞬間,やっと確固たるアイデンティティを持った人間になれたんです。

吉宗氏:
 なるほど,3つめの立脚点こそが本物と決めて,自己確立したんですね。立ち位置が決まることが重要だと分かる,貴重な経験談ですね。

マフィア梶田:
 それもあって,立脚点というのは見事な言葉だと思ったんです。吉宗さんが立脚点を言語化できたキッカケになったものって何かあるんですか?

吉宗氏:
 キッカケですか。

マフィア梶田:
 ここまでの話にもあるように,人間にとっての立脚点が「マブラヴ」での大きなテーマじゃないですか。

吉宗氏:
 やっぱり,自分との対話なのかな。そういう話だと,僕はどうしても父親との関係に帰結しちゃうんです。
 物心ついたときに父は師匠でもあって,自分はどっちの立場で振る舞えば良いか分からず悩みました。結局,師匠としての厳しい父がすり込まれてしまい,一切心を開くことなく死別してしまったんです。これが僕の立ち位置,トラウマの原点なんです。でも,ちょうど父を亡くした同じ頃に,日本の戦後教育を反証するような本に出会ったんです。
 そこからは三省堂に通って類似書籍を片っ端から読みあさりました。今思えば,父が旧海軍にいたこともあり,家族からも戦争の話を良く聞かされていたので,教育で得た戦前否定を反証することで父を肯定し,贖罪したいという心理だったのかも知れません。

BRZRK:
 吉宗さんも昔は立脚点がなかったんですねぇ。家族内の立ち位置に悩んだことで,日本人というアイデンティティに到達したと。

吉宗氏:
 そうなんですよ。多くの若い人が立脚点を持てないのは,いつの時代でも同じなんです。自分が何者で,どこから来たのかを知れば,ある程度は目処が立つ。僕の場合は父であり,父の海軍であり,日本なんです。だから,「マブラヴ」をキッカケに,自分の立脚点を見つけてくれればとは思うんですよ。そうすると楽になりますし。

BRZRK:
 楽,というと?

吉宗氏:
 例えば,僕が好きな言葉のひとつに「人生に意味はない」というのがあるんです。「どうなるか分からない未来の保証や,人生に意味なんか求めるから苦しむんだよ。死んだらあの世に何も持っていけない。だからもっと楽に,今を楽しみながら,日々を一生懸命生きよう」っていうメッセージです。立脚点が定まると,自然とそういうマインドになっていきます。

BRZRK:
 なるほど。

吉宗氏:
 アドラー心理学など,トラブルを起こさず,どうやって実践するのかが難しい哲学を理解するより,立脚点を定めることは,行動と理詰めでできる分,とても楽ですし,そもそも調べ事は楽しいですから。だから今進めている「マブラヴ」以外の新規企画では,次のステップとして,閉塞感や諦観で瞬間瞬間に生きていくしかいない世代をリスペクトしつつ,立脚点を得るような内容になってます。

マフィア梶田:
 サラッと言いましたけど,新企画の話,読者は知らないですから(笑)。

吉宗氏:
 あ,そうですよね(笑)。新企画の手応えが知りたくて,梶田さんやBRZRKさんには飲みの席で話を聞いてもらっていたので,つい(笑)。
 話を戻すと,例えば最近感じるのが,自分のパーソナリティそのままで仕事をしている若い人が多いってことです。その場合,失敗したり怒られると,自尊心が壊れたり人格否定されたように感じて,精神に直接ダメージがくるらしいんですよ。だから長く続かなくなる。

マフィア梶田:
 確かに多いかもしれませんね,そのパターン。

吉宗氏:
 僕らの世代だと,仕事の人格とプライベートの人格をハッキリと分けてたし,上司や先輩から最初にそうしろと教わる。だから失敗で落ち込んでも仕事で怒られても,仕事からプライベートに戻るとキグナス氷河ばりに「別に……」って切り替えられて心は傷つかない。
 そういうノウハウに加えて立脚点を持っていれば,仕事もプライベートも,もっと楽になると思うんですよね。「マブラヴ」から新企画の流れで,そういう先人の叡知をコンボでつなぎたいですね。

BRZRK:
 そもそも立脚点という言葉,吉宗さんにとってはどういう位置づけなんですか。

吉宗氏:
 アイデンティティという言葉を置き換えてピンとくるものが常々欲しかったんです。特異点って言葉があるじゃないですか。あれ,カッコ良くて好きなんですが,重力の特異点がマクロ的なアウタースペースの究極だとして,立脚点はその逆にインナースペースの極致だと思うんです。自分を定義する場所というか,自己の原初というか。

マフィア梶田:
 なるほど,しっくりきます。自分も漫然とですが,そういう感じのものが大事なものだろうとは思っていたんです。でも,その大事な何かを表現する言葉が見つからなかった。「マブラヴ」で初めて,「これは立脚点という言葉で言い表すんだ」って知ったんですよね。この立脚点という言葉の存在が,本当にストーリーを重くするんですよね。最後のほろ苦くも感動的なハッピーエンドで心にダメ押しされて,ゲームが終わっても生活に影響が残ってましたね(笑)。
 
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