「ボーカロイド」の一バージョンとして、2007年8月31日に登場した「初音ミク」。当時、ネット環境の進歩に伴う動画投稿ブームの到来もあり、その音声合成システムとしての長所を生かした楽曲作りやそのお披露目が盛んに行われていました。
初音ミクによる楽曲動画の広がりに合わせ、彼女自身の人気にも火が点き、「歌姫」とも呼ばれはじめひとりのキャラクターとして認知されていくように。また彼女の活躍が、ボーカロイド全体の知名度上昇や更なる発展へと繋がり、今ではジャンルのひとつとして「ボカロ曲」というカテゴリーが定着するほどになりました。
もちろん初音ミク自身の躍進はさらに続き、バーチャルアイドルとして多くのファンを集め、定期的にライブやコンサートを実施。今や海外に進出するほどの成長を見せています。また、セガによるアーケードや家庭用機、携帯機などでのゲーム化はもちろん、二次創作を発端とした派生作品の誕生など、彼女の活躍の場は多岐に渡っています。
音声合成ソフトのキャラクターとしてのデビューから始まり、今年の8月31日で10年の道のりを歩んできた初音ミク。そんな記念すべき瞬間を約半年後に控えた本日3月9日(ミクの日)に、思春期の一ページを彼女と過ごした“ミクさん”フリークたちによる対談をお届けします。
初音ミクによって歌い上げられた楽曲の思い出や近年の活躍ぶり、そして今後の彼女に望むことなどを想いのままに、タカロクさん(アニメ!アニメ!編集部員)、キジハタさん(インサイド編集部員)、Daiさん(営業)の三者が語り尽くしました。じっくりとご覧ください。
キジハタ:まず最初は、ミクさんに初めて出会った時の話などから始めましょうか。
Dai:「出会い」という言い方が出てくるのも、初音ミクならではかも(笑)。
キジハタ:僕の出会いは、出始めの頃ですね。「ワールドイズマイン」辺りかな。その時代の楽曲を聴いて知ったのと、2009年に出た『初音ミク -Project DIVA-』でハマった感じです。ニコ動とかはチラチラ見ていたので、このゲームが出た時に「そういえば初音ミクってすごい人気だよな」と思いつつ遊んでみたら、「ミクさん可愛いな」ってなりました(笑)。
タカロク:知ってはいたけどゲームから入った感じなんですね。
キジハタ:一般知識としては知ってましたけど、本格的に入ったのはゲームからでした。
Dai:(初音ミクが登場した)2007年の時、僕はまだ中学生だったんですよね。
タカロク:若い(笑)。
Dai:僕の育った町にはカラオケボックスがなかったんですよ。でも中学にって行動範囲が広がったので、毎週のようにカラオケに行ってたんですが、そのカラオケ友達のひとりが「初音ミクって知ってる?」「こんな歌があるぞ」と教えてくれたのがきっかけですね。
その時知ったのは、「メルト」か「みくみくにしてあげる♪」のどちらかでした。ちなみに当時は、まだカラオケにボカロ曲とかなかったですよね。
キジハタ:今は完全に一ジャンルですからね。すごいなぁ。ちなみに、学校の昼休みに放送で流したりはしませんでしたか?
Dai:自分の学校では、昼休みの放送に曲を流す枠とかなかったんですが、オタクな生徒達が企画を立ち上げて、まずは先生のお薦めの曲を流すような形から入って(笑)。そして、みんなからリクエストを集めますみたいなタイミングで、アニソンや初音ミクの曲を放送するようになりました。
キジハタ:周到な根回しを(笑)。
タカロク:早い段階から、中学校とかで流れるようになったんですね。ちなみに私はきっかけがニコニコ動画からで、「みくみくにしてあげる♪」や「Ievan Polkka」とかからです。ネギのイメージがついた頃(笑)。まずデザインが可愛いですし、人じゃないものに歌わせるというのが面白いなと思って。
今までにありそうでなかったし、すごく現代っぽいので、これからどうなっていくんだろうという興味が湧きました。ホントに一時期は、その日にアップされた初音ミクの曲を全部聴いていて、それくらい好きでしたね…。
キジハタ:初めて曲を聴いた時、どうでした? 僕は一瞬戸惑いました。
タカロク:人間じゃない、という壁にはドーンとぶつかりました。機械の声だなーって。
キジハタ:やっぱり、そこ気になりますよね。最初は違和感ありました。
タカロク:でも、段々馴染んでくる。
キジハタ:そう! 少しずつ馴染んでいって、全然大丈夫になっていくんですよね。
Dai:最初、英語の発音がダメでしたねー(笑)。だからなのか、すごく歌いたくなるんですよ。未完成感があって。
キジハタ:そんな時代に、フィンランド語の「Ievan Polkka」を歌わせたのはすごいなー。
タカロク:あれは逆に合ってましたよね、当時の初音ミクの声と。
キジハタ:ネギや「はちゅねミク」のイメージもあれで完全に付きましたね(笑)。
タカロク:そこから、KAITOとかMEIKOのことも知っていって、どんどん世界が広がっていきましたね。キャラが増えるとそこからストーリーも生まれてくるので、更に愛着も湧いてきて。
キジハタ:キャラ付けを敢えてしなかったのも、上手いところですよね。身長や体重や年齢とか、そういうものだけ決めて。
タカロク:委ねてる感じも良かったですね。
Dai:歌によってキャラクター性が違ってたりしましたしね。その変幻自在な感じも、また魅力的で。
キジハタ:他のキャラと絡む時も、自由度高い方がやりやすいですしね。
キジハタ:ミクさんが広まった理由というか、その背景はどのように捉えてますか?
Dai:TwitterやYoutubeが出始めて、拡散しやすい土壌が生まれたのも大きいと思います。
キジハタ:時代に恵まれたというのは確かに。あとはまあ、単純に可愛いですしね(笑)。
タカロク:ちょっと特殊っていうか、それまでにはないタッチでしたよね。
キジハタ:KEIさんのタッチは特徴的ですよね。
Dai:キャラクターの自由度もあって、ロリっぽくも出来ればスタイリッシュにも描ける。その幅広さも、多くの人に受け入れられた理由かなと。
タカロク:モニタの向こう側の存在なんですけど、彼女の歌う曲がどんどんと出てきて、その距離もすごく近くて。ある意味、芸能人よりも近しい存在じゃないですか。その、リアルと二次元の狭間というか、独特な立ち位置が面白いなって。
キジハタ:その後のミクさんの活躍も、まさにリアルと二次元の狭間を進んでますよね。
Dai:あの時期のコミケは、本当にボーカロイドが台頭してましたよね。ニコニコ動画もボーカロイドで大きく盛り上がっていて、当時は「オタク文化=初音ミク」みたいに見られてた一面もありましたし。
タカロク:そうそう! そのせいで、なかなか大人に認めてもらえないという葛藤もありました(笑)。すごくいい曲がたくさんあるのに、一般の人たちからはオタクっぽいというレッテルを貼られてしまって、ちゃんと評価してもらえないみたいな。その扱いが、私はすごく嫌でした。
キジハタ:知らない人も多いですが、知る気にならないといった感じも一部の人たちにありましたね。
タカロク:ですね。当時自分は大学生だったんですけど、音楽系の先生に「初音ミクどう思いますか?」って聞いても「それ誰ですか?」という感じでした。だけど今は、オペラに舞台と、さらに世界でも活躍するようになったので「それ見たことか!」みたいな気持ちに(笑)。
キジハタ:ミクさんに偏見持っていた当時の人たちに、してやった気分になったと(笑)。CM出演も果たしましたしね。
タカロク:活躍の幅がすごく広がりましたよね。
キジハタ:言うなれば、何でもできる存在ですから。
タカロク:あと、彼女が活躍することで、多くのクリエイターさんたちが知られたり、名を上げましたよね。
Dai:多くの人の人生を変えましたよね。
キジハタ:それまで発表の場所がなかったり、作曲はできるけど歌ってもらうアテがないような人たちなどが、ミクさんきっかけで世に出たようなイメージがあります。
Dai:当時は、個人レベルでの収録環境は今ほど整ってませんでしたから、誰かに歌ってもらうのも大変でしたしね。
タカロク:自分の中でのブーム当時は時間があったので、ファンサイトを回ったりPVを作ったこともあったんですよ。その中で感じたのは、100人いても100通りの初音ミクがいるな、って。その感覚がすごく好きでしたね。「自分の初音ミクをえがいていいんだ」という。
キジハタ:あの頃はPV文化も盛んでしたしね。
タカロク:曲が発表された時に映像もあったりもするんですけど、その歌詞からイメージを膨らませて独自のPVを作る、みたいなのもありましたよね。イラストや漫画で表現する人もいましたけど。ちなみに私は絵コンテに色をつけただけのような絵で紙芝居みたいなPV作ってました(笑)。
キジハタ:当時、普通の曲も聴いてましたけど、オワタPの「トルコ行進曲」や、しゃべらせる系もよく聴いてました。ハク姐さんとか、ネルも好きなので、「ツマンネ」とかも。あとは、暴走Pの「初音ミクの消失」は印象深いですね。ああいう、ミクさんにしか出来ない曲が好きでした。
ちなみに「初音ミクの消失」は、初代『DIVA』のボス曲だったんですよ。滅茶苦茶難しくて、余計に思い入れがありますね。
キジハタ:他にもsupercellとか、あとはOSTER projectも強かったですね。
タカロク:歌だけじゃなくてPVも凝っているので、歌詞はもちろんですが世界観とかも入ってきやすいですし。
キジハタ:イラスト業界もだいぶ影響受けてますよね。
タカロク:今もですが、一時期はかなり初音ミクの絵がアップされてましたね。
Dai:「マグネット」のデュエットも衝撃的でしたね。初音ミクと巡音ルカの。ああいう感じも楽しかったですね。
タカロク:色々ありますが、私が一番好きなのは、「サイハテ」かな。
キジハタ:「サイハテ」はなんて言うか……キますよね(笑)。
タカロク:精神的にね(笑)。テンポは明るいのに内容は重くて。コメントとか見ると「俺の葬式で流して欲しい」みたいのもありました。明るいリズムの中にある儚さやメッセージ性がよかったです。
Dai:メッセージ性が強くなりはじめたのって、どの辺りからなんでしょうね。
タカロク:「みくみくにしてあげる♪」でキャラクター性がついて、「メルト」みたいなアイドル系ソングで盛り上がって……。
キジハタ:最初はネタっぽい曲が多かったですよね。
タカロク:「初音ミクの消失」とか「サイハテ」とか、意外とシリアスもいけるぜみたいなのが出てきて……そこでレンとリンが出て、ストーリー性が増した感じがあります。
キジハタ:一時期、退廃的な曲が多かった気がしますね。リンの曲ですけど「炉心融解」もそうですし、あとは「*ハロー、プラネット。」とかの終末シリーズとか。
タカロク:「*ハロー、プラネット。」聴いてたなぁー。あれも切ない曲だった。
キジハタ:ミクさんが女性なので、男性ファンが多いイメージもありますが、女性ファンの支持も大きいんですよね。女性ならではの視点も入る曲の存在が大きかったんですかね。
タカロク:確かにファン層はかなり広がった感じはありますよね。
Dai:「悪ノ娘」のような童話や寓話を思わせるような曲も増えてきましたよね。
キジハタ:リンやレンが出てきたことで、複数人が絡む物語性の強い曲が作りやすくなったおかげかもしれませんね。
タカロク:ファン層が拡大したことで知名度も上がり、その結果、年齢が高い人も曲を作り始めて、方向性が更に広がった感じもありますね。
Dai:一時期までは、初音ミクはオタクの象徴的に扱われていて、ファン側は「ミクさんを守ろう」的な雰囲気だったんですけど、最近はなんていうか、ある種の割り切りが出来てるのかなとも思います。
自分たちがあまり好きじゃない初音ミクの使い方について、以前だったら「それは俺たちのミクさんじゃない!」という感じだったのが、「まあ、そういうミクさんが好きな人にはいいんじゃない」みたいな(笑)。そんな割り切りというか、適度な距離感が生まれたのかなと。
タカロク:ファンも成長してますね(笑)。
Dai:長く応援しているアイドルに「そろそろ結婚していいよ!」と応援するような(笑)。
キジハタ:大きくなりすぎて、遠い存在というか、手の届かない感じがあるのかも。
タカロク:海外進出とか見てると、「あの頃のミクさんはもういないんだな」と思ったり…(笑)。
キジハタ:すごく個人的な話ですが、複雑な感じです、世間一般に出て行くのは。オタク特有の、内輪で楽しむマジョリティー感のような楽しさは、なくなってきてるのかなって。
あとやっぱり、外に出ると最初は叩かれるじゃないですか。「千本桜」の時とか。そういう風潮はまだあると思うので、見ていて複雑な気持ちもありますね。かといって、前に進まないと先細りにもなりますし。外に出ていかない事情も分かる。でも、外に出れば外からの圧力も加わるわけで……難しいですね。
タカロク:めちゃめちゃ高音とか、ものすごい早回しとか、いわば人間では無理な曲を歌ってきたボーカロイドが、だんだんと人間が歌うような曲を歌い始めてきて。そして曲が人間に近づいてきたら、今度は別のアプローチとしてゲーム化して……と、独自性と親和性を繰り返して、今の場所にたどり着いているのかもしれませんね。
Dai:一時期、ゲームセンターが初音ミクだらけでした。あの盛り上がりも、そのサイクルのうちのひとつだったんでしょうね。
キジハタ:これ許可取ってるのかなっていう景品もいっぱいありましたよね(笑)。そういうのが淘汰されつつある状況を見ると、健全な発展を遂げているとも言えるんでしょうね。
Dai:その意味では、初音ミクという文化が、1周目を終えて2周目に入ってる感じもありますね。
キジハタ:ユーザー層が入れ替わった感じもありますしね。昔は大学生を中心にその前後、という感覚でしたが、今は中高生かなと。
Dai:思春期との相性も良さそうですね、ボカロ曲は。
キジハタ:最近はオタクの市民権も向上してるので、入りやすいでしょうしね。僕が中学や高校の時は、蔑まされてる感があって(笑)。
タカロク:隠して生きていかなきゃいけない空気はありましたね(笑)。
キジハタ:当時は、オタクだと公言できるような環境じゃなかったんですが、今は結構変わった感じですよね。その分、本来の意味でのオタクみたいな人たちが減ってる気はしますけど。
タカロク:大学でも、「初音ミクが好き」とか言うと「……へぇー」くらいの感じでしたから。
Dai:それが、今や学校の卒業式で「桜の雨」が歌われたりしますからね。実写映画化もしましたし。
キジハタ:その盛り上がりも、ミクさんの進歩であると同時に、遠い存在になっていくような寂しさがありましたね。
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