なぜ、デヴィッド・ボウイは特別なのか? 奈良美智が語る
『DAVID BOWIE is』- インタビュー・テキスト
- 麦倉正樹
- 撮影:豊島望 編集:野村由芽、山元翔一
デヴィッド・ボウイの約50年にわたる創作活動を、貴重な作品や衣装、音楽と映像で振り返る大回顧展『DAVID BOWIE is』が、連日にぎわいをみせている。2013年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で開催されて以来、世界9都市を巡回し、約160万人を動員した本展。その10番目の都市であり、アジア唯一となった東京も、幕開けから2か月が過ぎ、会期は残り約1か月となった。
そこで今回は、この大回顧展を機会に、約50年という長きにわたって、音楽はもちろん、アート、ファッションなど、さまざまな分野を横断しながら活躍した、デヴィッド・ボウイの魅力をさらに探るべく、奈良美智のもとを訪れた。本展に寄せて、「リアルタイムでジギーに出会えたことが、今の自分が在ることの始まりだった」とコメントを残している奈良。「ジギー」とは、デヴィッド・ボウイが1972年のアルバム『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』で描き出した架空のスーパースターだ。
果たして奈良は、『DAVID BOWIE is』を、どんなふうに観たのか。そして、今回の大回顧展を通して今、改めて浮かび上がるデヴィッド・ボウイの特異性とは。さらには、ボウイの死後1年を経た今、その大回顧展が日本で開催されることの意義とは。さまざまなトピックについて、思うところを語ってもらった。
展示の内容が、『ジギー・スターダスト』の時期に近づくにつれて……タイムトンネルを通って、中学生に戻っていくような感覚があった。
―まず今回の回顧展を、奈良さんはどんなふうにご覧になられましたか?
奈良:僕は中学生のときに『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』(1972年発表。以下、『ジギー・スターダスト』)をリアルタイムで聴いた、言わば直撃世代なんですね。最初に好きになったデヴィッド・ボウイの曲が、“Starman”で。
―“Starman”は『ジギー・スターダスト』の収録曲で、デヴィッド・ボウイの存在が世界的に知れ渡るきっかけとなった楽曲ですよね。
奈良:そう。だから、今回の展示の内容が、『ジギー・スターダスト』の時期に近づくにつれて……タイムトンネルを通って、中学生に戻っていくような感覚があったんです。で、“Starman”が聴こえてきたときに(『DAVID BOWIE is』ではヘッドホンが配られ、展示物に応じた楽曲や音声を聴きながら観覧することができる)、完全に中学生の自分に戻ってしまって。“Starman”の展示を観ながら、しばらくのあいだ呆然としてしまったんです。
1972年に『Top of the Pops』(BBC)に出演した際の映像が流れる“Starman”のブース。ジギーは、<誰かに電話をかけなきゃいけなくて、君を選んだ>と歌い、テレビ画面越しにこちらを指差している / Photo by Shintaro Yamanaka(Qsyum!)
『ジギー・スターダスト』のツアー衣装で、1972年に『Top of the Pops』に出演した際も着用している。衣装デザインはフレディ・バレッティ / 「Quilted two-piece suit」Courtesy of The David Bowie Archive ©Victoria and Albert Museum
奈良:泣いたとか感動したとかではなく、わけがわかんなくなっちゃって。何かそうやって自分の過去に入っていくような、すごく不思議な感覚がありました。
―“Starman”のブースに加えて、何か印象に残った展示物はありましたか?
奈良:デヴィッド・ボウイの私物や直筆のスケッチ画など、本当にいろんなものがあって、それはそれですごく面白かったんですけど、僕がいちばん見入ってしまったのはボウイの私物でもなんでもない、アポロ8号が撮った地球の画像だったんです。暗闇のなかに青い地球がぽっかり浮かんでいる画像。
今だったらインターネットとかで簡単に見ることができるけど、当時は宇宙から地球を見ることなんて、ありえなかったわけですよね。だからそれは、今からは想像つかないぐらいショッキングなイメージだったと思うんです。
奈良:でも、デヴィッド・ボウイは、そのイメージにただ驚くだけではなく、その写真を撮った宇宙飛行士の視点で、“Space Oddity”(1969年)という曲を書いた。しかも、宇宙飛行士が地球に生還する曲ではなく、だんだん通信が途絶えて、どんどん地球から離れていってしまう曲を。
―アポロ11号による人類初の月面着陸が成し遂げられたのは、“Space Oddity”のシングルが発表された9日後ですからね。宇宙がまだまだ未知なるものだった時代です。
奈良:そう。そういう意味で、ボウイはやっぱり、普通の人の想像力を超えたところがあったなと思う。だから、あの地球の画像を展覧会で観たときに、「ああ、ボウイには、地球がこういうふうに見えていたのか」ってボウイが自分に憑依したような感覚になったんですよね。それは僕にとって、すごく鮮烈な体験でした。
何か新しい生き物というか……ボウイはとにかく、完全に新しいビジュアルだったので、本当に衝撃で。
―先ほど『ジギー・スターダスト』直撃世代とおっしゃっていましたが、奈良さんは、どんなふうにボウイの音楽と出会ったのですか?
奈良:僕は青森県の弘前市の出身なんですけど、小学生の頃から音楽がすごく好きで。青森には三沢基地があったから、極東放送(FEN)を聴くことができたんですけど、そのときはThe BeatlesとかThe Rolling Stones、The Whoとかを聴いていて。あとは、ハードロックですよね。ひと言で言えば、髪の毛の長い男連中がやっているような音楽ばかり(笑)。
―1960年代から70年代にかけてのロックバンドたちですね。
奈良:だから、デヴィッド・ボウイの名前はなんとなく知ってはいたんですけど、あれは中学1年生の終わりだったかな。ラジオから流れてきた、ボウイの“Starman”に心をグッと掴まれてしまったんです。
歌詞の意味はよくわからなかったけど、「あ、この歌は俺たちに向かって歌ってる」って、なんとなく思えて。ヒッピーとか大学生とかにではなく、自分たちに向かって歌っている気がしたんですよね。それで、お小遣いを貯めて、“Starman”が入っている『ジギー・スターダスト』のレコードを買って、それで一気に大好きになったんです。
―『ジギー・スターダスト』というアルバムの、何にそこまで魅力を感じたのでしょう?
奈良:まずは、ジャケットに描かれていた、ボウイのヘアスタイルですよね。当時、ロックミュージシャンっていうのは、みんな長髪だと思っていたから、後ろだけ長くて前が短いボウイの髪型に、驚いてしまったんです。全然ロックミュージシャンじゃないじゃんって(笑)。かといってヒッピーとかでもなく、何か新しい生き物というか……とにかく、完全に新しいビジュアルだったので、本当に衝撃で。
『DAVID BOWIE is』メインビジュアル。アルバム『Aladdin Sane』(1973年)のジャケットのアザーカットで、ジギー・スターダスト期のデヴィッド・ボウイをフィーチャーしている
イベント情報
- 『DAVID BOWIE is』
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2017年1月8日(日)~4月9日(日)
会場:東京都 品川 寺田倉庫 G1ビル
時間:10:00~20:00(金曜は21:00まで、最終入場は閉場の1時間前)
休館日:月曜(3月20日、3月27日、4月3日は開館)
料金:
一般 前売2,200円 当日2,400円
中高生 前売1,000円 当日1,200円
※16時以降入場の会場販売当日券はそれぞれ200円引き
プロフィール
- 奈良美智(なら よしとも)
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1959年青森県生まれ。愛知県立芸術大学修士課程修了。1988年渡独、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに在籍。ケルン在住を経て2000年帰国。2001年国内で初めての大規模な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」を横浜美術館で開催。独特のひねた表情の子どもを描く絵画やドローイングが国境や文化の枠組みを越えて絶賛される。2000年中頃、大阪のクリエイター集団grafとの共同プロジェクト「Yoshitomo Nara+graf: A to Z」を展開。音楽を愛し、山々を望む栃木のアトリエで制作する。
- デヴィッド・ボウイ
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移り変わり行くロック・シーンの中で、時代と共に変化し続ける孤高の存在にして、英国を代表するロック界最重要アーティストの一人。60年代から、その多彩な音楽性をもって創作された、グラム時代を代表する『ジギー・スターダスト』、ベルリン三部作と呼ばれる『ロウ』、『ヒーローズ』、『ロジャー』、80年代を代表する『レッツ・ダンス』などの名盤の数々は、その時代のアート(芸術)とも言え、全世界トータル・セールス1億4,000万枚以上を誇る。「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」(NME/ミュージシャンが選ぶ)や「100人の偉大な英国人」(チャーチル、ジョン・レノン、ベッカム等と並び)にも選出される。2004年の『リアリティ』ツアー中に倒れ心臓疾患手術を行い、第一線から退いてしまい、もはや引退か??と囁かれた中、2013年世界中の誰もが驚いた予期せぬ復活劇は、「事件」として瞬く間に全世界を駆け巡り、10年振りの新作にして、ロック史上最大のカムバック作となった『ザ・ネクスト・デイ』を発表、アルバム・チャート初登場全英1位、全米2位を獲得し、世界的な大ヒットとなった。その後も大回顧展『David Bowie is』がイギリスはじめ世界で開催され話題を集めている。 ウォルター・テヴィス著『地球に落ちてきた男』(The Man Who Fell to Earth)がインスピレーション基となって、デヴィッド・ボウイと劇作家エンダ・ウォルシュによって書かれた『ラザルス』は、演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェが監督、舞台作品として2015年12月7日からニューヨーク・シアター・ワークショップ(NYTW)にて上演中。舞台の中ではボウイのバック・カタログからの楽曲に新鮮なアレンジを施したものや、新曲「ラザルス」がフィーチャーされている。2016年1月8日(金)69回目の誕生日に、ニュー・アルバム『★』(読み方:ブラックスター)が発売。その2日後、2016年1月10日(金)にこの世を去った。