病跡学(pathography)・表現病理学1:天才の精神病理
古くから“天才・偉人・英雄”には、一般の人には見られない『狂気的な部分(常軌を逸した性格・気質の要素)』があると言われてきた。歴史上で天才や英雄と呼ばれた人たちの多くは、『傑出した圧倒的な創造性・思考力・行動力』を持っていた一方で、憂鬱・無気力・幻覚妄想・焦燥や興奮といった近代精神医学における『精神病理の症状』を持っていたと推測されている。
創造力に溢れていた過去の天才や偉人、芸術家など、『傑出した才能・業績・作品』を示した人物の心的構造や精神病理を精神医学的(特に力動精神医学的)に解明しようとする分野を『病跡学(pathography)』と呼んでいる。病跡学は人間の精神病理の症状や特性が、“才能・創造・作品”となって表現されるということから、『表現病理学』と言われることもある。
福島章(ふくしまあきら,1936-)の『創造と表現の心理 病跡学と表現病理学』では、病跡学の研究成果として“西欧の天才・偉人”と“日本の天才・偉人”ではその人たちが持っていた精神病理に違いがあるとされている。西欧には『統合失調症型の天才』が多く、日本には『双極性障害(躁鬱病)型・循環気質型の天才』が多いという傾向性が指摘されている。
元々、双極性障害(躁鬱病)における『躁状態・軽躁状態』には、『気分と感情の高揚・活動力と意欲の亢進・気力の高まり・社交性の増加・覚醒感覚・観念奔逸(アイデアが次々に湧き上がる)・アイデアを語り続ける多弁や饒舌』といった“創造性・創作意欲”の原因となる症状が多く含まれているということもある。
双極性障害(躁鬱病)では、“うつ病相”において気分が落ち込んで創作意欲が停滞し、作家・芸術家であれば作品が制作できないスランプに陥る。しかし、うつ病相が軽快して“躁病相”に転換すると、気力・意欲が充実してきて抜きん出た創造性や発想力を発揮できるようになる劇的な精神活動の局面・働きの変化が起こるのである。また、うつ病相における内的な苦悩や実存的な苦痛というものが、天才や芸術家の創造する作品の価値の深遠さ・高尚さの特殊性を生み出す原因になることも少なくない。