ありふれた光景

ときどきミサイルが落ちてくる生活、というものを送った初めての国民はイギリス人で、1944年、成層圏から超音速で落ちてくるV2ロケット、Vergeltungswaffe 2は、戦争が終わるまでに1400発を数えた。

文字通りの晴天の霹靂であることもあって、では悪い冗談だが、それまでのパルスジェットを推進力とするV1に較べて、諦めが先に立つ、というか、「頻繁に起こる天災」というような感じだったようです。
V1は巡航ミサイルであるよりも無人飛行機で、迎撃に飛び立ったスピットファイアの熟練したパイロットたちは、幅寄せをしていって、翼をflipして、というのはつまり、ピンッと跳ねて、姿勢を崩させることによって、撃墜したりしていた。

V2のほうは、突然青空から落下してきて、建物が破壊されて、そのあとから、それが悪夢ではなくて現実であることをひとびとに思い知らせるかのように轟音が轟く、という人間の感覚とは順逆がアベコベな事象で、返って非現実な感覚をロンドン人に起こしたようでした。

近くにはスカッドミサイルという例がある。
1980年から8年間に及んだイラン=イラク戦争では、双方の手にソビエトロシアが外貨獲得のために大量に輸出したスカッドBを元にしたミサイルがあって、
イラクからは520発、イラン側からは177発のミサイルが発射されている。
年長のイラン人の友達に訊くと、拡大版V2というか、損害は決して小さくはなくて、瓦礫のしたで息絶える友人や、家に帰ってみると、かつて家であったところは廃墟で、家族全員が死亡していた、というような話を教えてくれます。

2017年になって北朝鮮がぶっ放した4発のミサイルは、スカッドの最終型であるスカッドDよりも遙かに洗練されていて、アメリカ人たちを驚かせた。
北朝鮮軍ミサイルパフォーマンスの最も重要な点は、4発のミサイルを、綺麗に80km間隔で落としてみせたことで、これは北朝鮮が制御技術を飛躍的に発展させて、ピンポイントで目標を攻撃できるようになったことを意味している。

過去には例えば赤坂の官邸をある日突然破壊するためには、官邸をターゲットとして少なくとも10発くらいはぶっ放さないと当たりそうもなかったが、いまは一発で必中する。
やる気になれば首相暗殺の目的にも使える。

パトリオットがあるじゃないか!という、パトリオットな人もいそうだが、パトリオットはいまのPAC-3であっても、迎撃爆破ポイントが地上に近すぎて、角度高く打ち上げられて目標の直上から地表めがけて突進してくるミサイルを撃ち落とすのは、出来なくはないが苦手なんです。

その欠陥をカバーするために開発されたのがTHAADシステムで、このシステムは中距離以上を飛来して、垂直に目標に向かって超音速で突進してくるタイプのバリスティックミサイルを粉砕するために特化されている。
近距離ミサイル迎撃が得意なPAC-3と一緒にセットで使ってね、ということでしょう。

中国の主張は、もっともな点もなくはなくて、1セット900億円近くもするTHAADを韓国に配備するのはおかしいではないか、ということに尽きている。
北朝鮮が韓国を攻撃するために使う予定の近距離ミサイルを迎撃するのに中距離以上に特化されたTHAADが必要であるわけはない、目的は言い訳と異なるのではないか。

多分、中国の言い分のほうが正しいので本来防衛システムであるTHAADにはアグレッシブな情報収集としての機能が備わっていて、別に特別な軍事知識がなくても、THAADを韓国に配備する理由が、人民解放軍の動きを即時的網羅的に把握する以外の目的があるわけはない。

金正恩は、安倍政権がトランプ政権に尻尾をふるように「仰ることは何でもやります」の、プライドもなにもかなぐり捨てた、これからは国家の独立性なんて、むかしみたいな駄々はこねませんから、という態度に出たのを見て、深刻な衝撃を受けたという。
のらりくらりと、平和憲法を盾に、面従腹背、アメリカの言うことを一向に聞かなかった歴代政権とは打ってかわって、進んでアメリカの走狗となることを表明した安倍政権は、金正恩の立場に立ってみれば、これまでにない脅威だった。

こっちを詳しく敷衍的に説明していると長くなってしまうので端折るが、経緯で、中国が不快感の表明として実行した北朝鮮からの石炭購入の停止という、ちょうど戦争前の日本でいえばルーズベルト政権の日本への屑鉄輸出の禁止くらいの段階にあたる経済制裁で痛い思いをしていることと相俟って、金正恩のフラストレーションの原因になっていた。

傍で見ていて不思議なのは、なぜアメリカがそこまで北朝鮮を追いつめる必要があるのか、ということで、オバマ政権と打って変わって、トランプの政権は殆ど戦争を起こしたがっているかのように振る舞って、金正恩を追いつめている。
1941年に日本が太平洋戦争に踏み切った理由を考えれば判るが、忍耐の限度を試されるような締め付けにあえば、余程の外交能力に長けた指導者でもなければ勝算がなくても「ひとあばれして活路を見いだすしかない」と思い詰めるはずで、北朝鮮は、いままさに窮鼠で、猫だろうが虎だろうが、噛むときには噛みつくしかないと思い定めているのが容易に見てとれる。
事態が急展開を迎えたのは、案外、ホワイトハウスのなかの戦争を必要と感じる勢力の意向が強く働いた結果なのでしょう。

驚くべきことに相談もなく金正男を殺すという重大なメッセージを受け取った中国は、もう自分たちは事態をコントロールする意志をもたなくなった、ここに至ったのは何の目的なのかも判然としない米日韓枢軸体制を表明したおまえらの責任なのだから、あとは勝手にやればいい、と投げ出してしまっている。
考えてみると、いまの局面で中国が事態の収拾に乗り出すことには、相手がトランプでは恩に着せることも出来なくて、外交上のメリットがなにもないので、当たり前といえば当たり前です、

これまでの数次のミサイル発射テストとは異なって、各国が、現実のミサイル攻撃の予行演習だと受け取っているのは、つまりは外交の必然が赴くところ、今回は高高度ミサイル迎撃システムであるTHAAD配備が完了する前に北朝鮮が日本に向かってミサイル攻撃を開始することが最も自然であるからで、多分、去年、Stars and Stripesが不用意に使ったのが初めの日本攻撃の「rehearsal」という言葉で頻用されだしたのを見ても、各国とも、あるいはどのマスメディアも「日本が戦場化されてゆくのは避けられない」と看做しだしているのがよく判ります。

70年間平和が続くという世界の歴史にも珍しい日本の人には異常な事態でも、考えてみると、ときどきミサイルが降ってくる日常というのは、いわば「ありふれた光景」であるにすぎない。
1974年のエジプトのイスラエルへのミサイル攻撃に始まって、ソビエトロシアの2000発を越えるアフガニスタンへのミサイル攻撃、イラクのサウジアラビアへのミサイル発射、2015年にはイエメンすらサウジアラビアに対してミサイル攻撃を試みている。

かつては平和憲法をうまく利用して、国是ですから、を盾に戦争を回避してきた日本が「普通の国になりたい」という願望をもった、当然の帰結といえなくもない。

どうでもいい、というか、余計なことを書くと、北朝鮮の伝統的な戦争戦略は二重の構造で出来ていて、祖父の代からの伝統兵器におおきく依存した対韓戦略と、ロングレンジ化した現代の戦争に即した対日戦略の二本柱で出来ている。

対韓戦略の中核は数百単位の多連装ロケット砲と重砲群で、北朝鮮との国境に近いというソウルの地理的な特異性に由来して、重砲群のいっせい射撃によって対韓戦が開始されるのは、ほぼ自明とされている。
韓国系人の友達に訊くと、「ソウル人は、みな判っているよ。ほら、デング熱はタイのひとたちは、生活に伴うリスクだから、というでしょう?日本人たちは地震が来ると知っていても東京に住んでいるじゃない?
あれと同じで、起きたら起きたでしょうがないと思っているのさ」ということだった。

ミサイル技術が向上したようなので、今回の4発のミサイル発射の翌日、ひさしぶりにCSISをはじめ東アジアに強いという定評があるシンクランクや研究機関の公表されたレポートを読み漁っていて、なにしろ誰でもアクセス出来るように公表さされているくらいで存在そのものが内緒な文書とは異なってびっくりするような新しい話は書かれていないが、革めて総攬すると、北朝鮮の軍備が意外なくらい洗練化されていて、しかも実戦的であることに驚いてしまった。
ケーハクなことをいうと、やる気あんじゃん、な感じでした。

いきなりそこまでトットと事態が進展するとは考えにくいが、北朝鮮が全面戦争を覚悟した場合には、特殊部隊の比重がおおきいという北朝鮮軍に特徴的な性格がある。
例の日本人拉致は、この特殊部隊スクールの卒業試験で、日本海の海岸に日本側に発見されずに上陸した証拠として日本人を誘拐できれば無事卒業認定というシステムであったようです。
この特殊部隊は、しかし誘拐を目的としているわけでは、もちろんなくて、破壊工作部隊で、目標は日本海側のインフラ施設、たとえば原子力発電所であると一般に信じられている。

その上にTHAADが機能し始めると無力化される中距離ミサイル群があって、北朝鮮からみれば残念なことに、日本に対して実効性のある兵器は、このふたつに限定されそうです。

北朝鮮のミサイル群には長所があって、発射台が移動性と隠匿性にすぐれているので、空爆で一挙に粉砕するということは出来なくて、イタチごっこというか、長期間、だらだらとミサイル戦が続くことになりかねない。
各国とも北朝鮮が6月の終わりまでに一挙に勝負をかけてくるのではないかと考える人が多いのは、だから、THAADの7月配備を睨んでのことでしょう。

なにが起きても冷静であることが無上の誇りである日本の人の国民性で、日本社会は平静を保っているが、今回のミサイル発射がいままでとは異なる意味をもっていて、国際社会のほうでも、もう熱がさめて、次の事象待ちになっているが、色めき立ったのは、つまり、いままで平和だった日本が「東アジア戦域」に含まれたのが明らかになったことで、70年ぶりに、日本は戦争に巻き込まれることが確定的になった。
どの程度エスカレートするのか、慢性的な戦域化か、短期なのか、戦争であるかぎりは、どこの国の、どんなに優秀な情報機関でも判らないことで、無責任な予想屋でもないかぎり、なにも言えるはずはないが、各国政府や投資家から「戦域」とみなされることのほうは確定したように見えます。
大規模で決定的な戦乱が起きない限り問題が根底的に解決されない形が出来上がってしまったからで、戦争というものは、日本の理屈家たちが考えるのと異なって、誰にも何にも利益がないときにこそ起こるという歴史上の厳然たる事実が、また証明されることになってしまった。

ゆいいつ止め男たる力量をもつ中国の、しかも東アジア外交の専門家である外務大臣が「米日韓合同演習とTHAADをいますぐ中止すれば中国には北朝鮮を止める努力をする用意がある」と述べているのは、要するに、「アメリカと日本が悪いんじゃ、おれは、もう知らん」と述べているのと同じことで、中国の動きを観察していると、これから渾沌にはいってゆく朝鮮半島をめぐる情勢にあわせて柔軟に国益を追求しようとする期待と、東シナ海での緊張に事態を利用する思惑との、ふたつで戦略を立てようとしているのが判る。
トランプ政権のアマチュアぶりを見てとって、中国支配の時代の到来を早めるチャンスだと考えているのが露骨になってきている。

今日はいい天気だなあー、と思って空を見上げているとピカッと光る点がみえて、次の瞬間、小さなきのこ雲があがる日常というのは人類が1944年以来、日常の光景に付加した、奇妙な光景です。
日本は望みどおり「普通の国」になって、それに伴って、ふたつの大洋で隔てられた大国がある北米以外では、「普通」な「ありふれた光景」を持つことになった。

あのなつかしい、戦争が身近な日常に、また戻ったのだと思います。

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