2012-08-06
痴漢に関する資料のまとめ
ネット上ではなにかと話題になる「痴漢」ですが、なかなか冷静な議論にはならないようです。ここでは、痴漢犯罪に関する調査の結果をまとめてみたいと思います。なお、「痴漢」は法律上では「迷惑防止条例違反」または「強制わいせつ罪」に当たるものです。本エントリでは、主に電車内での痴漢行為について述べています*1。
いざ痴漢犯罪についての資料を探してみると、これが意外と少なく、網羅的な調査はネットでは見つけられませんでした。仕方ないので、見つかった以下の資料を比較検討してみることにしました。
- (資料1)電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書 警視庁(2011)
(1)被疑者の意識調査(電車内の痴漢で検挙・送致された者219人対象) (2) インターネットによる意識調査(通勤・通学で電車を利用する16歳以上の男女3,256人対象) (3) グループ・インタビュー(東京圏に居住する男女40人対象) (4) 大学生へのアンケート(都内の私立大学生108人対象)
- (資料2)女性専用車両の学際的研究 性暴力としての痴漢犯罪とアクセス権の保障 居永正宏ら(2008)
2007年、大阪府立大学の学生に授業の最後にアンケート、その場で回収。男性222、女性166。
- (資料3)女性専用車両に関する一考察〜痴漢被害の実態とともに〜 岡部千鶴(2004)
2003年、西鉄久留米駅構内福岡行きホームで聞き取り調査と配布による留め置き回収。女性169票、男性58票
- (資料4)男女間における暴力に関する調査 総理府(2000)
1999年、全国20歳以上の男女 4,500人、郵送留置訪問回収法
どれくらの人が痴漢にあい、そのうちどのくらいの人が届けているのか?
各資料のアンケート結果を表にまとめました。痴漢にあった経験のある女性の割合は14〜49%とバラツキがあります(49%であった資料4は路上での経験も含まれます)。(→過去1年間とそれまでの全期間のデータが混在していますので注意。コメント欄参照。2012.08.07追記)痴漢にあった場合に通報する割合は2つの調査で1割程度と一致しています。一方、男性の痴漢被害は調査すらほとんど行われていないのが現状ですが、資料2の大阪市営地下鉄職員への聞き取りでは「それが何件かはいえないが、2 パターンあって、男性が男性とわかって痴漢にあう場合と、男性が女性と間違われる場合がある。それを目の当たりにしたことがある。小柄な男の子で女性とまちがわれた。(p.88)」 との記載がありました。男性が痴漢被害に合うこともなくはないようです。届け出ない理由については資料1、3に記載があり、ともに「面倒だから」が1位、「時間がない」が2位、ほかには犯人が捕まらないと思う、恥ずかしいなどが理由として挙げられていました(資料1「インターネットによる意識調査」p.9、資料3 p.63)。
痴漢の絶対数は資料1にありました。強制わいせつは電車内のみ、迷惑防止条例違反の痴漢行為は電車外も含むことに注意。上記の結果から、届けを出すのが1割程度とすると年間4万件程度の「痴漢」が行われていると推測されます。2012.08.07 ご指摘により削除します
被害内容については資料1、3に被害者のアンケート回答があり、どちらも「身体を触られた」がほとんどで、「身体を押し付けられた」が続きます。他には盗撮、鏡による覗き見など(資料1「インターネットによる意識調査」 p.7、資料3 p.63)。
痴漢被害者はどんな行動を取るのか?
資料1「インターネットによる意識調査」 p.7, 資料2 p.58, 資料3 p.63よりうさじま作成
資料1〜3の、痴漢被害経験者に対する「痴漢にあった時どのような行動をとったか」に対する回答をまとめました。資料1の「犯人に対して何らかの行動を起こした」には、「睨みつけた」「手を振り払った」「体の向きを変えた」「バッグ等の持ち物でブロックした」等が含まれます(p.8)。どの資料でも、我慢している人は多いです。そうでない場合には、その場から逃げる、カバン等でブロックする、手を払いのける等の「静かな抵抗」が主で、周りの人に助けを求めることはあまりないようです。資料1では痴漢にあったとき「我慢した、その場から逃げた」人に対してなぜそうしたか問う質問があり、「怖くて何もできなかったから」が45%、「逃げれば済むと思ったから」が30.9%、「我慢すれば済むと思ったから」が25.2%(複数回答)となっています(資料1「インターネットによる意識調査」 p.8)。
痴漢を目撃した人はどんな行動を取るのか?
資料2では、痴漢を目撃したことがある男女は全体の9%(33人)程度で、複数回答可で46%(17人)が「何もしなかった」、35%(13人)が「対応する間がなかった」と回答しています(p.56)。資料3では女性への質問で、痴漢を目撃したことがある人は17人(全体の約10%)で、そのうち6人が「見て見ぬふりをした」と回答しています(p.61)。痴漢を目撃しても、助けたり、通報したりする人の数は多くないようです。
どんな人が痴漢をするのか?どんな人が痴漢にあうのか?
資料1に「平成22年6月から7月にかけて、大規模都府県警察において、電車内の痴漢行為で検挙・送致された者219人に対し担当取調官を通じて実施した」意識調査の結果が掲載されています。
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資料1 「被疑者の意識調査」p.2より抜粋
上記の資料によれば、よく話題とされる、「どのような人が狙われるのか」については、半数が「偶然近くにいた」、ついで「好みのタイプ 33.8%」「訴え出そうにないと思った 9.1%」となっています。「服装が派手だったから」は1.8%に過ぎません(問5)。犯人のそばにいた、その者の「好みのタイプ」だった、というのは偶然としか言えません。問6、7を見ても、犯行のターゲットは電車内でその日に決定されており、偶然の要素が強いように思えます。ただし、この資料は「検挙された者」が対象ですので、「繰り返し痴漢行為を行いながら逮捕されないベテラン痴漢」のような者は(いたとしても)含まれていませんので注意が必要かもしれません。動機については、「興奮したから痴漢をした」に比べ、「興奮するから痴漢をした」数が約10倍となっています(問4)。つまり、「痴漢をしたい」という欲求が先にあり、そのターゲットを誰にするかを選んでいるということです。「女性が誘惑したから痴漢をしてしまう」というのが神話であることが分かります。
資料3には痴漢被害者へのアンケート結果が掲載されています。
犯行場所については、資料1の内容と一致していて、ドアの近く、出入り口付近が多いです。やはりすぐ逃げられるようにという意識が働くのかも知れません(ただし、資料1の「痴漢行為に及ぶ際に、電車内での立ち位置を考えたか」の設問には49%が「考えなかった」と答えています(「被疑者の意識調査」p.2))。服装については上半身はあまり関係ないようですが、スカートを履いていた被害者が多いようです。スカートの中に手をいれるからかと思いましたが、同資料で「何をされたか」は「服の上から触られた」が24人でもっとも多く、「衣服の中に手を入れられた」は1人となっています(p.62)。
痴漢からの「自衛」
資料1「インターネットによる意識調査」 p.11, 資料2 p.61, 資料3p.64よりうさじま作成
資料1〜3に、女性に「痴漢に合わないように/痴漢の不安を解消するためにしていること」(複数回答)の項目があり、いずれも「女性専用車両に乗る」が25〜34%と1位に来ています。先の項目と照らし合わせると、ドア近くに立たない、混雑する時間帯を避けるというのは有効な対策なように思います。また、「服装に気をつける」は10%未満ですが回答として挙げられていました。前項目の結果から、スカートを諦めることには効果がある可能性はありますが、多くの場合「たまたまそばにいた」で被害者を選んでいるとすれば、それほど効果は期待できないかも知れません。また、制服等でスカートを履かざるをえないこともあります。女性専用車両に関しては、色々な問題があるかもしれませんが、痴漢からの自衛策としては現状もっとも効果的でしょうし、多くの人に利用されていると言えます。
痴漢冤罪に対する不安の問題
男性から見た痴漢犯罪を考えるとき、痴漢冤罪の問題は避けて通れないものでしょう。「痴漢すること」とは無縁である多くの男性にとって、自分に直接関係がある「痴漢の問題」とは、「痴漢冤罪の問題」であることが多いであろうからです。また、痴漢であると警察に突き出されないまでも、いつそのような目に合うかという不安な気持ち、電車内でそばにいる女性に痴漢だと疑われてしまったという不快感などの問題もあります。男性の「痴漢に間違われることへの不安」についてのアンケート回答をまとめました。
資料1「インターネットによる意識調査」p.14, 資料3 p.65よりうさじま作成
資料1では、約60%の男性が「通勤・通学時に電車内で痴漢に間違えられる不安を感じている/やや感じている」と答えています(「インターネットによる意識調査」p.14)。また、資料3でも、男性58名に「痴漢と間違われたことがあるか」と質問し、2名があると答えています(p.64)。どちらの資料でも、多くの人が「痴漢に間違われないように工夫をしている」と答えています。一方、資料1では、女性に対して「通勤・通学時に電車内で痴漢に会うのではないかとの不安」を尋ねていますが、「感じている」「やや感じている」と回答した人はあわせて43%程度となっています(「インターネットによる意識調査p.12)。また、資料2では同様の質問に対し「特に不安はない」と答えた人は約39%でした(p.60)。「痴漢を不安に思う」女性と同程度、またはより多くの男性が「痴漢に間違えられる」ことに対して不安を抱いていることが伺えます。この「冤罪への不安」が、痴漢被害者を助けることの障害になっていることを示唆するデータがありました。資料1で、インターネット調査とは別に都内の私立大学において、大学生108人 (女子学生56人、男子学生52人)に対し実施したアンケート結果が掲載されており、男子学生への「どうすれば、どうであれば被害者を援助することができると思うか。」との記述式の質問に対して6名が「冤罪に荷担するおそれがあるので、援助できない」と回答しているのです(p.4)。52名中、6名ですから1割程度ですが、回答の中では2番めに多いのです(最多は『女性が声を上げるなど、痴漢に遭っていることが明確に分かれば 13人』)。
痴漢冤罪の実体については、資料2にあった記載について簡単に触れるておくことにします。実際に簡易裁判所で「私は痴漢をしていない」と否認して裁判を闘ったものは1990-1999年の10年間で全国で203名いて、結果は全員有罪であったそうです。また、「犯行」を認めた場合には罰金刑と示談で済ませすぐに釈放されるけれど、認めなければ長期に渡り勾留され、裁判によって長期化することなど、被疑者に捜査側が諭す方法で取り調べがなされることから、無実であっても屈服してしまうケースがあると考えられ、それも「冤罪」とみなすと、その数はもっと増えると推測されるとしています(p.27-28)。しかし、2000年には、マスコミで痴漢冤罪報道が盛んになり、冤罪を主張した8件が無罪判決となったそうです(p.40)。
まとめ
- 女性の14〜49%が痴漢被害の経験がある。
- 痴漢被害にあって通報するのは1割程度と考えられる。
- 痴漢にあっても、3割から5割の人はそのまま我慢してしまう。
- 1割程度の人が痴漢被害の目撃経験があるが、「見て見ぬふり」など何もしない人が半数程度いる。
- 30歳代・40歳代の会社員が、通勤時間帯に、通勤で利用している路線の電車内で、偶然近くにいた被害者に目を付けて、痴漢行為に及んだ例が最も多い。電車内の発生箇所は、左右のドアとドアの間が多い。被害女性はスカートを履いていた人が多い。
- 痴漢からの自衛策としては、女性専用車両が多くの人に利用されている。
- 男性の約6割が痴漢に間違えられるのではないかという不安を抱いており、痴漢そのものに不安を抱いている女性の割合と同程度か、より多い。
資料2には「性暴力を許さない女の会」とのインタビューの概要がありました。同会は、痴漢行為が社会的にあまり問題視されていなかった時期から抗議運動・アンケート調査・出版等の活動を続けてきたそうです。その中に、1996年ごろの話として、鉄道警察隊が各鉄道会社にポスターの掲示とアナウンスを要請したが、しぶしぶ了解した鉄道会社が2週間期間限定で掲示したポスターは駅構内・電車車両内の極力目立たないような場所に掲示されていた、というエピソードが掲載されています(p.95)。今から約15年ほど前のことです。その後、日本の国政において、女性の人権問題や社会的地位についての議論が展開されるにつれ、「痴漢は性暴力である」という認識が広まり、国土交通省の主導で女性専用車両が導入されてきました(p.41)。痴漢は、「犯罪だ」と認識されるようになって歴史が浅いのです。それだけに、この犯罪についてまだ良く分かっていないし、どう扱っていいか、警察や司法を含めて、みんなが戸惑っている状態にあるのかも知れません。
痴漢問題は、女にとっても、男にとっても厄介な話題です。女から見れば、痴漢に会ってしまう可能性は結構高く、しかし「痴漢にあった」と口にだすことは難しく、勇気を出して口にしても昨今は「冤罪じゃないの?」なんて言われてしまいかねない。一方、男性の中には、「痴漢問題が語られること」そのものが、「男性に対する女性からの非難」のように思う人うがいるかもしれません。同じように、女性からすると、「痴漢冤罪が語られること」が、女性に対する非難のように感じられることがありそうです。そして実際、「痴漢への非難」が「男性全体への非難」として、「痴漢冤罪への非難が女性全体への非難(それが言い過ぎならば、痴漢を告発する女性への非難)」として語られている場面もあるように思います。
痴漢犯罪において、悪いのは犯人であり、被害者でも「男」でもないこと。冤罪において、悪いのは冤罪を生み出す司法であること*2。ここを踏まえ、かつ、犯罪の実体を捉えた上でなければ、痴漢の自衛策を考えることも、痴漢犯罪やそれにまつわる冤罪をなくすための社会的なシステムづくりも、そして「痴漢に会ってしまった」人への適切な対応も、難しいのではないかと思います。「男 vs 女」の対立でなく、「私たちの社会で、痴漢という性犯罪をどうなくしていくか」を考えていくことができるといいなと思います。
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