森友学園問題 なぜ検察は動かないのか?
「愛国教育」を実践する学校法人「森友学園」(大阪市)の国有地取得や小学校の設置認可をめぐる疑惑は深まる一方だ。「特別な便宜」の背景には何があるのか。
「行政手続きの最初から最後まで不自然極まりない、解せないことだらけです」
森友学園が取得した大阪府豊中市の小学校用地をめぐる一連の不可解な国有地取引を浮上させる牽引役となった、同市の木村真市議はこう嘆く。
大阪都市圏の豊中市は全域が市街化区域だ。広大な更地の用途を気に留めていた木村市議は昨年5月、柵で囲まれた用地に「瑞穂の國記念小學院 児童募集/学校法人・森友学園」と書かれたパネルが掲示されているのを目にし、経緯を調べ始めた。歯切れの悪い回答しか得られない財務省近畿財務局の対応に業を煮やして情報公開請求したところ、提示されたのは黒塗りだらけの文書だった。
「なぜ隠す必要があるのか。怪しい」
国有地の売買価格を非開示とした近畿財務局の決定は違法だとして、木村市議が国に決定の取り消しを求める訴えを大阪地裁に起こしたのは2月8日。以降、メディアの報道が相次ぎ、財務局は一転して売買価格などを公開。森友学園に対し、国有地(約8770平方メートル)を近隣国有地の価格の約1割で売却していたことが判明した。
●全てが異例づくし
国会や報道で真相究明が図られているが、疑問点はかえって膨らんでいる。国有地が森友学園に売却された経緯はまさに
「異例づくし」だ。ざっと振り返ろう。
問題の国有地は大阪国際空港の騒音対策区域だったが、航空機の性能向上に伴い、国は2013年に売却先を公募した。森友学園が小学校用地として、10年以内の売買を約した定期借地契約を締結したのは15年5月。学園は同年7〜12月に地下の廃材や汚染土を除去し、国が1億3176万円を負担。ところが学園は16年3月、基礎工事中に地下深くから新たなごみが見つかったと報告し、約2週間後に「国が撤去していたら開校が遅れる」と購入を希望した。同年6月、財務局は鑑定価格からごみ撤去費8億1900万円などを引いた1億3400万円で売却。10年分割払いとした。
ごみ撤去費の減額算定に当たり、第三者ではなく、国土交通省大阪航空局が実施したのは前例のない措置だった。定期借地から売買に変え、分割払いまで認めた契約も前例はない。今年2月8日時点で過去3年間に公共随意契約で売った36件のうち、売買価格を当初公表しなかったのは、この1件のみだった。
さらに、森友学園が取得する以前の取引にも留意せざるを得ない土地の「履歴」がある。登記上、この土地は12年7月の「現物出資」により、同年10月に国から新関西国際空港株式会社(新関空会社)に所有権移転されている。それが翌13年1月に「錯誤」を原因とし、所有権抹消され、国に戻されているのだ。
豊中市が新関空会社から15年6月に取得した近隣の約7210平方メートルの土地購入価格は約7億7148万円だった。森友学園に対する「特別な便宜」は国有地だったからこそなされたという事実を踏まえれば、所有権が国に戻されたのは決定的に重要だったことになる。
本誌は、「錯誤」の理由や経緯について大阪航空局に問い合わせたが、「担当部署にマスコミの問い合わせが集中しており対応しきれない」とし、期限内の回答を得られなかった。
●口利きはあったのか
気になるのは、所有権が国に戻される過程で、森友学園側と国との交渉は始まっていたのか、という点だ。
この用地をめぐっては、11年7月ごろ、森友学園とは別の学校法人が7億円前後の価格を財務局に提示。価格交渉が折り合わず、この法人は約1年後に取得を断念している。
一方、大阪府教育庁私学課によると、森友学園の籠池泰典理事長から小学校設置認可の規制緩和の要望を受けたのは11年夏だったという。
売買契約に至るまでの間、森友学園と国の間でどのようなやり取りが水面下で交わされていたのかは依然不明だ。しかし、一連の手続きで解せないのは、「普段は前例踏襲に固執する役人が、なぜリスクを負ってまでイレギュラーな契約方法を選択したのか」(木村市議)ということだ。「政治家の口利きなど何らかの“圧力”が働かなければ通常考えにくい」(同)。野党の追及もメディアや国民の関心も、その一点に尽きるのではないか。
●府の対応も不可解
自民党参院議員(兵庫県選出)の鴻池祥肇元防災担当相は3月1日に会見し、14年4月ごろに議員会館事務所を訪ねてきた籠池理事長夫妻から「紙に入った物」を差し出され、「これでお願いします」と言われたことを明らかにした。鴻池氏は受け取らなかったと明言する一方、「一瞬で金だとわかった」と話したが、中身が現金かどうかは確かめなかったという。
これについて籠池理事長は「渡そうとしたのは金銭ではなく商品券」と弁明しているが、事実であれば刑事上も問題はないのか気にかかる。
鴻池氏の事務所側は口利きを否定するが、同事務所が作成した「陳情整理報告書」には、結果的に学園側の要求が次々に実現していく経過が記されている。
籠池理事長や国との接触は13年8月〜16年3月の2年半で25回。理事長は設置認可と賃借をめぐって「鶏と卵の話。何とかしてや」などと依頼。国から提示された4千万円の年間賃料の減額を「働きかけてほしい」と要求し、契約では年額2730万円となった。理事長と国の交渉を仲介した事務所に、財務局の担当者から「前向きにやって行きます」との回答も。
森友学園の「政界工作」は鴻池氏に対してのみ行われたのか。大阪ではこんな声も聞かれる。
「大阪では自民党は党中央とぎくしゃくしていて、安倍政権と太いパイプでつながっているのは地域政党の大阪維新の会です。そのトップは松井一郎府知事です」(地元議員)
大阪府の対応にも不可解な点が浮上している。森友学園の小学校の設置認可申請書を審議する府の私学審議会では、委員から否定的な意見が相次いだが、定期借地契約前の15年1月27日に「認可適当」と答申。2週間後、財務局が事務局を務める国有財産近畿地方審議会は定期借地契約を「了承」した。
こうした一連の流れを踏まえ、会計検査院の河戸光彦院長は3月2日、検査に着手したことを明らかにした。
しかし、と前出の木村市議は言う。
「政治家の関与の有無などを含めるとなると、会計検査院の検査で真相究明するのは限界があるのでは」
問われているのは、国民の共有財産である国有地が格安で売却されたのではないかという重大な疑惑だ。野党や地方議員の関与も含め徹底調査が必要だ。
捜査機関が実態解明に動く可能性はあるのだろうか。在阪のメディア幹部はこう言う。
「メディアの報道はあふれていますが、現時点で大阪地検は特段の関心を持っていない、と聞いています」
●行政のやりたい放題
10年の大阪地検特捜部の一連の証拠改竄事件で検察の信頼は地に落ち、いまだ失地回復には至っていない。
「ああいう事件が起きると、組織は10年間ぐらい死んでしまいます。死んだ検察が息を吹き返すには、国民が実態解明を強く求める事件を手掛けるしかありません」
そう唱えるジャーナリストの大谷昭宏さんは、今回の国有地取引の構図をこう説く。
「官僚トップの頭脳と言われてきた旧大蔵省のキャリア官僚が全力でバックアップしている案件だと見ています。行政の“悪知恵”が司法を上回ったら、行政のやりたい放題がまかり通る。どんな悪知恵を絞ったところで司法の知恵にはかなわないんだ、ということを見せられるか。これは所管する大阪府警や大阪地検特捜部だけでなく、検事総長以下、日本の司法官僚の正念場ですよ」
捜査機関が今なお、「特段の関心を持っていない」のだとすれば、職務怠慢のそしりは免れないのではないか。
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2017年3月13日号