蹴球探訪
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【スポーツ】帝京大ラグビー部監督・岩出雅之「ダブルゴール」(上) 脱体育会系“学生ファースト”2017年3月8日 紙面から
大学ラグビーにイノベーション(革新)の風が吹いている。2009年〜16年シーズンを8連覇した、岩出雅之監督(59)率いる帝京大の強さは無類である。過去には、同志社大の3連覇があるが、帝京大の8連覇は圧巻だ。ラグビー界の同一大会連覇は、かつての新日鉄釜石、神戸製鋼の日本選手権7連覇があるが、毎年学生が入れ替わる大学選手権では驚異的である。帝京大ラグビーに何が起きているのか、岩出監督に聞いた。(スポーツジャーナリスト・満薗文博) 「行き着く先はラグビーじゃない。大学の4年間で完成でもない。4年は短い。その中で完成を求めると、あわてる。帝京大学ラグビー部の4年間は、現在のためのものでもあるし、その後に来るもっと長い将来のためのものでもある。ラグビーをツールに、今と、将来の人間を作るための4年間なんです。つまりダブル・ゴールを目指す日々を学生たちと送っている」 × 柔和と情熱を同居させた人である。意外なほど、いわゆる体育会系のにおいがしない。 × 「教育は時代とともに変化する。それとどう向き合うかを考える。今の学生たちが培ってきたものに、感覚的なものも含めて向き合っていかないと間違えてしまう。いわゆる体育会系の指導は、それで強くしてきたが、時代が変わってからも、そこから離れなくなって、勝てなくなった。僕らは昭和の生まれで恩師も昭和の人だった。今の子たちは平成の生まれ。私がもし平成生まれだったら、昭和の教育に拒否感を持つだろう。父親とのコミュニケーションも随分と変わった。威厳のある父親から、友達感覚に変わってきている。脱体育会系という言葉が出てきているが、クロ(体育会系)がシロ(脱体育会系)に完全に変わったかというと、そうでもない。グレーになりつつあるという段階。これから先、もっとシロが鮮明になってくるかな」 × キーワードの一つは「昭和と平成」である。戦後教育も、昭和と平成では大きく様変わりした。岩出監督は、自らの経験から、先生と生徒、指導者と選手、親と子の関係に着目。上からの指示・命令が主流を占めた指導から、情報を伝え、子どもたちに考えさせる指導が、心身や運動能力の成長を促すことを確信するに至ったという。 × 「かつては“指導者ファースト”の時代。私は、大学を卒業すると、まずは県営の運動施設を管理運営する仕事に就いた。教育委員会の勤務を経て、中学教員、その後、八幡工高で監督になり、花園へ7年連続出場した。高校日本代表の監督も任されるようになった。教員になったのは、昭和が平成に変わる頃、学校教育も、昭和の踏襲から大きく変わる時期だった。教育の現場で、平成生まれの子は“新人類”と呼ばれるが、どんな子たちなのだろうと考えた。時代背景の移り変わりと会話する感覚だった。そして、38歳でこの大学の監督になった。僕らが過ごした昭和の子と平成の子は違う、だから、接し方も変わらなければと気づいた。それは“指導者ファースト”から“学生ファースト”への転換だった」 × しかし、変革は一朝一夕にはいかない。96年に帝京大ラグビー部に迎えられた岩出監督だが、10年ほどは苦労が続いた。従来のような、長時間に及ぶハードなトレーニングを続け、チーム力は確かに上がった。しかし、けが人の多さに閉口する。そこで、自問自答の末に、練習量の大幅な短縮を思いついたのだという。その分、質は向上せざるを得ない。グラウンドではきめ細かく、丁寧な指導が続く。しかし、改革はグラウンド外でも続いた。食事など身体作りから、あいさつ、掃除、授業など多岐に及んだ。 × 「昭和の時代、勝てないときは、多くの場合、選手の責任が問われたものだ。技術は、恩師や先輩から“盗め”と言われたものである。私は今は選手を“サポート”する時代だと考えている。教えすぎは、選手が受け身になってよくないが、学ぶべきことが伝わるように支えてあげるべきだと思う。私の考え方の基本にあるのは“自分で考えなさい”である。例えば、子供が初めて自転車に乗る。最初は、分からないだろうから、後ろから支えて伴走してやる。お手本やアドバイスを与える。しかし、ここで子どもが依存一辺倒になったら、いつまでたっても上達しない。指示待ち、受け身人間にするより、自分で考え、工夫させることが大事なのだ。結局、私がすべてをやってはいけないと分かった。指導の過程に、必ず学生たちをからませ、考えさせるのがいいと確信した。自主性を持たせ、未来志向型の人間を育てることにした」 × 帝京大学ラグビー部には、非常に興味深い風景がある。長年、本紙ラグビー担当として取材を続ける大友伸彦記者が語る。「練習が終わると、1、2年の下級生はさっさと引き揚げる。片付けや荷物運びを3、4年の上級生が黙々とやるのです」。グラウンドを離れたら、そこに、かつての体育会系のにおいがない。岩出監督がもたらした革命の一つが、上下関係の打破である。 × 「1年生は子どもの状態で入ってくる。そんな子に苦労はさせられない。上級生が手厚く迎え、温かい文化を伝えることでチーム愛が生まれる。1年生の練習時間は短い。慣れていない環境で、ほっておいたら無理をする。寮でも1年生の仕事はない。トイレ掃除も上級生がやっている。私が指示してやらせているわけではない。上級生のそんな姿を見て、はじめはびっくりする1年生もいるが、一番近くにいるモデルは上級生。背中を見て文化は伝わり、継承されていくものです」 「マラソン選手が42・195キロを走るにしても、はじめは1キロから入る。少しずつ積み上げ、今日から明日へとつなげていく。初っぱなから42キロやらせたら、後は寝たきりになってしまっておしまいだ。先に目標がないといけないから、目標は与える。だが、上から押しつけられた目標だけで、子どもたちはなかなか本気になれない。そこで、自分たちで考えさせる。そうすると、自分たちの目標を持つようになる。これが受け継がれて今がある」 =つづく PR情報
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