心が動いた出来事を表す言葉を探している
かっぴー 落合さんは、自分は何が得意だと思いますか?
落合 物事の抽象化、ですね。コンテンツがいくつか並んでたらメディアがなにかわかるなど、複数の物事の共通点を見つけて、まとめるのが得意なんです。
かっぴー それって、何歳くらいのときに気づいたんですか?
落合 中1くらいですね。
かっぴー 早い!
落合 人より何が得意かって、大学のときにも考えたんですよ。その結果、抽象化とエンジニアリングが得意だなと。さらに、もともと美術が好きで、エモさを汲み出すのが得意。エモくて、テックで、抽象的なものといえばメディアアートだなと思い、メディアアーティストになることにしたんです。
でも、広告もじつはこの3つの組み合わせでできるから、大学2年くらいまで広告代理店に行こうとも思ってたんですよ。
かっぴー そうだったんですね!
落合 だから、『左ききのエレン』の光一(主人公の一人・広告代理店勤務のデザイナー)の気持ちもわかります。でも学生のうちから広告代理店の人と仕事をする機会があったので、ここに自分の求めるクリエイティブはないかもな、と思って。なんとなく就職のチャンスを逃すうちに博士になって、そのまま大学教員になりました(笑)。かっぴーさんは、自分は何が得意だと思いますか?
かっぴー 僕は、自分の思っていることを、的確に、もらさず言葉にすることかなぁ。僕は人よりすごい経験をしているわけではなく、本当に普通の人生をおくっています。でも、気持ちを言葉にするアウトプットの部分で、他の人と差別化ができているのかなと。どんな経験をしても「楽しかった」とか「ムカついた」とか、よくある言葉で表現しちゃう人は多いですよね。
落合 ああ、わかります。そういう人たちは、写真を撮るときに、とりあえずピースとかしちゃう(笑)。
かっぴー 僕、大した出来事じゃなかったとしても、感情が動いたときのことをずっと覚えてるんです。例えば、クラブでDJのお兄さんに会って、その人がすごくかっこよくて、こういう人に憧れるなと思ってたら運良くその場でけっこう話せて。ちょっと仲良くなったので、イベントが終わった後にお兄さんが打ち上げに呼んでくれたんですよ。すごくうれしかったけど、けっきょく打ち上げでは居場所がなくて……で、この人とは友達でも先輩でもなんでもない関係だから、始発で家に帰ったらもう一生会うことはない。その時のことを思い出したら、今でもちょっと泣けるんです。
落合 えっ、なぜ! 僕、その気持ちよくわからないな……。
かっぴー こうやって出来事として話すと、なんでもないことなんですよ。でも、お兄さんに対する気持ちを「憧れ」とか、打ち上げで感じた気持ちを「気まずさ」とかで終わらせたくない。あの気持ちは何だったんだろう、とずっと考えてるんです。こういう、たまに引き出しから取り出す出来事が、いくつもあります。
落合 おもしろいなあ。でもそうやって考えに考えて、的確に表現するからこそ、『左ききのエレン』は共感を呼ぶんだろうな。いつも、かっぴーさんの言語化能力はすごいな、と思いながら読んでいます。とにかく台詞が最高ですよね。すべてがキャッチコピーのようにキレッキレ。「才能しかないクズ」とか「サラリーマンやれよ」とか「色々できちゃう人ってかわいそう」とか「がんばったで賞なんて無いんだから」とか、タイトルになっているものはみんなすごい。僕が好きなのは光一の彼女・さゆりが人生計画を立てながら言う、「大丈夫だよ光一、私が佐藤可士和にしてあげる」というモノローグです(7話)。
かっぴー あはは、ありがとうございます(笑)。
落合 なんかもう、さゆりのキャラを表しすぎてる(笑)。数々の名言は、実際にああいうことを言ってた人がいるんですか?
かっぴー うーん、いろんな人を見て、自分で考えた台詞が多いです。だから、実際に人が言ってたというものはほぼ無いですね。
落合 でも、「あの人ならこう言いそう」みたいな考え方はしてる?
かっぴー あ、そうですね。このタイプはこういうふうに考えているはず、みたいに推測していることは多いです。
知り合いのことを話すように、ストーリーを組み立てる
落合 『左ききのエレン』にはいろんな才能をもったクリエイター、アーティストが出てきますが、ダンサーは出てこないですよね。僕、それが気になってるんです。
かっぴー それには、明確な理由がありまして……。僕は、曽田正人さんのバレエ漫画『昴』が大好きなんです。好きすぎるので、ダンサーを出したら絶対に『昴』に引っ張られてしまう。だから避けてます。
落合 ああー、そうだったんですね。謎が解けました。ダンサーの代わりに、身体表現のひとつであるモデルのあかりを出したのかなと。
かっぴー モデルなら広告業界と関係もありますしね。
落合 モデルもすごいですよね。シャッター切ってる間にちょこちょこ動くのが、まじですごい。
かっぴー そうなんですよ、その話も描きたいんですよね。広告代理店で撮影に立ち会っていたときに、モデルは本当に実力の差が明確に出るシビアな仕事だ、と思いました。経験があまりないモデルさんは、何回かでポーズが繰り返しになる。でも実力のあるモデルさんは、ポーズを一通りやって、ちょっと違ったかなと思ったら、別のポーズ集を引っ張り出して……とバリエーションが無限に枝分かれしていくんです。プレイリストがいくつも入ったiTunesみたいなんですよね。
落合 モデルの話、読みたいですねえ。『左ききのエレン』は、最後までストーリーが決まってるんですか?
かっぴー はい、頭のなかには全部あります。
落合 きれいな時系列というよりは、時代が行ったり来たりしますよね。それはどういうふうに組み立ててるんですか?
かっぴー そうですねぇ、自分がエレンという天才の人生を知り合いとして知っていて、それを人に話しているような感じなんです。そうしたら、時系列順にはならない。例えば落合さんのことを人に説明するときに、「1987年に東京で生まれて……」というところから話したりはしないですよね。
落合 そうか、おもしろいところをまずかいつまんで話していきますね、おそらく。
かっぴー 今こういうことをやってて、それの前にはこういう流れがあって、とか。一番その人のことが魅力的に伝わるように話すと、こういう順番になるんですよね。
落合 何年までのお話を考えてるんですか?
かっぴー ストーリーのなかでは、登場人物がおじいちゃん・おばあちゃんになった時代のことも描くかもしれませんが、本編は現代で終わる予定です。
落合 今のところ、光一が突き詰めてるスキルって、アートの道に進んだエレンとは方向性が違うじゃないですか。エレンは人類にとって美しいものをつくる人だけど、光一はうけるものをつくる人、だと僕は思っていて。広告としてうけるものは、美しくなくても、コミュニケーションとして成立していればいい。
でも、アートはコミュニケーションとして成立してなくても、それが作家として成立していればいい。戦闘指数で全く違うベクトルを向いているから、このギャップをどう回収するのかなと。光一の最高傑作をエレンは認めてくれるのかな、というのが最大に気になるところです。
かっぴー そうですね、その点にも向き合っています。楽しみにしてて下さい!
落合 ラストが楽しみです。僕、この作品は絶対映画化したほうがいいと思うので、映画会社の人にこのあいだ提案してみたんですよ。
かっぴー わー、ありがとうございます! うれしいなあ。僕も実写化したらいいな、と願っています。
text:崎谷実穂
(おわり)