北海道の夕張市が自治体の倒産に等しい「財政再建団体」（現・財政再生団体）になって10年。鈴木直道市長は新たな再生計画に挑む。約20年かけて353億円の負債を返す計画だが、同市の市税収入は約８億円。「ミッション・インポッシブル（不可能な任務）」ともいわれる厳しい財政状況が続くなか、ニトリやツムラなど企業も巻き込み、新たに138億円を調達して自治体再生のための新規事業に打って出る。手取り給与20万円に満たない35歳の市長は、全国で唯一の破綻自治体を本当に再生できるのか。

■折り返し地点・計画変更の理由

　３月１日、夕張市は、2029年度までの13年間で、新規事業138億円を含む、新たな計画を発表した。とはいえ、夕張市は「負債の返済が最優先」、国の管理下にある。他の自治体と異なり、市が決めただけでは新しい行政サービスを始められない。７日、高市早苗総務相の合意をえたことでやっと計画が動き始める。

　「この計画は、かなりの衝撃を持って受け止められるはず。大義のある逆境に挑戦する」――。鈴木直道市長はこう語った。夕張市は全国で唯一財政破綻した自治体。夕張再生は、少子化に苦しむ全国の地方自治体の再生にもつながる意義深い試みだと強調する。

　追加された予算には、若年層や子育て世代への支援、新たなエネルギー源となる「炭層メタンガス（ＣＢＭ）」の採掘など、新しい事業にあてられる予定だ。

　 2007年３月に破綻自治体となってから10年。20年におよぶ長い「借金返済のために生きる時間」はやっと折り返し地点を迎えた。残る返済額は、2017年３月末時点で237億円。26年度まで毎年、約26億円を返し続ける計画は変わらない。しかし、今回の大幅な計画の変更で、止まったままの『地域再生』の時計の針を動かすときがきた、と鈴木市長は意気込む。夕張市にとっては、再出発への大きな一歩となる。

■ゴールに向けた計画、一歩ずつ

　極限のリストラ、自治体で最高レベルの課税。破綻前に約13000人だった人口は今や３割減、9000人を割った。行政サービスも全国最低レベル、日々生活する上で夕張市民が困難な状況にあることは、誰でも容易に想像がつく。「しかし、ただ大変だ、といっているだけでは意味がない」と鈴木市長はいう。

　何が大変なのか。どうすれば解決するのか。解決にかかる費用はいくらなのか。そしてその金の調達はどうやるのか。これらが伝わらなければ、国から計画変更は認められない。夕張市と鈴木氏は８年間、身動きの取れないルールブック、「財政再生計画」を変えるべく、この階段を１つずつ上ってきた。この過程のなかで「リーダーでなければ動かせないこともある」と、約６年前に鈴木氏は「首長への立候補」という決断をした。

　「何が大変なのか、何が必要なのか」を伝えなければと、東京都庁から夕張市へ派遣されていた派遣職員時代には全世帯を対象にした住民基本アンケートを実施し、現状を当時の渡辺周総務副大臣に直訴した。市長になってからは、有識者を中心にした第三者委員会による夕張の現状を伝える報告書を作成。「夕張のことは国にも道にも自分ごとだと思ってもらわなければ」と、総務大臣と北海道知事、夕張市長との三者協議が定期的に実施されるようになったのも、鈴木氏が市長が就任してからだ。住民の声としてあがった「夕張を残すための、未来への投資」は、「若年層・子育て世代への支援」など、今回の138億円の新規事業の使い道として多くが反映される。

■歳入を増やすため駆け回るセールスマン

　問題は、どう金を調達するかだ。鈴木市長は「与えられた金を使うのが市役所。しかし、住民が必要性を訴えた新しい事業をするにはそれ以外の金がいる」と、財源の確保に向かうことになった。各種補助金、起債などもあるが、今回の新規事業の財源として大きな柱になったものがふるさと納税だ。鈴木市長が就任する前は１年間で約1000万円だった個人版ふるさと納税は、2016年度は２月末時点で２億8000万円にのぼる。ふるさと納税サイトを運営するトラストバンク（東京・渋谷）とも提携した。

　企業版ふるさと納税では、16年４月、家具小売り国内最大手のニトリホールディングスが夕張市へ全国第１号となる５億円の寄付を発表した。ニトリは、北海道で産声をあげた企業。夕張が破綻して以来、桜の植樹事業など10年にわたり支援してきた似鳥昭雄会長は、「北海道への恩返しだ」と今回の寄付に踏み切った。今回、ニトリからの５億円は、新規事業のなかでも夕張市が力を入れる「コンパクトシティ」の中核となる、複合施設の建設費とＣＢＭの採掘にあてられる。

　鈴木市長の計画のなかで、大きな柱のひとつとなっているものが人口減少下におけるまちづくり、コンパクトシティだ。夕張市には、東京23区よりも広い地域に5000世帯がバラバラに住んでいる。１棟に１世帯しか住んでいない古い旧炭鉱住宅もあり、維持費もかかる。そこで、ちょうど市の中心部にあたる清水沢地区を拠点とし、宅地の集約を始めた。新築の市営住宅「歩（あゆみ）団地」など、住居の建設はすでに進んでいる。

　ここにニトリからの企業版ふるさと納税を使い、破綻時に閉鎖した図書館、市民会館にかわる機能を持つ複合施設を建てる。「人口が減ったなかでどう街を維持するか、そこで企業がどう存続していくのか。特に住空間をプロデュースするニトリにとっても、親和性を感じてもらえたのでは」と鈴木市長はいう。

　２月には漢方薬大手のツムラも３億円の寄付を表明。夕張を拠点に漢方薬の原料となる薬木の生産日本一をめざしており、その植樹にかかる費用と、老朽化した幼稚園と保育園を統合した認定こども園の建設費にあてる予定だ。両社の総額８億円。夕張市は企業版ふるさと納税の寄付先としては、断トツで全国１位になった。

　鈴木市長は自らアポイントを取り、全国を走り回る。移動はもっぱら、比較的安価なＡＩＲＤＯ（エア・ドゥ）もしくは格安航空会社（ＬＣＣ） だ。

■財源確保のため、さらに人件費の削減も

　歳出もさらに抑えた。破綻以来、市長の給与は７割カット、手取りで月額20万円に満たない。副市長は廃止し、一般職の給与も全国都市最低を維持したままだ。市議会議員も、破綻時に18人を９人に減らしたが、今回の見直しでさらに１人減らし８人となった。鈴木市長は、「できるかぎり『金の入り』を増やしたが、それでも足りなかった。最後は人件費の調整に頼らざるをえなかった」ともらした。市長、副市長、教育長ら特別職の給与カットにより、鈴木市長の２期８年間で条例に対し３億円ほど浮く計算になるという。

２月末、夕張市は市長の給与を25万円から43万円に引き上げる方針を発表したが、鈴木市長は任期中、今のままの削減率を維持する。報酬の引き上げを決めたのは、前述の第三者委員会が報告した「市職員や市長の給与をあげてほしい」という、驚きの市民の要望があったからだ。「認められたくて仕事をしているわけではないが、給料以上の仕事をしている、と市民に評価されていると知って素直にうれしかった」と喜びも口にした。

　無駄なサービスはやめ、必要な事業に投資する。夕張が実施しようとする計画が、人口減少と高齢化に悩む地方自治体と日本にとって、１つの参考事例になるのは間違いないだろう。では、実際にその手法をそのまま使えるのか。鈴木市長は「正直、難しいだろう」という。夕張市は財政破綻をきっかけに、行政サービスを徹底的に総点検し無駄を削り落とした。だからこそ、市役所と市民が「本当に必要なサービスとは何か」徹底的に考えることになった。

　どんな小さなサービスでも、行政サービスにはかならずその恩恵を受ける人がいる。しかし、「廃止」といえば、賛否どころか反対しか生まない。選挙で選ばれる首長であれば、当然今後の影響も出てくるだろう。だが、鈴木市長はあえて「廃止」という選択に挑む。昨年７月に決めた、ＪＲ石勝線「夕張―新夕張間」の廃線もその１つかもしれない。鈴木市長は、「座してこのまま廃線を待つより、新しい公共交通網を考えたほうがいい」とみずから「攻めの廃線」を打ち出した。

■人口少なくても幸せな街へ

　今回の変更で、新たな一歩を踏み出すことになった夕張市。10年後といえば、夕張市は借金の返済を終えているはずだ。未来をどう見ているのだろうか。

　「住む人の幸福なくして、街の存続はありえない。住んでいる人が、夕張に住んでいてよかった、といえる街になること」。これが鈴木市長の思う未来の夕張市だ。幸福度の低い街にむりやり新しい人をつれてきて人口を増やしても意味はないと断言する。

　この計画の実行にあたり、一番の課題もまた人だという。夕張市は出口の見えないトンネルで前を向かってひたすら歩け、といわれ続けたようなものだった。「市民は疲れている。しかし、人口は減ったが、誰も経験したことのない緊縮財政のなかで生きてきた私たちだから、計画を形に変えて住みよいまちづくりができるはずだ」と市長はいう。市民が「本当に必要だ」と訴える事業に着手できるこれからの10年間が、本当の勝負になる。

　鈴木市長は、派遣職員時代に「ほかにも厳しい状況の自治体は山ほどある」と総務省の担当者にいわれた一言を今でも忘れない。「確かにその通りだが、それならば夕張の課題を自分ごとと受け止め、ともに解決策を考えるのが国の役割ではないのか。実際夕張の課題は、日本の抱える課題にそっくり重なる」と強調する。

　夕張市が破綻してから10年。日本の高齢化と人口減少はさらに進み、「日本創成会議」（座長・増田寛也元総務相）が15年に発表した「消滅可能性都市」に関するリポートは国民に大きな衝撃を与えた。一方で夕張市の目指す「人口が少なくても、生活の質を向上し、住民の幸福度が高いまちづくり」への姿勢は大きな示唆に富む。どん底にあった街がはい上がり、そこに住む市民が幸せな街に生まれ変わる日がくれば、これからの日本にとって大きな希望になるだろう。

（松本千恵）

「ニューススクール」は随時掲載です。

本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。