水曜日のカンパネラ=「江戸時代の火消し」
柴那典(以下、柴) 水曜日のカンパネラって、やっぱりすごいと思うんですよ。こないだ「2017年型多幸感」という話をしましたけど、僕は今一番独特な形で多幸感を体現していると思う。
大谷ノブ彦(以下、大谷) なるほど! たしかにコムアイちゃん、一気に売れっ子になりましたね。毎年フェスで会って話してたんだけど、こないだNHKの楽屋で会ったらスタッフがたくさんいて。「スターだなあ!」って思って話しかけられなくて。遠くに行っちゃったなーって(笑)。
柴 ははは。この連載でも何回か水曜日のカンパネラは取り上げてきましたけど、その時とは明らかにステージが変わってきていますよね。武道館公演もありますし。でも、水カンの何がすごいのかって、意外にみんな気付いてないんじゃないかなと思うんです。
大谷 なになに? どういうこと?
柴 水カンって、コムアイちゃんは可愛いし、曲はノリがいいし、歌詞はダジャレとかユーモアたっぷりだし、映像もユニークだし、そういうキャッチーなところでブレイクしてきたグループですよね。でも、実はとても思慮深く、狙いすました表現をしているなと思っているんです。「ナンセンスでおもしろそうなことをやってる!」っていうのは、あくまで上辺だけの評価でしかない。
柴 もともとコムアイちゃんって、すごく社会的なことへの関心が高い人ですしね。
大谷 そうそう。デビューして間もないころはライブで鹿の解体をしてたけど、あれも動物が食べ物になっていく過程をお客さんに見せるという問題提起があった。
柴 高校時代にピースボートに乗ってたり、社会的活動が活発な人なんですよ。でも政治家にはならないタイプ。
大谷 レディー・ガガみたいだ。
柴 まさに。で、これまで「アラジン」とか「松尾芭蕉」みたいに世界の偉人を曲名にしてきたんですけど、それもちゃんと意味があって。だから2月に出たニューアルバムのタイトルが『SUPERMAN』になっている。
大谷 これって、聴いたお前がスーパーマンになれってことでしょ?
柴 そう! コムアイちゃんにインタビューをして「スーパーマンってコムアイさん自身なんですか?」って聞いたら「そうじゃない」って言ってたんです。「私は江戸時代の火消しの、屋根にのぼって纏(まとい)を振り回してる人」だって。
大谷 纏って旗みたいなやつ?
柴 そうそう。あの時代の火消しの人は建物ごと壊して火事を防いでたんですって。それで、纏を持っている人は実際に火を消すわけじゃない。屋根の上から「ここは壊しちゃいけない」とか「ここにはこの組がきてる」とかを示す人なんですよ。それが自分の役割だって。
大谷 なるほど。今の水曜日のカンパネラの立ち位置は、火を消すヒーローじゃない。
柴 だけどそれを先導する存在になりたいってことですよね。今が混迷の時代だからこそ、時代を変えるスーパーマンが世に出てきてほしいってことなんですよ。
大谷 それで、アルバムのジャケットがこれでしょ。たまんないな。ジッと見てるじゃないですか、こっちを。
大谷 ちゃんと訴えかけてくるものがあるもん。すごいなあ。
「意味」がなくても「意匠」がある
大谷 水曜日のカンパネラがいいのは、意味がわからないけど聴いてて気持ちいいってことですよね。
柴 「アラジン」の「♪アラジンコンパウンド ササッと」とか、まさにそうですよね。
大谷 スージー鈴木さんが『1979年の歌謡曲』って本の中で、1979年の一番大きなトピックにサザンオールスターズの出現を挙げていて。桑田佳祐があそこで意味から脱却した日本語を書いたから、80年代は意味のない歌詞がたくさん出てきたという。
早見優さんの「夏色のナンシー」の歌い出し、「恋かな Yes! 恋じゃない Yes!」って、もはやまったく意味がわからないじゃないですか。
柴 ははははは、たしかに。
大谷 水カンも「世阿弥」で「Yes 能 Yes 能」って歌ってて。そういう意味のなさが最高だと思うな。
柴 なるほど。でも大谷さん、それ実はちょっと違うんですよ。
大谷 あら? そうなの?
柴 意味がないってのはその通りなんですけど、それだけじゃないんです。水カンがおもしろいのは、意味がなくても意匠があるってことで。
大谷 意匠?
柴 ただただ無意味なことをやるんじゃなくて、そのデザインが昔からの由緒とつながってるんです。たとえば「世阿弥」も、実はコムアイちゃんの大学の卒論のテーマが「能」なんですよ。
大谷 へえー! そうなんだ。
柴 ずっと「日本古来の芸能とは何か、神事とは何か」を研究してきて、それが『世阿弥』や『アマノウズメ』につながっている。
大谷 あの先鋭的なサウンドと日本古来の芸能が結びついているんだ。おもしろい!
柴 しかもアマノウズメは芸能の神様だし、世阿弥は猿楽師じゃないですか。それも今水カンがやっている音楽や芸能の活動と結びついているんですよね。だから、単に新しくて奇抜で目をひくことだけじゃなくて、その裏側にはたくさんの意匠が込められているんです。
大谷 なるほどね。で、それを聴き手が勝手に感じ取って引き出していくわけでしょう? そうなんですよ。そこがおもしろい。
柴 そうそう。そういう奥深いテーマや意匠は裏にありつつも、パッと見たらふざけて楽しくやってるだけってところがまた、いいんですよね。
大谷 「DJスサノオ アゲる↑」だもんね(笑)。
初武道館公演『八角宇宙』
柴 で、3月にはいよいよ初の武道館公演が行われる。これがまた意匠のかたまりなんですよ。タイトルは「八角宇宙」っていうんですけど。
大谷 またこれもすごいタイトルだなあ。
柴 このタイトルは武道館の座席の色を見て思いついたらしいんですよ。
大谷 武道館の座席の色?
柴 東洋神話には「東の青龍」「西の白虎」「南の朱雀」「北の玄武」っていう各方角に聖獣がいるんですけど、武道館の座席の色ってそれに対応しているんですよ。東は青色、西は白色、南は赤色、北は黒色の座席がある。
大谷 たしかにそうだ! すごい! 東洋神話が元になってるんだ。
柴 武道館の正面席が北側にあるのも、ちゃんと故事に基づいていて。武道館の形が八角形になっているのは、そういう理由がある。だから「八角宇宙」なんですよ。
大谷 へえー! 京都の街と一緒ですね。あそこも御所が北にある。
柴 でもね、武道館って山田守さんっていう京都タワーを手がけた建築家が建てたんですけど、建った当初は非難轟々だったらしいんです。
大谷 今は武道館って、ちゃんと神聖なものとしてとらえられていますよね。
柴 当時は1964年の東京オリンピックのために作られた建物なのに、モチーフが古くて近代的じゃないってケチをつける人がたくさんいたらしいんです。
そういう人をどうやって黙らせるかというと、伝統的な意匠をちゃんと組み込むんです。つまり、由緒に則ったものとして設計をする。
大谷 なるほど。ちゃんと魔除けとして作ってるんだ、と。そうなると文句は言えないですね。
柴 そういうことってちゃんと調べないと気が付かないし、みんな知らないですよね。意味は伝わらなくてもいいんです。だけど、そういう意匠がこめてあったから、武道館はいつのまにか「聖地」のイメージだけが後世に伝わっていった。
大谷 おお! それってまさに水曜日のカンパネラがやっていることと同じじゃないですか。おもしろい!
柴 そうなんですよ。楽曲もライブもすごく楽しいんだけど、裏に何かがあるってことが大事なんです。で、水曜日のカンパネラが武道館で公演するってことも、ちゃんとその場所の持つ由緒とか伝統に結びついている。
大谷 しびれるなあ。ただ単にスターになったからとか、ブレイクしたからという理由ではないんですね。
柴 水曜日のカンパネラの表現って、一見バカバカしいことをやってても、どこか清らかさみたいなものがあるじゃないですか。それもそのせいじゃないかな、と。ただただハッピーなだけじゃ多幸感って生まれないと思うんです。
大谷 愛がちゃんとあるから大衆に届くというかね。
柴 歴史とか過去の意匠を研究するのって、意外に大事だなって思います。
構成:田中うた乃